2009年07月21日

コメント欄への想い

ブログのコメント欄は意見交換や議論の場ですが、議論の場としては多少無理があると思います。なぜなら、議論は自分の意見の正しさを説明しながら、テーマを掘り下げていかなければなりません。これには莫大な労力と時間が必要で、簡単に結論は出ませんし、平行線で終わることもたびたびだからです。「管理人は人の意見を聞かない」と不満の述べる人がいますが、前述のように、他人の考え方を変えることは簡単ではありません。自分の意見を簡単に変える人は、深く考えずにそれを言ってしまっただけでしょう。

ですから、コメント欄は自分の意見を言うことが大事です。多くの人がそれを読んで賛成すれば、管理人が納得しなくても、そのコメントを述べた人は大成功といえます。しかし、スポーツナビのコメント欄ではそれが分かりません。どこかのブログにあると思いますが、1つ1つのコメントに賛否の投票をするようにすれば、どのコメントに賛成が多いか分かります。そうすれば、コメントを書いた人が満足できるできるかもしれません。ただ、ここでも勘違いしないようにしなければいけません。賛成票が多いからといって、それが正しいとは限りません。

私の批判は辛辣ですが、それを悪意と感じてしまう人がどうしているのでしょう。おそらく、日本社会の問題だと思います。たとえば、新聞は政治家や官僚を毎日のように批判しますが、スポーツ選手や芸能人を批判することはほとんどありません。批判とは、ゴシップではなく彼らのパフォーマンスに対する評価です。つまり、政治に対しては「伝達と評論」なのに、スポーツと芸能に対しては「伝達と宣伝」なのです。このようなマスコミのスタンスが、スポーツ選手や芸能人をアイドルのように扱う風土を作り、彼らに対する批判に嫌悪感を覚える人を作ってしまっているのでしょう。折しも、貴乃花親方の名誉毀損訴訟で損害賠償と謝罪広告を命じられた講談社が「社会的な常識から著しく乖離し、かつ悪意に満ちた判決」というコメントを出しました。真実がどうであれ、有名企業が裁判所の判決に対して「悪意」という言葉を使うのは非常に情けないですね。裏を返せば、悪意で記事を書いていると言っているように聞こえます。

私に成り済ました人は、中村俊輔について「中田の引退後、何を勘違いしたのか実力もないのにリーダーシップを取り、日本を後退させている」と言っていました。私は、中村と中田を比較していませんし、中村のリーダーシップについて書いたこともありませんでした。つまり、この人は中村の問題を自分なりに認識しているけど、自分自身でそれを言うことも、他の人が中村を批判することも許しがたいと思っているようです。

最後に私の言いたいことをまとめます。ブログのいいところは、誰もが自分の意見を自由に言え、それを誰もが読んで自由に意見を投稿することができる点です。ですから、理由の如何にかかわらず、それを妨害するような行為は絶対にやってはいけません。私自身は、どんなコメントにも対処できますが、ブログを運営する側はスレッドが荒れないように管理しなければなりません。このような管理が不要な世界を作れるかどうかは利用者次第です。インターネットによって、一般の人の声が聞けるようになったのに、それを利用者自らが葬り去ろうとするような言動は非常に愚かです。

posted by ボウヤ |02:47 | コメント(18) | トラックバック(0)
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2009年07月07日

レアル・マドリード

このブログは日本代表のサッカーに焦点を絞っているが、今回はテーマを変えて「レアル・マドリード」について書きたいと思う。

私がレアルのファンになったとき、フィーゴはバルサ、ジダンはユーベにまだいた。アルゼンチン・サッカーが好きだったので、レドンドを観たくてレアルの試合を観ているうちに好きになった。その後、フィーゴ、ジダンが次々に入団して、レアルはどんどん強くなり完全にレアルにのめり込んでしまった。本当に強かったときのレアルは、相手がどんなに引いて守っても、それを崩して点を取ることができた。その破壊力を超えるチームは未だに現れていない。しかし、太目のロナウドが入団してから、少し変になった。ラウールがFWではなく中盤に下がってプレーするようになったためだ。レアルの中盤は全員がゲームメークできるプレーヤーなので、そこにラウールが入ると、かえって邪魔をしているように見えた。そして、ベッカムの加入でさらに悪くなった。ベッカムが得意とする右ウイングにはフィーゴがいるので、ベッカムはボランチのような役割を務めたが、レアルのドリブル&パスのサッカーにはほとんど合わなかった。加えて、マケレレが抜けてからは守備の問題が表面化し、それをカバーするだけの攻撃力もなくなっていた。ジダン、フィーゴ、ロナウドの力が衰えてきたためだった。

ベッカムがレアルに入った年に、スカパーがリーガの放映権を諦めて、チャンピオンズ・リーグに切り替えたため、リーガを観ることができなくなった。監督もデル・ボスケからベッカムをよく知るケイロスに変わった。しかし、その後のレアルは、監督がブラジル人になるとブラジル色、オランダ人になるとオランダ色になり、あまり魅力を感じなくなった(たくさんの試合を観られなくなった所為もあるが)。カペッロがチームを建て直してリーグ優勝を果たしたが、マドリードのファンを満足させることはできなかったようだ。今は、バルサのほうが魅力的なサッカーをするが、バルサにくら替えするつもりはない。レアルに何が起ころうと、死ぬまでレアルのファンでいたいと思っている。

来シーズン、私が好きなカカーとクリスティアーノ・ロナルドが入る。カカーをミランで初めて観たとき、ゴールに向かうドリブルとシンプルなプレーでとても素晴らしい選手だと思った。ただ最近は、個人プレーが増えているように思う。ロナルドは個人プレーの固まりだが、サッカーに必要なものをすべて持っているので、それが許されるのだろう。たまに、トリッキーなプレーで相手にボールを渡してしまうことがあるが、それもまさにロナルドなのだろう。ベンゼマに関しては、試合をほとんど観ていないので分からないが、レアルのホームページのクリップを見る限り魅力的なストライカーのようだ。ただ、イグアインを影ながら応援していたので、ベンゼマの加入によってイグアインの出場機会が減るようなことがないか心配だ。

レアルが、どのようなメンバーでどのようなサッカーを見せてくれか楽しみだが、残念ながらWOWOWに加入するつもりはないのでレアルの試合を観ることができない。まさか、中村俊輔もリーガに入り、スカパーがリーガの放映権を取り戻すことはないと思うが、そうなってもスカパーでリーガを観ることはないだろう。ペレス会長のお陰でいい夢を見させてもらったが、その夢をスカパーがぶち壊したからだ。結果的に、落ちていくレアルを見なくてよかったかもしれないが、世界で一番魅力的なリーグと言っていたスカパーが、唐突にリーガの放映権を手放したときのショックは未だに忘れられない。

トリビア:「レアル」とは「王室公認」という意味で、スペインでは「レアル・ソシエダ」を呼ぶときに使われるらしい。だから、「レアル・マドリード」は「マドリード」と呼ぶべきだが、ここは日本なので「レアル」を使った。そういえば、マドリードがソシエダに負けて非常に悔しい思いをしたことがあった。そのときのソシエダには、ニハトやシャビ・アロンソがいた。

posted by ボウヤ |00:16 | コメント(13) | トラックバック(0)
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2009年07月01日

日本と米国の比較

<お願い>

前回、コメントをくれた人を中傷するコメントがありましたが、このような行為は絶対にしないでください。私への中傷は自分自身で対処できますが、コメントをくれた人への中傷はどうすることもできません。傷つく可能性もありますので、このようなコメントはスパムとして非表示にしたいと思います。

<前回のトピックの補足>

前回のトピックで「プロ意識」という言葉を使ったが、人によって解釈がまちまちだったようだ。プロ意識を広く捉えれば「自分の仕事を全うしようとする気持ち」なので、スポーツ選手などの特別は人だけのものではない。中村俊輔はある国際親善試合の前に「負けてもいい」と言った。これはサラリーマンに例えると、職場放棄のようなものだ。「職場放棄」とは「会社には行くがきちんと仕事をしないこと」である。本人にとっては立派な理由があるのかもしれないが、このような言動はプロ意識が足りない。

<本文>

米国は、ワールドカップを開催した2年後の1996年にメジャーリーグサッカー(MLS)をスタートとさせた。Jリーグの開幕が1993年なので、3年遅い。その後ずっとWCに出場しているが、勝ったのは日韓ワールドカップのポルトガル戦とメキシコ戦だけだ。このときはベスト8まで進んだ。

今回のコンフィデレーションカップでも、米国はスペインを破った。決勝のブラジル戦は負けたが2対3と健闘した。ポルトガル、スペイン、そしてブラジルは似たサッカーをする。イタリアのように守りから入るのではなく、攻めのサッカーをするため、守りにスキが生まれる。米国は、そんな相手に対して定番の「守ってカウンター」で対抗し、力を示すことができた。

日本代表は、ジーコ監督のときの2006年にサンフランシスコの野球場で米国代表と対戦した。立ち上がりこそ良かったが、すぐに米国のペースになり後半5分までに3点を失った。その後2点を返したが、この試合は日本が米国にもすでに遅れを取っていると感じた試合だった。米国はオーストラリアと同じくらいのレベルだと思われるが、速攻に関しては米国のほうが優れている。

日本と米国の違いはなんだろう。上述した米国戦では、ゴール前の競り合いでほとんど負けていた。確かに、フィジカルの強さという基本的な差はあるが、もっと重要なことがありそうだ。それは時間の要素だ。米国はブラジル戦で、自陣でボールを取ったら前線に精度の高いパスを出すというよりは、スペースでもいいから前線にいち早くパスを出そうとしていた。このようなプレーは日本人にはできないし、やったとすると監督やコーチに叱られるだろう。なぜなら、日本のサッカーは時間を作って、正確にボールをつなぐことを好むからだ。しかし、サッカーでは1秒でもコンマ1秒でも早くボールを処理することが重要になる。これは相手に守備の時間を与えないためだ。ブラジル戦で米国が取った1点目は、アーリークロスに対するデンプシーのダイレクトシュートだった。ダイレクトプレーは究極の短時間プレーだ。日本も、すべてダイレクトではなかったと思うが、いくつかのパスを素早くつないで得点を取ったときがあった。それはアジアカップのベトナム戦で、得点後のオシム監督の嬉しそうな姿が印象的だった。しかし、日本代表の場合は、ペナルティーエリア内でボールを受けても、ダイレクトシュートをすることは滅多にない。それどころか、シュートせずにパスを選択しまう。ゴールまでの時間を掛ければ掛けるほど、得点はどんどん遠ざかってしまう。

結論を言うと、時間を作るサッカーを忘れて、いかに早くゴール近くまでボールを運び、相手が前にいようといまいとシュートをするサッカーができるようになれば、日本は世界に少し近付くことができるだろう。

posted by ボウヤ |00:20 | コメント(24) | トラックバック(1)
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