2008年08月30日

Jの効果?

今年はJリーグが始まって16年目だ。当時、5才でサッカーを始めた子供は20才になる。ところが、この年代でヨーロッパで活躍している選手はいない。協会はこの現状をどのように捉えているのだろう。他国を眺めると、アフリカの国々からは多くの選手がヨーロッパで活躍するようになり、国の代表も非常にいいサッカーをするようになった。ギリシャは2004年のヨーロッパ選手権で優勝した。トルコはEUに加盟できないが、サッカーではEUの強豪国と対等に戦っている。南米でも、サッカーがあまり強くなかったエクアドルが力をつけて、強豪ひしめく南米からワールドカップに出場できるようになった。日本は世界に近づくどころか、多くの国々に差を付けられているのだ。結局、Jの効果がまったく現れていないといってよい。

アフリカのサッカー環境は良いとはいえない。にもかかわらず、ヨーロッパのクラブはアフリカから選手を連れていく。成功するのは一部かも知れないが、同じことがどうして日本でも起きないのだろう。

Jリーグの理念の1つに「日本サッカーの水準向上」がある。協会は25年も前からトレセン制度で、日本のサッカーを強化している。トレセン制度の目的は「チーム」ではなく「個々の選手」のレベルアップである。このような理念や育成システムは、きちんと機能しているのだろうか。

私の地元のマリノスは、幼稚園の年少からサッカーを教えている。マリノスの選手育成システムは、今年で23年目を迎えるらしい。ところが、マリノスで育った選手が海外で活躍していない。JリーグはJ1とJ2を合わせると33チームもある。これらのチームがすべて育成システムを持っているか知らないが、持っているとすれば非常の多くの子供たちが最高の環境でサッカーをしていることになる。クラブは優秀な若い選手を海外に出すより、自分のチームで活躍して欲しいという気持ちが強いかもしれないが、Jリーグはトップレベルではないので、若い選手にとっては上のリーグでサッカーをやるほうがよい。クラブが、可能性のある若い選手をヨーロッパに売り込むことぐらい簡単なことだと思うが。日本のクラブが閉鎖的でそれをしないのだろうか、それともヨーロッパのクラブが興味をまったく示さないのだろうか。どちらにしろ、Jの理念である「地域のクラブ」という狭い枠で考えていたら、日本の選手の成長は期待できそうにない。

日本にはサッカーの伝統がないという人がいるが、日本人がサッカーというスポーツを知ってから約140年、全国高校サッカー選手権が始まってから90年、サッカー協会が設立されてから88年も経つ。たしかに、Jリーグが発足するまではマイナースポーツだったかも知れないが、この長い間に、間違ったサッカー風土を作ってしまったのかもしれない。たとえば「ドリブルは自己中心的なプレーではない」のだ。特効薬は意識改革だが、保守的な関係者は誰もこの薬を飲まないだろう。

まごまごしていると、現在日本より下位にいるアジアの国々にも追い越されかねない。Jが世界に通用する選手を育てることができないのなら、海外に育ててもらうしかない。各クラブが可能性を秘めた子供をたくさん集め、協会がまとめ役になって、子供たちをヨーロッパのクラブに送るしかないだろう。今の日本のレベルで、ヨーロッパのクラブが受け入れてくれるかどうか分からないが、子供のレベルなら、日本のサッカー少年はヨーロッパで通用するはずだ。

posted by ボウヤ |04:09 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2008年08月24日

ウルグアイ戦の敗因

今週は家にいなかったため、録画したビデオで日本対ウルグアイ戦を観た。ウルグアイというと、フランチェスコリを思い出す。彼を始めて観たのは、イタリアのトリノでプレーしていたときだった。ボールの扱い方が優れていたので、すぐに大好きになった。私が好きになるサッカー選手は、ほとんどが第一印象で決まる。ボールを持っているときの相手との間の取り方が格別で、何かをしてくれそうな雰囲気を持っている選手だ。

ウルグアイは現在、南米予選6位だが、前回の試合ではペルーに6対0で勝っている。その試合の先発メンバーの内、ガルカノとフォルランは来日しなかったが、その他の選手は、新シーズンが始まったヨーロッパでやっている選手も含めて全員が来日したようだ。

日本の敗因は、ウルグアイがきちんとサッカーをやってくれたことだった。特に、得点こそ入らなかったが、前半がよかった。後半は、動きが少し悪くなったが、いざというときのカウンターはさすがだった。一方、日本はアジア最終予選に挑む準備の試合なのに、攻撃も守備もちぐはぐで、本気で戦っているようには見えなかった。同じようなサッカーをやっても、アジアならうまく見えるが南米なら物足りなく感じる、いい見本の試合だった。それにしても、いつも急造チームばかりで、未だにチームのベースが決まっていない。岡田監督は、反町監督が五輪でチームを作り込まないで失敗したのと同じミスを繰り返すつもりらしい。日本の唯一のよさはチームワークではなかったのか。チームワークを目指すなら、メンバーを固定しなければならない。

実力で劣る日本が、ウルグアイ戦で選手を試す余裕があるのだろうか。小野に何ができて何ができないかは、ずっとサッカーを観ていていれば分かることだ。どんな選手でも、急に代表に呼ばれて結果を出すのは難しい。特に、小野は周りを使うタイプなので、チームになじむことが重要になるのに。山瀬の役割は一体何なのだろう。岡田監督は松井に対して、サンテティエンヌで活躍したら使うと言ったが、一体いつ使うのだろう。今回の代表メンバーで一番びっくりしたのは、SBが駒野一人だったことだ。あとで長友が追加招集されたが、この試合の先発は阿部だった。阿部がSBに適していないことは、試さなくても明らかだ。

その他の問題もいつもどおりだった。FWのシュートはたった3本。MFからFWにうまくパスが入らないという問題だけでなく、ゴールから遠い場所で、ボールにいくら触れても何の意味もない。FWなら、常にゴールを狙うのが当たり前だと思うが。日本代表はカウンターができないという致命的な問題をなかなか克服できないが、逆にウルグアイのカウンターを簡単にくらってしまった。ウルグアイが見せてくれたように、攻撃か守備かのメリハリが試合で自然に出るようにならないと、残念ながらサッカーにはならない。

9月6日のアウェーのバーレーン戦では、重要なMFが再び変わるようだ。岡田監督が考える日本代表って、どんなチームなのだろう。バーレーン戦は、準備ができなかったという理由で、最初から引き分け狙いらしい。

posted by ボウヤ |23:04 | アジア予選 | コメント(11) | トラックバック(0)
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2008年08月18日

不可思議な中村俊輔の行動

ウルグアイ戦の日本代表メンバーに中村俊輔の名前がなかったが、岡田ジャパンの核は中村のはずだ。中村自身もその意識が高いようだが、バーレーン戦の前の練習試合には出るつもりがなかったようだ。

中村は6月14日のアウェーのタイ戦の前に足の痛みを訴えた。グロインペイン症候群が悪化したらしい。ところが、6月22日の消化試合にすぎないバーレーン戦にも、岡田監督に出場を直訴した。結局、治療のための手術は7月30日で翌日にすぐ退院した。タイ戦が終わってから手術までの約1ヶ月半、スコットランドリーグの開幕戦、ワールドカップのアジア最終予選の練習試合、そして自身の健康より重要なものがあったことになる。それは一体何だったのだろう。どうしてもっと早く手術を受けなかったのだろう。私がストラカン監督または岡田監督なら、怒り心頭に発するだろう。

posted by ボウヤ |04:11 | アジア予選 | コメント(24) | トラックバック(0)
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2008年08月14日

五輪サッカーのプレーの質

アメリカとオランダのレベルの低さにびっくり、それでも勝てないのが日本の実力。これが日本代表の五輪サッカーの感想だ。今回は、実際のプレーから日本代表に足りないものを探ってみよう。

アメリカ戦の前半21分の森重のシュートミスは、サッカーの基本を身に付けていない証拠だ。「速いクロスは脚を振らずにボールに合わせる」「蹴るときはボールを最後までしっかり見る」。この2つの基本だ。この森重のプレー以外にも、空振りや当たり損ねのシュートが多くあった。サッカーは常に周りを意識しなければならないが、蹴る瞬間はボールだけをしっかり見なければならない。この基本を身に付けていないプレーヤーが日本には多い。

アメリカ戦の前半28分、ゴールに向かってドリブルをした本田圭のパスが相手DFの足に当たって誰もいないスペースに流れた。本田圭の斜め前にいた谷口はサイドに少し開きながら走っていたが、すぐにそのボールに追いついてゴールラインぎりぎりで中央に折り返した。多くの人はこのプレーに疑問を感じないかもしれないが、私はもったいないと思った。一方、ナイジェリア戦の前半29分、イサックがDFを背負ってスローイングを受け、ボールを保持しながら前のスペースにスルーパスを出した。イサックの後ろから走っていたオコロンクォがそれに反応してゴールラインぎりぎりでボールを止めた。このとき、本田拓がオコロンクォに付いていたが、スライディングを簡単にかわされてしまった。オコロンクォは次にゴールラインに沿ってドリブルをして、詰めてきた森重をキックフェイントでかわし、中央にいたオデムウィンギーにラストパスを送った。オデムウィンギーのシュートミスで得点にはならなかったが、これがサッカーである。谷口は完全にフリーだったにもかかわらず、最初から折り返すことしか考えていない走り方だった。さらに、相手DFはボールに行かずゴール前を固める作戦を取った。そこにボールを入れても得点の可能性は非常に低い。谷口はオコロンクォのプレーを見て、何かを学んだのだろうか。

アメリカ戦の前半38分、森本は判断ミスと基本をないがしろにしたプレーを続けた。長友からの縦パスを受けた森本は、相手3人に囲まれていたので、後ろにいた梶山にボールを預けた。同時に、相手は3人とも梶山に近寄ってボールを取ろうとしたが、梶山はふわりと浮かしたパスでフリーの森本にボールを戻した。絶妙なワンツーの形になったが、森本は判断ミスをしてしまった。ボールをスペースに流せば、非常にいい態勢でボールが取れたのに、無理な姿勢でトラップに行ってしまった。これは仕方ないとしても、トラップ後のプレーが最悪だった。森本がトラップしたときに、相手DFが一人だけ森本に寄せたが、ボールを取るためではなく森本とゴールの間に体を入れた。ところが、森本は体を回転して前を向こうとせず、はるか後方にいる味方にボールを戻してしまった。このとき、味方が3人ゴールに向かって走っていた。反町監督は森本のどんな点を高く評価したのだろう。

オランダ戦の後半、自分のボールを相手に体を入れられて取られるシーンが目立った。後半84分、ペナルティーエリアの近くにいた岡崎は、森重と梶山から縦パスを2度受けた。1度目は、エマヌエルソンが近寄っていたのに、ボールを単純に止めるだけだったので、エマヌエルソンにボールをつつかれてボールを失った。2度目は、相手2人を背負っていたので、ボールをサイドラインに向かって運んだが、ザウファーローンに動きを読まれ体を入れられてボールを取られてしまった。A代表でもよくあるシーンだが、ボールを保持するときの体の使い方がまだまだ足りない。ボールと相手の間に自分の体を入れるのが基本だ。

五輪代表にはA代表に選ばれている選手が何人かいるが、今回の試合をA代表への試験と考えると、可能性を示したのは香川だけだった。それほど活躍できなかったが、ボールを持ったときのセンスのよさとゴールに向かう姿勢が光った。ただ、修正しなければならない点もあった。その1つがトラップだ。トラップの瞬間に、ボールが少し体から離れたり体を入れられたりして、相手にボールを取られるシーンが多くあった。さらに、ワンタッチでボールを前にはたいてドリブルを狙ったときも、ボールが離れすぎてボールを取られてしまった。香川はMFなので、ボールを確実に確保できるようなトラップを心がけるべきである。

最後に、スタッツを見ると興味深いことがあった。
日本18(2)-(3)15アメリカ
日本15(2)-(3)11ナイジェリア
日本23(1)-(3)16オランダ
これは反則数(カッコ内はイエローカード)だ。日本のサッカーはいつもクリーンなイメージがあるが、今回の五輪では相手より反則が多かった。これは何を意味するだろう。いろいろ考えられるが、相手のチャンスを反則で止めることも多かったので、この点に関しては少し世界に近づいたと理解してもよいかもしれない。オランダ戦で本田圭がPKを取られたシーンも海外では当たり前のプレーだが、審判の判定も当たり前である。

posted by ボウヤ |17:50 | 五輪 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年08月06日

チームワーク(その2)

前回、チームプレーを数値化して説明したが、別の面からチームワークをみてみよう。日本では、幼稚園のサッカーからプロのサッカーまで、チームワークを非常に大事にする。サッカーは団体競技なので、「皆で協力して行動すること」が一番重要だと考えるらしい。しかし、このことが日本のサッカーを非常に特殊なものにしているかもしれない。

海外のサッカーを観ていると、チームプレーは結果で、個人のプレーが優先されると感じる。ボールを持った選手は自分の判断で、足の裏でボールをコントロールするか、ドリブルをするか、またはパスをするかを決める。つまり、ボールを持った選手は王様なのだ。周りの選手は、王様が何をやるかを感じて、ボールを貰いたいところに動く。もちろん、王様に要求する場合もあるが、王様はその要求に耳を傾けなくてもよい。王様がパスを出すと、今度は、ボールを受けた選手が王様になる。このように、王様から王様にボールがつながれるから、面白いチームプレーが生まれる。選手たちは常に、自分が王様になりたいと思ってボールを追いかけている。このようなサッカーでも、ボールをつないだ結果として得点が取れれば、それはチームワークの成果である。

一方、日本のサッカーを観ていると、チームワークが個人の足りない部分を補うと考えているようだ。ボールを持った選手は、周りの選手の動きを見てから何をするかを決める。つまり、ボールを持った選手は王様ではなく気配りができる給仕なのだ。周りの選手も同じように気配りができる給仕で、ボールを持った給仕をどうやって助けるかを考えながら動く。たとえば、ボールを持った選手から相手を遠ざけたり、パスコースを増やしたりしようとする。非常に美しい共助の精神である。王様のサッカーは、ボールを持ったときと持たないときでメリハリがあるが、給仕たちは、ボールを持っているときも持っていないときも、プレーに対する気持ちがあまり変わらない。これが逆に、プレーの物足りなさにつながる。結果として、流れの中から得点が取れなければ、共助の精神があるにもかかわらずチームワークはないことになる。

王様チームと給仕チームのどちらが強いかは明白である。ただ、王様チームは空回りするときがあるので、給仕チームに勝つチャンスがないこともない。この2チームにはいろいろな面で差があるが、中でも、判断のスピードに大きな差が生まれる。共助の精神はどうしても判断を遅れさせる。いい例がシュートである。日本代表はシュートができるシーンでシュートを打たないことが多い。誰かがスペースに来てくれたらと一瞬でも考えたら、もうシュートは打てない。しかし、王様は自分の判断だけでシュートを選ぶので、判断が非常に早くなる。また、周りの選手が王様の判断を遅らせることもない。

私も以前は、日本人が得意とするチームワークを極めることによって、日本のサッカーが世界に近づけるかもしれないと考えたが、上述したように、最近はこの考えが間違いだったと思うようになった。やはり、強い国のサッカーを見習うしかないようだ。イングランド(日本人には多分無理)、ブラジル(緩急)、イタリア(守備重視)ではなく、できればアルゼンチンまたはスペインのサッカーを見習って欲しい。このほかに、ドイツ、フランス、ポルトガルの国内リーグを観たが、アルゼンチンとスペインのサッカーが一番面白かったからだ。

posted by ボウヤ |13:14 | サッカーの基本 | コメント(5) | トラックバック(0)
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