2012年01月25日

見る価値のないクラシコ

仕事が忙しかったが、先週、無理をしてコバ・デル・レイのレアル対バルサ戦を見た。結局、つまらない試合を見せられて、体調を崩しただけだった。

バルサはアウェーで、ポゼッション、守備、そしてスルーパスに徹するらしい。一方、レアルはバルサの守備を崩すことができず、アイデアもテクニックもない攻撃に終止した。いや、攻撃とは呼べない。カシージャスにボールを戻し、カシージャスがボールを大きく蹴って、バルサにボールが渡る。こんなプレーが何度も繰り返された。結局、レアルはバルサの術中にハマってしまう。

イングランドやイタリアでも、ビックチーム同士の試合で牽制し合って内容が悪くなる場合がある。しかし、ここまでひどい試合はない。こんな試合をクラシコと呼べるのだろうか。ただの二流チーム同士の退屈な試合だ。

posted by ボウヤ |03:29 | ファンの目 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2011年11月23日

批判されるべきは清武氏ではない

江川が巨人に入った頃から、野球をだんだん見なくなった。ただ、その江川のプロデビュー戦を後楽園で実際に見た。大の巨人ファンだった父が仕事の都合で見に行けなかったためだった。

私は現在プロ野球ファンではないが、清武氏が渡辺会長を批判した件で一言。

今回の件でも、メディアの腰の引けた報道姿勢が露呈した。メディアが存在する意味の1つは、権力を利用するエゴイストを叩くことである。しかし、日本のメディアはまったくできていない。批判されるべきは清武氏ではなく、過去の言動から明らかなように、自分のエゴを通すために権力を使い、企業を大きくするための道具としてプロ野球を利用している渡辺会長こそ、批判されるべき人なのだ。特に、TVメディアは救いようがない。バラエティとスポーツとニュースを区別できない人々の集団だからなのだろう。

ちなみに、私も上司を批判して会社を辞めた一人だ。

posted by ボウヤ |04:17 | 雑感 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2011年11月01日

レアルは今シーズンもダメかも

リーガは10試合を消化したが、モウリーニョのレアルは今シーズンもダメかもしれない。リーガの成績は8勝1負1分で悪くないし、得点を32点上げてトップに躍り出た。確かに、昨シーズンよりは良くなっている。特に、ベンゼマははるかに良いパフォーマンスを見せてくれている。得点シーンも、個人だけの力だけでなく、チームとして非常に美しい得点も上げている。しかし、その多くはカウンターアタックだ。

アウェーのレバンテ戦、試合開始からそんなに難しい相手ではないように思えたが、チャンスを逃し続けると、どんどんプレーがいい加減になった。逆に、レバンテの攻撃が除々によくなり、途中からはどっちが上位チームか分からなくなってしまった。後半、エジルとロナウドが交代で入ったが、状況はまったく変わらなかった。ラシン戦はもっとひどく、90分間二線級の試合を見ることになった。アタッキングサードに入っても、ほとんど普通のプレーしかしないので、ラシンが楽に守ることができた。エスパニョール戦ではイグアインがハットトリックを上げたが、イグアインにいい形でボールが供給されたのは、2〜3回ぐらいしかなかった。

いろいろ忙しくて何試合か見られなかったが、やっとマラガ戦とソシエダ戦を見ることができた。マラガ戦の前線の4人は私が理想とする組み合わせだったので、非常に期待した。何回かいい攻撃をし、前半だけで4点を取ったが、攻撃力という点では今一だった。イグアインの下がってボールを預けるだけのプレーは気に入らないし、カカーにはゲームメーカーとしてのプレーを期待しているが、そのようなチームにはなっていなかった。カカー自身の動きもまだまだのようだ。前半はまあまあだったのに、後半はマラガがゲームを支配した。いくらマラガホームといえども、劣勢を跳ね返せないのが今のレアルの実力のようだ。ソシエダ戦もアウェーだが、非常に退屈な試合だった。レアルは、ボールをゆっくり回して、サイドに開いたり、スルーパスを狙うだけの単調な試合運びをした。一方、ホームのソシエダは、前線と最終ラインの距離を縮めて、狭い範囲でボールを奪取する構えだったが、ボールを取っても、鋭いカウンターアタックをほとんどしなかった。結局、両チームともバックパスのオンパレードで仕掛けることがほとんどなく、90分間退屈な時間を過ごさなければならなかった。

トップチームがトップであるということは、相手を圧倒する攻撃力を見せなければならない。しかし、今のレアルはそれができない。相手が守備体系を整えると、ほとんど攻め手がなくなり、バックパスとロングパスに終止する。ドリブルとパスで相手の守備を破ることができないのだ。レアルはサイドや中盤の守備がそれほど良くないので、相手の攻撃のほうが上手いと感じることも結構ある。攻撃の圧力が守備の圧力を圧倒して初めて、最強のチームと言える。もう1つ気になる点がある。それは、試合途中で人を変えても、流れがほとんど変わらないことだ。

特に、カカーとロナウドのパフォーマンスが良くない。それぞれミランとマンチェスターで良かったときを見てきたので、どこか体が悪いのではないだろうかと思ってしまう。ミランは、カカーとピルロで攻撃を組み立て、それがうまく機能していた。一方、マンチェスターは、ロナウドを除く10人でチームプレーに徹し、ロナウドを特別なオプションとして使っていた。このように、選手にしっかり役割を決めることが重要だが、モウリーニョの考えは少し違うようだ。最近は、ユーティリティーな選手が好まれるが、見て楽しいサッカーに必要なのはエキスパートだ。

本当に強いチームを作るなら、2チーム制ではなく基本のチームを決めて、状況に応じて一部の選手を代える方法がベストだ。一応、(前線)イグアイン、(2列目)ロナウド、カカー、ディ・マリア、(3列目)エジル、シャビ・アロンソ、(最終ライン)ラモス、バラン、カルヴァーリョ、マルセロを基本として、チームを確立して欲しいと思っている。レアルの1つの問題は自分で何とかしたいと思う選手が多いことだ。個人的にはこのような選手が好きだが、ゲームメークをする選手がいないと、チームとして機能しない。それができるのがカカーだ。エジルがディフェンシブハーフとして機能するか分からないが、ピルロのように1列下げて成功した例もある。エジルが後方からゲームを組み立てることができるようになれば、レアルにとってもエジルにとっても非常に有意義なことだと思う。

posted by ボウヤ |10:40 | ファンの目 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2011年06月02日

一線を越えようとしているバルセロナ

バルセロナのサッカーは、1対0で勝っているチームがパスを回して、残り5分間をやり過ごすサッカーに似ている。つまり、90分間敵陣でパスを回すことによって、相手の嫌気を誘うのである。そうすれば、その内に相手の足が止まりマークが甘くなるので、おのずとチャンスが訪れる。強引にボールを取りに来てくれれば、守備にスペースができるので、そこを突くことができる。もう少し詳しく述べると、たとえば、自陣でボールを取ったら、前に運ばずに取ったラインの前後でボールを回す。相手は最初ボールを取りに来るが、その内に諦めてくれる。これを繰り返して、ボールを徐々にアタッキングサードまで運ぶ。ペナルティーエリアの周辺でも、やることは基本的に同じだが、ここで奥の手を使ってゴールを決める。こんなことを考えたチームは今までにもあったかも知れないが、バルセロナはそれを極めた。

バルセロナのサッカーでもう1つ特徴的なのは、守備のときの走るスピードが攻撃のときより圧倒的に速いことだ。通常は、攻撃に入るときにスピードを上げるが、バルセロナはその逆をやることによって、相手の攻撃を止めている。これはイタリアより守備的なサッカーと言える。実際に、今シーズンの優勝が決まった36節までの失点はたった20点しかなかった。これはセリエAの優勝チームであるミランの23点より少ない。攻撃的なスペインでのこの数字は、バルサがいかに守備を重視しているかを表している。

上述した攻撃と守備の両立を可能にしたのは、選手個々の確実な技術、選手同士の絶妙な距離感、そしてチームとしての一体感だ。サッカーのようなスポーツは相手との駆け引きが非常に重要になる。といって、バルセロナのように、そこだけに重点を置いてしまうと、試合が退屈になる。つまり、バルセロナのやり方はやる側の論理で、見る側をないがしろにしているのだ。サッカーの面白さは個々の選手のチャレンジから生まれる。成功すれば得点のチャンスにつながり、失敗すれば失点の危機につながる。一般に、チャレンジが多く成功率が高いチームが強者なのだ。ところが、バルセロナはそのチャレンジを最小限にして、確実に得点を稼ぎ失点を少なくする方法を採用している。確かに、勝つ確率を最大限にする最高の手段だが、サッカーでやってはいけない一線を越えてしまう危険をはらんでいる。

もし、バルセロナというチームが2つあり試合をすれば、バルセロナのサッカーの方向が正しくないことが明白になるだろう。攻撃より守備にエネルギーを使うため、ボールがただ回っているだけの時間が増えるからだ。2003年のCL決勝のユーベ対ミラン戦を覚えている人なら、その試合が想像できるだろう。バルセロナのサッカーが世界に浸透しないことを祈る。メッシは、バルセロナに恩がありバルセロナならゴールをたくさん取れるかもしれないが、バルセロナを出てもっと本物のサッカーができるチームに入るほうがいい。

posted by ボウヤ |21:33 | ファンの目 | コメント(41) | トラックバック(0)
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2011年05月28日

勘違いのポゼッションサッカー

ポゼッション70/30%の試合が見て面白いだろうか。100%詰まらない。なぜなら、ポゼッションの高いチームはその時間をずっと攻撃することはできないし、ポゼッションの低いチームは攻撃を組み立てることができずに、ただボールを放り込むようなサッカーになるからだ。

ポゼッションサッカーは勘違いされている。ポゼッションは「所有」という意味なので、ボールをずっと所有すれば、相手は点を入れることができない。これがポゼッションサッカーの基本概念だと思っている人がいるようだ。しかし、両チームが所有を重視したサッカーをやったら、どんなサッカーになるか想像してみて欲しい。きっと、誰もサッカーを見たいと思わなくなるだろう。

では、ポゼッションサッカーとはどんなサッカーなのだろう。サッカーの目的はボールを所有することではなく、ゴールにボールを入れることだ。ところが、ポゼッションサッカーはボールを取られないという点にプライオリティを置く。さらに、取られてもすぐに複数でプレスを掛けられるようにする。この2つを可能にするには、味方同士が最適な距離を保って、味方の足元に正確なパスを送る必要がある。ダイナミックなロングパスや大きなサイドチェンジ、さらに無理なドリブル突破は基本的にやらない。これらのプレーはボールを取られるリスクが高いからだ。無理してボールを取られぐらいなら、ボールを後ろに回すほうが安全だと考えるのがポゼッションサッカーの基本だ。つまり、ポゼッションサッカーはゴールにボールを入れるための手段ではなく、ボールを取られるリスクを最小限にしてペナルティーエリア近くまでボールを運ぶ手段なのだ。

ポゼッションサッカーを代表するチームは、バルセロナ、アーセナル、スペイン代表だ。これらのチームが本当に美しいサッカーを見せたときのポゼッションは55%ぐらいになる。ポゼッションが60%を超えるような試合は、決して見て面白い試合にはならない。なぜなら、その増えたポゼッションの時間は、うまく攻められないために、ただ無意味にボールを回しているだけだからだ。

バルセロナが強いのは、イニエスタが守備を切り裂くドリブルからパスを出したり、メッシがドリブルからシュートをしたりするからだ。彼らは、どのチームに移っても通用するポゼッションサッカーとは無関係な選手だ。ポゼッションサッカーでペナルティーエリア近くまでボールを運び、そこからさらにポゼッションサッカーを続けても、ゴールを取ることは難しい。なぜなら、選手が密集しているし、守備が厳しくなるからだ。結局、最後の部分はポゼッションサッカーではなく、個々の選手の仕掛けに依存することになる。バルセロナでそれができるのが、イニエスタ、メッシ、ビジャなのだ。もしも、この3人をポゼッションサッカーをする選手に変えたら、バルセロナは優勝どころかELにも出場できないチームになってしまうだろう。もちろん、こんなチームを作る監督はいないと思うが。

一方、アーセナルがプレミアでなかなか優勝できないのは、ポゼッションサッカーとは無関係な選手がファン・ペルシーしかいないからだ。結局、アーセナルはゴール前でも手間を掛けすぎてクリアされてしまうことが多い。ただ、アーセナルはバルセロナのようなディフェンシブなポゼッションサッカーはやらない。最近、アルシャヴィンの元気がなくなっているような気がする。もしかしたら、ポゼッションサッカーの中で自分の役割を見出せなくなっているのかもしれない。

ポゼッションサッカーの問題点は、ボール回しが攻撃のためでなく、ボールを保持するためになってしまうことだ。選手たちは仕掛けるタイミングを狙っているつもりかも知れないが、見ている側は退屈な時間を過ごさなければならなない。ポゼッションサッカーがファンタスティックと感じるのは、積極的なパスと上述したような最後の仕掛けが上手くいったときで、ポゼッション自体はラビッシュな時間だ。つまり、リスクを最小限に抑えるポゼッションサッカー自体は退屈な試合を演じるだけの手段になりかねない。

最近、CLやW杯の試合がどんどん詰まらなくなっている。その一因が消極的なポゼッションサッカーなのだ。金や名誉より、ファンに面白いサッカーを見せるという基本的な目的が薄れるのなら、そんな大会は要らない。さらに、このような試合をストラテジーやタクティクスの観点から賞賛する人々がいることが非常に悲しい。

posted by ボウヤ |22:47 | サッカーの基本 | コメント(16) | トラックバック(0)
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