2007年03月31日
右肘の手術後、ボールは投げられなくても下半身は鍛えられるとジャイアンツ球場を一人黙々と走り続け、芝が剥げ上がって箇所が「桑田ロード」と呼ばれたのは有名な話しですが、今回はその時とは全く逆に、足は不自由でも投げることはできると言わんがばかりに、痛めた片足を台の上に置いてキャッチボールをする桑田投手の写真が3月30日配信のサンケイスポーツに掲載されました。
ピッツバーグ・パイレーツとのマイナー契約を結んだ後、開幕当初というよりは、シーズン中にメジャーに一度でも上がることを目標にしていた桑田選手のことですから、桑田ロードの時のようにひたすら今できることを一日一日やり続けて目標に向かっているのでしょう。
先日NHK BS1で放送された「ドキュメントスポーツ大陸」の中でも、アメリカ出発前に少年野球の子どもたちに”起きあがりこぼし”の話しをしていましたが、「大切なのは、失敗した後に何度でも起きあがること。でも、努力した分しか起きあがれないぞ」の言葉通りに、今、桑田選手は自分自身でそれを実行しています。
それにしても、三塁側へダイビングキャッチを試みて右肘のケガ、今回も三塁側審判と交錯して右足首ねんざ、守備が下手で最後まで追いかける意識の薄い選手だったらばどちらも起こらなかったケガ。ここにも、桑田選手の守備に対するレベルの高さが感じとれます。
単なるリハビリだけでなく、故障者リストの選手に対する球団の対応、システム、あるいは米国流リハビリ方法などを勉強するつもりで時間を有効に過ごすことでしょう、桑田選手ならば。
posted by 沢村大和 |22:09 |
桑田真澄18 |
コメント(0) |
トラックバック(1)
2007年03月25日
"Someday この胸に Someday
信じる心 いつまでも
Uh Someday"
という詩をご存知ですか?
野茂選手が大ファンのシンガーソングライター佐野元春さんの「Someday」
という曲の歌詞です。
ずっと以前、TV番組に野茂選手と佐野さんが一緒に出られて対談をしていたことがありました。その時の野茂選手は、照れながらもいつもより饒舌だったような記憶があります。
もちろん、私は二人には直接会ったことなんてありませんが、二人の仕事への取り組み方、メディアへの接し方を見ていると共通点がたくさんあるように感じられます。
同じくSportiva 4月号に掲載されている団野村氏のインタビュー(取材・分:出村義和氏)より
「以前のように手を広げて迎えられることはないでしょう。どこかの隙間に入っていくような仕事になりますけど、需要はあると思っています。」
また、専属トレーナー大川達也氏のインタビュー(文:Sportive編集部)より、
「一度はキャリアを極めた人が、「望みある限りやる」という強い気持ちであんなにキツいリハビリやトレーニングをする姿を見ていたら、そう思わずには(メジャーに復活する姿を見せてもらいたい)いられません。」
インタビュー全体から、野村氏、大川氏が野茂選手を単なる仕事上の関係としてだけでなく、リスペクトする存在として捉えていることが伺えます。
野茂選手のことを書いてから、一昨日4,500、昨日6,400アクセスと野茂選手の復活に対する期待の大きさをすごく感じています。野茂選手の公式ウェブサイトのFAN MAILに野茂選手の復活する姿を望んでいるファンが大勢いることを投稿しようと思っています。
P.S. いつも私のブログにコメントを下さっている方々、本当にありがとうございます。個別にはレスをしていませんが、きちんと拝見させて頂いております。
posted by 沢村大和 |07:59 |
大リーガー野茂英雄 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2007年03月24日
昨日のアクセス数が4,500を超え、私の記事の中では今までの最高でした。ありがとうございます。あらためて野茂選手に関心をもっている方々が多いことに驚いています。
今朝の新聞に”代理出産 母子と認めず”という向井亜紀さんの問題に対する最高裁の決定が報じられていました。早速、向井亜紀オフィシャルウェブサイトにアクセスしたところ、
ご本人のコメントで、
「私たちの裁判結果はさておくとしても、私の感想が、これから制定されていく生殖補助医療に関する法律に、1ミリでも影響を与える可能性を考えると、ここで気を抜くわけにはいきません。←まだまだ勉強は足りませんが。」
と書かれていました。
これを読んで、私はSportivaでの野茂選手のコメント
「ちょっとずつ、ちょっとずつ。それこそ、グラブでいったら1ミリ上がるか上がらないかの。それくらいでもいいので、日々良くなってくれたらと思っています。」
がすぐに頭の中をよぎりました。
本当にギリギリのところで勝負をしている人は分野に関係なく”こういう想い”をもの凄い意志で、かつ日々継続することができるのではないかと感じました。
お二人とも”尊敬に値します”。このブログのタイトルではないですが、
ささやかながら ”フレ~フレ~、チャレンジャー!” です。
posted by 沢村大和 |13:18 |
大リーガー野茂英雄 |
コメント(2) |
トラックバック(0)
2007年03月23日
野茂英雄投手、彼に関する情報がウェッブにアップされることは、本当になくなって来た。しかし、彼の姿をもう一度みたいと思っているファンはものすごく多いと思う。
Sportiva 4月号の野茂英雄インタビュー(取材・文:出村義和氏)を読んだ率直な感想。
(問)引退を考えたことは?
「(断固たる調子で)ないですね。まだまだ投げたいですし、引退後の生活についても考えたことはないです。マウンドに上がるにはどうしたらいいか、ということしか考えていません。」
(問)早くブルペンに入りたいでしょう。
「いや、まったく.....本当に焦ってませんから」
(問)それは自分の気持ちの中でコントロールがうまくできているから?
「本当にゆっくりやっている感じです。ちょっとずつ、ちょっとずつ。(中略)日々良くなってくれたらと思います。」
このインタビューの中で、野茂選手は”本当に”とか”いや、・・・・・です”とか問いを否定する答えから話しが始まる場面が多い。周りの人の心配や興味とは別の世界(次元)で、野茂選手は自分の信じるストレートを自分のイメージする通りに投げられるようになることだけに集中しているように感じる。大リーグで12年間やってきて変な欲がなくなっている分、本当に素直にそのことだけに集中している。
最後に、同じ号の中に掲載されている吉井選手の言葉が全てを語ってくれていると思います。
「僕は彼(野茂)が復活するところを何度も見て勇気づけられてきました。」
posted by 沢村大和 |09:52 |
大リーガー野茂英雄 |
コメント(3) |
トラックバック(1)
2007年03月20日
千葉ロッテマリーンズ 黒木知宏投手。
○ 33歳
○ 愛称 ”ジョニー”
○ 年俸は全盛期の1/10の1,600万円(推定)
○ ストレートのスピード現在 130キロ台、今シーズン シュートに取り組む
○ オープン戦での出番 3、4番手
○ 気迫、依然衰えず
3月5日 対ドラゴンズ 7回3番手で登板
球数 打者 回数 被安打 四死球 三振 失点 自責点
14 3 1 0 0 0 0 0
黒木選手のコメント:シュートピッチャーと思われるぐらいまで突き進んでいきたい。
(2007年3月6日付 日刊スポーツより)
3月10日 対ライオンズ 6回2番手で登板
球数 打者 回数 被安打 四死球 三振 失点 自責点
9 3 1 0 0 0 0 0
3月15日 対ファイターズ 8回4番手で登板
球数 打者 回数 被安打 四死球 三振 失点 自責点
- 5 1 3 0 0 0 0
3月18日 対ホークス 9回4番手で登板
球数 打者 回数 被安打 四死球 三振 失点 自責点
- 4 1 1 0 1 0 0
黒木選手のコメント:今できる精いっぱいのことをやっている状態。マウンドに上がるときの(ファンからの)声援は感動しますね。
(3月18日配信 nikkansports.comより)
シドニー五輪での熱投後、松坂と同様に大リーグを夢見たと私は思っている。今シーズン松坂は巨額の契約金とともにその夢を実現した。故障と闘ったジョニーは、年俸1,600万円で一軍選手としてマウンドで投げるためにもがいている。
私は黒木投手を応援する。
posted by 沢村大和 |18:27 |
ジョニー黒木 |
コメント(1) |
トラックバック(0)
2007年03月19日
プロゴルファー中嶋常幸選手。
タイガー選手、さくら選手よりずっと以前に親子鷹として成功した選手。
昨年三井住友VISA太平洋マスターズに優勝し、中嶋健在なりをアピールした。
TBSラジオでご自身の番組「中嶋常幸のティーラウンドグへようこそ!」をもち、ちょっとしたゴルフ上達法を話してくれています。話し方には、その性格やプレースタイルが表れていて、とても正確に、かつ内容がまとめられています。
ゴルフは他のスポーツと比べて選手寿命が長いと言われますが、私は一端一流レベルから落ちた選手が復活したのをあまり見たことがありません。
村上隆選手、倉本昌弘選手、デビッド石井氏等々、数え上げたら切りがありません。
中嶋選手には、是非、今年もシニア以外の試合で活躍し、今の年齢になったからこそわかるゴルフの神髄を語って頂きたいものです。
フレ~フレ~、ナ・カ・ジ・マ!!!
posted by 沢村大和 |20:21 |
トミー中嶋 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2007年03月17日
最新号 Number 674に掲載されている桑田選手の記事「ラストチャレンジ。」(文:石田雄太氏)を読みました。
桑田選手と家族との絡みの部分がとても興味深かった。
中学2年の息子さんにメジャー挑戦を「やった方がいいよ、パパ」と言われ、本気でアメリカに挑戦するための活動を始めたこと。
桑田選手の言動や行動に対する奥さんの「(若いときも今も)本当は何も変わっていないんです。野球に対してもその都度、真剣なところは何も変わってないし、何かを言うとナマイキだって言われちゃうところも変わってない(笑)」(前後略)という発言。
また、
「お米、本当は好きなはずなのに、全然、食べてないみたい。(中略)不思議に思ってよく考えてみたら、断って(たって)るのかもしれないって。ありえますよね、あの人なら(笑)」という、好きなものを断つことにより決意を表す古風な面。
さらに桑田選手が最近よく口にする「アメリカが合っているみたい。」という発言を考えると、桑田選手は野球に没頭しいたのだ、野球以外のことで周りに合わせる必要のないアメリカの地で、純粋に”ベースボール”に没頭したいのだと感じさるを得ない。まるで学生時代のときのように.....
posted by 沢村大和 |16:27 |
桑田真澄18 |
コメント(14) |
トラックバック(0)
2007年03月16日
最新号Number 674のカズ選手のインタビュー(文:一志治夫氏)を読み終えて、この4日間書いてきた桑田選手、辰吉選手、清水選手、そしてカズ選手、皆こういう気持ちなんじゃないかと強く感じた。
「J1で1年やったら、僕はもう1回海外へ行きたいです。ブラジルのどんな田舎でも、3部4部でもいいんです。プロとしてサッカーをやりたいんです。」(途中省略)
「例えば、スタメンじゃないとするでしょ。外れたと同時に毎回移籍のこと考えるからね。毎回。違うチームでやろうって。それずっと思ってるからね。」
「中学生でも高校生でも、俺たちとは違う時代の選手で、がんばってほしいなっていうよりも、ライバルだから。俺は負けないぞっていうね。まず第一にそっちだからね。その次にまだ若いんだからがんばってほしいっていうことを思う。」
もう、これを読んだだけで、”負けず嫌い”とか”貪欲”とか、そういう言葉では到底表せない超一流アスリートに共通するメンタリティがどういうものか、その一端が少し分かりかけた気がした。
と同時に私もこのブログを続けようと決意した。
posted by 沢村大和 |22:58 |
King KAZU |
コメント(0) |
トラックバック(1)
2007年03月15日
いや~、嬉しい限りです。先ほど目にしたスピードスケート清水選手のニュース!!!(共同通信社 2007年3月15日 18:10 配信)
「スケートの清水が意欲 長野五輪金メダリスト」
の見出し。
1月の冬季アジア大会から帰国後、体調不良のため、ワールドカップ最終戦を辞退し、世界距離別選手権も不出場、2月に33歳となった清水選手が、来期も頑張るそうです。
世界距離別選手権の様子も気になっていたそうで、インターネットでチェックしていたとのこと。気になるということは、まだまだ競争心がある証拠です。
ご本人のブログを見ると、3月9日に500mで韓国の李選手が世界新記録を樹立したことについて、この大会で全ての種目で韓国勢が台頭してきているが、日本も強化方法の転換期にきていて、今ならまだ間に合うとの考えを語っています。
ちなみに、2回合計の世界新記録は加藤選手でなく、清水選手が依然もっていたのですが、李選手はそれも破りました。
報道によると、「昔のように連戦連勝はできないけど、ポイントの大会で勝てる体と精神力をつくっていく」というコメントも、本当にそうですよね。横浜ベイスターズに移籍した工藤投手のように、若い選手の手本になり、自分もここぞっという試合で活躍するというスタイル。たぶん、清水選手にはまだまだ追求したこと、追究できると思っていることがたくさん残されているのでしょう。
ロケットスタート、スケートシューズへのこだわりで有名な清水選手が、来期、私たちにどんなメッセージを体現してくれるのか、と考えると体がウズウズして来ます。
P.S. 皆さん、知ってますか。清水選手、髪を短くしたのですよぉ(ご本人ブログより)。
posted by 沢村大和 |19:59 |
RocketStart清水宏保 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2007年03月14日
フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によると、
辰吉丈一郎選手は、
(1) 2003年9月以降は全く試合を行っていないが、未だに現役選手扱いである。
(2) 2007年5月に37歳の誕生日を迎えることで、辰吉は定年制のルール上、強制引退となる。
(3) 37歳を過ぎても現役を続けるには、37歳を迎えるまでに世界ランカー、若しくはそれに准じる
相手と対戦し、世界ランキング15位以内に入ることが絶対条件である。
となる。
そんな状況下の辰吉選手が打って出た手段は、3月14日11時12分配信のディリースポーツ紙によると、
ナンと 「辰吉“最後の勝負手”単身タイへ」
正直、私は辰吉選手はとっくに引退していたと思っていました。とんでもない。本報道によると、
「03年9月のノンタイトル戦から3年半、実戦を目指して朝10キロのロードワークと自転車で10キロのジム通いを継続。体重もバンタム級のリミット(53・52キロ)圏内の56キロをキープし続けてきた。」
ということです。
やはり、凡人とは次元が異なります。もちろん、試合をするチャンスを掴むための決断です。
本ブログの当初の予定には入っていませんでしたが、当分辰吉選手から目が離せません。もちろん、私はサポートします。
posted by 沢村大和 |13:29 |
浪速のジョー |
コメント(3) |
トラックバック(0)