2008年04月21日
昨日は、魔裟斗と矢沢心さんの結婚披露宴にお呼ばれしたよ~。
感動した。
つくづく思ったのが
エリートスポーツ選手も、有名な女優さんも、お父さんやお母さんは普通の人なわけで、息子や娘への想いは一般のひとと同じで、娘や息子から親への気持ちもフツーの人と同じで、だからして、結婚式や披露宴は、有名人のものであろうと、一般人のものと変わりない、演出なき涙や優しさに包まれているということ。
どんな豪華なウェディングケーキがあったところで、そこの部分は素のまんま。
ま、考えてみれば、当たり前なんだろうけど。
魔裟斗のお父さんが、係の人がセッティングしたマイクスタンドを“こんなもの、いりません。自分の声でお礼を言わせてください”というかんじで片付けて「息子がみなさまに・・・・・・」と、大きな大きな声で、ときにその声を震わせながら、来場者に向って挨拶するシーンをみたときは、10粒くらい涙が落ちちゃった。
たくさん、著名な女優さん、スポーツ選手も来ていたけど、みんな、我々が友人を祝うときと同じように、はしゃいだり、涙ぐんだりするんだよね。
と、感動しつつ、お開きとなって新郎新婦に挨拶するための列に並んでいるときは「うお~、エルメス(伊東美咲)がオレの後ろに並んでるよ!」とすっかり、ミーハー気分だったりして。
あと、直接会ったことのなかった、魔裟斗のお父さんが、僕や格通スタッフの名前・顔をしっかりご存知で「いつも読んでます」と。凄く嬉しかったのと同時に、身の引き締まる思いがした。
…というわけで、21日(月)11:00AM現在、二日酔い気味で、できあがった格通最新号を眺めてマス。飲みすぎたぁ~。
あさって書店に並ぶ最新号は、巻頭で魔裟斗を特集。船木、田村、青木ほか、4・29DREAM出場選手のインタビューも満載です!
posted by あさおか |10:35 |
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2008年04月08日
明日(4月8日)発売の格通は、カラテ特集。
エヴェルトン・テイシェイラがK-1参戦、アンドリュース・ナカハラが桜庭和志と対戦、フランシスコ・フィリョにDREAMからオファーあり…と、極真空手で世界タイトルを獲った3人に他競技挑戦の流れがあったためだ。
そのなかで、テイシェイラのK-1参戦に関しては、ちょっと不思議だった。 彼を数ヶ月前にインタビューした際「K-1やMMAへ挑戦する気は?」と訊いても「空手以外には興味はない」と答えていたから。なぜ、こうなったのか? 本人は“最近になって、提案されたから…”といった回答をしているようだが、それでは強い動機には思えない。
そんな疑問に対し、ある編集スタッフは「空手家なんですから“行け!”と言われれば押忍ですよ!」と、力強く、返答した。そうなのか…。そうだとしたら、それが美徳だというなら、少し違和感を覚える。
◎
空手の挨拶は「押忍(オス)」。
先生から無理な注文をされても、弟子側は、とにかく押忍。否定形の返事はない。そんなイメージがある。先輩のひとことごとに、「押忍! 押忍!! オッス」とただただ大きな声で返事している後輩集団を目にすると、体育会的なムードに自虐的に酔っているような、マゾヒスティックな印象すら受ける。
絶対服従の厳しさが、強さを生み出すようにも思えるし、一方で、そのシステムの中では、主体性が育まれず、自己主張なく権力に媚びへつらう人間性ができあがってしまう気もする。
本来、武道は、“自分に厳しく人にやさしい心”や礼儀を養いうるもの。
日本が世界に誇るべき、かけがえのない財産だ。
一方で、悪用されれば“非難を浴びずに奴隷的な存在をつくる道具”とも、なりうるのでは、ないか?
本来、楽しむことを目的としているはずのスポーツ。それが、この国において“体育”という形で教育に組み込まれ、発展したのは、明治以降の富国強兵政策の影響だったようにも考えられる。
武道が明治以降、重んじられたのが、同様に、従順な兵士を育てるのに都合がよかったからだとしたら、ゆゆしき問題だ。実際“押忍”という言葉自体に、海軍由来という説もある。
日常とは異なる言葉を用いることが、気持ちを引き締め、凛としたアティテュードを自然と生み出すのであれば、その伝統の記号を今後も使い続けることに関して、否定するつもりはない。
ただ、その道を嗜む若者には、必要なときに「NO!」といえる空手人になってほしい。
◎
話は戻って、今回のテイシェイラに関していえば…。
極真の世界王者にまで昇りつめた男のことだ。
「やれ! といわれたからやる」などというレベルの心変わりだったのではなく、空手の道に活かすべき何かをみつけたからこそ、K-1という寄り道を選んだのだと、信じたい。
posted by あさおか |00:52 |
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