2007年12月26日
12月24日夜、満月。夜空の満月を仰ぎ見ながら、かつて辛口で鳴らした山本夏彦氏の名エッセイ「何用あって月世界へ」を思い出した。仰ぎ見、賞でているだけで人の心もやわらぎ、さまざまなロマンを紡ぎだし、日本でも「かぐや姫」を主人公にした平安時代の作といわれる「竹取物語」をはじめとする、月にまつわる数多くの詩歌、物語が、私たちの心をうるおしてきた。そこへ、20世紀、人間が行った。
人工衛星・アポロ(辞書によれば、アポロとは「予言の神」といい、「アポロ的」とは調和ある統一、端正な秩序をめざす傾向という)の乗組員は、2本の足で月面を踏んだ。わが「かぐや」は、月面のむこうにあざやかに浮いている地球を幻想的にとらえ、あらためて現代科学の凄みを感じさせた。しかし、およそそういう科学の凄みに無知な身には、まだ頭の隅みのどこかに「何用あって月世界へ」という思いが残っているのも事実だ。
そういう月世界とはまったく次元の違う世界なのだが「何用あって○○へ」というフレーズをくり返しているうちに、ふとテレビで見聞した楽天・野村監督の、米大リーグへ続々かけつけていく日本プロ野球の選手について「金だよ、金」と語っていた顔を思い出した。「何用あって大リーグへ」、「金がほしいんだろ」……それではちと寂しいじゃないかと少なからず反発を覚えたものだ。
そりゃぁ、次から次に「ウン十億円」という年俸額を聞けば、それが“魅力でない”ことはないが、大リーグに挑む選手にしてみれば「金」だけではなく、「上のランクの世界に挑戦することで自分の力を試してみたい」というスポーツマンとしての純粋な欲求があるに違いないと思うからだ。まだFA権取得にはかなりの年数がある阪神の藤川球児投手が「若いうちに自分のストレートがどれくらい通用するのか試してみたい」と一日も早い大リーグ挑戦を口にしていたが、それは正直な気持だっただろうと思う。藤川投手にすれば、それを「金のため」といわれては、いまの純粋な気持が汚されるように思ったのではないか。
だが、それにしても加速度的に増え続ける大リーグへの挑戦者の数の多さには驚く。まさに“われもわれも”といった感じだ。福留孝介や黒田博樹は、わからなくもないが、“えッ、あの男が……”と、失礼ながらちょっと首をひねりたくなる選手もいるのは確かだ。
しかし、考えてみれば、そういう選手こそ「日本球界で果せなかった夢を、元気なうちに果しておきたい」という夢を追い続けているのかもしれない。
渡米してから苦しみ続けていた松井稼頭央が、ついにコロラドで年来の夢を実現したように、あるいはまた“日本ではもういらない”といわれた斉藤隆がドジャース投手陣の欠かせないストッパー役になったように、みんな“オレだって”と思うのかもしれない。最初の頃は、“みんな、アメリカアメリカと、ちょっといい気になっているんじゃないか”と思っていたひとりだが、こうなるともう“どんどん、やってみるがいい”という気になってきた。
そういう最近のニュースの中で“オヤ”とひとしきり考えさせられたのは、かつての巨人のストッパー、角盈男氏の長男が、日本のドラフト会議で指名されなかったので、アメリカの1Aチームから挑み、“上”をめざすというニュースだ。“このままアメリカ行き志望が増え続けていけば、日本のアマ球界の有望な人材がどんどん流出してしまう”とはかねてからいわれてきたことだが、今度のケースは日本のドラフト会議で指名されなかったのだからしようがない。そのニュースを報じた報知新聞によれば、父親の角氏は「いずれ力をつけたあと巨人入りしてくれれば嬉しい」といっているという。今年のドラフト、日本ハム1位指名入団の多田野数人投手は、八千代松陰高-立大という球歴でアメリカのインディアンスとマイナー契約、04年にメジャーで1勝をあげたが今季10月、アスレチックスの3Aサクラメントを解雇され、あらためて日本プロ球界に挑むことになった。こういう“多田野ケース”も今後、増えるかもしれない。
野茂英雄が挑んで12年、日本の球界も選手もどんどん考えの幅を広げている。しばらくは“時の流れ”を見守るしかない……か。
posted by bbm_hakkyu |09:55 |
第221回~第240回 |
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2007年12月17日
それにしても88人とは驚いた。それもクレメンス、ジアンビ、ペティットら大物選手ばかりヤンキースから22人、そのほかのチームからもシェフィールド、ロデューカ、テハダ、ガニエらの大物の名前が次から次へと出てくるとは……驚きのあとは、驚きを越えて、“憧れの大リーグ”の知られざる底なしの暗部が垣間見えたようで暗然とした。ステロイド(筋肉増強剤)、ヒト成長ホルモン(HGH)を使用したり購入したといわれるメジャー・リーグの内情に関する調査報告書「ミッチェル・リポート」は409ページにも及ぶという。
それでいてなお、このリポートを発表したのは「罰ではなく今後の薬物使用を中止させるため」であり、「20年間に及ぶ“ステロイド時代”に別れるための一歩としたい」からだというから、では、これまで“放置していた間のプレーはなんだったのか”ということになる。このあたりが、どうもわからない。
親しいメジャー・リーグ通に聞くと、「クスリに関しては、とにかく対応が遅れた。噂が広まるばっかりで、そういう風潮を止めるための具体的な動きがにぶすぎた」そうだ。選手会が、選手個人個人のプライバシーを守らねばならぬと検査導入に反対しつづけたのもその一因だというが、そういうとき「ナショナル・パスタイム」といわれる「ベースボール」を守ろうという声が出なかったのか、こちらが「クスリ」というものに対して強い嫌悪感をもっているせいか、どう考えてもわからない。
そういう“広い汚ない(あえていう)土壌”の中から日本にやってきた選手も多いから“危ないな”と思っていたが、今度もやっぱり実名が出た。日本で検査したら「陰性」だったというが、アメリカとは違うのだから、もう一度徹底して調べてもらいたいと思う。かつて、来日早々、薬物疑惑に包まれた選手がいてその対応に大わらわになったことがあったが、そのとき私は「週刊ベースボール」誌上(「白球の視点」)で「頑丈な堤防もアリの一穴から崩れる」と即刻アメリカに帰ってもらおうと強力に訴えた。今度の大学ラグビー部員ではないが、組織の中にひとりでも不審な者がいたら、そこで断ち切っておかないととんでもない方向に行きかねない。
今度の「ミッチェル・リポート」では「検査機関の独立と検査の徹底」を謳っているというが、一方では「ステロイドから、検出がむずかしいというHGHに移行する危険がある」といい、「新たな薬物とのイタチゴッコになるかもしれない」という指摘もあるというから恐ろしい。
また一方で、これだけの大物選手の名前が公表されたのだから、その大物選手たちがこれまで作ってきた記録をどうするかという論争がにぎやかになっていくだろうという見方もあるようだが、この際、その種のことは“二の次、三の次”でいい。とにかく「徹底的な薬物禁止」に全球界あげて全力で邁進すること、それしかない。
「ミッチェル・リポート」が発表されたその日、88年前のメジャー・リーグ史上最大のスキャンダル、「ブラックソックス事件」(19年のワールドシリーズでホワイトソックスの選手が八百長行為にかかわったとして永久追放された事件)に関する未公開資料がシカゴ郊外で競売に付され、数千枚もの文書がシカゴの歴史博物館に10万ドル(約1100万円)で売り渡されたというニュースも流れた。なんというタイミング、アメリカという国は、まったく不思議な国だと、ここでも驚き、唖然とした。
この不愉快な関連ニュースの中で、ハタとわが膝をうったのは、「ウミを出すチャンス」といったイチローの、次のような感想である。
「野球はパワーだという間違った考えが言い伝えられてきた。パワーさえあればいいという発想が、クスリで体を大きくすればいいという錯覚につながった」(12月16日付け、スポーツ紙各紙から)。“野球は、そういうものではない”とイチローはいいたかったのだろう。強いスイング、適確なミート、そしてスピードをのせた足であり肩であり、それらを総合した“野球力”というもの。パワーだけでは決して“野球力”とはいえないんだというプライド。さすがは、“われらのイチロー”である。
このイチロー談話を読んだとき、とっさに頭に浮かんだのは、先の台湾での日本チームの、これでもかこれでもかとつないでつないで逆転していった、見ていて胸のすくような攻撃ぶりだった。そう、野球は決してパワーだけではないのだ。それを「スモール・ベースボール」などと形容するから間違ってくる。野球とは、本来、そういうものだということを日本人が見せてやっている。アメリカも日本を見習わなければならない。
posted by 田村大五 |18:39 |
第221回~第240回 |
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2007年12月11日
政界の大連立構想をめぐる“さる人”の話題で、ひとしきり“さる人”が所属する新聞以外のマスコミが批判と皮肉をこめて指弾し続けていたら、その“さる人”──渡辺恒雄・読売新聞社の代表・主筆が、自民党・国会議員のパーティであいさつ、「いまいろいろと誹謗中傷を受けているが、私も新聞記者、そのうちに必らず書く」といったという。渡辺氏があっせんしたといわれている大連立というものが、どういうものであったのか、ときの首相と野党第一党の代表がどんな話し合いをしたのか、ぜひ知りたいところだが、「私も新聞記者」といいきった人の“報道記事”を読みたいものだ。
元巨人オーナーとしても、オーナー在職当時、いろいろと球界に物議をかもした人だったが、今度の“政界大連立のあっせん”のことで報道陣に囲まれると「オレは野球のことはわからん」ととぼけていたシーンをテレビのニュースの一端で見聞したが、もうそんなことをいって逃げているわけにもいくまい。刊行された自伝の中でも、何度も、大物政治家を動かしてさまざまなことをやったことを明かしているのだから、今度も堂々と書けばいい。モヤモヤの状態にしておくから、いろいろな揣摩憶測がとびかうのだ。
政界の大連立というようなスケールの大きなことでなく、プロ球界のトレードに関することだが、私も新聞記者時代、ひとりのちっぽけな記者の分際でトレードプランを仕掛け、あさはかにもそのトレードが成立する前に新聞に大々的に書き、大失敗した経験がある。そうやってなにかを仕掛け、それをスクープすることが、“記者としての大仕事”と錯覚していた時代のバカバカしいミスだった。
いまはもうそんなこともないだろうから、連日、シーズンオフの各紙を読みながら「へぇ」とか「ほう」と首を振ったりうなずいたりしてトレード情報を読んでいるが、巨人が、横浜のクルーン投手の獲得から、今度はヤクルトのグライシンガー投手、さらにラミレス外野手まで獲得しようとしているという報道には「そこまでやるか」と目をむき、しばらくしてすっかりシラけてしまった。
清武英利・球団代表の「週刊ベースボール」の連載「野球は幸せか」は、さすが練達の元読売新聞社会部長の筆でなかなかに読ませてくれるが(12月3日号の第17回、小笠原道大選手とFA入団交渉時の、同選手夫人との手紙のやりとりなど、ついホロリとしたものだ)、同代表は同じ回で、こう書いている。
──巨人軍の再建にあたって、私たちは「人づくり」を柱に据えた。言い換えれば育成である。その方針と補強は矛盾する、と囃(はや)し立てる人もいるが、私はそうは思わない。補強によって得た小笠原や谷、豊田といった強烈な個性が、どれだけ巨人の生え抜きを刺激したことか。内海、野間口、西村、金刃、脇谷、会田、山口……──
私は別に囃し立てるつもりなどサラサラないが、「育成の方針と補強は矛盾しない」と考えるには、いまの補強ぶりは「度が過ぎる」と考えているひとりだ。クルーンの入団で上原浩治が先発にもどればグライシンガーと強力な2本柱で久保や福田の先発としての出番は減るだろう。それは左の伸び盛りの内海や金刃にも影響しかねない。左の中継ぎとしてのロッテからの藤田宗一の入団で山口鉄也や大器・林昌範の出番も少なくなるかもしれない。谷佳知、高橋由伸、清水隆行、矢野謙次らの外野陣にラミレスが加わったらどうなるだろう。なにしろリーグ最多安打のラミレスである。今季のホリンズやゴンザレスのように扱うにはいくまい。なんとかレギュラーにひと足でも近づきたいと考えている若手外野手にしてみれば、“ああ、これでまた出番が減る”と思うだろう。“どれだけ生え抜きを刺激するか”というより“どれだけ意欲を減退させるか”とならないか。それを憂える。
私がひそかに“カープよ、頑張れ”と応援し続けているのは、FAで主力を他チームに引き抜かれても引き抜かれても次々に生え抜きの若手を育て上げてチームの中軸に据え、それなりの力をみせていることだ。
自分でアメリカからつれてきた選手があまり使いものにならず、他チームで活躍した選手を大枚をはたいて引き抜いてそれを中軸にして“さァ優勝だ”と威張ってみせてもシラけてしまうんだなぁ。清武代表よ。
posted by 田村大五 |14:56 |
第221回~第240回 |
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