2005年09月28日

白球の視点 第176回

 西武ライオンズが勝てば、ソフトバンク・ホークスと千葉ロッテ・マリーンズが最終的に同率になる可能性があり、2チーム同率なら「3位・西武」のプレーオフ参加はなくなってしまうという25日の西武-ソフトバンク20回戦は、なんとも奇妙なものだった。

 まさか、こんなケースが現実に生まれるとは想定しなかった試合規定だろうが、それにしても「(プレーオフに出場するため)負けたほうがいい」というムードの中で試合をするというのは、奇妙というより、「おかしなもの」といわざるを得ない。パ・リーグ関係者は、このことをもっと深刻に考えてほしい。

 昨年のパ・リーグのプレーオフが第一ステージから熱戦続きで多くのファンが「面白かった」と好評だったことからあらためて見直されたシステムだが、楽天の次期監督に就任するという(28日現在)野村克也氏が、問われて「王監督の腹の中は煮えくりかえっているだろうな」と答えたように、プレーオフ制さえなかったら「リーグ優勝-胴上げ-ビールかけ」とにぎやかな“お祝い”で湧いただろうに、プレーオフ制があるばかりに「単独1位」という呼称でひっそりしたものだ。長いペナントレースでの輝ける足跡はいったい何だったのだろうかという思いがあるはずだ。

 まして、9年ぶりに負け越し、単独1位チームに23ゲーム差を離されて(9月28日現在)勝率5割に満たず(.489)、「負けたほうがプレーオフに参加できる」というチームとあらためて戦かって雌雄を決しなければならないとは。

 早くも一部で声があがっているようにこの不自然なシステムは徹底した再検討が必要であると考える。

 かつて、長いペナントレースの最後の1試合で“1勝”をめざす緊迫に満ちた決戦を何度も見てきたが、それに比べ「88勝45敗2分け」のチームと「66勝69敗」のチームの“決戦”とは、なんともシラけてしまう。

 さらに西武ライオンズにひと言つけ加えるなら、その試合から首位打者をめざす和田一浩選手を休ませてしまったこと。ちょうどその日の朝のスポーツ紙で、ロッテのバレンタイン監督が自分の選手時代の経験をもとに「和田よ、出場しよう」と呼びかけていただけに、日本球界特有の、過去に何度もあった“打率維持のための欠場”を堂々と?やっていることがなんとも悔しかった。

 快調に打ち続ける和田のバッティングは、いまの西武の“みどころ”のひとつだろう。そういう“みどころ”を客の前で隠してしまおうとは、ファン無視の体質、ちっとも変わっていないではないか。

posted by 田村大五 |00:00 | 第161回~第180回 | トラックバック(0)
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2005年09月15日

白球の視点 第175回

 ヤクルト・青木宣親選手の連日の快打を見るにつけ、ひとり、わが身を悔いている。以前は、それが楽しみでヒマさえあるとイースタン・リーグ観戦に出かけていた(自宅がジャイアンツ球場に近くサンダル履きで気軽に出かけられるということもあって)のだが、昨年は「イースタン観戦」がほとんどできなかったという悔いだ。青木は、昨年のイースタン・リーグの首位打者(.375という高打率だ)。そのバッティングの成長過程をずっと見続けていたら、今季の一軍公式戦でバッティングを見る興味がさらに増しただろうに……と悔やむのだ。

 そこで05年のイースタン・リーグを見てみれば、打者で断然トップを走っているのがインボイス(西武)の後藤武敏。横浜高校時代の松坂の同期生。そうだ、一昨年は伊原監督(当時)の意表をつく起用で公式開幕戦でルーキーで4番の座にすわった男だ。めげずに頑張っているところが、いい。ホームラン打者は……と見てみれば、ロッテのルーキー・竹原直隆が20本塁打(記録はいずれも9月12日現在)と他を圧している。打率も後藤(.358)に次ぐ. 327。社会人時代から定評のあった長打力にさらに磨きがかかっている。一軍で大活躍の自分より若い今江敏晃や西岡剛が刺激になっているのかもしれない。

 そういう一軍とのつながりで見ていくと、ウエスタン・リーグで早々と優勝を決めた阪神のルーキー赤松真人外野手。ファームの両リーグ最高率の打率. 367に盗塁がまた他の追随を許さない29盗塁。タイガースで「赤」といえば、いまや他チームに対抗馬も見当たらない、5年連続盗塁王を目指す人気の赤星憲広だが、「2代目・赤」も好打快足で一軍公式戦の出番を“いまかいまか”と待っているところだ。タイガースは、ちゃんと“次”を用意していることが、このことだけでも、わかる。

 “他チームの4番打者”を次々にかっさらってきて失敗、ようやく若手(といっても30歳に近い選手が多いが)を使いはじめた巨人は、イースタンでも後手を行っている。かつては、そうではなかった。いま、“次の首脳陣?”と噂されている中畑清、篠塚和典、吉村禎章、斎藤雅樹といった人たちは、いずれもファームでとことん鍛えられ、実績を作ってから一軍へ引き上げられ、チームの歴史は、そうやって作られていった。

 いま、ファームを見ても、そのことが忘れられている気がする。

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2005年09月08日

白球の視点 第174回

 スポーツ紙(関東)は連日、「巨人・星野監督」報道でにぎやかなことだ。両リーグともペナント争いのクライマックスにきているというのにとんだ番外劇、いやはやというところだ。

 久しぶりに星野仙一さんと会って約2時間、話し込んだのは6月、「中日ドラゴンズ70年史」の取材で現役投手時代のドラゴンズの思い出を語ってもらうためだったが、主題が終わってあれやこれやのよもやま話になったとき、思わず「ホーッ」と声をあげ、あらためて星野さんの顔を見直した一瞬があった。タイガースを率いてリーグ優勝した03年当時の話。ペナントレース独走、2位以下をどんどん引き離していって、もう誰もが“優勝間違いなし”とみる「大独走」という状況になった。当時の星野監督が「もう心配で心配で、夜も眠れなくなった」というのは、その「大独走」に入ってからだというのだ。

 「ホーッ、高枕で眠っていたと思っていたのに」という私のつぶやきに、星野さんが苦笑していうには「こんなに大差をつけて、ここからひっくり返されて優勝できなかったら日本中の笑いものになる、そう考えるともう怖くてね」。一見コワモテ、強気一辺倒にみえる星野仙一という人の一面を見た思いがしたものだ。

 そういう人が、再びあえて挑むのか。

 一方、「巨人・星野監督報道」を見ながら思っていたのは、その間ずっと試合を続けていた巨人・堀内恒夫監督以下の首脳陣と選手たちの胸中はいかばかりかということだった。いったい来シーズンから誰が指揮をとるのか、どういうチーム構成になるのか、わけがわからないモヤモヤした雰囲気の中での日々の試合。 “選手は自分のプレーに打ち込んでいればいいではないか”という人がいるだろうが、組織というもの、そうは割り切れない。

 かつて「V9」で終わった巨人の“10年目”74年は先週も触れた中日=70勝49敗11分け、勝率.588、巨人=71勝50敗9分け、勝率.587 というシーズンだった。シーズン後、幹部のひとりが当時の川上監督にいった。「川上監督の退陣を徹底して秘密にしておくべきでしたね」。選手たちは早くから「川上退陣」を知ってしまって気持ちはもう次のシーズンへと行ってしまって“心の結束”が解かれてしまった、それが1厘差という結果にあらわれてしまったという悔いだった。

 9月3日、4日の対広島戦に連勝したあと巨人・堀内監督は「やっといろいろな型の攻撃ができるようになった」という談話を残した。秋風が吹きはじめるいま、そういう談話を口にする状況が哀しい。

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2005年09月01日

白球の視点 第173回

 ウカツながら、セ・リーグのアグリーメント(試合実施要項)第3条4項のことを忘れていた。恥しい。

 「勝率1位球団が勝利数で同2位球団を下回った場合は、両球団間でプレーオフを行う」という取り決めのことだ。いま8月31日午後。甲子園球場での阪神-中日戦が雨天中止になった30日現在、阪神=68勝47敗5分け、勝率.591、中日=66勝48敗1分け、勝率.579だ。引き分けが多いぶん、阪神の勝率がグッと上回っているが、残り試合が中日の方が5試合多いから最終的な勝ち数はどうなるかわからない。全試合が終わってから“プレーオフ決着”となれば、これは大いに湧くことだろう。

 この第3条4項は02年からの実施規定だから、もしそうなればセ・リーグ史上初のことになるが、実は過去に「勝率1位球団が勝利数で同2位球団を下回った場合」は、実施規定前に4度、あった。

 最初は61年、優勝した巨人が71勝53敗6分けの勝率.569で、2位・中日が72勝56敗2分けの.562。中日・権藤博投手が大活躍(35勝)した年だ。次いで巨人・川上哲治監督最後のシーズン74年、今度は優勝した中日が70勝49敗11分けの.588、2位・巨人が71勝50敗9分けの. 587。勝率で1厘低かった巨人が中日より1勝多かった。星野仙一投手が15勝10敗10セーブで沢村賞、巨人・王貞治が2年連続打撃三冠王になった年だ。

 3度目はまたも中日と巨人で、近藤貞雄、藤田元司両監督時代の82年。中日=64勝47敗19分け、.577に対し、巨人は2勝多い66勝50敗14分けで.569。中日・田尾安志がリーグ最多の174安打を放って最終戦に全打席敬遠で首位打者を逸した年、巨人では江川卓が19勝、松本匡史が61盗塁を記録した年で、中日の19引き分けが生きたケースだ。4度目は広島=73勝46敗11分け、.613に対して2位・巨人が75勝48敗7分けの.610の 86年。ここでも引き分け数の差が勝率に影響した。

 阪神と中日がツバ競り合いを続けている、パ・リーグでもソフトバンク対ロッテの首位争いのほかに、「勝率5割に達しないのにプレーオフ進出とは」という批判はあっても「3位以内はプレーオフに進出という規定がある以上はなんとしても権利を行使したい」とムキになるオリックスと西武、日本ハム。メジャーのア・リーグのワイルド・カードの争いもしのぎを削る日々。いずれもペナントレース争いをなんとか盛り上げようという苦肉の策だが、もし実現するのだったら、全公式戦終了後の阪神-中日の“最終決戦”は見てみたい気になっている。

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