2005年08月19日
ソフトバンク・斉藤和巳投手の開幕以来の13連勝(16日、対オリックス14回戦)は、66年の巨人の新人・堀内恒夫投手以来という。66年の巨人といえば、開幕の連敗から前半戦はもたついて巨人ファンをイライラさせたものだが、夏に入ってグングン勝ち進んで圧勝した、いわゆる「V9」の2年目。投手陣の中心が開幕から13連勝のルーキー・堀内で、その堀内が監督になっての2年目、投打ともに混迷が続いて早々とペナント争いから脱落してしまったのは歴史の皮肉というものか。堀内投手が第1回ドラフトの1位指名で入団した頃は打線の中心、王貞治ー長嶋茂雄の全盛期で、ふたりでチーム全打点の4割強をあげた(首位打者・長嶋、打点王・王)。もちろんふたりの活躍なしでの優勝は考えられないが、チーム打率(.243)、チーム本塁打(114本)ともにリーグ3 位という数字で圧勝に導いたのは、チーム盗塁数リーグ2位と3位の数を合わせても及びつかない148盗塁を中心にしたスピーディーな機動力だった。当時といまの決定的な差は、そこにあると、くどいほど主張してきたが、「史上最強打線」などと称しながらリーグ最低打率を続けてきて、"大砲"3打者がベンチから消えてからファームから上がってきた若い選手の動きで、あらためてそのことが浮かび上がってきたのも皮肉なことではある。
ソフトバンク・斉藤の13連勝の中で目立っているのは、斉藤が登場した試合における主力打者・松中とズレータの圧倒的な猛打だ。松中39本(16日現在)中、10本塁打が斉藤登板試合で、斉藤のときは打率・426もマークしているズレータも9本塁と絶妙の相性だ。この投打の噛み合いの良さが強チームのゆえんで、「V9巨人」がまさにそうだった。それにプラス走塁・機動力。それは今季の阪神、中日、ロッテなどペナント争いを続けている強チームの野球をみれば、いい。それが近年の巨人にほとんどみられなかったことが、いまの結果に結びついていることに幹部はどうして気づかなかったのか。不思議でならない。
ローズがベンチからいなくなって外国人打者がいなくなった打線、「なんでもありの打線で相手もとまどっているだろう」と堀内監督はいうが、入団わずか 1ヶ月で解雇したキャプラーと昨年でもう「用なし」と契約しなかったペタジーニ両選手がア・リーグ東地区でヤンキースを押さえて首位独走中のレッドソックスの先発メンバー入り。トップ打者と5番打者で連日よく打っているという外電に接すると、こちらも妙な気になってくる。
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第161回~第180回 |
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2005年08月10日
プロ入り4年目、通算60試合目の初勝利が、球団初の完封勝利。楽天ゴールデン・イーグルスの有銘兼久投手。最後の打者を遊ゴロにうちとって試合終了というのになお、ロージンバッグを手にしたというあたりが初々しくっていい。開幕2戦目、あの0対26で大敗したときの2番手投手で一死もとれず5点を失い、防御率計算不能とかで「防御率無限大君」と呼ばれ、山形のファームで汗を流したあとの返り咲き。こういう野球人生ストーリーが好きだ。
「へこたれない気の強さが彼の武器」とは小野和義コーチの祝辞だったが、その小野も近鉄で投げていた時代、一度大きく落ちこんだがあきらめずに這い上がってカムバック賞に輝いた実績がある。今度は、コーチの立場でなかなか勝ち星をつかめない有銘に対して「あきらめるな、夢を失うな」と励まし続けたであろうシーンを想像しているうちに、有銘が初完封を記録した前日、「18歳・ダルビッシュに投げ勝った40歳・吉井理人」へと連想の世界が広がっていった。
風を計算した熟練のワザで負けなしの5連勝ピッチングを披露した40歳投手が試合後、「1球1球がすばらしい」と自分のことよりも「18歳・ダルビッシュ」のピッチングをほめ讃えたところがよかった。小野がドラフト1位、吉井が2位指名で84年近鉄入りの同期生。吉井が最優秀救援投手になったとき(88年)、小野は阿波野と並ぶ近鉄の左腕エース、吉井がヤクルトからアメリカへ渡って3チームで投げ続け、帰国してから戦力外通告を受け、かつての“師匠”仰木監督の手で甦るという激的な日々を送れば、小野は若い投手の台頭に力を貸す日々。そういう投手人生の交錯が、ペナントレースを彩るところに興味がある。
「40歳投手と10代投手の対決」といえば6月26日、西武-楽天10回戦の先発・涌井秀章-紀藤真琴があるがどちらも3回、もたなかった。勝敗でいえば95年5月31日、ダイエー・オリックス9回戦の吉武真太郎-佐藤義則以来。このときは19歳の吉武が40歳の佐藤に勝っている。その佐藤がいま、先に 40歳の吉井と対決したダルビッシュのコーチ、というのも因縁めいていて面白い。
吉井が6連勝と星を伸ばした翌日、有銘は首位ソフトバンク相手にまた完投で2勝目をあげた。チームの順位争いや個人の打率争いとは別に、さまざまなことがからみ合う、それぞれの野球人生に思いをめぐらしてペナントレースを楽しむ。テレビの視聴率が下がったとかで野球人気がどうのこうのといわれるが、私はそうは思っていない。テレビ視聴率でいえば巨人戦の視聴率が下がっただけの話で、地上波以外の、かつては考えられなかった多くのカードの中継が連日行われていて、そっちの視聴者が大幅に増えていることが看過されている。
技術論から人生論まで、「あらゆることがあてはまる」といわれるほどの野球談義は、今日も続けられている。この欄では、しばらく、吉井-有銘-小野ではないが、「05年の野球」と過去の野球の因縁話を語り継いでいきたい。
posted by 田村大五 |00:00 |
第161回~第180回 |
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2005年08月04日
巨人は20安打を打っても勝てなかった。2日の対広島2回戦。いまさらいうのもシラけてしまうほど“シマリのないチーム”になってしまったということなのか。
今季、20安打以上の試合は、これで2度目。6月12日の交流戦、対西武6回戦に21安打している。その西武戦は、清原の2本の3ランあり、清水の満塁ホームランありというにぎやかさで投げては内海-林という若い投手リレーで大勝、最下位を脱出。広島と入れかわってやっと5位になった試合だった。そのとき首位・阪神とは8ゲーム差。巨人ファンは、だから、なお望みを抱いた。
それから約1カ月半、シーズン2度目の20安打だというのに悔いの残るサヨナラ負けだ。今度は最下位広島に2ゲーム差と迫られてしまった。同じ“20安打”でもずいぶん違う。いや“違う”というより、その“20安打”の間、巨人はなんら整備に手を尽くしていなかったということになる。「(ウチの投手は)こんなものなのかなぁ」というチーム幹部の談話を読んだが、これも無責任な話だ。
かつて、やはり“1シーズン20安打以上の試合2度”というシーズンがあった。藤田元司監督で優勝した83年のことだ。対中日9回戦と対阪神10回戦。14対7、18対6の大勝でいずれも投手は2人ですませている。なんという違いだろう。
この“20安打して大勝”と“20安打しても敗戦”の間に、球団フロント、現場幹部を問わず、このところの巨人という球団の無責任体制が浮かび上がってくる。投手陣の弱体、特に中継ぎ-抑え役の力不足はかねてからいわれ続けてきたことだった。誰の目にも明らかなそういう弱点を整備しないまま、ずっとここまで日を過ごしてきたということだからだ。
それは、なにも投手陣のことだけではない。リーグ最低打率の打線についても「走らないこと」、「走れないこと」はよく知られ、ずっと指摘され続けてきたことだった。04年のチーム25盗塁は両リーグ通じて“ダントツの最低”。チームあげて、阪神・赤星ひとりの約4分の1という惨状。それがわかっていて、なんら手をうとうとしていない。今季も8月2日現在でチーム全員の盗塁数は、赤星に次ぐリーグ2位の中日・荒木ひとりの盗塁数と同じというていたらくである。
いつからこんなチームになりさがってしまったのか。このチームこそ、根本から「野球」を考え直すときにきている。
posted by 田村大五 |00:00 |
第161回~第180回 |
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