2005年03月02日
白球の視点 第169回
主力選手の何人かが丸坊主頭になったとか、メジャー・リーグの強打者にあやかって? 耳にピアスをつけたとか、そんな話題がスポーツ紙に大きく報じられる(中には一面全部を潰している新聞もあった)風潮にいささかならぬ抵抗感をおぼえている。いつから、こんなことになってしまったのだろう。 本来なら「ファンにアピールする」とは、選手各自の熱っぽいプレーであるべきはずなのに、このところ、やれサイン会だとか、やれ記念撮影だとか、そういうことばかりが強調されて、本来の“プレーそのもの”に対する言及が薄れている風潮と無縁ではないだろう。“ファン”と称する、つかみどころのないものにちょっとおもねりすぎていないか。そんなことばかりに気をとられて、肝心のプレーがおざなりになっては、いつか見放されてしまうだろう。 そんな思いでいたときだけに3月2日付けのスポーツニッポン紙(東京)に掲載された松井秀喜の言葉に、ひとり大きくうなずいたものだった。「(巨人は)なんで人気が低迷したかといったら、勝てないからだよ。チームとして魅力がないという、それだけだよ。ファンサービスはもちろん大事だけど、そういう小手先のことよりももっと違うことでやることがあるんじゃないのと思う」。よくぞいってくれた。 各地のオープン戦の、選手のプレーを見たいのだが、なかなかテレビは放映してくれない時代になった。アメリカの両松井はじめ日本選手の動きはよく見せてくれるのだが、日本国内の“実戦”の模様はとんとわからない。スポーツ紙も“メジャー・リーグの日本選手の動静”に関しては1面から2面、3面へとやたらにくわしく報じてくれるが、日本国内の選手の動きについては、そのあとの4面、5面へと後退している。“これは、いったい何なのだ”と歯がゆい思いの日々だ。 最近の野球関連のニュースでは2月25日の日本学生野球協会の決定で、プロ野球の現役選手が今年のシーズンオフから母校の高校で野球部員と一緒に練習ができることになったというニュース。これは歴史的な大ニュースと思うのだが、スポーツ各紙の扱いは思いのほか小さく地味な扱いだった。そういう大ニュースより丸坊主頭・ピアスのほうが野球ファンに喜ばれると考えているのだろうか、とイヤミのひとつもいいたくなってくる。
posted by 田村大五 |00:00 |
第161回~第180回 |
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