2004年09月29日
「楽天」がNPBに提出した参加申請書の収支計画では、初年度は7億円余の赤字だが4年目には黒字化する“予定”という(28日付け「朝日新聞・夕刊」)。
新規参入に手を挙げたライブドアと、すぐあとに続いて「仙台」を本拠地にしたいと表明した楽天をめぐってのなにかとかまびすしい日々。中には、テレビ番組で、両社の社長の人形を仙台駅前に立てて、道行く人たちに「来てもらいたいほうにバッジをつけて」というような企画シーンも見たが、そのつど苦々しい思いで見ていた。その2社がプロ球界新規参入に意欲的で、そのおかげで「6・6体制」を維持できそうだという感謝の思いは、ある。その2社が手をあげてくれなければ「6・5」という、いびつな形で行くしかなかったとしたら、これは悲劇的だった。しかし、感謝しながらも、その2社のことだけ“ああだ、こうだ” といっていていいときなのか、という思いが、ずっと、あった。
「週刊ベースボール」10月11日号で、スポーツビジネス・アナリスト、大坪正則氏の「新規参入球団の可能性と球界の未来性」を読み、「いくら新規参入があっても、制度改革をしなければ、第2第3の近鉄が出てくる」という指摘に出会って、ズシンと胸に響いた。「赤字が予測される中で参入すること自体が普通の経済常識からすると考えられないことで」、「各球団の赤字をせめて10億から15億くらいにまで圧縮できるような制度上の整備、改革があって初めて新規参入という話になってくるのが順番・・・」。
そうなのだ。肝心のそのことが、例によって“先送り”されていることが怖い。いまこそ、その根本問題に全球界をあげて取り組まなければならないときに、「新規参入」という珍しい話題のほうに気をとられ、一番大事な「球界改革」のほうがおろそかになっているとしたら、それこそ大問題なのである。
期せずして、9月28日付け毎日新聞夕刊でシダックス・志太勤会長も「いびつな構造は改めなきゃならん」と発言している。テレビ放映権料の分配問題、ドラフト制の改革などなど、多くの人が指摘している球界改革のチャンスは、いまをおいてないといわれながら、「プロ野球機構改革協議会」なるものは、いまだに「仮称」で、どんな形でどんなことを話し合うのかも、まったくわかっていない。
“危機だ、なんとかしなければならない”と思っているのは、野球を愛するファンを中心とした“周囲”ばかりで、当事者だけがノホホンとしているようで、ひとり、イライラがつのる日々を過ごしている。
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第141回~第160回 |
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2004年09月22日
前回に書いた広島の嶋重宣選手にとっては当然のことながら、平成16年=2004年という年が、自分の野球人生にとって忘れられないシーズンになるであろう何人もの選手の顔をずっと頭の中に思い浮かべては“頑張れよ”と胸の中で念じ続けている。
自己最多のホームラン数をどんどん伸ばしているヤクルト・岩村明憲、横浜・多村に、西武・中島裕之らや、新人王目前のダイエー・三瀬幸司投手たちのことだけでは、ない。たとえば、中日の(蔵本)英智、たとえば西武の貝塚政秀、たとえば千葉ロッテの今江敏晃、そしてまたたとえばオリックスの迎祐一郎。優勝争いのまっただ中にいた前者ふたりとは“感激の度合い”が違うだろうが、後者ふたりにとっても、このシーズンの思い出は特別の思いがあるはずだ。
そんなことを思っているときに読んだ「週刊ベースボール」10月4日号の「宮地克彦インタビュー」にはジンとした。サブタイトル「テスト入団から復活遂げた15年目の野望」。右ヒザを痛めて西武を自由契約になってから3球団のテスト、トライアウトに失敗のあと、ダイエーがメディカルチェックを受けさせてくれての合格。ファームで緊張のあまり失神、入院。そこからの復活。そういう野球人生があるから、ひとつひとつのプレーが身に沁みて、スタンドから声援したくなってくる。
球団代表たちの会議を見聞きしていると“あの人たち”は、そういう野球人生の感動とは無縁の世界に生きている人なのではないかと思えてくる。ストの日の各球場の選手に対するファンの温かいまなざし、“スト明け”はどんな思いで見ていたのだろうか。
そのどよめきがまだ消えていない日の会議の、なにも決まらないシラジラしさには、あきれてしまう。その上で、「この組織に属する団体または個人間の紛争につき事情を聴取し、裁定する」はずの人が、なにも決められない会議をよそに「辞める」を連発しているありさま。「ストライキだけはなんとか避けてもらえないか」と思っていた身だが、いつしか選手会のほうに肩入れしたくなってくるのはムリないのではないか。
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2004年09月15日
「季刊ベースボール・マガジン」秋季号(9月30日発売)の特集「球団興亡史」の取材で、「わが青春の東映フライヤーズ」を語ってもらおうと、マスターズ・リーグの代表として北京へ向かう直前の土橋正幸さんに会って長談義したあと、別れぎわに「(広島の)嶋重宣に首位打者のタイトルをとってほしいな」といわれた。そのことは、こちらも日頃、関係者に会うごとに強調していたことで、「まったく同感」と声を大きくして相槌をうったものだった。
「苦節10年、とはよくいったものでね、こういう夢があるから“プロ野球選手もいいものだなぁ”と思うんだよね。ロクなプレーもできないで大金をもらってノンビリしている男たちに、いまさら怒ってみてもはじまらないかもしれないけど、“嶋のロマン”だけは、野球少年たちに“なにごともくじけちゃいけないんだよ”という教材にしたいくらいだ」
他チームのトップスターを次々に“略奪”してきて、ホームランだけは量産するが、優勝戦線からズルズルと後退していったチームの選手に比べてなんというケナゲさかと、嶋重宣の1打席1打席がいとおしい日々だ。嶋のためにも、なんとしても2004年のペナントレースを成立させたいとまで思う。
そんなとき、スポーツ紙紙上で、巨人の幹部が「ストをやって正規の試合数が満たない場合は“リーグ優勝”も無効じゃないのか」といったという記事を読んだ。プロ野球再編をめぐってハラが立つことばかりだが、もし本気でそんなことをいったのだとしたら・・・・・・と、こんなにハラが立ったことも、ない。この大事なときに、よりによって「よくもそんな能天気なことをいえるものだと、あらためてその立場にいる人の浅はかな脳の中が見える気がした。
自分のチームがなかなか勝てないのと対照的に、連日、英智や高橋光や山井といったファームでウンと腕を磨いてきた男たちが目を見張るプレーを展開している中日ドラゴンズの活躍を、そんな言葉でとらえようという、なんという哀れな心魂。そんな人がプロ球界を引っ張っていこうというのだから、いつまでも混乱が増すばかりなのだろう。
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2004年09月01日
プロ野球70周年企画、「週刊ベースボール」の連載「この人にこの技あり」もそろそろ戦後編に入ってきて、今週号は別所毅彦(昭名でのプロ入りは戦前だが)投手。「フォークボールの元祖・杉下茂投手を書くつもりで書き出したら、天国から“オレより先に杉下を書くのか”という別所の声が聞こえてきた」という書き出しで、別所投手は杉下投手にすごいライバル心を抱いていて、その象徴としてエース同士の投げ合いの前に、ふたりの“お互いからのホームランの打ち合い”のことを書いた。
そのとき書き添えたのが「いまでいえば中日-巨人戦で川上憲伸と上原浩治がムキになってお互いからホームランを打ち合うようなものだ」という数行だった。31日、ナゴヤドームの対阪神24回戦で、その川上が2号ホームランを打った。夜遅いテレビ・ニュースで見たのだが、低い弾道のすばらしい打球だった。日頃、打席に立つ川上はいつも真剣な表情で、そのバッティングのよさを承知していたが、こういう姿をみると、やっぱり拍手したくなる。
アテネ五輪中、巨人戦のテレビ中継が視聴率5%を切ったことが話題になったが、「いま、プロ野球ってどうなってるの?」などという質問もずいぶん受けて、プロ野球のファンとしてガックリきた。あのコミッショナーにまで「こんな小田原評定を続けているようでは」といわれるほど、“いったいなんのために開かれているのだろう”と思うほど進展のない「12球団代表者会議」をやっているのでは、ほんと、「いまのプロ野球って」といわれても仕方ないかもしれない。
小社は東京ドームのすぐ近くにあるから、最近は昼食に出かけるときも社会人都市対抗大会観戦の人たちでごった返している。今度のプロ球界編成問題のゴタゴタの中に、プロ野球ファーム・チームと社会人チームの対戦話も出た。再編問題とは別に、それはそれで面白いアイデアだと(現に行われているが、システム化するとしたらまた問題だ)興味をもっていたら、いつのまにかゴタゴタの中で消えてしまった。おまけに今度はストライキだという。中日ドラゴンズ球団代表の言葉ではないが、「もういいかげんにせえ」。
posted by 田村大五 |00:00 |
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