2004年01月28日

白球の視点 第131回

 高校球界もプロ側も大歓迎一色の今度の両者の歩み寄り、もちろん、「週刊ベ-スボール」連載時からの当コラムでも何度も両者の”接近”を願い続けてきたひとりとしても”ついにやったぜ”の心境である。
 
 かって、長嶋一茂さんが立教高ー立大当時、家の中で父・茂雄氏の指導を受けてもルール違反だなどという記事を見て失笑したことがあったが、そういう極端な例でなく、引退した元プロ選手たちから何度も、「仕事の途中や休日の散歩などで地元の母校(高校)のグラウンド横を通っても声ひとつかけられないとは、なんと息苦しい野球界だろうと悲しくなった」というような話を聞き、聞いているこちらも悲しくなったものだった。
 
 アメリカで、米大リーグ・チームが遠征前のめったにない休日に、地元の大学や高校チームと和気藹々の交流をしていた風景を見たとき、彼我の差に驚いたことがある。そこには、なんの違和感もなかったし、どうして日本はこういう交流ができないのかと歯がゆくもあった。
 
 「まだまだ第一歩、これからいろいろなことがあるだろうが、一歩一歩、理想の形へ進むよう努力したい」という関係者の言葉通り、いかに”雪解けムード” とはいえ、現実問題としてこれからお互いがキッとなることがあると思う。そういうときこそ”冷静に、冷静に”というしかない。私がいまもっとも心配しているのは、今度、双方が歩み寄る”基本”となった覚書の第三項だ。要旨、高校生へのスカウトに関して、プロとアマの健全な関係を害する行為や、その恐れがある場合、双方の組織が事実関係を調べ、是正措置を講じ、それぞれが当事者や球団、野球部を指導、処置する、という項目だ。
 
 もし、そういうことがあったら、また両者の関係は険悪になることは目に見えている。これまでの両者の離反は、社会人球界との悲しい歴史”柳川事件”にみるように、そのことに大きな理由があった。プロ側も自省しなければならないし、アマ側も、よくいわれる、実態が未だに判然としない”ブローカー”と呼ばれる”プロとの折衝係り”との接触を断固排除しなければならない。
 
 新しい事態が生まれると、また”新しい事態の下での網の目をかいくぐる新手法が生まれる”というような消息通のワケ知り論が出てくるが、今度だけは双方ともどうか”徹底した紳士”であってほしいと心から念じている。

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2004年01月21日

白球の視点 第130回

 かって「週刊ベースボール」の編集長も歴任した玉木洋三さんが故郷・松江に帰ってもう10年になるが、今年の年賀状に添えられた言葉が「このままでは野球がおかしくなる」という当方にはギクリとするものだった。
 
 このところ球界あげて? 論議かまびすしいトップスターのアメリカへの流出とか、オリンピック出場チームの編成に関する異論百出とか、FA権利取得の実力選手や長打力のある外国人打者らを一挙に手中にするチームの出現とか、そういう21世紀プロ野球をめぐるさまざまな問題では、ない。
 
 玉木さんの賀状は「昨年は、少年野球にひたりきった1年でした」と書き出していた。将来の野球界を背負うはずの少年たちの野球の世界に入ってみて、考えこんだという。松江にもときに現役のプロ野球選手や元選手たちが野球教室に顔を出してくれる。その労には関係者はみんな感謝しているし、憧れの選手と接する少年たちの目の輝きをみれば、「わざわざきてもらってよかった」と思う。しかし、気になるのは”それから”だ。それが、どうしても、少年たちへの一過性の指導に終わってしまう現実。問題は、そこだ。1年、2年、3年と日常的に少年たちに「野球」を指導する人たちへの指導。それが、いまこそ必要なのではないか、というわけだ。
 
 その賀状を見、久し振りに電話して話を聞いたあと、”あ、みんな考えていることは同じなんだな”という現象に接し、ある意味でホッとした。年が明けてから、当のプロ野球人たちの、そのことに対する積極的な発言が目立ったからだ。
 
 たとえば、茨城の野球少年たちと会ったあとの巨人・桑田真澄投手が「指導者の重要性」を感じ「野球界もJリーグのような指導者育成システムを作る必要性がある」と発言したこと、たとえば西武の伊東新監督が、やはり、少年野球教室に出席して、将来、指導者育成を含めた「自前の硬式野球チームを作り育ててみたい」という構想を明らかにしたことなどなど、あちこちでそれぞれの「少年野球発展」のための構想はふくらんでいるようなのだ。
 
 「野球の衰退」を嘆く前に、そういう空気が全国的に広がって行くことに希望を抱いて行きたいと思っている。

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2004年01月14日

白球の視点 第129回

 数日前に電話したときは「ちょっと体調を崩して入院していたんだ」というから(アメリカにイチローや田口を激励に出かけたときも上半身裸でランニングしていたというのに)驚いたが、久し振りに東京ドーム内の野球体育博物館で会った仰木彬さんは顔色もよく元気そうでホッとした。
 
 本人は語らなかったが、大阪から同行した人によれば、東京に着くとまず真っ先に世田谷区にある故三原脩さんのお墓(実相寺)にお参り、自分の野球殿堂入りを報告してきたということだ。記者発表の挨拶でも「選手のときは監督、同僚に恵まれ、監督になったら選手に恵まれ、人との出会いの運の良さでここまできたと思う」と謙虚に語っていたが、ユニフォームを着ていたときもフシ目フシ目に西鉄ライオンズ時代の三原監督の墓参りを続けていたのは、単なる律儀さを越えた”自分の野球の原点”を教えてくれた人への感謝の念、つまり、いつもそのことを自分にいいきかせての行動だったのだろう。
 
 神戸の森牧名さん初め多くの人達から「仰木の殿堂入り、よかった」というメールが寄せられたが、中には「現役時代の成績からいって疑問」という意見もあった。私は、そうは思わない。川崎球場での対ロッテの最終ダブルヘッダー、いわゆる「10・19」がどれだけファンに感動を与えたか、また「がんばろう、神戸」の優勝がどれだけ多くの人々を元気づけたか、そういうチームを束ね、率いてきた男、それだけでもじゅうぶん殿堂入りにふさわしいと考えているひとりだ。
 
 いま連日、スポーツ紙を広げると各選手の自主トレーニング報道で埋まっているが、いま頃の自主トレというと、いつも現役時代の仰木さんや中西さんたちの文字通り「自主」のトレーニングに同行した日々を思い出す。一日中湯があふれかえる別府にあった、ある社長さんの別荘を借り切って早朝ランニングから夜のティ・バッティングまでトレーニングのスケジュールはもちろん、朝食から夕食の調理も後片付けもぜんぶ自分たちの手によるもので、朝、私がひとり眠っていると「こらぁ、起きんかい」と枕を蹴飛ばさたりしたが、夕食後の大風呂の中での野球論議も含めて、それはそれは充実して楽しい10日間だった。
 
 いまの選手たちも、そんな”自主トレ”をしているのだろうかと、いつも一度、参加してみたいものだと思っている。

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2004年01月07日

白球の視点 第128回

 「週刊ベースボール」1月19日号で元NHKのスポーツ・アナウンサーの島村俊治さんがコラムで「パ・リーグの年になってほしい」と書かれていた。同感だ。
 
 川島コミッショナーも事務局の新年あいさつで04年は活気が出そうだと珍しくパ・リーグに触れたという新聞記事を読んだ。感じていること、考えていることは似ているんだなと、内心、正直いってホッとしたものである。
 
 「週刊ベースボール」の読者や、この「白球の視点」をご覧の人々からも似たような感想、意見を多く頂いたことにも大いに力づけられた。このオフ、03年までの”下位チーム”ロッテ、日本ハム、オリックス3チームに”なんとかしなくてはならない”という積極的なチーム改革の動きがハッキリとみてとれたからだろう。島村さんや同号の「パ・リーグ特集」の中で金村義明さんも触れているように、これまでの下位3球団が03年までの上位3球団を食うことなしでパ・リーグの活気はこない。3球団よ、どうか、これだけのファンの期待を裏切らないでほしいと願わずにいられない。
 
 本当にパ・リーグは04年が”勝負”である。私は、昨年までいつも巨人がいなくなった東京ドームでのパ・リーグの試合を観戦しつつ、それほど多いとはいえない観客の中で、打ち続けてきた日本ハムの小笠原やオリックスの谷はじめ、ひたむきにプレーに打ち込んでいる多くの選手の姿にある種の感動で身をふるわせてきたひとりだが、そういう選手たちのプレーに光が当らないでプロ野球の発展はないと、ずっと思ってきた。
 
 他チームの4番打者を次々に金にあかせて引っ張ってきて”4番打者を一塁で併用する”というようなチームが跋扈するようなリーグ戦が面白いものかという思いを消すことが出来ないでいる。だから、パ・リーグの03年までの下位球団に期待すると同じように、セ・リーグの下位球団、特に広島、横浜に”しっかりしろ”と声を大にして叫びたい。そういうチームの活躍なしにプロ野球全体の活気はあり得ないのだということを、03年までの、選手、というよりは球団フロント幹部にもっと切実に考えてもらいたいとあらためて思っている新春だ。

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