2003年04月30日
「緑の匂いっていいわね」という言葉を聞いて”いい言葉だな”と思わず振り返ったら若い夫婦が笑っていた。4月29日「みどりの日」、東京郊外の朝の散歩の途中のこと。前日からその日の西武ーダイエー戦は初の松坂大輔ー新垣渚の対決になると知って西武ドームへ出かけるつもりでいた。しかし、その朝の新聞で神戸のオリックスー近鉄戦がNHKテレビで全試合生中継と知って急にテレビ観戦することにした。
西武ドームでの松坂と新垣は今後、見る機会はあるかもしれない、しかし、東京に住んでいると「神戸のオリックスー近鉄戦」をナマで見ることはめったにないことだからだ。その期待は満たされた。
まず劈頭、画面に青い空とスタンドを越えての緑の木々が見え、それだけで臨場気分を味わえた。”あ、野球はやはり、青空の下でやるものなんだ”という思いが突然、強く身を包んだ。それもこの試合のテレビ観戦を快いものにしたひとつの理由だったが、もうひとつ、イニングの間に紹介してくれた「グラウンド・シ-ト」。目の前にネットがなくて、選手がすぐ目の前に見えて、グラブ持参の少年が選手が投げ入れてくれるボールを嬉嬉として待っていた姿が写し出される画面が嬉しく、実際にそこに座って観戦したくなった。これも”臨戦気分”になれた理由のひとつだった。
試合は大味といえば大味だったが、前日の快勝のとき「バントは(相手にアウトをひとつ与えるだけだから)しない。選手を信頼して積極的に打ってもらう」というレオン新監督の攻撃的指針がナインに乗り移ったのか、1点をリードされたあとの3回のオリックスの猛攻には、”これが開幕以来低迷を続けてきた最下位チームの攻撃か”と目を瞠る凄みがあった。みんなピチピチしていた。
また1対8から6対8まで追い上げた近鉄打者の動きも興味深かったし、8点をとってもなお、試合の帰趨がどうなるのかわからなくなる最近のプロ野球の試合の内容を考えることにもなった。27日の巨人の対横浜戦の大逆転、26日の阪神の対広島戦の大逆転、同日のヤクルトの対中日戦の大量得点。そんな現象が続いているとき、行ってみたかった西武ドームでの松坂ー新垣の対決は、あとでテレビで見ているだけでも息づまるような投手戦だったようだ。同日夜、これもテレビ観戦した今季初の甲子園球場での阪神-巨人戦も一転、二転、三転の乱戦だった。
松坂ー新垣のピッチングの中味をあらためてビデオでじっくり観察してみたいと思っているところだ。
posted by 田村大五 |00:00 |
第81回~第100回 |
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2003年04月22日
ヤンキースの松井秀喜選手(そういう呼称がすっかりなじんでしまったのも連日のすばらしい活躍と、どんなときにもフランクで素直な記者会見をつづけているからだろう)が、メジャー・リーグの左投手から快打をつづけていることが大きな話題になっている。「(左打者としては、左投手に対して)つい体が開き気味になってしまうので、そうなってはいけないという意識があって」キチンと打てるという趣旨の発言を聞いて、私は”若き日の王貞治”の話を思い出していた。
三冠王になるずっと前、ホームラン王になる初めの頃、若き王貞治は不振になると、年上の、気の合った僚友、国松彰とか伊藤芳明(合宿で同室だった)ら左投手に合宿近くの多摩川グラウンドに誘われて”打ち込み”を続けた。そのときの話が「(左打者が)左投手相手に打つとき、つい体が開き気味になるから、その点に注意して打とう」だった。若き王貞治は、そこで右投手だろうが左投手だろうが関係ない打法を身に付けていく。いや、のちに聞いたところでは「むしろ左投手のほうが打ちやすかった」という境地に入ることになる。
これは、たまたま王貞治や松井秀喜のような大打者だからーーという話ではないと、いつも考えている。現に、毎日、両リーグのペナントレースを見ていて左打者が左投手から上手にヒットやホームランを打っているのを見て感じていることだ。だから、しょっちゅうピンチになって左打者が出てくるとすぐ右投手を左投手に代える”習慣”に首を捻っている。
同じような”習慣”に「カウント0-3からは打つな」という”常識”がある。打って失敗したときが”もったいない”からだろう。しかし、4月20日の対横浜戦の阪神・浜中おさむの2発目の7号ホ-ムランのように「カウント0-3からの狙い撃ち」はハマれば見ていて気持ちのいいものだ。見ているほうには快感がある。そのあたりは微妙なところだが、”見ている側のひとり”としては「0-3からだって好球なら打て!」だ。
4月18日からの対巨人3連戦で中日はぺタジーニ対策の守備シフトにこだわったあまり、巨人に逆にその虚をつかれたと指摘されていた。データ中心による安全策か、データを越えた積極策か、簡単に結論の出ない超難問だが、だから、野球は面白い、ということになるか。
posted by 田村大五 |00:00 |
第81回~第100回 |
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2003年04月15日
「もう打たなくてもいいぞ」という声もあったというのに、阪神のムーア投手は打ち気満々、打者一巡の猛攻の中、1イニング2安打に全力疾走の2得点。肩で息して、その影響か、マウンドに上ったらコントロールが乱れてヒヤヒヤさせた。12日、東京ドームでの対巨人2回戦。
それでも打席の中で打ち気満々のムーアの姿は大いに気に入った。投手で1イニング2安打とは、94年の広島・川口投手以来だというが、指名打者制のないセ・リーグにあっては、投手といえどれっきとした「9人目の打者」、自分のバットで勝利を呼び寄せるのだから、結構なことだ。
すると今度は翌13日の阪神の先発・下柳投手も1対2だった4回、中前へ同点のタイムリー打を放った。昨年まで指名打者制のパ・リーグでバットを振ったことがないはずなのに、みごとなものだ。ムーアに刺激されたのだろう。
同じ日、横浜でも日本初登場のヤクルトのベバリン投手も来日初打席で右前へヒットを打った。アメリカでは0安打でこれが「プロ初安打」だという。初登場初勝利はもちろん嬉しいが、この初安打にも大喜びで2個のボールを記念のケースにおさめておくというから「投手にとってのヒット」というものは格別のものであるようだ。
中学ー高校時代、「ワンマン・エース」と呼ばれるような秀でた投手はたいていまた打線の中心でもあった。投手には強打者が多い。古くは別所毅彦、金田正一、平松政次、堀内恒夫ーーとまではいわなくとも、近年の巨人・桑田真澄、中日の川上憲伸、広島の高橋健らのバッティングなど、なかなかに味のあるものだ。ピッチングとともに彼らのバットがよくチ-ムの勝利に結びつくことを考えると、「投手のバッティング」は貴重なのである。
パ・リーグにも、かって阪急の梶本隆夫、石井茂雄、とか西鉄の稲尾和久、近鉄の鈴木啓示ら、投手史上に残る大投手たちもよく打ったものだった。いま打席に立つことのないパ・リーグの投手の中にも「打ってみたい」と思っている投手はいるはずだ。「投手のバッティング」改めて見直してみる必要がある。
posted by 田村大五 |00:00 |
第81回~第100回 |
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2003年04月08日
相手チームの走者が二塁か三塁にいて中日のアレックス・オチョア中堅手(「アレックス」もいいけど、個人的には「オチョア」という語感が好きだったんだけどなぁ、山田監督よ)の前へ打球が飛ぶと、スタンドから「オーッ」というどよめきが起きる情景を非常に気持ちよく眺めている。オチョア中堅手の、体いっぱい使ってのホームへの返球。投げ終わったあと頭からグラウンドへのめりこんでいくような姿を見ると、たとえ走者がホームインしてもオチョアのほうに拍手したくなってくる。スタンドのどよめきもそういうことなのだろう。
アメリカからの報道によれば、6日のレンジャーズーマリナーズ戦でレンジャ-ズが一死一、二塁のチャンスで次打者が一、二塁間をゴロで抜いたとき、スピ-ドをあげて前進、打球を捕球した右翼手・イチローを見てレンジャーズの三塁コーチが、ホームへ突っ込もうとする二塁走者をあわてて止めた、そのとき三塁コーチにブーイングで”抗議”した地元ファンも、次の瞬間、イチローのホームへの素早く力強く正確な返球を見て黙ってしまったという。私は、野球観戦で、そういうスリリングなシーンがなにより好きなひとりだ。
「魅力の返球」のイチローが日本からいなくなれば、アメリカからオチョアがやってくる。いいことだ。
話は「返球」からハズれるが、いわゆる「松坂世代」が注目されている中で、このところ30歳代の男たちの動きが溌剌としているのも興味深い。好調のダイエ-相手に日本ハムの本拠地初勝利をもたらしたのは田中幸雄(35歳)、奈良原浩(34歳)、山田勝彦(33歳)の活躍によるものだったし、横浜の連敗を止めたのは4番にすわった佐伯貴弘(32歳)だったし、ヤクルトの連敗を止めたのは右手クスリ指の故障にもめげず頑張っている古田敦也(37歳)だった。「松坂世代」に負けてたまるかという気概だろう。いや、「松坂世代」が刺激になっている。
もうひとつ。カブレラがいなければマクレーンが満塁ホームランを打つ、ペタジーニがいなければラミレスが決勝打を打つ。これも”刺激”だろう。連日、テレビもスポーツ紙もメジャー・リーグの報道で賑やかだが日本球界も面白い。
posted by 田村大五 |00:00 |
第81回~第100回 |
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2003年04月02日
巨人の原俊介捕手(イースタン・リーグでは一塁も外野も守った)が8年目の一軍公式戦での初ヒットで涙を流して喜んだら、その翌日、ダイエーの杉内投手はプロ入り初完投が今季両リーグの初完封ピッチングで「いまにも泣きたい」と言った。デビュー試合に打たれて「プロは甘くないことをあらためて知った」巨人の木佐貫洋、ダイエーの新垣渚両投手は悔し涙もみせず、居合わせた担当記者によれば「むしろサバサバと」リベンジを誓っていたという。若い世代でも置かれた状況によってさまざまである。
一方では、私の世代などついつらかった少年時代を思い出してしまう(私は中国から命からがら引き揚げてきた一人)「戦争」がある。一方では、読んでおかなくてはならないのだが、あまり開いてみたくない新聞の経済面がある。それぞれみんな大変な日々だ。そういうとき、“平和なプロ野球の戦い”に思いを馳せて、人それぞれのプレーを見ながら、ひとりひとりの選手の越し方行く末を思いつつ野球を楽しむ、この愉悦にまさるものがあるだろうかとまで、最近、考える。
これは決してプロ野球選手に対する大袈裟な思いではない。
たとえば、今季は、いわゆる「松坂世代」といわれる選手がドッとプロ入りしてきてそれぞれ前評判がいいだけに、ご当人の松坂もピリリと引き締まるに違いない、“今季の松坂投手はすごいぞ”とこの欄でも書いたとたん、開幕戦で5年目の日本ハム・阿久根綱吉選手に打たれたりして敗戦投手。そういうシーンにゾクット“人生”を感じたりする。
たとえば、対ダイエー戦でやっと勝ったマリーンズの清水直行と小林雅英のリレー、同じ夜、東京ドームで巨人打線の爆発を思うと、つい“直→雅”継投のいじらしさのほうに情が移ってしまう。「やせ蛙 負けるな 一茶 ここに在り」の心境になってしまうのだ。
それにしてもオリックスの元気のなさが気になってならない。オープン戦でヒットが出なかった谷佳知だけがさすがに開幕にキチンと合わせて連日快打をとばしているが、チーム全体の覇気のなさが苛立たしい。フロントもユニフォーム組も立ち上がるのは今しかないのだが。
posted by 田村大五 |00:00 |
第81回~第100回 |
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