2002年10月29日
朝から昼にかけてワールド・シリーズをテレビ観戦して0対5の劣勢を7回から6対5へと逆転するゲームを堪能、翌日は優勝したアナハイム・エンゼルス関係者の喜びように心なごみ、両日とも夜は日本シリーズの一方的な展開に欲求不満がたかまった。そんな日々。
エンゼルスの優勝はよかった。高額スター選手の移籍には目をむけずひたすら自前の選手を育て上げてきた球団。それが頂点に立った意義は大きい。「週刊べースボール」に「白球の視点」を連載している頃から「カープ、頑張れ」と声高に叫びつづけてきた身としては「さあ、エンゼルスの次はカープだぞ」と、テレビ画面にむかって声を出したものだ。
そんなところに焼津市の中野修一さんから次のようなメールが入ってきた。「シリーズで大活躍した中継ぎのドネルやロドリゲスはファームから這い上がってきた選手。開幕時には2人の名前なんか選手名簿に載ってないし、ましてやその可能性に言及した記事は1行もない(略)。地道なスカウト活動、チーム構想がみごとに花開いた。ヤンキースのように豊富な資金力にものをいわせてFAやトレードで大物選手を掻き集めて強大な王朝を築きあげるのも一つの方法論です。が、それだけではいかにも強者の論理が幅を利かせすぎています(略)。チーム母体の大きさがそのまま勝利に結びつくような現在のMLBの状況に、僕はいささかうんざりしていたのです」
同じようなことを思っている人は、いるものである。
先発ー中継ぎー抑えが定型となった今いや「先発ー中継ぎー抑え」といえばきれいだが、最近のペナントレースを見ていると「中継ぎー中継ぎまた中継ぎのオンパレード」という型が多くてうんざりしているところに黒田博樹や長谷川昌幸が完投数を増やしていくたびに拍手し、他チームのFA選手獲得には動かず、ひたすら「カープの選手育成」つとめる方針のもと、新井貴浩がめきめき腕をあげていくたびに「第二の新井」を期待してきた。
またも一方的になった2002年の日本シリーズ第3戦を見ながら、カープがエンゼルスになる日がくるだろうかと思っているのだが、さて。
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第61回~第80回 |
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2002年10月22日
24年間のブランクを経て、かって捕手だったという蓮池薫さんは元野球仲間とグラウンドに立ちミットを手にするとすぐセカンド・ベースに力いっぱい(だろう)送球をしてみせて右肩を叩いていた。
「元・野球少年」は蓮池さんだけかと思っていたら福井・小浜の地村保志さんも地元ではよく知られたエースで4番打者だったそうで、帰国した雨の日、地元の室内体育館で「懐かしいピッチング」をつづけていた。いずれもテレビ画面を通じて見たものだが、蓮池さんのいきなりの「二塁送球」といい、地村さんのきれいなピッチング・フォームといい、「あ、野球だな」と思う。
拉致被害者で一時帰国した二人の男性がともに日本に帰るやグラブ、ミット、ボールを手にしてかっての友人たちと「心のキャッチボール」をしたことが私にとっては余計に涙を誘うことでもあった。
二人が拉致された年、昭和53年、1978年のプロ野球といえば、日本シリーズ第7戦でヤクルトの大杉勝男のホームランをめぐって「ファウルだ」という阪急ブレーブス側の猛抗議で試合が1時間19分も中断した、あの年だ。二人は、その日本シリーズを見ていない。
いまも語り継がれる「江夏の21球」が、その翌年。地村さんと蓮池さんの「キャッチボール」は、それ以前のことになる。いまでも走っていって野球好きの二人に「あれからまた、日本シリーズもさまざまな熱いドラマがあったんだよ」と話をしてあげたい気持ちになった。
さぁ、やっと待たされつづけた2002年の日本シリーズ。1956年(というよりも、私にとっては昭和31年といったほうが感覚にぴったりくるのだが)から3年間の劇的な西鉄-巨人の対決以来ずっとナマで見つづけている一人としては、一晩や二晩では、語りきれないさまざまな思い出がある。
日本シリーズの季節になると、私には、いつも独自の、両チームの各選手の少年時代から引きずってきた野球人生のさまざまな糸がからみあって「日本一の座」へ向かう物語という思いがある。
1試合1試合の、さまざまなプレーの交錯と、そのプレーの交錯にからむそれぞれの選手の野球人生物語の交錯。単なる「試合」を越えた野球人生の戦いだから、観戦者の私はワクワクする。
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2002年10月15日
オフ恒例の豊田泰光さんのトーク番組(文化放送「スーパー・ウルトラサンデー」)に呼ばれたとき、やはり、特別ゲストで姿を見せたアメリカから帰国したばかりの小宮山悟投手と同席、あいさつもそこそこに「1シーズン、アッという間だった?」と訊いてみると、はじめてのメジャー・リーグ生活、いろいろなことがありすぎて「いえ、とても長く感じました」と苦笑していた。
「足が震えた初登板」のことからファームでの経験まで率直に語り続けて興味深かったが、その中で、思わず小宮山投手の顔を見直したほどこちらの胸を打ったのは、「こと投手の技術に関しては日本の方がずっと上」という言葉だった。力をこめて同じ言葉を二度、繰り返したのだから、「断言」といっていい。
そうか、そうなのかーーと私は帰宅してからも何度もその小宮山投手の言葉を反芻して、ひとりニタニタ笑いを繰り返し、家人に「気持ち悪い」などといわれたが、日本の投手の技術が向こうでも認められていることが、本当に嬉しかったのだ。
だが、そのことを考えているうちに、だからこそ余計に「しっかりしてくれよな」と逆に、今の日本プロ球界の若者たちに訴えたくなった。その代表が松坂大輔だ。1年目から、どれほどの大投手になるかと毎試合、ワクワクして見ていた。球史に残る大投手たち、金田正一、稲尾和久、杉浦忠、米田哲也たちの堂々たるピッチングを見てきたひとりとして、そういう大投手たちの域に達する過程をじっくり見つめていきたいと楽しみにしていた。それが「故障」という名の挫折。パ・リーグの強打者たちとの対決が見られない寂しさはつらかった。
ダイエーの寺原隼人、杉内俊哉も、そうだ。強打者たちとの毎度毎度の対決を経験していって1日1日、どんなに成長していくかを楽しみに見ていきたかった。それが「故障」という名の足踏み。それがつらかった。
松坂や寺原や杉内だけではない。巨人の真田裕貴、阪神の井川慶、中日の朝倉健太、応援している広島の若手投手陣、近鉄の岩隈久志、日本ハムの正田樹、中村隼人ーーみんな春秋豊かな力のある若者たち。どうか体には万全の配慮を、と祈る。
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2002年10月07日
TBSラジオの番組で「消化試合」をテーマにして、必要だ、不必要だと意見を戦わせていたが、その中でゲスト出演していたイラストレーターの山藤章二さんが「消化試合という表現がよくない」といっていた。「来季予告試合」であると。さすが、うまいことをいう。
実は、私も、このところの各試合をずっとそういう眼で見ていたからだ。きっかけは、いつもメールを寄せてくださる神戸の森牧名さんが、最近グンと出番が増えた「ダイエーの川崎がいいですよ。来年が楽しみです」と教えてくれたことだった。鹿児島工からダイエー入りして3年目、右投左打の内野手、川崎宗則。いまの季節は、まさに台頭してくる若者たちのプレーを楽しむときだ。
たとえばいま横浜で4番を打っている古木克明。先発で出場するようになって28試合で8本塁打。98年ドラフトの1位指名。豊田大谷高時代は通算52本塁打で話題になった男。どこまで化けるか。そういう眼で見ていけば、来季が楽しみな選手は、いっぱいいる。
特に今季、下位に低迷しつづけたパ・リーグの「来季予告試合」を見に球場に足を運んでいるのは、これまで一軍公式戦ではあまり見ることのできなかった若者たちのプレーに接して”伸び具合”を確かめる楽しみがあるからだ。
オリックスでこのところ7連勝のユウキ(田中祐貴)投手は来季、開幕から先発ローテーションの中心になればどんなピッチング見せてくれるだろうか、とかいかにも元関西6大学の三冠王らしい長打を発揮してきた日本ハムの木元邦之は大島監督が力コブをいれていた男だが来季、新監督のもとで起用されればいいのだが、とか。
まだ公式戦は続行中というのに、連日続々と、外国人選手が帰国している。もう退団が決まっている選手なら帰国も当然だろうが、中には来季もプレーを続行するというのに、もう「消化試合」だからとさっさと帰国してしまった選手もいる。そういう選手に大金を投じているのだからイヤになってしまう。
そんな外国人選手よりも「来季予告試合」で活躍を続けている若者たちを、来季も開幕からつかってみてはどうだろう。
posted by 田村大五 |00:00 |
第61回~第80回 |
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2002年10月01日
両リーグとも優勝が決まっても、9月末の巨人vs中日戦、ダイエーvs西武戦がスタンドの熱気を誘っていたことが嬉しかった。いずれも真正面からぶつかり合うタイトル争いに寄せる熱気で、こうであってこそ「プロ」だ。
これまで何度も何度も、タイトル争いがかかっている対決を「敬遠四球」などで逃げまわりつづけていた姿を見ては、「劇場で人気俳優主演の看板を掲げているから入場料を払ってなかに入ったら、人気俳優が出ていなかったようなもの」などと書きつづけてきた。
もう、昔話になるだろうが、かつての阪神・掛布雅之-中日・宇野勝のホームラン争いや、大洋・長崎啓二-中日・田尾安志の首位打者対決での、味気ない、というよりも見ていてやりきれない思いがつのるばかりだった、チームの勝敗とは関係のないまったく無意味な敬遠合戦。そのあとでリーグ当局が警告を発してもなお平然、むしろ、開き直って「敬遠してなにが悪いか。自分のチームの選手にタイトルをとらせてやりたいのは人情じゃないか」とまでいわれたこともあった。
だが、今季は、巨人の松井秀喜に対する中日投手陣も、中日の福留孝介に対する巨人投手陣も、西武のカブレラに対したダイエー投手陣も(9月29日の対戦で1、2回のピンチに敬遠したが西武の伊原監督でも「(なんとしても2位になりたいダイエーの勝ちたいための)作戦だから仕方がない」と認めていたのだから「よし」としよう)。現に、後半の4イニングスを投げた寺原は敢然と向かっていっていた。
そういう状況のなかから勝ちとっていくタイトルだから、こちらも心から「おめでとう」といえる。
だが、10月に入って、ひとつ気になることに気づいた。9月30日現在で巨人の残り試合は4。中日の残り試合は7。松井のほうが早く全日程を終了する。そのとき、もし、福留の打率が上回っていたとしたら、残り試合を福留は休んでしまうのではないか、という読者からの指摘だ。
ウーム。福留よ、打席に立ってほしい。満々たる闘志をたぎらせて出て打ってくれ。先の巨人戦で「こんな緊張感の中で打席入ることができるのは幸せ」というすばらしいセリフを口にしていた君よ、最後まで打席に立ちつづけてほしい。
君には、まだ豊かな春秋がある。たとえそうして敗れても「最後まで全力で戦かった」という満足感は残るはずだ。もし、そうやって勝ちとったら、それこそ「至福の時」だろう。
posted by 田村大五 |00:00 |
第61回~第80回 |
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