2002年07月30日

白球の視点 第57回

 ニューヨークから帰ってきた友人が「むこうの日本人野球ファンは、来シーズンはニューヨークで松井のバッティングが見られるって、“その気”になっている」という。「ヤンキース入り」のもっぱらの噂だという。打撃三冠が射程距離に入った話題の巨人・松井秀喜のことだ。ホントかな。

 一方、球界関係者の数人から「アメリカ球界では、むしろ“リトル・マツイ”の方に強い興味をもっているらしい」という話も聞かされている。ヒットどころかホームランも量産しはじめた西武・松井稼頭央だ。大好きな選手だけに、たとえ+aであったとしても、こういう話を聞くと気が重くなる。

 両リーグとも、首位チーム独走の気配でペナントレースの興味が薄れ行く昨今、せめて両松井に代表されるひときわ秀れたプレーヤーのプレーを見ることを楽しみにしているのに、みんなアメリカに奪われてしまうなんてアタマにくる。

 それでは・・・・・・と、高校野球の地方予選に目を向ける。徳島県決勝戦(鳴門工-鳴門第一)に見るように最後の最後まで勝負をあきらめない球児たちの捨て身のプレーに接しては“よし、よし、これだから野球は面白い”と、ひとりうなづく日々。たまたま出かけた東京ドームで、日本ハムが2回で0対7と大量リードされていた試合をひっくり返したのを見たときは“高校野球の影響かな”などと思ったりしたものだ(ダイエー・ホークスにいささかの気がある身には痛々しすぎたが)。

 高校野球、都市対抗野球・・・・・・とアマチュア野球の魅力には接する機会の多いこれからの季節、イタリアで行われる第1回世界大学野球選手権大会に出場する大学日本代表チームの評判がよく、アテネ五輪への日本代表強化本部長の長嶋茂雄さんも絶賛していたというが、あるスポーツ紙で、「伝説の強チーム」といわれた1955年のアジア大会に出場した東京六大学選抜チームと比較した記事を見て驚いた。長嶋茂雄、杉浦忠、秋山登、森徹ら、のちプロ野球を席巻するスターたちがズラリと顔を並べたチーム。まさか、あのチームに匹敵する? まさか・・・・・・と思いつつ、次代を担うスター選手の台頭を夢見るのは、やはり、ニューヨークからの噂のせいかもしれない。

posted by 田村大五 |20:59 | 第41回~第60回 | トラックバック(0)
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2002年07月23日

白球の視点 第56回

 「首位危うし・・・・・・恐竜来襲! 混セ激戦バトル」、「首位独走を止めて! 打倒巨人への恐竜の執念」、「今夜こそ清原封じて巨人を攻略だ、恐竜の秘密」。

 これ、オールスター戦前の7月2日から東京ドームで行われた巨人-中日3連戦の連日、試合前の同カードのテレビ番組に掲げられた惹句である(関東地区)。

 中日ドラゴンズ応援グループがつけた惹句では、ない。これがすべて、巨人系列のNTV(関東地区)の巨人-中日戦の中継番組に冠せられた番組宣伝のキャッチフレーズなのだった。このとき首位巨人と2位ヤクルトは3ゲーム差、5位中日とは6.5ゲーム差。だが、巨人系のテレビ番組は「首位危うし・・・・・・混セ激戦バトル」と謳い、翌日には「首位独走を止めて!」と叫ぶ? そして連日、巨人・清原の猛打で巨人が連勝すると「今夜こそ清原封じて巨人攻略」ときたものだ。その後の前半戦最終戦、巨人-横浜の中継番組惹句も徹底して“横浜頑張れ”のニュアンスが濃いものだった。

 これはいったい何だ? と問うまでもないだろう。投打ともに充実した戦力で独走の気配が強まるセ・リーグのペナントレースにややシラけ気味の野球ファンをなんとかつなぎとめておこうという番組宣伝担当者の痛々しいまでの訴えだと見た。

 しかし、オールスター戦後も巨人は飛ばしに飛ばし、7月21日現在、2位ヤクルトとは7ゲーム差、5位中日とは11.5ゲーム差。巨人は同系列の番組宣伝者の思いを裏切り?続けての独走だ。

 その皮肉をからかおうとしているのではない。2位以下のチームの覇気のなさがじれったい。巨人に思い通りの試合をさせている悔しさが、プレーを通じてこちらに伝わってこないことがじれったいのだ。

 パ・リーグにも同じことがいえる。松坂大輔がいなくても張誌家を得てガッチリ進み続ける西武にいいようにあしらわれている5球団が歯がゆくてならぬ。

 ペナントレースの順位争いに一喜一憂するのは邪道という意見もあるが、私はやはり抜きつ抜かれつの僅差のペナントレースという緊張の中のプレーにのめり込んで見たい。10球団の選手よ、怒れ。

posted by 田村大五 |00:00 | 第41回~第60回 | トラックバック(0)
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2002年07月15日

白球の視点 第55回

 15日・月曜日昼、東京ドーム・ホテルで行われた「故・アイク生原氏の殿堂入りを祝う会」は12時半受付け開始だったので、午前11時半頃に顔を出しておけば大物出席者に対しても失礼にあたらないだろうと出かけたら、なんともう早々と阪神・星野仙一監督が控え室で待っていたのには驚いた。

 中日監督時代、ベロビーチ・キャンプを行なったり、沖縄キャンプに生原さんを臨時コーチに招いたり、「アイク生原さんとは兄弟のようなもの」といっていた星野監督らしい律儀さだと感心していたらキビスを接するように長嶋茂雄・前巨人軍監督も一時間近く前に姿をみせ、故人の追憶にふけっていたことにあらためて故人の遺徳のようなものを感じた。

 開会前の控え室で、久しぶりに長嶋、星野のおふたりと野球談義をかわしたのは楽しかった。しかし、「取材」が目的ではないプライベート談義も多かったので、ここでは紹介できないのは残念だが、それでもあえて、星野監督の許可も得ずひとつ多くの野球ファンに紹介しておきたい言葉があった。

 長嶋さんが次から次へと星野監督にいまのタイガースに関する質問を発してナマナマしい現状が披露されてから次第にペナントレースの話になり、米大リーグのイチローの話になっていくうちに星野監督が切り出したものだ。

 「ニューズウイークの日本版を読んでいたら、“日本のプロ球界はメジャーのファーム化になるだろう”と書いてある。“そんなものかなぁ”といってはいられない時期にきている。この際、みんなで話し合うときにきているんだけどなぁ」。

 すかさず、私は「みんながとことんホンネをぶつけ合ってケンカごしで語り合わなければ・・・・・・」と応じたら、星野監督は“とことんホンネ”のところで深くうなずいていた。

 ちょうどこの朝、新聞休刊日に発行されたスポーツ紙は一面で「ニューヨーク・ヤンキースが本腰を入れて巨人の松井獲りのプロジェクト・チームを作った」と報じたり(報知)、近鉄・中村のFA資格取得に関してのメジャー入りを話題にしていた。本当にどうなるんだろう。黙っていてはいけないという気になった。

posted by 田村大五 |00:00 | 第41回~第60回 | トラックバック(0)
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2002年07月09日

白球の視点 第54回

 パンチョさん・・・・・・亡き伊東一雄さんのお通夜に出かける前、失礼ながらひそかに「遺影」はどんなものだろうかと思っていた。会うたびに“よッ、ダイちゃん、相変わらず飲んでるかい”と声をかけてくれた伊東サン独特の声音を思い出しながらバラに囲まれた壇場の遺影を仰ぎ見ると、ニッコリ笑った伊東さんが「大入り袋」を右手で前面に突き出している写真だった。司会者によれば「パ・リーグの広報部長になって初めて大入り袋が出たとき」の写真だという。

 伊東さんの死去に関する報道は、ほとんど「ドラフト会議での独特の、個性あふれる司会アナウンス」と「日米球界のかけ橋役」ということで占められていた。特に独力で築きあげたメジャー・リーグ界の人脈の豊富なこと、驚くべきもので、伊東さんの力で、日本球界のどれほど多くの人が米球界に接近できたか、数えきれない。

 シンシナティ・レッズが「ビック・レッド・マシーン」と呼ばれていた頃、シンシナティのホテルの売店で新聞を買っていたら、店のおばちゃんが「日本人か」というのでうなづいたら「パンチョを知っているか」という。「友人だ」と答えたら抱きつかれて驚いた。「パンチョは私の良きボーイフレンドだ」。まるでアメリカのすみずみにまで“パンチョ・ファン”がいるんだね・・・・・・と、帰国して伝えたらテレていた。もう30年近くも前の話だ。

 そういう伊東さんの遺影が「パ・リーグの大入り袋」だったことに胸をつかれた。伊東さんはアメリカの野球のことだけでない、最後まで、いや亡くなってからもなおパ・リーグを愛し、パ・リーグのことを気にかけていたのだった。

 日本がまだ占領下にあった頃、駐留アメリカ兵向けのラジオの野球放送を聞きつつ学んだという英語力は定評があったが、一方で漢詩を愛し、杜甫や李白の詩をそらんじて口にしていたし、またオフになると「オペラを聞きに行ってくる」とヨーロッパに向かったりしていた。

 そういう人だから話は面白かったし、いつ会っても話は尽きなかった。その人が最後まで気にかけていた。パ・リーグ、もう一度、大入り袋を出してみようよ。

posted by 田村大五 |00:00 | 第41回~第60回 | トラックバック(0)
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2002年07月02日

白球の視点 第53回

 パ・リーグ投手防御率のトップを走り続けているオリックスの具台晟(ク・デソン)投手とはじめて長時間、話をする機会があったので、韓国プロ野球のハンファ時代('96年)、投手4冠(防御率1位=1.88、最多勝と勝率1位=18勝3敗、最多セーブ・ポイント=40)を手中にしたときのピッチングについて訊ねてみたら、具投手、やたらに謙遜して「あんなこと二度とできないだろう、運です、幸運に恵まれたから」とくり返した。

 「抑えに出て打たれ、同点にされ、その裏、味方打線が打ってくれて勝利投手になったり・・・・・・」。“投手4冠王”なんて、そんなことばかりで達成できるわけはないのだが、具投手はしきりに「運」、「運」といったあとニヤッと笑って「(サヨナラ勝ちが多い)今年の西武のようにね」とつけ加えた。バックの援護によって投手の勝ち星は変わる・・・・・・とでもいいたかったのかもしれない。

 その西武、なかなか手堅く、その中にキラリと光る巧妙な試合運びをみせて快調だ。三塁コーチスボックスに出ずっぱりの伊原新監督、“やるもんだわい”と感心する場面が多い。得点機が少ないときの方が“さぁ、どんな手をうってくるか”という興味が湧いてきて“次の一手”を楽しみに待つ、といった気持ちになってくる。1日の対ロッテ戦でも5回、二死無走者からの相手のエラーを一挙に大量点に結びつけた選手たちの溌溂とした動きには目を見張るものがある。

 いまにはじまったことではないが、私はむかしから、この「二死、走者無し」からの攻守を見るのが好きだった。接戦のときはもちろんのことだが、過去、大きくリードされている試合でも「二死無走者」からの攻撃でジリジリと差を縮め、けっきょく逆転勝ちしたケースを何度も見ているからだ。

 今季も「二死無走者」からの攻撃で試合をひっくり返した例は何度もある。善戦を続けているヤクルトが対横浜戦で0対2の7回、二死無走者から代打・ルーキーの志田のヒットから逆転したケースは典型的なものだった。「二死無走者」からでも得点をしてみせる“気”があるかどうか。連戦の夏のポイントではないか。

posted by 田村大五 |00:00 | 第41回~第60回 | トラックバック(0)
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