2006年03月15日
白球の視点 第198回
大会には出場していないカージナルスの選手までが、同僚の日本人選手、田口壮選手に謝ったという。WBC、日本-アメリカ戦の、例の「誤審」(と、あえていう)事件。記者席のテレビも何度もあのシーンをリプレー、そのたびにアメリカ人記者も肩をすくめ、中には「恥ずかしい」とつぶやいた記者がいたと聞いた。 翌日、アメリカが韓国に大敗した夜、「アメリカが彼を必要としたとき、彼=ボブ・デビットソン審判はどこにもいなかった」(CBS電子版)という皮肉報道が流れたのも、「誤審で勝った」といわれる恥かしさの裏返しだろう。まったくへんてこりんな大会になってしまった。 ほとんどがアメリカ人という審判員構成をはじめさまざまな大会運営の不手際が指摘されているが、そういうことを覚悟の上で臨んだ王貞治監督やイチローら出場選手の胸中を察すると、いじらしく可哀想になってくる。王監督は、石井弘の故障で、代わって自チームの馬原投手を選んでチームに参加させた。ほかのチームの選手に遠慮して、自分があえて“犠牲”になったのだろう。そういうところが、いじらしいのだ。 3月13日付け「東京中日スポーツ」で作家の海老沢泰久氏が「ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表の統括者は誰なんだろう」と根本的な問題を鋭く衝いていたが、同感だ。なにもかも王監督に依存して平気な顔で見ている“組織なき組織”に強い怒りもおぼえてきた。 だからよけい、敗れれば自分ひとりの責任のようにいい、アメリカに渡っては身銭をきって焼肉パーティに選手を招いて励ますイチローの、まさに身を挺しての尽力ぶりが光って見える、「プロは、勝っても負けてもお客さんに喜んでもらえるプレーを見せること」とはイチローの名言だが、この大会に一身を賭けたイチローの言動を、日本にいる選手たちはあらためてかみしめるときだろう。 この大会のせいではないが、国内の春のオープン戦も、なんとなく活気に乏しい感じがする。梅や桜の前線の北上とともに“プロ野球シーズン近し”という躍動感が感じられないのは何故なのか、大会に参加していない関係者はもっと深刻に考えなければならない。
posted by 田村大五 |00:00 |
第181回~第200回 |
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