2004年09月22日

白球の視点 第159回

 前回に書いた広島の嶋重宣選手にとっては当然のことながら、平成16年=2004年という年が、自分の野球人生にとって忘れられないシーズンになるであろう何人もの選手の顔をずっと頭の中に思い浮かべては“頑張れよ”と胸の中で念じ続けている。

 自己最多のホームラン数をどんどん伸ばしているヤクルト・岩村明憲、横浜・多村に、西武・中島裕之らや、新人王目前のダイエー・三瀬幸司投手たちのことだけでは、ない。たとえば、中日の(蔵本)英智、たとえば西武の貝塚政秀、たとえば千葉ロッテの今江敏晃、そしてまたたとえばオリックスの迎祐一郎。優勝争いのまっただ中にいた前者ふたりとは“感激の度合い”が違うだろうが、後者ふたりにとっても、このシーズンの思い出は特別の思いがあるはずだ。

 そんなことを思っているときに読んだ「週刊ベースボール」10月4日号の「宮地克彦インタビュー」にはジンとした。サブタイトル「テスト入団から復活遂げた15年目の野望」。右ヒザを痛めて西武を自由契約になってから3球団のテスト、トライアウトに失敗のあと、ダイエーがメディカルチェックを受けさせてくれての合格。ファームで緊張のあまり失神、入院。そこからの復活。そういう野球人生があるから、ひとつひとつのプレーが身に沁みて、スタンドから声援したくなってくる。

 球団代表たちの会議を見聞きしていると“あの人たち”は、そういう野球人生の感動とは無縁の世界に生きている人なのではないかと思えてくる。ストの日の各球場の選手に対するファンの温かいまなざし、“スト明け”はどんな思いで見ていたのだろうか。

 そのどよめきがまだ消えていない日の会議の、なにも決まらないシラジラしさには、あきれてしまう。その上で、「この組織に属する団体または個人間の紛争につき事情を聴取し、裁定する」はずの人が、なにも決められない会議をよそに「辞める」を連発しているありさま。「ストライキだけはなんとか避けてもらえないか」と思っていた身だが、いつしか選手会のほうに肩入れしたくなってくるのはムリないのではないか。

posted by 田村大五 |00:00 | 第141回~第160回 | トラックバック(0)
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