2003年06月19日

白球の視点 第100回

 17日の21対11という試合(オリックス-ダイエー10回戦)には驚いた。6月11日からの対巨人戦で19対11、10対2と大量点で勝ったヤクルトが14日からの対広島戦では逆に3対12、3対11という大量点連敗を喫したり、どうも大味に過ぎる試合が続き気になっていたが、17日夜の、5対10からの逆転での21対11のダイエー勝利には、もう”気になる”段階を越えてしまった。

 ずっと一般的には、マシンに代表される練習環境の整備で打者の強化に関する状況がどんどん充実してきたことにより打力アップが進み、「投手はただ投げる練習だけ」でなかなかその状況に対応できない、というような説明でいまの「打力優位」が語られている。しかし、一方では、15日の甲子園球場での阪神ー巨人14回戦のような緊迫した投手戦もある。あの試合の緊迫感はなかなかのもので、テレビの前で手に汗、握った。派手な打撃戦もさることながら、あの”ハラハラ観戦”も野球観戦の醍醐味といえる。ベテラン下柳とルーキー木佐貫の、味の違うピッチングを見ているだけで、一種の充実感さえ感じたものだ。

 そこで「21対11」とか「19対11」の試合のことだ。私は毎朝、前日の全球団の試合結果を投打の分野別に分けて記録ノ-トをつけているが、そういう試合の登板投手の記録を書き綴るだけでたっぷり時間がかかる。たとえばオリックスの牧野、土井、戸叶、徳元、萩原といった投手たちの連日といっていいほどの登板ごとの数字は書き込んでいるだけで悲しくなってくる悲痛な数字だ。看板になるはずだったアメリカ帰りの吉井やマック鈴木の不振が重なったとはいえ、投手陣整備はどうにかならなかったものかと歯がゆくてならない。

 「オレが許さん」の豊田泰光さんではないが、オリックスをなんとかしないとせっかくの上位3チームの緊迫の争いまでに影響する。打線は頑張っているのに投手陣がどうにも締まらない。ここは、豊田さんがいうように、いまなお元気に草野球で登板するほど”野球大好き”、”投手大好き”の宮内オーナーに”積極介入”してもらいたい。いまやもう自チームの復活のためだけではない。リーグ全体のためである。オーナーには、「がんばろう、神戸」の、あれほど魅力的だったチームを転落から救う義務があるとかんがえる。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年06月12日

白球の視点 第99回

 イチローが8日、ニューヨークの対メッツ戦、1日2試合で6安打を放ったというニュースをテレビや新聞で見聞してあらためてその巧打に感心したが、一方で「ダブルヘッダー」という言葉を久しぶりに聞いて、思ったことがあった。

 私は昭和30年代の後半(1960年代初め)から、スポーツ紙の西鉄ライオンズ担当で福岡にいたが、当時、ダブルヘッダーはしょっちゅうあって、ときには昼の二軍戦もダブルヘッダーで午前11時から2試合、一軍公式戦もいつもより早めに第1試合は午後5時半試合開始で、それから2試合、ネット裏でスコアをつけながら観戦しているだけでヘトヘトになったこともあった。

 しかし、選手たちはけっこう楽しんでいた。昼間の二軍戦でも夜の一軍公式戦でも、疲れが見える選手は次々に交代、普段あまり出場しない選手が交代で出てきて”出番”を喜んでいたからだ。いまあらためて思い起こしてみても特に昼の二軍選手にしてみれば、そういう意味でこの「ダブルヘッダー」というシステムは嬉しいものだったのではないかと思う。そうやってめぐってきたチャンスに快打を放ったり、いいピッチングをして認められ、”上”へ上っていった選手も何人も知っている。

 観客にとっても同じ料金(いや、ちょっと高かったか。それにしても、それほど高くはない)で2試合ぶん見られるのだから好評で、1試合のときより、スタンドは埋まっていた。試合開始時間は早いが、仕事帰り、第一試合の半ば頃に球場入りして試合後半の勝負を楽しみ、第2試合をたっぷり見て帰るという観戦スタイル。あの「ダブルヘッダー」はいつ頃からなくなったのか、調べてみよう。

 パ・リーグが、またぞろ「マンデー パ・リーグ」を打ち切りにするとか、パ・リーグファンの私でさえ「妙な」といわざるをえない「妙ちきりんなプレーオフ」とか、いろいろ模索を続けているようだ。いまの上位3チームのツバ競り合いや、追うロッテ、日本ハムの健闘などけっこう面白い。それをもっと面白いものにしようということだが、「ダブルへッダー」だって考えていいのではないか。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年06月05日

白球の視点 第98回

 それまで「北陽って、どんな学校?どんなチーム?」などといわれ、強豪チームひしめく大阪高校球界でほとんど無視されていたチームに22歳の若さで監督にに就任してから、伝統の野球名門校・浪商を破るチームにまで築き上げた前監督の松岡英孝さんを、定年後悠々自適の郷里・高知に訪ね、さまざまな苦労話を聞いて帰京したら、自宅に「嘘だといってよ、サミー」と題する”悲しみのメール”が入っていた。

 シカゴ・カブスの人気ホームラン打者、サミー・ソーサのバットの中に、使用が禁止されているコルクが発見され、退場処分になったという事件。対デビルレイズ戦で二塁ゴロを打ったときにバットが折れ、審判がバットの破片を調べたところ、コルクが仕込まれていたことが判明したのだという。

 「嘘だといってよ」という言葉は、1919年、「ブラックソックス・スキャンダル」といわれたホワイトソックスの八百長事件が発覚したとき、追放選手の中の一人、人気のジョー・ジャクソンが法廷に立つと、野球にロマンを求め続けていた少年がいったという悲痛な叫びとして知られる。

 メールをくれた焼津市の中野さんは98年、このコラムのタイトルをつけた「白球の視点ツァー」でメジャー・リーグ観戦に出かけたとき一緒だった人。ちょうど大きな話題になったマグワイアーとソ-サの迫力満点のホームランの打ち合いの真っ最中で、それを追いかける形のツアーとなって興奮したものだが、そういう経験があるだけに、中野さんにはショックだったのだろう。

 勿論、旅の途中で、そのニュースを知らなかった私も強い衝撃を受けた。あわててニュースを追ってみると、大リーグ幹部も言葉を失うほどの混乱、衝撃だという。それが、これまでのソーサのホームラン記録にも影響するかも知れないというのだからゾッとするではないか。

 私にしても「1球を大事にしよう」、「1球の怖さを知ろう」と若い選手に叫び続け、「1ミリの差に気をつけよう」とチームを作り上げてきた高校野球の指導者の話を聞いてきた直後だけに、いいようのないいらだたしさの中にいる。

 サミー・ソーサよ、「野球」とは、そんなものではないはずだ。人気のホームラン打者には、全世界の野球少年たちに本当のことを説明する義務がある。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年05月29日

白球の視点 第97回

 プロ入りして6年、常時出場するようになって盗塁王(58盗塁)になった96年もリーグの三塁打王(9)だが「ホームラン0」が続いた。7年目は131試合に出場、打数も自己最多の477打数、打席数にすると551を数えた。それでもホームランが出ない。8年目の98年4月12日、対近鉄戦(大阪ドーム)でやっとプロ入り以来通算1556打席目に”待望の一発”が飛び出した。それはレギュラー選手の「もっとも遅く出たホームラン」記録だった。

 だが99年も「ホームラン・ゼロ」。翌00年にまたやっと2号が出た。それもまた対近鉄戦(福岡ドーム)だった。ダイエー・村松有人外野手のことだ。そういう男が”ガチンコの首位争い”の26日の対近鉄10回戦(大阪ドーム)、4対5とリードされていた9回表、一死二、三塁で度肝をぬく逆転3ランを放つのだから野球というものは面白い。村松は今季開幕早々に、ホームランを打っているから”1シーズン2本塁打”は、プロ13年目で初めてのこと。しかし、以上計4本塁打がすべて対近鉄戦というのも、記録や数字を越えた摩訶不思議なものを感じさせる。こういうところが、いわゆるひとつの「野球の妙味」というものなのだ。

 しかも、日本のセ・リーグのホームラン王・松井秀喜がいまアメリカでホームランを打てず、かの、選手に辛らつなことをいうことで知られるスタインブレナ-・オーナーにイヤ味をいわれたり、地元紙に「ゴロの王様」とからかわれたりしているとき、金沢・星稜高で松井の2年先輩、一緒に甲子園にも出場しているのに”およそホームランに縁にない男”が、滅多にないホームランでチームの首位の座を守るとは、ホント、「野球の神様」も妙なイタズラをする。「野球」とは、思いもかけない落とし穴を用意しているスポーツなのだ。

 5月26日の9回表は、リリーフの近鉄・バーン投手が四球を連発したことがきっかけになった。翌27日の中日ー巨人戦でも巨人大敗のきっかけは真田投手の四死球連発だった。このところ”大味な試合”が続くのが気になっていたのだが、村松のように「意外なドラマ」を見せてくれるならだ大歓迎だ。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年05月20日

白球の視点 第96回

 先々週は和歌山、先週は福岡、今週は富山へと「週刊ベースボール」の長期連載「新版ベースボール人国記」の調査取材で全国をとびまわっている。そのたびごとに各地の「名物・高校野球監督」に会っていろいろと話を聞いているが、これが、プロ野球取材ばかり続けていた身には、なんとも新鮮で有益な話ばかりで感じ入ってしまうことが多い。

 今度は、かって甲子園で「魚津旋風」なるものを巻き起こした檜物政義・前魚津監督の自宅で延々と当時の話を伺った。興味津々だった。

 高校3年夏の大会が終わって2年生たちが練習しているグラウンドに行くと「ノックをしろ」と命じられ、それがいつのまにか「監督代行」となり、いつか 20歳未満の正式監督になる。野球熱の高い地方、夜、疲れた体を癒そうと銭湯にゆくと、そこに野球好きの古老や先輩たちがいて、ゆっくり湯につかっていられないほど、”今日の試合のあのプレーはなんだ”、”こうすべきだった”などと説教される。

 学校の先生でないから、グラウンドの選手しか知らない。その選手が普段、学校でどんなことを話し合い、どんなことに興味を持ち、どんな性格なのか、わからない。そこでふたりの投手を自宅に下宿させ、夜の練習につきあいながら、寝食をともにして、さまざまな話を聞いて選手の気持を知り、指導の参考にしたりもした。廃部寸前の危機だったこともあった。だが、マネジャーを含む全員の「野球をやりたい」という情熱で危機を乗り越え、甲子園出場、そして「新湊旋風」といわれたベスト4への大活躍をみせるようになる。

 「高校に入ってから野球をはじめ、普段、練習試合でもヒットなんか見たこともない左打者が甲子園で内角の球を左前へ打った。するとそのときゲームには負けているのにベンチ全体で”やったぞ”と爆発したように喜んでいる。その選手は陸上競技の選手で足が速い。その初ヒットで一塁走者。次の打者が投ゴロ。投手は二塁へ投げた。走者は足が速いから間一髪の差でセーフ。そこから私たちの反撃、逆転が始まったのです。あのとき相手投手が一塁へ投げていたらアウト。私たちの勝ちはなかったと思う。野球に”たら、れば”はありませんが、それにしても野球って、本当に奥の深い不思議なスポーツですね」

 帰宅した夜、7対0がアッという間に同点になり、リードされていたほうが逆転勝ちした試合を知り、前新湊監督の、そんな言葉を反芻している。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年05月06日

白球の視点 第95回

 石毛宏典監督からレオン・リー監督になって一番、変わったのは、ある意味で当然かもしれないが、ブラウンとオーティズの、人が変わったようなバッティングと、特に積極的な走塁である。ブラウンはアメリカ時代からのレオン監督の秘蔵っ子だったというし、オーティズにしても言葉で自由に意思疎通できるのだから、のびのびとプレーできるということで「ある意味で当然」と書いたのだが、もうひとつ、彼らふたりの”のびのびプレー”は、”サイン呪縛からの解放”からではないのかという思いが、私自身には、強く、ある。これは、のちに石毛前監督やブラウン、オーティズ両選手に直接、確かめてみなければならないことなのだが、いまは私の”感じ”でいっておくことにする。

 9対0から追いつかれ12対12の引き分けに終わった3日の対西武戦や翌日の連敗などを見ていると、オリックスの不甲斐なさは相変わらずだが、レオン監督になってから、元気のいい攻撃姿勢になってきていることは確かだ。中でも、繰り返すが、「積極的な走塁」は、それまでとまるで違って、見ていて気持がいい。

 「積極的走塁」といえばダイエー。村松有人、川崎宗則、井口資仁の、おそらく今季の「盗塁王争い」になるであろう走り比べが、毎試合の”勝負どき”にかかわって実に面白い。久々に見る興味津津の走り比べだ。私は、いつも、盗塁を含む積極的な走塁(たとえば、次打者の右翼方向へのヒットで一気に三塁へ走っていく姿勢。イチローが出てきたときにその魅力に圧倒されたのは、それだ)がチーム全体を活気づけるといい続けてきた。レオン監督になってから活気づいてきたオリックスとパ・リーグの首位を行くダイエーのチーム全体の活気も、そういう”活発な走塁”が根底にあると思っている。

 いい例が、1日の対巨人戦で次打者の右翼方向への快打で一気に一塁からホームまで走りぬけた阪神・赤星。あのような走塁がどれほどチーム全体を勢いづけるか、わかるだろう。

 最近、とみに少なくなってきた盗塁数にちょっと寂しさを感じていた私はいまペナント争い以上に両リーグの走り比べに興味をもって見ている。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年04月30日

白球の視点 第94回

 「緑の匂いっていいわね」という言葉を聞いて”いい言葉だな”と思わず振り返ったら若い夫婦が笑っていた。4月29日「みどりの日」、東京郊外の朝の散歩の途中のこと。前日からその日の西武ーダイエー戦は初の松坂大輔ー新垣渚の対決になると知って西武ドームへ出かけるつもりでいた。しかし、その朝の新聞で神戸のオリックスー近鉄戦がNHKテレビで全試合生中継と知って急にテレビ観戦することにした。
 
 西武ドームでの松坂と新垣は今後、見る機会はあるかもしれない、しかし、東京に住んでいると「神戸のオリックスー近鉄戦」をナマで見ることはめったにないことだからだ。その期待は満たされた。
 
 まず劈頭、画面に青い空とスタンドを越えての緑の木々が見え、それだけで臨場気分を味わえた。”あ、野球はやはり、青空の下でやるものなんだ”という思いが突然、強く身を包んだ。それもこの試合のテレビ観戦を快いものにしたひとつの理由だったが、もうひとつ、イニングの間に紹介してくれた「グラウンド・シ-ト」。目の前にネットがなくて、選手がすぐ目の前に見えて、グラブ持参の少年が選手が投げ入れてくれるボールを嬉嬉として待っていた姿が写し出される画面が嬉しく、実際にそこに座って観戦したくなった。これも”臨戦気分”になれた理由のひとつだった。
 
 試合は大味といえば大味だったが、前日の快勝のとき「バントは(相手にアウトをひとつ与えるだけだから)しない。選手を信頼して積極的に打ってもらう」というレオン新監督の攻撃的指針がナインに乗り移ったのか、1点をリードされたあとの3回のオリックスの猛攻には、”これが開幕以来低迷を続けてきた最下位チームの攻撃か”と目を瞠る凄みがあった。みんなピチピチしていた。
 
 また1対8から6対8まで追い上げた近鉄打者の動きも興味深かったし、8点をとってもなお、試合の帰趨がどうなるのかわからなくなる最近のプロ野球の試合の内容を考えることにもなった。27日の巨人の対横浜戦の大逆転、26日の阪神の対広島戦の大逆転、同日のヤクルトの対中日戦の大量得点。そんな現象が続いているとき、行ってみたかった西武ドームでの松坂ー新垣の対決は、あとでテレビで見ているだけでも息づまるような投手戦だったようだ。同日夜、これもテレビ観戦した今季初の甲子園球場での阪神-巨人戦も一転、二転、三転の乱戦だった。
 
 松坂ー新垣のピッチングの中味をあらためてビデオでじっくり観察してみたいと思っているところだ。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年04月22日

白球の視点 第93回

 ヤンキースの松井秀喜選手(そういう呼称がすっかりなじんでしまったのも連日のすばらしい活躍と、どんなときにもフランクで素直な記者会見をつづけているからだろう)が、メジャー・リーグの左投手から快打をつづけていることが大きな話題になっている。「(左打者としては、左投手に対して)つい体が開き気味になってしまうので、そうなってはいけないという意識があって」キチンと打てるという趣旨の発言を聞いて、私は”若き日の王貞治”の話を思い出していた。

 三冠王になるずっと前、ホームラン王になる初めの頃、若き王貞治は不振になると、年上の、気の合った僚友、国松彰とか伊藤芳明(合宿で同室だった)ら左投手に合宿近くの多摩川グラウンドに誘われて”打ち込み”を続けた。そのときの話が「(左打者が)左投手相手に打つとき、つい体が開き気味になるから、その点に注意して打とう」だった。若き王貞治は、そこで右投手だろうが左投手だろうが関係ない打法を身に付けていく。いや、のちに聞いたところでは「むしろ左投手のほうが打ちやすかった」という境地に入ることになる。

 これは、たまたま王貞治や松井秀喜のような大打者だからーーという話ではないと、いつも考えている。現に、毎日、両リーグのペナントレースを見ていて左打者が左投手から上手にヒットやホームランを打っているのを見て感じていることだ。だから、しょっちゅうピンチになって左打者が出てくるとすぐ右投手を左投手に代える”習慣”に首を捻っている。

 同じような”習慣”に「カウント0-3からは打つな」という”常識”がある。打って失敗したときが”もったいない”からだろう。しかし、4月20日の対横浜戦の阪神・浜中おさむの2発目の7号ホ-ムランのように「カウント0-3からの狙い撃ち」はハマれば見ていて気持ちのいいものだ。見ているほうには快感がある。そのあたりは微妙なところだが、”見ている側のひとり”としては「0-3からだって好球なら打て!」だ。

 4月18日からの対巨人3連戦で中日はぺタジーニ対策の守備シフトにこだわったあまり、巨人に逆にその虚をつかれたと指摘されていた。データ中心による安全策か、データを越えた積極策か、簡単に結論の出ない超難問だが、だから、野球は面白い、ということになるか。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年04月15日

白球の視点 第92回

 「もう打たなくてもいいぞ」という声もあったというのに、阪神のムーア投手は打ち気満々、打者一巡の猛攻の中、1イニング2安打に全力疾走の2得点。肩で息して、その影響か、マウンドに上ったらコントロールが乱れてヒヤヒヤさせた。12日、東京ドームでの対巨人2回戦。

 それでも打席の中で打ち気満々のムーアの姿は大いに気に入った。投手で1イニング2安打とは、94年の広島・川口投手以来だというが、指名打者制のないセ・リーグにあっては、投手といえどれっきとした「9人目の打者」、自分のバットで勝利を呼び寄せるのだから、結構なことだ。

 すると今度は翌13日の阪神の先発・下柳投手も1対2だった4回、中前へ同点のタイムリー打を放った。昨年まで指名打者制のパ・リーグでバットを振ったことがないはずなのに、みごとなものだ。ムーアに刺激されたのだろう。

 同じ日、横浜でも日本初登場のヤクルトのベバリン投手も来日初打席で右前へヒットを打った。アメリカでは0安打でこれが「プロ初安打」だという。初登場初勝利はもちろん嬉しいが、この初安打にも大喜びで2個のボールを記念のケースにおさめておくというから「投手にとってのヒット」というものは格別のものであるようだ。

 中学ー高校時代、「ワンマン・エース」と呼ばれるような秀でた投手はたいていまた打線の中心でもあった。投手には強打者が多い。古くは別所毅彦、金田正一、平松政次、堀内恒夫ーーとまではいわなくとも、近年の巨人・桑田真澄、中日の川上憲伸、広島の高橋健らのバッティングなど、なかなかに味のあるものだ。ピッチングとともに彼らのバットがよくチ-ムの勝利に結びつくことを考えると、「投手のバッティング」は貴重なのである。

 パ・リーグにも、かって阪急の梶本隆夫、石井茂雄、とか西鉄の稲尾和久、近鉄の鈴木啓示ら、投手史上に残る大投手たちもよく打ったものだった。いま打席に立つことのないパ・リーグの投手の中にも「打ってみたい」と思っている投手はいるはずだ。「投手のバッティング」改めて見直してみる必要がある。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2003年04月08日

白球の視点 第91回

 相手チームの走者が二塁か三塁にいて中日のアレックス・オチョア中堅手(「アレックス」もいいけど、個人的には「オチョア」という語感が好きだったんだけどなぁ、山田監督よ)の前へ打球が飛ぶと、スタンドから「オーッ」というどよめきが起きる情景を非常に気持ちよく眺めている。オチョア中堅手の、体いっぱい使ってのホームへの返球。投げ終わったあと頭からグラウンドへのめりこんでいくような姿を見ると、たとえ走者がホームインしてもオチョアのほうに拍手したくなってくる。スタンドのどよめきもそういうことなのだろう。

 アメリカからの報道によれば、6日のレンジャーズーマリナーズ戦でレンジャ-ズが一死一、二塁のチャンスで次打者が一、二塁間をゴロで抜いたとき、スピ-ドをあげて前進、打球を捕球した右翼手・イチローを見てレンジャーズの三塁コーチが、ホームへ突っ込もうとする二塁走者をあわてて止めた、そのとき三塁コーチにブーイングで”抗議”した地元ファンも、次の瞬間、イチローのホームへの素早く力強く正確な返球を見て黙ってしまったという。私は、野球観戦で、そういうスリリングなシーンがなにより好きなひとりだ。

 「魅力の返球」のイチローが日本からいなくなれば、アメリカからオチョアがやってくる。いいことだ。

 話は「返球」からハズれるが、いわゆる「松坂世代」が注目されている中で、このところ30歳代の男たちの動きが溌剌としているのも興味深い。好調のダイエ-相手に日本ハムの本拠地初勝利をもたらしたのは田中幸雄(35歳)、奈良原浩(34歳)、山田勝彦(33歳)の活躍によるものだったし、横浜の連敗を止めたのは4番にすわった佐伯貴弘(32歳)だったし、ヤクルトの連敗を止めたのは右手クスリ指の故障にもめげず頑張っている古田敦也(37歳)だった。「松坂世代」に負けてたまるかという気概だろう。いや、「松坂世代」が刺激になっている。

 もうひとつ。カブレラがいなければマクレーンが満塁ホームランを打つ、ペタジーニがいなければラミレスが決勝打を打つ。これも”刺激”だろう。連日、テレビもスポーツ紙もメジャー・リーグの報道で賑やかだが日本球界も面白い。

  • 共通ジャンル:

posted by 田村大五 |00:00 | 第81回~第100回 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加