2002年03月26日
白球の視点 第39回
開幕5日前、コミッショナーから12球団の監督宛にあらためて一通の文書が送付された。一、野球規則の順守、一、審判員への敬意を忘れない、一、スピードアップを心がける・・・・・・。“いまさら”といえなくもない3項目だが、ここにきてまたあらためて文書で通知しなければならないところに、旧態依然、ちっとも変わっていない球界の体質を感じてしまう。 予想されるストライクゾーンにまつわるトラブル解消へ向けての牽制だろうが、監督たち、その書面にじっと見入ったか、それともチラと見ただけで済ませてしまったか、それはもうすぐ公式戦の試合内容でわかる。 オープン戦での、そのストライク・ゾーンをめぐる反応を見ていると、実績のある打者や投手はそれほど神経質になっていない。必要以上にああだこうだと言っているのは、むしろ指導者の方だ。その辺が気になっていたところに、いい言葉に出会った。以下、「週刊ベースボール」4月8日号からの引用。 江夏、打者を見ることのできる投手が少なくなった。特に初球の入り方が無防備過ぎる。その理由を考えていくと、試合のための練習をしていないんだな(略)(指導者が)練習メニューをきちんと決め過ぎている。先輩の技術を盗んでやろうとか、自分は何をしたらいいか考える習慣がなくなっている・・・・・・ 落合、それが一番大切なことなんだけどね(略)。「いま何をなすべきか」ということを選手も指導者も真剣に考えなくては・・・・・・ 翌週号からスタートする、投手と打者の立場から究極の技術論を綴るコラム「超野球学」の“序文”にあたるふたりの対談の中の一部だ。一時代を築いたふたりの野球人は、とことん自分でワザを磨いてトップレベルに達した。その一投一打は、いまもマブタに残る名勝負、ドラマを生んだ。ファンは、そういう一投一打に酔った。私は、いつもふたりの野球論を「野球芸談」と呼んだ。 そういう「野球芸談」が生まれるペナントレースであってほしい。そのためにも、現役のベンチの指導者も選手ももっとプレーそのもので語ってほしい。判定の稚拙をうんぬんするのは、そのあとだ。
posted by 田村大五 |00:00 |
第21回~第40回 |
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