2008年01月22日
白球の視点 第227回
トレード選手について書こうと思っていた。 期待されて阪神からオリックスへ移っていったというのに、コリンズ監督から「ハマナカ? フー?」といわれたという浜中治外野手。“コリンズさん、そりゃ、ないぜ”と記事を読んでハラがたち、“浜中、気にしていないかな”と心配していたが、「週刊ベースボール」2月4日号の巻頭インタビューを読んでいたら「アイツのホームランを見に行こう、アイツの勝負強いバッティングを見に行こう、といわれるくらいの選手になる」と力強いことをいっているのでホッとした。 セ・リーグからパ・リーグへ移る選手ではヤクルト→西武の左腕・石井一久投手、落合監督が「手放したくなかった」と悔しがった和田一浩外野手の補償選手・中日→西武の岡本真也投手、そしてヤクルト→日本ハムの左腕・藤井秀悟投手。それぞれ、どんなピッチングをしてみせてくれるだろうか、強い興味をもって見ることにする。 それにしてもヤクルトの高田繁・新監督も思いきったことをやるものだ。藤井にプラス坂元弥太郎投手と三木肇内野手の3人と、日本ハム・押本健彦、橋本義隆両投手と一軍公式戦経験はこの2年間で34試合という川島慶三外野手の3人との交換トレード。聞けば、川島は、高田監督が日本ハムのGM時代に強く推薦してドラフト指名入団させた快足選手で内、外野ともこなせるユーティリティ・プレーヤーだということだ。“高田監督好みの機動性のある野球をめざす狙い”という解説が多かったが、新天地で羽ばたけるか。 補償選手でいえば、FAの石井一久投手に代わってヤクルトに移った福地寿樹外野手も07年は117試合出場でホームランは0本だが28盗塁もしてみせた“走の選手”だ。広島→西武に続いて2度目の移籍で、古巣のセ・リーグに戻る。福地のプロ入り初安打は巨人の上原投手からだった。岩村もいない、ラミレスもいない新生・ヤクルトで新しい世界をつかめるだろうか。 「トレード選手」というと、いつも加藤博一選手を思い出す……と、21日午後、“下書き”に書いた。書いてから、かつて編集した「トレード史」を書棚からひっぱりだし頁をめくりながら、あの選手この選手を思い出し往時を懐かしんだ。新天地を得て光り輝いた選手、すばらしい実績をあげていたのに移籍してしぼんでいった人。その中でも「トレードがあったから、私はプロ野球の世界で生きてこられた」といいきっていたのが加藤博一だった。帰宅して構想をまとめようとした夜10時過ぎ、テレビで、その加藤さんの訃報を知りガク然とした。“虫の知らせ”というものがあるとしたら、こういうことをいうのだろうかと思った。 現役時代も、引退してからも、いつ会っても明るく、話が面白く、よく座談会にも登場してもらった。70年、佐賀・多久工からテスト生で西鉄入り。「テスト生なんていってももっぱら“ファームの球拾い”。外野で打球を追っかけていたら、スタンドにいた女学生から“あんた、どこからきたアルバイト?”といわれるんだから情けない」。決まった給料もない。加藤さんにいわせると、“ただのおぼしめし”。だから、時間があるとアルバイトもやった。オフも働いた。「プロ野球選手になる」といって出てきた故郷に帰れなかったからだ。 「プロ野球人国記」の取材で多久へ行ったことがある。町の人が“多久工の加藤”と絶讃した。グラウンドの中堅に高い金網。そのむこうに道路。「あの金網を越したのは加藤だけだった。体は小さいが、リキはすごかった」。その加藤も“プロの世界”に入れば“アルバイト”に間違われる存在だった。 それでも加藤は希望を失わなかった。プロの世界では非力と知って、スイッチ打法に取り組んだのが73年。背番号75で登録され、74年に背番号は35になったが、一軍公式戦出場75年の3試合だけ。その加藤が76年、片岡新之介捕手の“付録”の形で阪神へ移籍、79年から監督になったブレイザー監督に見出されるのだ。「すばしっこい選手が好きだということを人づてに聞いたから、こっちはもう必死よ」。闘志をむきだしにして、走りに走った。79年、プロ入り初ホームランが巨人戦で江川卓投手から。以後、“江川キラー”。80年、ついに規定打席に達して打率.314で打撃ベストテン5位。83年、次は大洋に移って「スーパーカー・トリオ」に名をつらねての活躍は、もうよく知られるところだ。 加藤博一選手に関して多くを語ったのは、いまの若い選手に“こういうプロ野球人生もある”ということを知ってもらいたかったからだ。一度や二度は、誰も壁につきあたる。「そういうとき怖じけづいたら、もう終わり」と加藤さんは、口ぐせのようにいっていた。 ベースボール・マガジン社刊の「小・中学生と指導者のための軟式野球クリニック=ヒットエンドラン」誌で“出張コーチ”をしていた連載「野球伝道師・加藤博一が行く!」が好評だったのも、そういう志が少年たちに伝わったのだろう。 トレードで新天地に挑む選手たちにも、“加藤博一の志”を伝えたい。
posted by 田村大五 |18:25 |
第221回~第240回 |
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加藤博一さんのご訃報で「神の不在」を確信しました……。 【上田龍公式サイトRyo's Baseball Cafe Americain Annex 「店主日記」】
現役時代、たった23本のホームランしか打っていないのに、その野球生活のハイライトとして、江川卓投手にプロの洗礼を浴びせた一発や、横浜スタジアムのダイヤモンドを人生そのままの全力疾走で走り抜けたランニングホーマーがクローズアップされたのは、楽しいことが大好きだったあなたらしいですね。
2008-01-22 18:53 | 続きを読む






