2006年04月13日

白球の視点 第202回

 阪神、金本知憲の904試合フルイニング出場記録の表彰式で、インタビューをテレビで見ている間、ずっと、もう20年も前に連続試合出場(2215試合)の記録を作った衣笠祥雄選手と過した1シーズンを思い出していた。

 気の遠くなるような連続試合出場を、日々どんな気持ちで過しているのだろうか、それを同時進行スタイルでルポしてみようという企画で申し出たところ、「家族と過す広島での生活は邪魔されたくないが、大阪ー名古屋ー東京の遠征中ならいつでもホテルに訪ねてきてください」というありがたい返事で、遠征中の衣笠選手にぴったり同行、それこそ少年時代から大記録達成までのさまざまな話を聞いたのだった。

 いまでも忘れられないエピソードは数多いが、中でもときどき引用させてもらっているのが、死球で左手を骨折入院して医師から「とてもプレーは無理」といわれたときの話。痛みでなかなか眠れなかったが夜明け近くまどろみ、ふと目覚めると、眠れず苦しんでいるときの左腕の位置がズレていることに気がついた。

 「左腕の位置が違っているということは左腕が“動いた”ということではないか。“動いた”ということは、“動かせる”ということだ。そういうふうに前向きに考えるんです。“ああ、もうダメだ”とは絶対に考えない」

 すべてを、前向きに前向きにと考える。そういう思考が衣笠選手を前へ前へと駆りたてた。今度、金本選手が「仕事への強い思いがどれほどあるかがポイント」といっていたが、一脈通じるものがあると思った。

 もうひとつ、衣笠選手と同行して思ったのは、こまかな気配り。たとえば、外出時、タクシー乗降の際、自分だけでなく私に対しても自動ドアには慎重に…… という配慮をしつこいほど繰返した。「手をはさまないように、ね」。一事が万事、だった。2215試合休みなく出場してトレードマークとなったフルスイングを続けたのは、そういうことの集積だったのだ。

 今度の金本選手の記録も、タイガースだけでなく他チームの若い選手にも強い刺激となったようだ。”WBCの強い刺激”とともに、06年のプロ球界にまたひとつみごとな”教材”が生まれたことを喜びたい。

posted by 田村大五 |00:00 | 第201回~第220回 | トラックバック(0)
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