2005年08月10日

白球の視点 第171回

 プロ入り4年目、通算60試合目の初勝利が、球団初の完封勝利。楽天ゴールデン・イーグルスの有銘兼久投手。最後の打者を遊ゴロにうちとって試合終了というのになお、ロージンバッグを手にしたというあたりが初々しくっていい。開幕2戦目、あの0対26で大敗したときの2番手投手で一死もとれず5点を失い、防御率計算不能とかで「防御率無限大君」と呼ばれ、山形のファームで汗を流したあとの返り咲き。こういう野球人生ストーリーが好きだ。

 「へこたれない気の強さが彼の武器」とは小野和義コーチの祝辞だったが、その小野も近鉄で投げていた時代、一度大きく落ちこんだがあきらめずに這い上がってカムバック賞に輝いた実績がある。今度は、コーチの立場でなかなか勝ち星をつかめない有銘に対して「あきらめるな、夢を失うな」と励まし続けたであろうシーンを想像しているうちに、有銘が初完封を記録した前日、「18歳・ダルビッシュに投げ勝った40歳・吉井理人」へと連想の世界が広がっていった。

 風を計算した熟練のワザで負けなしの5連勝ピッチングを披露した40歳投手が試合後、「1球1球がすばらしい」と自分のことよりも「18歳・ダルビッシュ」のピッチングをほめ讃えたところがよかった。小野がドラフト1位、吉井が2位指名で84年近鉄入りの同期生。吉井が最優秀救援投手になったとき(88年)、小野は阿波野と並ぶ近鉄の左腕エース、吉井がヤクルトからアメリカへ渡って3チームで投げ続け、帰国してから戦力外通告を受け、かつての“師匠”仰木監督の手で甦るという激的な日々を送れば、小野は若い投手の台頭に力を貸す日々。そういう投手人生の交錯が、ペナントレースを彩るところに興味がある。

 「40歳投手と10代投手の対決」といえば6月26日、西武-楽天10回戦の先発・涌井秀章-紀藤真琴があるがどちらも3回、もたなかった。勝敗でいえば95年5月31日、ダイエー・オリックス9回戦の吉武真太郎-佐藤義則以来。このときは19歳の吉武が40歳の佐藤に勝っている。その佐藤がいま、先に 40歳の吉井と対決したダルビッシュのコーチ、というのも因縁めいていて面白い。

 吉井が6連勝と星を伸ばした翌日、有銘は首位ソフトバンク相手にまた完投で2勝目をあげた。チームの順位争いや個人の打率争いとは別に、さまざまなことがからみ合う、それぞれの野球人生に思いをめぐらしてペナントレースを楽しむ。テレビの視聴率が下がったとかで野球人気がどうのこうのといわれるが、私はそうは思っていない。テレビ視聴率でいえば巨人戦の視聴率が下がっただけの話で、地上波以外の、かつては考えられなかった多くのカードの中継が連日行われていて、そっちの視聴者が大幅に増えていることが看過されている。

 技術論から人生論まで、「あらゆることがあてはまる」といわれるほどの野球談義は、今日も続けられている。この欄では、しばらく、吉井-有銘-小野ではないが、「05年の野球」と過去の野球の因縁話を語り継いでいきたい。

posted by 田村大五 |00:00 | 第161回~第180回 | トラックバック(0)
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