2003年09月17日

白球の視点 第113回

 2位以下を10ゲーム引き離しても15ゲ-ム差をつけても星野監督は「眠れない夜があった」というから監督業というもの、大変なんだとあらためて思った。こちらにしてみれば2位以下を10ゲーム以上も引き離しての大独走状態だったんだから、夜は”高枕、高イビキ”と思っていたのだが、事実は逆で、「もしこれで優勝できなかったら笑いものになる。日本におれなくなる」とずっと考えていたというから、プロ野球の監督、並みの神経では務まらない。
 
 星野監督の、甲子園球場で優勝が決まった夜のインタビュー時の言葉がすばらしかった。前日の「母の死」をひたすら隠して、あれだけの落ち着きと選手を讃え続ける姿に感動した。やれ「鉄拳制裁」だとか、やれ「蹴飛ばし興奮状態」とか、これまでいろいろいわれてきたが、優勝決定時の”赤星抱き締めシーン”に象徴されるように、選手への熱い思いは、各夫人の誕生日に花が贈られるこまやかな気配りによくあらわれている。私は、かって、「鉄の人」、「非情の人」などといわれもしたV9時代の巨人・川上監督がキャンプ地の宿舎で選手夫人にあてて「今日もご主人は元気でした」という手紙を綴っていたシーンを直接、目撃して、プロ野球チームの監督の内面を、考え直したことがある。選手も含めたチーム全体のハシバシへの気配りに成功した監督が優勝監督になるのかも知れないと思ったことさえ、ある。
 
 今度の阪神の優勝も、何度も書くことだが、星野監督がゼネラル・マネジャーとして徹底してチーム全体の編成をやり直したことにあると思っている。かって南海ホークスの黄金期を築いた鶴岡監督も巨人の川上監督も、コーチ陣編成からトレード計画からなにからなにまで自分が先頭に立って動いた。鶴岡監督がシーズン中、遠征の旅行日のたびにアマ球界の有力選手の家を独自に訪問、選手の家族に親しまれていたことも、何度か同行して知っている。日本球界にまだ「ゼネラル・マネジャー」という言葉が広まっていなかった頃から、ちゃんと現実にやっていたのだ。
 
 いま星野監督は、それを実践した。日本プロ野球の監督、”いまふう”はないようだ。

posted by 田村大五 |00:00 | 第101回~第120回 | トラックバック(0)
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