2008年01月29日

遠きアフリカに思いを馳せ、初夏に待つEURO2008について考える冬

今号の表紙 カメルーンの命運を握るエトー

Le Roi des Lions : ライオンたちの王

大敗したエジプト戦でも2ゴールと一人気を吐き、5-1と大勝したザンビア戦では、大会タイ記録の通算14ゴール目を決めた。だが、一人の中心選手に頼り切りでは優勝は難しい。

歯に衣着せぬ発言から奔放なイメージがあるが、バルセロナでの彼は決して独善的なプレーヤーではない。守備もするし、パスもする。むしろ、周囲とのコンビネーションの中で生きると言っても過言ではない。代表でのエトーはチームの王様として君臨し、自由を保障され、そして孤立している。だが、本来王とは権力を振りかざすだけでなく、国を繁栄させる者のことを指す。暗君になるか、それとも名君になるか。今大会はその試金石である。

今週のfootballistaは30日(水)発売です。


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2008年01月28日

愛すべき変人、マルセロ・ビエルサ

ずどーんと重い空気が会見場に漂う。

1月26日、日本代表とチリ代表の親善試合が国立競技場で行われた。チリ代表監督のアルゼンチン人、マルセロ・ビエルサは偏屈な戦術マニアで、メディア嫌い。試合後の監督会見でも記者を馬鹿にしきって、いやいや質問に答えている態度がありあり。第三者から見るとかえって面白かった(当事者のチリ人記者は災難だが……。ちなみに、会見でも「ちゃんと質問に答えてくれ」と怒っている人がいました)。

アルゼンチン代表監督時代から地元メディアとは、冷戦状態だった。98年に監督就任すると、アヤックススタイルの[3-3-1-3]システムを駆使して圧倒的な強さで日韓W杯の南米予選を通過。だが、アルゼンチン人はビエルサの機械的なサッカーが嫌いだった。

“エンガンチェ”と言われるトップ下を配したクラシカルな[4-3-1-2]システムで、ショートパスやドリブルを織り交ぜつつ、最後はトップ下のファンタジーに託すのが、アルゼンチン人が好むスタイル。モダンなビエルサのスタイルとは正反対である。実際、彼のサッカーは国外で非常に高く評価されている。質の高いサッカーを見せながら、それを評価してくれなかったメディアや国民に対する彼の不信感は想像に難しくない。

話はちょっと横道にそれるが、W杯で優勝するにはその国独自のスタイルを貫くだけでは難しいと思う。ベースは大切だが、それを超えていくプラスアルファがなければ、自ずと限界が見えている。ドイツW杯、アルゼンチンはペケルマン監督の下でリケルメを中心とした非常に「らしい」サッカーを見せてくれた。だがベスト8で敗退したという結果論は抜きにして、タレントの割にはサッカーが小粒だと思ったし、発展性も感じなった。

アルゼンチンの選手は綿密な戦術がなくても個々の判断能力だけで何とかしてしまえるのが強みだが、それゆえにと言うべきか、戦術センスも非常に高いものを持っている。個々の力量と組織の力が高い次元で融合していたビエルサのアルゼンチン代表には、従来のアルゼンチンの枠を超える可能性があったと思う。

メディアや国民からは嫌われていたビエルサだが、起用の意図や求める役割を理詰めで懇切丁寧に説明してくれるので、選手からの信頼は厚かった。日韓W杯の失敗後も監督職を続けられたのは、選手からの強い懇願があったからだと言われている。その後、アテネ五輪ではテベス、ダレッサンドロを中心としたスーパーチームを率いて次元の違う強さを見せつけ優勝。そして、誰もが驚いた突然の辞任劇に繋がるのである。

ビエルサは、アルゼンチンサッカー協会の財政難のため無給で監督をやっていた時期があった。否定派もそのことは評価している。だけど、戦術マニアの彼にとって重要なのは「お金」でも「名誉」でもなく、アルゼンチンの選手という最高の実験材料を与えられて思う存分に自分の理論を試せる「環境」にこそあったのではないか。そしてアテネ五輪で彼の実験は完了したため、誰も予想できない、しかし彼にとっては必然のタイミングで、監督職を退いたのだと思えてならない。

あれから3年、ビエルサはチリ代表の監督に就任した。システムは相変わらずの[3-3-1-3]。無愛想なメディア対応もそのままだ。日本戦後の記者会見で「前日会見では4バックでいくとおっしゃっていましたが、今日は3バックだったのでは?」と質問してみた。「初めは4バックだったが、日本が2トップだったのでDFを1枚外した」とビエルサはぼそぼそ答えてくれた。確かに理論的にはその通りだけど、あの頑固な男が簡単にシステムを変えるのだろうか。煙に巻かれたのか、それとも正直に答えてくれたのか(その場合は1トップ、あるいは3トップのチームとの対戦では4バックになる)。いずれにしても、稀代の戦術家がチリ代表をどんなチームに仕上げてくるのか楽しみでならない。

posted by 『footballista』編集部・浅野賀一 |16:31 | トラックバック(1)
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2008年01月25日

サッカーは「偽」ではなく「粋」な演出を

世の中にうんざりするものは山ほどある。
一歩家を出れば、お母さんの暴走自転車にひかれそうになり、女の子の車両内メイクを見せつけられるとほとんど定年間際の気分になる。駅の改札をくぐればお父さんの歩き煙草で窒息しそうになって、ところかまわずしゃがみ込む男の子につまずけば、大事な足をポキっと折ってしまいそうだ。そんなことになったら走れなくなるしボールが蹴れなくなる。どうしてくれるんだ、日本社会!? と言うより、どうしちゃったんだ、と言った方が感覚的には正しいかもしれないが。

最近とりわけ取りざたされるものといえば、去年の漢字一文字。「偽」だろう。そもそもこの種のスキャンダル続出の発端は、乳製品の賞味期限切れ問題あたりだろうか。鉄筋の量を偽った建築偽装問題のインパクトも強烈だった。食肉偽装事件が明るみに出てから外食の頻度を減らしたのは、きっと僕だけではないだろう。
色んな業界の数々の「偽」が、「あぁ、もう限界……」とばかりに臨界点を超えたのが昨今の「偽装ブーム」であった、と、ひとまずまとめておこう。悪いことはできないものである。
最近では食品業界に加えて製紙業界までもが参入。日本にはびこる恥の露見はとどまることを知らない様子だ。

他人の問題を訳知り顔に批判するのは簡単だ。翻って自分のところはどうだろう? 情報を発信する側の「偽」はタチが悪い。実態を持たないものが不特定多数の不安を煽り、扇動する。これは今さら歴史の悲劇を持ち出すまでもない。
結局のところ、プライドの問題である。NHK職員によるインサイダー取引も然り。霊能師を起用した問題番組もまた然り。作り手としてメディアに携わる者が、本気で「いいもの」(視聴者・読者にとって有益な情報)を届けようと思うなら、やっていいこと、やっちゃまずいことの一線は、それぞれの仕事に対するプライドによって計るしかない。行き過ぎた演出によって視聴者や読者に媚を売ることばかりに執心するメディアなど、毒にはなっても薬にはならない。それはいずれ、必ず視聴者や読者の質を下げることになるから淘汰されて然るべきだろう。この論理はそっくりそのまま自分のところに返ってくる訳だが。

いつも『footballista』読者の皆さんからの声に接して感じることは、多くの方が「過剰な演出を快く思わない」ということだ。ともすれば制作サイドは「演出」に対して感覚麻痺になりやすい。
スポーツニュースで流される海外サッカーのダイジェストを見てみよう。すでに90分を通して見て感じた試合の印象が、「格下相手にボロボロのミラン、カカーの一発で辛勝」だったとする。だが、それがダイジェストではあたかも「ミラン、格下相手に順当勝ち」なのである。弱小クラブの名前も知れない選手がジダを攻め立てているシーンでは視聴率が取れないのはわかる。視聴者はカカーやメッシの超絶プレーを見たい。それもわかる。ただ、それが実際の試合を極端に歪めた形で伝えた場合、それは果たして「演出」だろうか?
そして自分は読者に対して、それと同じことをしていないだろうか? お世辞にも品行方正とは言えない僕だが、そんなことはしたくないし、これからもしないつもりです。

上に列挙した様々な業種と同じように、サッカーが大きなビジネスであることは間違いない。が、一つ違うところは、それが常にファンの「夢」の部分に関わるものである、ということだ。
「夢」を歪めてお金を稼ぐのは罪である。サッカーを伝える時、その演出は「偽」ではなく、あくまでも「粋」であるべきだろう。
その一線があやふやになった時には、もう商売替えするしかないでしょう。

posted by 『footballista』編集部・池田孝 |19:49 | トラックバック(0)
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2008年01月22日

ラウール、電光石火のマドリッドダービー決着。本田圭佑は早くもリーグ戦出場

今号の表紙 レディング戦のゴールに吠えるルーニー

with the ROOTS: ルーニーのルーツ

派手なガッツポーズに側転にコーナーフラッグにパンチ。相当溜まっていたに違いない。「今季最も困難な試合だった」。タックルを受けて左足甲を骨折、スタートに躓(つまず)いた開幕戦の因縁の相手だった。ピッチ内外で”らしさ”を発揮した昨季。悪童ぶりはスラム街生まれのルーツと結びつけられてきた。だが「記憶にある限りずっとサッカーだけをやってきた」という男は、少なくともピッチ内では我慢することを覚えたようだ。1カ月の離脱から復帰後は毎週末90分、決してサボらずピッチを駆け回っている。これで6点目。相棒のロナウドは17点。でも試合を決めてくれる、そんなユナイテッドの「エース」は彼しかいない。

今週のfootballistaは23日(水)発売です。

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2008年01月18日

ハイヒールをスパイクに、化粧品をサッカーボールに

正月気分もすっかり抜けて『footballista』は08年第2号を発信! 今年も世界のフットボールの日常をタイムリーにお伝えしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

年末年始、ひさしぶりの休みは忘年会と新年会、残した仕事と1年ぶりの親の食事とセールとテレビといくつかの映画で慌ただしく過ぎ去った。息抜きの場所はやっぱり映画館。正月と言えば寅さんにゴジラ、ハリウッドの超大作といった時代はいつの間にか終わっている。注目はここ数年、続々と公開されているドキュメンタリー映画。テーマは様々、この年末年始にも国内外の佳作を何本か目にすることができたが、事実は小説よりも映画よりも奇なり、である。サッカー絡み(?)でも『ペレを買った男』、『線路と娼婦とサッカーボール』と2本の良作が公開された。

その一つ、『線路と娼婦と…』の舞台は中米グアテマラ。中南米の現代史を扱った映画や小説に必ずと言っていいほど出てくるのが、革命やスラムといった言葉だ。植民地であった国が独立しても、少数の白人と大多数のインディオや混血の農民との間の階級格差は残り、幾度も試みられた革命の末に土地を失った貧農は都市に流れ込んでスラムができる。メキシコやコスタリカらを除いて、近年のW杯ではその勇姿を見ることができない中米諸国の中でも、我われにとってはコーヒー市場で名の通った、しかし未知の国グアテマラ。その現状もこの映画を見る限り同様だった。

この作品の主人公は、首都グアテマラシティのスラムで暮らす最貧困層の女性たち。舞台となる通りには一本のリネア(線路)が走るが、かつてコーヒー豆を出荷するために敷設された近代化の象徴は今や見る影もなく、娼婦たちの稼ぎの場となっている。そこで、たった“2ドル半”という報酬で働く女たちが「国会議事堂の前でデモをしても誰も見向きもしない。サッカーでなら伝えられるかも」と、自分たちの人権を訴えるべくサッカーチーム「ラ・リネア・オールスターズ」を結成する。ただちに富裕層によって競技から閉め出されるが、それでもこれがニュースとなり、やがて試合が舞い込み、スポンサーも現われて国内ツアーをするまでに。チームは決して強い訳ではない。しかし彼女たちにとって、勝ち負け以上に自身の存在を社会に認めてもらうことが大事なのだ。映画の主眼は、サッカーの試合ではなく娼婦たちをユニークな個性として描くこと。そして「娼婦」と括られてしまう彼女たち一人ひとりの「女性」としてのヒストリーを伝え、いま彼女たちがいる社会をスクリーンに浮かび上がらせる。

チームの躍進とともに語られる女たちの半生。生い立ちも性格もまちまちで、それぞれが人生に辛酸をなめ続けてきた。とはいえ、元気で健気で一生懸命な彼女たちのキャラクターはとにかく面白いし、世間で言う「常識」の馬鹿馬鹿しさが心底身に染みてくる。彼女たちは涙ながらに不幸と不遇を嘆くが、グラウンド(といっても、石ころが転がった水たまりだらけの空き地だったりコンクリートだったり)に立てば元気いっぱい。あくまで試合に勝つことを目指し、何よりサッカーそのものを楽しんでいる。差別や迫害をはね除ける活力と逞しさに、見ているこっちが元気づけられてしまうのだ。

「サッカーで成り上がりたい」訳ではなく、少しでも這い上がるきっかけが欲しかっただけ。リネアの娼婦たちは「ヒモなしでやっていける」ことを誇りとしている。彼女たちがこの仕事で家族を支え、子どもを学校へ生かせていることは紛れもない事実。道徳や暴力によって彼女たちを非難する資格を持つ者は誰一人いない。そのことをこの映画は訴える。そして、最後に待ち受けるのは現実だ。サッカーで活躍してメディアに注目されても、人生は劇的に変わらない。めでたし、めでたしで終わらぬ結末にこそ、ドキュメンタリー作品ならではの問題提起があった。

posted by 『footballista』編集部・赤荻 悠 |18:38 | トラックバック(0)
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2008年01月15日

ミランの新星・パトと突然目覚めた怪物ロナウド。欧州リーグ本格再開!

今号の表紙 デビュー戦ゴールで興奮のパト

Um Galpe Esperado : 予測された衝撃

「このくらいはやってくれると思っていた」
新たなスター候補の登場にイタリア中が沸き立つ中で、ミランのアンチェロッティ監督は一人、冷静だった。
マネーゲームが過熱化する一方の欧州サッカー界で、ミランは独自路線を歩んでいる。選手を大切に扱い、クラブへの忠誠心を植えつける。メンバー構成のコンセプトも少数精鋭だ。その方針を支えているのが、緻密なスカウティング。プレースタイル、戦術的な相性、環境への適応力などを総合して検討し、未来の宝石を選び抜く。デビュー前の過剰とも思える高評価は虚勢ではない。誰にも予測できない道を歩むのはこれからである。

今週のfootballistaは16日(水)発売です。



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2008年01月08日

年始から熱いセビージャダービー。2008年の運試しはお年玉プレゼント大会で!

今号の表紙 首位アーセナルで弾ける若い力

NEW ERA : 新しい時代

フラミニ(23)、セスク(20)、クリシ(22)、アデバイヨル(23)、ロシツキ(27)。5人でしめて115歳、平均でちょうど23歳。が、若さが何だ。プロ選手の早熟化は今に始まったことではないし、若者に媚びるのは安易でもある。今のアーセナルの本当の凄さは、後藤健生さんをして「究極の攻撃的フットボール」と感嘆させ、片野道郎さんをして「(ミランとの対決が)欧州の戦略トレンドを左右する」と言わしめる、そのプレーにある。私も同感だ。彼らのプレースタイルはサッカー界の未来となり得る。08年が新時代の幕開けならば、その口火を切るのは彼らが相応しい。

今週のfootballistaは9日(水)発売です。

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