2007年11月28日
オシムに寄せて
11月16日、イビチャ・オシム監督が急性脳梗塞で倒れた。 彼の回復を心から願うと同時に、この世界的な名将が思い描いていた日本代表の未来図が幻で終わりかねないことが心配でならない。たとえ彼が首尾よく回復したとしても、日本サッカー界の大功労者にこれ以上の負担はかけられないし、かけたくもないが。 私は当初、「オシム礼賛」の風潮に冷ややかだった。正確に言えば、オシム監督本人にではなく、その周囲にだが。彼にどんなサッカーを、あるいはどんな結果を望むのか。それが曖昧だと、高い支持率も容易に覆る。現にアジアカップ後は、結果・内容ともに数多くの不満の声が聞こえた。 ただし私は、アジアカップ以後の日本代表についてはかなり好意的に捉えている。最も不安に感じていた点が改善されたからだ。オシム監督就任当初の日本代表が採用していたマンツーマンディフェンスである。これは非常に重要なコンセプトの転換だった。 日本サッカーの継続的な課題は、1対1の弱さにある。これを克服して世界で勝つために、長年にわたり試行錯誤を続けた。その結果到達した解答が「1対1で勝てないならば数的優位を作ってカバーする」という組織攻撃・組織守備の追及。そして、日本人はそうした組織の構築に非常に向いていた。 日本代表の個の力は、残念ながらドイツW杯に参加したチームの中では、29~31番目くらいだろう(さすがにトリニダード・トバゴよりは上だと思うが)。それでも私は、まともに大会に臨めば決勝トーナメントまで勝ち残る力があったと、今でも信じている。それは、それだけ日本のチームとしての力を高く評価しているからであり、欧州でプレーしている選手の数だけを比べて、日本代表の実力を低く見積もるのは大変なミスリードだ。もちろん、組織構築の力だけでは限界があるので、1対1の強さ、すなわち個の強さの向上も同時に行う必要はあるが。 ところが、だ。いくら1対1の向上に努めるとしても、戦術そのものを1対1の強さが前提のものに変えてしまっては本末転倒だ。そもそも日本サッカーの長所はそこにはない。第一、CLでもW杯でも勝っているのは、1対1の強さを前提にしたチームではなく、高度な組織サッカーにプライオリティを置いているチームだ。安定した組織サッカーがまずベースにあり、可能ならばそこに個の力を上乗せする。徹底して個の強さにこだわっているのはマンチェスターUやバイエルンくらいで、彼らは野生的で魅力的ながら異端のチームだ。 2006年の10月に行われたガーナ戦後の記者会見でその不満をぶつけたことがある。 「オシム監督はこの試合を攻撃的に戦ったとおっしゃいましたが、3トップの両ウイングが自陣に引っ張られるなど、むしろ守備的に見えました。ホームの試合ですし、もっと攻撃的に戦う選択はなかったのでしょうか?」 「守備的」というフレーズがNGワードだったのか、その後、もの凄い形相で反論されたことをよく覚えている。確かに敗れたとはいえ、この試合の日本代表の戦いぶりは悪くなかった。エシアン、アッピアー、ムンタリの3人が揃いベストメンバーだったガーナ代表は、それこそ個の力ならば世界でもトップクラスだろう。ガーナは[4-4-2]、日本はそれに合わせた形で[4-3-3]。中盤から後ろはすべてマンツーマンでマークしているので、相手のSBの上がりには3トップのウイングが戻るしかない。ゆえに1対1で負ければ攻められる時間が多くなり、ウイングは何度も戻らされる。日本は頑張りよく耐えた。が、このサッカーでガーナを内容で上回る(=攻撃的に戦う)には、1対1で勝つしかない。残念ながら、それは無理だと思った。 ところが、アジアカップ直前のコロンビア戦で日本代表は、突然ゾーンディフェンスに戦術変更した。その後のアジアカップでも[4-3-3]のゾーンディフェンスを貫き、決勝トーナメント1回戦のオーストラリア戦では――今までの日本代表で蓄積された――数的優位を作る見事な組織守備を見せている。そして、その新たなスタイルの熟成は、オーストリア、スイス遠征を経て着実に進んでいた。 それにしても、このマンツーマンからゾーンへの変更は就任当初から予定されたものだったのか、今でもわからない。個人的にいろいろと思うところはある。今、世界のサッカー界共通の問題として、マーキング能力の低下が挙げられる。アリーゴ・サッキのミランが旋風を巻き起こした90年代以降、世界中に急速にゾーンディフェンスが浸透。育成年代でもそれが主流になり、マーキング能力を磨く機会は少なくなった。ところが、ゾーンディフェンスでも相手が担当するゾーンに入って来てからは、マンツーマンの対応と変わらない。いまだマーキング能力は守備に不可欠なのだ。 オシム監督はそうした現状へのアンチテーゼとして、まず始めにマンツーマンディフェンスを採用して、その後にゾーンディフェンスへと移行したのだろうか。いずれにしても、すべては謎のままだ。いったい日本代表の行き着く先には何が待っていたのだろうか。
posted by 『footballista』編集部・浅野賀一 |16:09 |
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