2008年01月28日

愛すべき変人、マルセロ・ビエルサ

ずどーんと重い空気が会見場に漂う。

1月26日、日本代表とチリ代表の親善試合が国立競技場で行われた。チリ代表監督のアルゼンチン人、マルセロ・ビエルサは偏屈な戦術マニアで、メディア嫌い。試合後の監督会見でも記者を馬鹿にしきって、いやいや質問に答えている態度がありあり。第三者から見るとかえって面白かった(当事者のチリ人記者は災難だが……。ちなみに、会見でも「ちゃんと質問に答えてくれ」と怒っている人がいました)。

アルゼンチン代表監督時代から地元メディアとは、冷戦状態だった。98年に監督就任すると、アヤックススタイルの[3-3-1-3]システムを駆使して圧倒的な強さで日韓W杯の南米予選を通過。だが、アルゼンチン人はビエルサの機械的なサッカーが嫌いだった。

“エンガンチェ”と言われるトップ下を配したクラシカルな[4-3-1-2]システムで、ショートパスやドリブルを織り交ぜつつ、最後はトップ下のファンタジーに託すのが、アルゼンチン人が好むスタイル。モダンなビエルサのスタイルとは正反対である。実際、彼のサッカーは国外で非常に高く評価されている。質の高いサッカーを見せながら、それを評価してくれなかったメディアや国民に対する彼の不信感は想像に難しくない。

話はちょっと横道にそれるが、W杯で優勝するにはその国独自のスタイルを貫くだけでは難しいと思う。ベースは大切だが、それを超えていくプラスアルファがなければ、自ずと限界が見えている。ドイツW杯、アルゼンチンはペケルマン監督の下でリケルメを中心とした非常に「らしい」サッカーを見せてくれた。だがベスト8で敗退したという結果論は抜きにして、タレントの割にはサッカーが小粒だと思ったし、発展性も感じなった。

アルゼンチンの選手は綿密な戦術がなくても個々の判断能力だけで何とかしてしまえるのが強みだが、それゆえにと言うべきか、戦術センスも非常に高いものを持っている。個々の力量と組織の力が高い次元で融合していたビエルサのアルゼンチン代表には、従来のアルゼンチンの枠を超える可能性があったと思う。

メディアや国民からは嫌われていたビエルサだが、起用の意図や求める役割を理詰めで懇切丁寧に説明してくれるので、選手からの信頼は厚かった。日韓W杯の失敗後も監督職を続けられたのは、選手からの強い懇願があったからだと言われている。その後、アテネ五輪ではテベス、ダレッサンドロを中心としたスーパーチームを率いて次元の違う強さを見せつけ優勝。そして、誰もが驚いた突然の辞任劇に繋がるのである。

ビエルサは、アルゼンチンサッカー協会の財政難のため無給で監督をやっていた時期があった。否定派もそのことは評価している。だけど、戦術マニアの彼にとって重要なのは「お金」でも「名誉」でもなく、アルゼンチンの選手という最高の実験材料を与えられて思う存分に自分の理論を試せる「環境」にこそあったのではないか。そしてアテネ五輪で彼の実験は完了したため、誰も予想できない、しかし彼にとっては必然のタイミングで、監督職を退いたのだと思えてならない。

あれから3年、ビエルサはチリ代表の監督に就任した。システムは相変わらずの[3-3-1-3]。無愛想なメディア対応もそのままだ。日本戦後の記者会見で「前日会見では4バックでいくとおっしゃっていましたが、今日は3バックだったのでは?」と質問してみた。「初めは4バックだったが、日本が2トップだったのでDFを1枚外した」とビエルサはぼそぼそ答えてくれた。確かに理論的にはその通りだけど、あの頑固な男が簡単にシステムを変えるのだろうか。煙に巻かれたのか、それとも正直に答えてくれたのか(その場合は1トップ、あるいは3トップのチームとの対戦では4バックになる)。いずれにしても、稀代の戦術家がチリ代表をどんなチームに仕上げてくるのか楽しみでならない。

posted by 『footballista』編集部・浅野賀一 |16:31 | トラックバック(1)
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