2007年09月29日

ポーランドとサッカーと貧困と日本

休みを利用してポーランド短編映画祭を見に行った。上映場所は、東京・京橋にある国立近代美術館フィルムセンター。平日の昼間ということもあって150席のうち8割の入り。その9割以上がお年寄りだ。500円で100分ほどの映画が見られるのだから、もっと若者に利用されてもいい施設だ。
見たのは2000年以降に作られた短編4本。いずれも色調が青く灰色で、テーマも同じ様に暗い。資本主義下のポーランドで絶望する者たち、ある者は歯を食いしばり、ある者は街を捨て、ある者は自殺を図り、ある者はフーリガンになることで、ギリギリの日常を生きていく。

『逃亡の街』は、2004年にポーランドで起きた警官によるフーリガン殺害事件を題材にしている。1部残留を果たせなかったチーム(ヴィゼフ。Widzew?)に腹を立てた主人公は、ピストルを握ってスタジアムを後にする。怒りの対象は、自ら応援してきた選手、フロント、警官……の背景にある社会。
「何のために応援するんだ?」。彼は試合前にフーリガン仲間に尋ねる。スタジアムで声を上げてもチームは変わらない。それはもがいても変わらない日常のようだ。この物語が他のフーリガン映画と異なるのは、主人公が集団(ウルトラス)を見捨て独力で復讐を企てることだ。標的は誰だかわからず、かつ誰でもいい。「社会」という矛先は射撃するには、あまりにも漠然としている。
徒党を組んで暴力に明け暮れ、それなりに満足のあるフーリガンライフ送る者たちとは、この点が決定的に違う。彼にとって毎日に変化が訪れるのなら、引き金を絞った先にあるものが自分のこめかみでも構わないのではないか。

フィルムセンターを出て『ビッグイシュー』を買った。尊敬する西原理恵子の表紙に魅かれたバックナンバーには、EU加盟後に60万人が移住していったポーランドの貧困についてのレポートがあった。15%もの失業率に加え、共産主義時代に培われた政府への不信が国を捨てることの引き金になっている、という。同誌で雨宮処凛を知り、『生きさせろ!難民化する若者たち』を購入。最近、ワーキングプア関係の書物を読みまくっている。私が日本にいなかった12年間に何か尋常でないことが起こり、急速に社会が貧しくなっていることを感じているからだ。
史上最長の好景気らしく高層商業ビルがバンバン建っているのに、その中では1500円は出さないとランチが食べられないのに、年収200万円以下の人が何と1000万人を超えている(国税庁の民間給与実態統計調査)矛盾。30代、40代の友人たちと会うと、例外なく生活の苦しさや未来の暗さの話になる。スペインに住み、夏に一度だけ帰国していた時には、私のお土産話だけで時間が過ぎていたから、そんな彼らの苦しみに耳を傾けることができなかった。

ヨーロッパでフーリガンに流れ込んだ貧しさは、日本ではどこへ向かうのだろうか? おそらくサッカーではないと思う。社会不安を溜め込むには、こちらのゴール裏はあまりに健全なように見えるからだ。これは良いことだ。サッカーを不平・不満のはけ口としても何も解決しない。だけど、ゴール裏が過激化しないと言って、もちろん暴発が収まる訳ではない。企業が大儲けして人が疲弊する――この歪の反動、絶望が噴出する先はどこなのだろうか?

posted by 『footballista』編集部・木村浩嗣 |11:15 | トラックバック(2)
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