2007年09月14日

イラン、W杯出場の裏で……。女の子だってサッカーを見たい!

今月から1本のサッカー映画が日本で公開されている。舞台はイラン、ドイツW杯出場を懸けた05年のアジア最終予選バーレーン戦が行われた一日。その当日に撮影が敢行され、「この日勝てばW杯出場」という首都テヘランと12万人が駆けつけたザンディスタジアムの物々しい様子が映し出されるのだから、それだけで一見の価値は有りである。ただし、そのタイトル『オフサイド・ガールズ』が示すように、主役は女の子。私たちにはどうしても疑問に感じてしまう――厳格なイスラムの教えに基づき「男たちと同席してはならない、男たちの下品な言葉を聞いてはならない」という――理由から、女性がスタジアムで男性のスポーツを観戦することが禁止されているこの国における、サッカーが好きで好きでたまらない少女たちである。

スタジアムに入れてもらえない彼女たちが当然思いつくのは、男性のフリをして潜り込むこと。そして映画を見てもわかるが、そもそも「女性はスタジアムに入っちゃ駄目」という決まりがきちんと守られている訳ではなく、大勢の女性がこの12万人の中に紛れ込んでいることはイランでは公然の秘密となっているようだ。同予選でザンディスタジアムでプレーした中田英寿は「スタジアムが10万人以上の男で埋め尽くされ、叫び声を上げて応援している」という違和感を語ったが、その中には女たちもたくさんいたのである。

そんな中、あの手この手で男装を試みた主役の少女たちは、あえなく“オフサイド”を取られて、すぐ横であんなに見たかった試合が繰り広げられているのにもかかわらず、スタジアム裏手の小さな柵で囲い込まれた簡易留置所に閉じ込められてしまうのだが、監督のジャファル・パナヒはイラン映画特有のドキュメンタリー的な手法をもって、囚われの身となった彼女たちの生き生きとした姿をカメラに収めながら、そこで展開される(物語の大半はここで進行)痛快な会話劇により、イスラム社会におけるイランの女性の有様を鮮明に浮かび上がらせていく。

「日本の女の子たちはスタジアムの中で観戦していたのに、どうして私たちは駄目なの?」と嘆く彼女たちにどうしても同情を禁じ得ないが、そこに悲愴感が強調されることはなく、サッカーを通したこの国の活気や結束力とともに、男と対等であろうとする少女たちのバイタリティが映し出されており、その理不尽さをポリティカルに訴えるという姿勢はない。彼女たちを取り囲む兵士(男性)=悪人という構図が決してある訳ではなくて、女性の権利を訴えるだけの映画でないことが見て取れるし、人や社会の変化にイスラムのイデオロギーがついていっていない――彼らにそんな義務を課す法律が悪い――という監督の着眼点が感じられる。それに、女たちにもっと自由があれば男たちももっと幸せなんだろう、とも。

抑圧されている分、まったく悪びれることなく圧倒的なエネルギーを爆発させる少女たちと、それに翻弄される兵士たち。それぞれのキャラクターの描き方は秀逸で、そのかけ合いが何ともユーモラスで微笑ましいのだが、そんな男と女の力関係が実際に、現代のイランには存在しているのだろう。

そしてこの映画、イランがW杯でその姿を見せてくれたという事実が示すように、そんな男と女、スタジアムの内と外の境界線など吹っ飛んでしまう拍手喝采のラストへと進んで行く訳だが、イラン全体を巻き込んだこの高揚感が作品に与えている影響は大きい。見終わってみればそのストーリー展開にも、イランが最後の最後に点を取って勝利、という中でこそ成り立つエピソードが多かった。もし負けていたら……。その結末も見てみたいが、監督いったいどうしていたのでしょう?

posted by 『footballista』編集部・赤荻 悠 |16:12 | トラックバック(0)
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