2009年09月30日

うらやましい空気(仙台はえんじ色だった)

先週、仙台の街を歩く機会があった。
どこのお店にいっても、居酒屋はもちろん、喫茶店でも携帯で結果を確認したり、会話の中に盛り込まれている。
歩いている人、すれ違う人でさえ言葉の端に上る。
意見を聞いてみても、やはりみんな一言もっている。
熱い口調が共通した特徴だ。
もちろん、話題に上がっているのは楽天だ。

やはりチームが強いとそうなのだろう。
浸透しているなぁと感じ、都内とはまた違う感じの盛り上がりにうれしくなる。
正直うらやましい。
ここまで全員が盛り上がっていることはなかなかないものだ。
(自分が意識していたため、よく聞こえていたこともあるだろうが)
自分も横浜や千葉に住んでいたことがあるが、その時も横浜ファン、ロッテファンの友人が多くいた。
一部の熱いファン、年齢などはほぼ固定されていたりする。

しかし、自分が歩いた仙台は違っていた。
よそから来た者でも気付くほど、街全体がえんじ色に染まっていた。
それは垂れ幕や看板からではない。
街行く人から、駅前の店々から自然と醸し出されているものだ。
想像でしかないが、きっと北海道(日ハム)や九州(ホークス)、きっと広島もそうなのだろう。
地域に根差すということはこういうことなのだ。
浸透しているという言葉通り、すっと自然に生活の一部として存在するものになっている。
ロッテや横浜の優勝時に、その土地にいた経験があるが、こうはいかなかった。
楽天ファンである自分も同じ一員であるはずだが、どこかしら不自然ささえ感じる自分の存在は違和感をだしているのだろうなぁと感じた。
なんだかうらやましくもあり、ちょっぴりさみしくもある。

えんじ色(正式にはクリムゾン・レッド)の街中が、暮れゆく秋の気配とマッチして、なにか強烈に日本を、四季を感じることが出来た。
燃えるような紅葉と共に、仙台の街も、人も熱い気持ちが広がっていくのだろう。
日本でも早く秋を迎え、冬への移行が早い東北で、今年は季節に逆らうことができるだろうか。
東北生まれの自分はもちろん楽天ファンだが、実際に仙台で空気に触れ、ますます好きになった。
実際試合を生で見ていないのだから、自分のことながらおかしく感じる。

海の向こうでは、「赤の集団」レッドソックスがプレイオフ進出を決めた。
果たして、色が似てなくもない楽天は、それに続けるのだろうか。
これからがしびれる。
鳩山首相の「25%削減」に逆らって、仙台は温暖な日々が続くであろう。
残り2チームとなってもまだ残るとしたら…季節外れの残暑が訪れることは間違いない。
それを東北の野球ファンは願っている。
夏の大会、花巻東のひたむきさに熱くなった思い、無念さは東北の野球界の家長ともいえる楽天が引き継いでくれるだろうか。
例年になく、東北が熱い。

まずは、CS確定、そして最初の戦いをホームで迎えたい。
さぁ、楽しみだ。

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2009年09月29日

「ヒンカク」とは(朝青龍の優勝で考える)

先週日曜日まで行われていた大相撲秋場所。
千秋楽は横綱対決で大いに盛り上がった。
万全ではない取り口で、なんとか1敗にとどまっていた白鵬が、本割で見事な立会いを決める。
腰高に立った朝青龍を一気に寄り切り、とどめとばかり左からの上手投げで土俵に叩きつける。
1敗で並び、優勝決定戦で2度目の対決。
今度は朝青龍の立会いが素晴らしい。
両前みつをがっちり取って、白鵬を破った。
敗れたとはいえ、体制不利になりながら、容易に負けない白鵬の強さも目立つ内容。
お互い力を認めているもの同士だからだろうか、立会いにけれんみが無く、仕切りから溜めていた気合を100%ぶつけた熱戦に、思わずこぶしを握っていた。
熱のこもった勝負を2番を見れたことがうれしい。

朝青龍はこれで、北の湖に並んで24回目の優勝。
一時期は、大鵬の32回も抜くのではないかと思っていたが、自身の怪我、白鵬の成長でその記録に追いつくには容易ではなくなってきた。
ただ、場所前の様子から今場所の優勝候補筆頭とは、ファンでさえ言えなかった状態からの見事な復活優勝は、もっと讃えてもいい。
満身創痍の中、優勝を勝ち取ったのは、朝青龍の心の強さが図抜けているということだろう。
一番の武器は立会いの鋭さでもなく、動きの速さでもなく、追随を許さない負けず嫌いなところ。
怪我で体が動かなくなるということではなく、その気持ちが無くなった時こそ、引退の時期になるのだろう。
寂しいことを言ってしまった。
まだ30歳に達していない朝青龍だ。
大横綱として、まだまだ活躍を見続けたいものである。

大相撲で大きな記事といえば、その優勝よりもある意味注目されたのは、朝青龍のガッツポーズであろう。
横綱審議委員会で、早速話題に挙がったことは、みなさんもご存じのとおり。
ちなみに横綱審議委員会とは、横綱の権威を保つために、相撲に造詣が深い有識者によって横綱を推薦してもらおうということで、1950年に発足したそうだ。
古くから相撲を愛好している人たちばかりなので、横綱昇進のみならず様々な提言や苦言も呈し、相撲協会のご意見番的役割も担っている。
最近は、横綱を推薦するというよりも、別な面で目立っているところがある。
今場所の話題では、不振の千代大海に関しての意見でも注目されている。

その横綱審議委員会で出た、気になるコメントがあるので、紹介したい。
「心が充実せず、技も磨かれず、けいこ不足で体がぷよぷよ。優勝はまぐれだ。心技体を鍛えて出直していらっしゃい」
ある文脈の一部かもしれないが、こういった発言があったのは間違いないようだ。
これを聞いて、大きく首をひねった。

この中にある「優勝はまぐれ」というのであれば、他の力士に対する力の差はどう感じるのだろうか。
その発言は、ここ数十場所も優勝していない日本人力士を先頭に、他の力士をも侮辱しているように感じる。
侮辱は大げさな表現だが、他の力士がだらしないということにつながるとは思わないのだろうか。
まぐれを許した対戦相手としてだ。
他の力士の「技・体」はどうなのだろう。
ある一点に集中しすぎると、周りが見えなくなる。
そんな捉え方もできる言葉だ。
第一、まぐれで優勝できるほど相撲は甘くはないだろう。

言葉尻を捉えて、批判するつもりはない。
愛情こもってこその、厳しい表現かもしれない。
個人の好みがあるから、意見はさまざまだろうし、相撲界全体を考えて、相撲界をよくしたい思いからの言葉であろう。
しかし、せめて
「優勝は立派。さらなる高みを目指して、稽古を積んだり、ガッツポーズを控えたりしてほしい」
などと言えないものだろうか。
「ヒンカク」とは何だろう。
横綱の品格というが、他の力士の品格は、委員会に参加されている品格はと、少し考えさせられた発言だった。

このガッツポーズについて、横綱審議委員会の中でも意見が分かれたそうだが、スポーツとしては自然な気持ち。
特に朝青龍の個人的な資質からすれば、嬉しさを表す(当然の)行為だったのだろう。
ただ、国技としての相撲という固い見方をすれば、礼に始まり礼に終わるということもある。
やはり、全力を尽くした敗者をけなすことが無く、喜びは内にとどめるということもわかる。
それが「心」というところなのだろう。

個人的には、勝負が決まった後の小さなガッツポーズはよしとしても、やはり土俵を降りる際の大きなガッツポーズはいただけないかなと思う。
実力と、それ以外の部分はしっかり分けてみてもらいたいなぁと思ってしまう。
そして、せっかくの優勝がもったいなぁとも。
観る側にとっても、幕内の取組を熱心に追う相撲ファンのお父さんも、夕食の支度を少し止めて横綱戦だけ見ているお母さんも、意見が分かれるところではないだろうか。

朝青龍ファンでもある自分は、この復活劇は素直に喜びたい。
あとは、横綱らしくとまではいかないし、品性公正とまではいわないまでも、稽古をしっかりして、息の長い相撲人生を送ってほしいと思う。
悪意なく見れば、成績的には立派な、10年に一度の大横綱である。
こういった記事を見ると、強すぎた千代の富士が嫌いだった子供時代を思い出す。
今考えると、その強さを見れたことにうれしさしか感じない。
飛び抜けた者、そして性格からもどうしても目立ってしまうところもあるのだろう。
相撲界ではとびぬけて、だれもかれも気になる存在である。

これからも白鵬と2人で、対照的な横綱として、この千秋楽の火の出るような大一番を何度も何度も観てみたい。
ちょっとの敗者への礼儀と、とどまることのない闘争心をもって。
第一、朝青龍がいないと相撲もつまらない。
早いもので、今年最後の九州場所は11月。
2か月先が楽しみである。

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2009年09月28日

イチローのストライクゾーン

「ベース上、膝からズボンの上部と肩の上部の中間を通る部分。それを通過した投球がストライク」
公認野球規則ではそうなっている。
自分が草野球で審判をしたときは、広めに取ってたとはいえ、脇の下で高めを区切っていたから、それだと高いことになるわけだ。
本題と関係のないところで、今までの常識が覆り、勉強になってしまった。

なぜこんなことを挙げたのかと不思議に思うかもしれない。
それは、先日のブルージェィズ戦で、イチローが退場になったことに端を発している。
2-0からの外角ストレート、ストライクの判定に抗議したイチローが、ベースの外側をバットで線を引いたからだ。
退場も当然の行為であることは否めない。
イチローの退場は日米でも初となる。
今年は、サヨナラ打といい、この退場といい、長いMLB生活でも珍しい「初物」が出ている、印象に残るシーズンだといっていいだろう。

「どっちかというと条件反射的な動き」と語っていたが、半ば計算ではなかったかと考えてしまう。
シーズン後半に入り、イチローがストライクの基準に納得がいかないシーンをよく見かけた。
数が多いわけではなく、特定の審判に当たった時だけだったが、それでも観ていて「ひどいとこ取るなぁ」と思う時が多かった。
決して、イチローが細かいわけではなく、明らかにおかしい時だけ首をひねっていたところが印象に残っている。
イチローも出演した、先日再放送された「古畑任三郎」の影響だろうか、ひねりすぎた見方かもしれない。
200本に達したこの時期、サヨナラ本塁打など比較的自由にプレーしているイチローの「トライ」とでもいうのだろうか。
一度審判に印象づけるということが必要だと、いつもならぐっと我慢するところを、とっさにそのまま解放した部分は少なからずあるだろう。

前から思っていたことがある。
この退場劇があって、改めて面白いと感じたことがある。
イチローのストライクゾーンはどこなのだろうと。
みなさんも記憶にあるだろう。
ワンバンの球を打ったこともあれば、今年では外角高めのくそボールを、ドカベン岩鬼のように叩きつけ、ヒットを放ったこともある。
この時は審判の判定が、外に大きく広がっていたことの対応だったが、それ以外にも明らかなボール球(外角低めの変化球が多いように思う)をヒットにしてしまうことがたびたびある。

きっとイチローにとって、打てると思ったところがストライクゾーンなのだ。
彼なりの理論で広がるストライクゾーンは、常人では真似できない。
いうまでもなく、彼は並の選手ではないのだ。
真似してもいいが、並の選手なら結果が出ず、視力検査が必要か、マイナー落ち。
アスレチックスなら、とんでもない選手だとすぐトレードに出されてしまうだろう。

自分の技量、持てる実力を常に出し切ろうとするストイックな姿勢とはうらはら。
まるで子供のような無邪気さで、自分が打てる、あ、打ちたいと反射的に手が出ることのギャップが面白い。
それでいて、それをヒットにしてしまうこともすごい。
自分を信じている部分が大きいし、その自分の期待に応えられるように努力することも不可欠だろう。
エンゼルスのゲレーロと同じようなタイプだろうか。

「手を出すのは最後だよってことかな。手を出さない(ギリギリまで球を引きつける)ためにどうするかをむしろ考えている。でも、どうやって早く手を出そうかって考えてるのが割と普通というか。真逆なんですよね考え方が。これは僕のバッティングを象徴しているもの。手を出さないからヒットが出るということじゃないでしょうか」

9年連続200本安打を達成した際、打撃について聞かれたイチローのコメントだ。
それでいて、このストライクゾーン。
どちらも真理なのだろう。
なにかにやりとするイチローが見えるようである。

イチローは2つのストライクゾーンがある。
今日の退場劇でわかる通り、普通の選手と同じもの。
もう一つは、「打ちたいコースにきた球」だと言える。
それは、好不調によっても、日に日に違うだろう。
しかし、彼の無邪気さ、技術力で、ストライクゾーンは普通の選手より確実に広い。
「バットが届く限りは安打の可能性がある」
明らかなボール球を打った時のイチローの言葉である。
野球を覚えたばかりの子供だけが持っている特権を、時たま行使するイチローもまた魅力的である。

posted by ballgame |23:51 | MLB | コメント(8) | トラックバック(1)
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2009年09月25日

ようやく現れる(男子ゴルフに待ち望んだもの)

ようやく言ってくれる人が現れた。
昔、近所に一人はいた、小うるさい頑固爺のように、存在が疎ましくありながら、いなければ寂しい存在。
例えはうまくないが、男子ゴルフ界にも、とうとうはっきりとモノ申してくれる選手が現れた。

先週行われた男子ゴルフ、ANAオープンは、谷口徹が優勝した。
彼は41歳、昨年は未勝利に終わり、復活をかける今年も開幕前の交通事故の影響で出遅れていた。
久しぶりの優勝だが、02年、07年と2度賞金王を取った男だ。
「これからの目標は、そりゃ遼くんでしょ。まだまだそんな簡単には賞金王は獲らせない」
なんと頼もしいではないか。

今のゴルフ界は、石川遼が優勝してもしょうがないような雰囲気が流れているように思う。
それだけ期待されている選手でもあるし、ある意味期待以上の活躍を見せている。
ただ、それでいいのだろうか。
今回の谷口のように、闘志むき出しの言葉をどれだけ待ち望んでいたことか。
これが石川遼の同世代や若手がいっても面白くない。
谷口のように実力があるベテランが言ってこそ、味があるというものだ。
同年代、若手はなにするものぞ、という気持ちが無ければ、この先の男子プロゴルフ界はお先真っ暗だ。
むしろそういう気持ちを持って当然なのだ。
ただ、ベテランは違う。
石川遼様々で、勝たれてもしょうがないというあきらめの空気を出していては、石川遼のためにもならない。

石川遼に期待している。
それはファンはもちろん、選手も言葉にしているから間違いない。
なにかほんわかしたような、既成事実のように賞金トップについているような感じがする。
まだ、早いのではないか。
まだまだ、闘志をもって、全力をもって他の選手ははねつけるべきではないか。
それによって、石川遼の成長も加速度を増すはずである。
自分も大の石川遼のファンである。
だが、いくらメジャー大会でいい経験をしても、いい方は悪いが温かい雰囲気のぬるま湯的な日本ツアーでは、将来得るものも少ないのではないだろうか。
もちろん、石川遼は自分で課題を見つけ、竹のようにぐんぐん成長している。
たくさんの熱いギャラリーからの歓声を、自分の力につけるすべも身につけている。
これも、石川遼のいく王道なのだろう。
周りが自然と道を作る、作ってあげたくなるような存在。
ゆくゆくはそうなるだろうが、それは今からでいいのだろうか。
ふと疑問に思ってしまう。

谷口はこれで賞金ランキング8位に浮上した。
しかし、まだ賞金額は5,000万以上も離れている状態だ。
常識的には…と思われるかもしれないが、仮に取れなくても、谷口のようなこの気持ちは、今の日本の男子プロゴルフ界に必要なものだ。
絶賛ばかりされている石川遼だが、このような「明るく叩き潰す宣言」は望むところだろう。
いじめのような陰険さが無く、それでいてむきになって戦ってくれる選手がいる。
今までも石川遼は、ものすごい吸収力で伸びてきたが、それはすべて自分対コースで吸収したものに違いない。
これに、対人という意識が日本でも加わったら…考えるだけで面白い。

自分も石川遼のファンだが、ゴルフファンでもある。
今回の谷口の発言は素晴らしいものだと思う。
谷口の性格が言わせたこともあろう。
口に出さなくても、悔しさ・対抗心を持っている選手も多くいるだろう。
それは性格の問題でもあるからだ。
無言実行の良さを、自分の性格を知っているからこそ言葉に出さない選手も少なくない。

ただ、こうやってゴルフ界を盛り上げようとする行動・発言はもっと今の男子プロには必要なのではないだろうか。
若手が盛り上がり、ベテランも盛り返す。
群雄割拠の中で、本当に実力があるものが突き抜ける。
そうならなければ、女子プロのような盛況な状態にはならない。
果たして、谷口の言葉は真実になるのか。
はたまた、発奮した他のベテラン選手が乗ってくるのか。
賞金王争いとともに、男子プロゴルフ界はこれからますます盛り上がりそうである。
こういうことを言ってくれる存在を待っていた。
求む、さらなる頑固爺。

posted by ballgame |08:18 | ゴルフ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年09月23日

チームの先にあるもの(あるベンチの風景)

まだ少し肌寒さが残る春の初めから、「今年はこのメンバーで一緒に戦っていくのか…」と選手同士、同じユニフォームを着ている仲間を一度は見渡すことだろう。
あるいは、この時点ではまだ仲間でもないのかもしれない。
長いシーズンが始まり、怪我や不調もあるだろう。
期待の急成長株だったり、期限ぎりぎりのトレードだったり。
いろいろな原因で、ベンチ内の一緒に戦うメンバーが1年間通して変わっていかないということはありえない。
それでも、チームの半分も変わるということは少ないはずだ。
ほぼ固定されたメンバー、それが同じ目標を持ち、それに向かって勇敢に戦っていく。
あるいは、移動時間の多いMLB、同じ飛行機で、同じホテルで、または試合前練習でと、顔を合わせている時間はなにも試合中だけではない。
チームがまとまり、さらに成長するとどうなるのだろう?
そんなことを考えさせられたシーンを見かけた。

5回表、内角高めのストレート、見逃せばボールかもしれない。
それまでいずれも初球を打って凡退していたイチローだが、この3打席も初球だった。
ランナーは1塁にいたが、すでに2死。
いわば気軽な状況を楽しむように、狙っていた高めのストレートを迷いなく振った打球は、先日のサヨナラホームランに似た弾道を描いた。
バットをやさしく置き、打球を見上げたため少々上にずれたヘルメットを直すしぐさも同じ。
打った瞬間、ホームランとわかる当たりだった。

試合後のイチローのコメントにもあるように、今のイチローには余裕が感じられる。
決して手抜きというわけではない。
余裕と言うよりは、楽しんでいると言えるだろう。
見る人によっては悲壮感すら感じさせる今までの雰囲気は、まったく感じられない。
まさに「PLAY」という言葉通り、野球をすることが楽しくてしょうがないのではないか。
ふくらはぎの怪我の状況がよくなってきたというのもあろう。
体が思い通り動くということもあるだろう。
状況により「よーし、一発狙ってやれ」そんな言葉が聞こえてきそうな程である。
(それで結果がでているのもすごいが)
車のブレーキに遊びが必要なように、今のイチローも適度な遊び、リラックスした状態でプレー出来ている。

さて、注目はこの後だ。
ホームランを打ち、戻ってきたイチロー。
ベンチにいる選手達とハイタッチを交わし、自分のバットをグローブとともにベンチの後ろに置く。
そこに城島が来て談笑。
それに割り込むようにグリフィーが入ってくる。
一方的に話している。
イチローは、やさしげな顔で聞いている。
そういえば、2,000本安打達成の際、一番喜んでくれたのはグリフィーかもしれないとイチローが言っていた。
それがわかるような熱愛ぶり。
熱愛は冗談だが、フレンドという単語より、アミーゴという言葉がぴったりくるシーンだ。
しっかりものとやんちゃぶり、逆の性格だからこそあうのであり、同じようにすごい実績をあげているスーパースター同士というのも、分かりあうのに大きい要因だろう。

まだまだ終わらない。
グリフィーといえば、この人も、スウィーニー登場。
スウィーニーはイチローの打席を物まねしながら、くねくねと体を動かしている。
グリフィー、スウィーニーに囲まれて、ベンチに腰掛けながらほほ笑みを浮かべ、話を聞いているイチローがいる。

あぁ、いいなぁ。
いいチームだ。
チームというより家族のような印象を受ける。
イチローがチームに入っている。
今年はその影響がいろいろなところで言われており、自分も何度もその仲の良さを目にしてきたが、今回のベンチシーンは特筆ものだ。
おそらく、日本のテレビカメラだろうが、次打者そっちのけでベンチをずっと映していた。
普段は試合の流れがわからなくなることは好まないのだが、今回に関しては素晴らしい仕事だ。

イチローも立ち上がり、スウィーニーに応える。
右の尻をさすり、ポンポン叩く。
まるで「この押し込みが重要」とでもいっているかのようだ。
思わずほほ笑みがこぼれる嬉しい光景だ。
ルーキー時代、イチローはヒップホップが好きだったような記憶がある。
3人でなにかジャズセッションでもしているかのように、ノリがあうのだろう。
楽しげに合わせるイチロー。
200本安打の重圧から解放されたことも大きいが、こういった場面からわかる通り、試合中のメリハリがしっかりできているといえよう。
いくら頑丈なピアノ線でも、いつも張りつめていれば切れてしまう。
抜くときは抜く、それを今まで自分一人で意識的にやっていたのを、周りが絡んで自然にできている印象を受ける。

シルバーウィークの最終日、早めに帰って一日ゆっくりと考えていた方は、この場面をご覧になれただろうか。
3人だけの登場人物だが、それでベンチ全体の雰囲気がわかる。
チームの先にあるもの…それは、家族のようなものに行きつくのではないか。
昔からある最小単位の団体であり、深いつながりをしめすもの。
優勝するチームには、ほぼ例外なく家族のような強い絆を感じる。
数年前のレッドソックスの優勝時には、アメリカの良き大家族をイメージしたものだ。
チームがひとつの生き物のように、と捉える方もいよう。
取り方は様々だ。
今日見た光景は、信じられない好プレーにも負けない素晴らしいシーンだった。
先ほどアミーゴという言葉を使ったが、むしろこの3人は、非常に仲の良い兄弟のようではないか。

チームの成長の先には、家族がある。
家族の思いを乗せ、それにこたえようと自然にいい場面で回ってくる打席で、きっちり仕事をするイチロー。
それは彼のプロ意識以外にも、今のチーム状況も大きく絡んでいる。
肌寒い春から、同じく肌寒さを感じる秋に、チームの先にある形に辿りついたように感じるマリナーズ。
残念ながら今年もプレイオフ進出を(ほぼ)逃したが、想像以上に力のあるチームだ。
あぁ、いいチームだ。
あぁ、いいシーンだ。
ごちそうさまと言いたくなるようなカメラマンの良い仕事に感謝しつつ、残り少ない試合、マリナーズを追いかけたい。
がんばれ、イチロー、マリナーズ!

posted by ballgame |23:47 | MLB | コメント(3) | トラックバック(0)
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2009年09月20日

去る者、残る者(ロッテ小宮山、横浜工藤)

いきなり漫画の話で恐縮だが、水島新司の野球漫画「あぶさん」をご存じだろうか。
ドカベンで有名な作者だが、それと並行してこの「あぶさん」も描いている。
いろいろ野球漫画がある中で、個人的にはベスト3に入る面白さがある。
(大甲子園、県立海空高校野球部員山下たろーくん、わたるがぴゅん、砂漠の甲子園なども面白い)

話がそれてしまった。
主人公のあぶさん(景浦安武)は、ホークス一筋で30年以上も現役を続ける大選手である。
酒好き、物干し竿バットなど独特のものを持っているのだが、また話がそれてしまいそうなので詳しくはやめておく。
そのあぶさん、62歳となっても現役を続けているが、どうやら今年で引退するようなのだ。
残念なことだ。

その「あぶさん」に負けるなとばかり、40歳を超えても元気に現役を続けていた選手が、今日引退を発表した。
ロッテの小宮山だ。
「あぶさん」でも、数話前にちょうど登場したばかりだが、そこでは元気に登板していた。
漫画の話だけでなく、シーズン途中には「来年も続ける」という話をちらっと聞いて記憶があったので、寝耳に水の状態だ。

小宮山は今年44歳。
風よけのゴーグルとダンディーなひげ、そしてぶっきらぼうな様子でちょっと生意気な風貌が、やんちゃ坊主だったであろう面影をまだ残している。
独特のセットポジションと、マリンスタジアム特有の強風を活かしたシェイクなどが印象に残るだろうか。
一見して常人では醸し出せないオーラからわかる通り、小宮山は決して見通しの良い道を歩き続けたわけではなく、波乱万丈の野球人生を送った。

89年にロッテに入団。
02年には海を渡り、メッツで強打者相手に苦戦するも、MLBへ挑戦したその強い心は記憶に残る。
03年、日本に戻ってきたが、その年は解説者を務めた。
翌04年にロッテと契約、その後は敗戦処理での登板は多かったが、本人自らがその役割を買って出たそうである。
また、06年から早稲田大学大学院にも入学するなど、自ら納得するまで考え、自ら積極的に動くところは、普通の野球選手ではない。
よく言われる「教授」というのがぴったり当てはまりそうである。

44歳の小宮山が引退という道を選べば、まだまだ頑張る選手もいる。
それは横浜の工藤である。
こちらは、小宮山より上の46歳。
既に横浜は来季契約を結ばないとしているが、その工藤は今日の試合でも登板した。
1点リードの8回、1死満塁での登板だったが、見事2者を抑え、チームの勝利に貢献した。

また工藤のセリフがいい。
「野球が好きなので、ここにいさせてもらえるだけいい」
心からの言葉であろう。
そして、なにより工藤は手を抜かない。
来季の契約があろうとなかろうとだ。
工藤は知っている。
こういった状況こそ、自分のできることをしっかりやらなければならないということを。
チャンスが来てからでは遅い。
毎日の積み重ねが、日ごろからチャンスが来た時の準備をしておかなければ、あっという間にチャンスの女神は去ってしまうということを。
もちろん、いつ好きな野球ができなくなるかわからないというのもあろう。
ただ、今日出来ない人はどうして明日できるだろう。
どうして進化できるだろう。
そういったことを、長い現役生活で、沢山のチームメイトから学び、経験しているからだろう。

数日前の記事では、トライアウトも辞さないと書かれていたが、工藤がチームにいることで、戦力だけでないメリットがある。
横浜の田代監督は今日の試合後、こう言っている。
「若い選手には、大ピンチでの気持ちの持ち方を見習ってほしい」
パイレーツの桑田がそうであったように、工藤の考えや練習、試合に取り組む姿勢は、必ずチームの他の投手に役立つはずだ。
それだけでなく、捕手、ひょっとすると打者の投手心理を知ることまで広がるかもしれない。
そこまで行くと大げさになるが、獲得してプラスになりこそすれ、決してマイナスにはならないだろう。
工藤の投球をしばらく見る機会がないが、それほどまでがくっと力が落ちているわけではないのではないか。
戦力としても十分である。

東北出身の自分としては来年、楽天が工藤を取ってくれないだろうかとひそかに期待している。
今年はCS出場に向けて、それどころではないだろうが、先発投手3本がしっかりしている楽天だ。
弱点の中継ぎ部門での起用が見込まれ、またその経験を活かしてくれるとなれば一石二鳥ではないか。
あとは野村監督の下で…となれば、とても面白いコンビだと思うのだが、残念ながら野村監督の契約は今季までと聞いている。
いい成績を残しても、野村監督は去ってしまうのだろうか。。。

人は年を取り、体は衰えるのは自然の摂理だが、それでも寂しさは残る。
新庄のように余力を残しながらの引退もいいが、自分的にはぼろぼろになりながら、それでもしがみつき、最後まで戦う選手に目が行ってしまう。
小宮山には、少し残念な気持ちとともに、それでも気持ち良く、お疲れ様と言いたい。
それに「あぶさん」も引退してしまうのならば、野球界の元気なおじさん、リアルな「あぶさん」として工藤には来年も頑張ってもらいたい。
もちろん、個人の能力以外にも、チーム事情も絡んでくるから簡単ではない。
去るもの、残るものそれぞれあるが、後悔を残さない道を進んでいってほしいと思う。

シルバーウィークに引退ばかりでは、当たり前すぎてつまらない。
MLBでは、田口の本人も予想外のメジャー復帰といういいニュースもあったではないか。
しっかり自分のすべきことをやっていれば、必ず誰かは見ている。
工藤にも、喜ばしいニュースがくることを願いたい。
そして、小宮山投手、本当にお疲れ様でした。
これからの小宮山の動向も楽しみである。

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2009年09月19日

どちらがお望み?(イチロー2試合連続のサヨナラ打)

思わず「うわっ」と声が出た。
初球のインコース膝元へのカットボール、完全に狙っていた。
狙っていたのは球種でもコースでもあり、そして一番にはホームランでもあった。
それでいながら、力みのない「すらっ」とした打ち方。
打った後、いつものようにバットの先端からやさしく丁寧にグラウンドに置く。
打球を見上げたイチローは、少し上にずれたヘルメットを右手で治す余裕がある。
追ったのは一瞬だ。
もうわかっていた。
ボールがどこに飛ぶのかを。
表情を変えずに、いつものように肩を怒らせてダイアモンドを一周し始めた。

シアトルで行われたヤンキース対マリナーズ、シルバーウィークに入った日本では、遠出をしない野球ファンには垂涎のカードだ。
最後まで白熱した投手戦で、9回2-1でヤンキースリード。
となったら、当然抑えの切り札リベラの出番だ。
マリナーズは下位打線の7番から。
なすすべなく2者連続三振。
左打者のインコースへ、厳しいカットボールでカウントを稼ぎ、外角低めのストレートでズバッと見逃し三振を奪う。
リベラお得意の攻めだ。
右投手であるが、左の方が内角に食い込むカットボールのせいで打ちづらそうに感じる。

リベラはこの2三振で、なんと通算1,000奪三振の記録を達成した。
もちろん、試合中であり、マリナーズの本拠地でもあるから、現地のファンは気付かない。
祝う雰囲気は全くなかったが、投球内容が素晴らしく、そしてこの記録をあっさり達成した流れから、試合はこのまま終わるだろう。
9回まで投げ切り、2失点に抑えたヘルナンデスの好投も報われず…、と思っていた2死からドラマが始まる。
代打で出たスウィーニーがライトの頭を抜ける2塁打を放つ。
次はイチロー、面白い場面だがここは敬遠されるだろうなぁと、見ていた方は多いのではないだろうか。
シーズン中でも、このような場面でキャッチャーが立ち上がる場面を何度も見てきた。

イチローが打席でアームガードをいじっている場面がアップで映る。
さて、キャッチャーは…座っているではないか。
ヤンキースは思い切った手を打ってくる。
長打を警戒する場面でもないし、ということだろうか。
自分はなぜか、数日前に見たWBC決勝の場面を思い出していた。
シチュエーションは同じ。
そして。。。

試合後、ヤンキースのジラルディ監督はこう語る。
「イチローはスピードがあるから、次の打者に二塁打されれば生還される。だから勝負した」
結果は裏目に出てしまったが、リベラの調子から言っても勝負するという選択肢もありだと思った。
そして、なにより野球ファンとして、このしびれる場面でリベラ対イチローを見ることができる幸せを奪わなかったことに感謝したい。
確実性からいえば、2番打者で勝負した方が良かったであろう。
それでは夢が無い。
マリナーズやそのファンがイチローを信じているように、ヤンキースもリベラの力を信頼していたということだろう。
お互いを信じて戦った結果、今回はたまたまイチローが勝利したということだ。

イチローならではの巻きこむような打ち方で捉えた打球は、打った瞬間わかる当たり。
ホームランバッターのようにぐしゃっという感じではなく、すぱっと運んだという感じだ。
力で飛ばしたのでなく、回転で、円の動きで球を遠くに運んだといったほうがいい。
まるで、ゴルフクラブで打ったような切れ。
遠くに飛ばそうというよりは、スタンドのある地点を狙って打っているという表現の方があっているかもしれない。
松井の「ぐしゃっ」という本塁打も好きだが、イチローの「すぱっ」という本塁打も味がある。

少しうつ向き気味で、ホームランの余韻を楽しむには速いスピードでダイアモンドを一周するイチロー。
その場面だけ見れば、凡打で終わった後と変わらない固い表情、そしてすこし肩を怒らせた独特のランニング。
嬉しさなどみじんも感じさせず、表情を固くしてクールに回るイチローが、三塁を回りホームで待つチームメイトのところまでやってくる。
よく見ればわかる。
その背中は嬉しさで笑っていた。
表情もきっと、我慢するのに苦労したことだろう。
感情を表さないことを己に課しているようなイチローだが、ホーム前にはおどけた様子で、チームメイトの円に飛び込んだ。
誰かれ構わず頭をたたかれ、グリフィーと、スウィーニーと強く抱き合っている。
先発のヘルナンデスともだ。
喜びに満ち溢れている、その歓喜の中心にいるイチロー。
何度も見たい場面である。

ひょっとするとこう感じている方もいるかもしれない。
イチローは感情を隠すのが下手になったと思わない?
求道者、職人らしくないね?
クールな、自分の仕事をきっちりこなす日本の職人の鏡のようなイチローはどこに?という少しうがった見方をしている人もいるかもしれない。
果たしてまずいことだろうか。
それでいいのだと思う。
チームメイトを信じることを改めて感じた今年のシーズン、もう自らを守るため、鎧で固めることもない。
鉄仮面をかぶる必要もない。
解説の佐野が言った一言に、うんうんとうなずいた。
「イチローは、今が一番野球小僧になっている」
いいことを言う。
まさしく、イチローは今、野球小僧になっているのだ。
小学校のころ、ボールが見えなくなるまで追いかけていたあの頃。
草むらでボールを探しているうちにいつのまにか、あたりではみそ汁やシチューの匂いが漂ってきて、やっとお腹が減ったことに気付く。
そんな純粋なプレーする喜びを、今のイチローからは感じる。
それでいて、今まで通り、雑なプレーは無く、ひたすら自分の出来ることを積み上げている。
楽しむ者には誰も勝てないというではないか。

これでイチローは2試合連続サヨナラ打を放った。
8シーズンもMLBでサヨナラ打を打ったことが無かったイチローが、今シーズンに入り初サヨナラ打を含む3回目となった。
アナウンサーの言葉で考えた。
「200本安打とサヨナラ打の重みは違いますが…」
確かに違うだろうが、感情の爆発はどうだろうか。
ベンチ前で、選手達に囲まれて抱き合うイチローを見て思った。
選手の中心にいる、この場面を編集するならベートーベンの第九が合いそうな歓喜の輪の中で、喜びを爆発させるイチローの姿をもっともっと見てみたい。
それが、チームの好成績にもつながるだろうし、未だ達したことのないワールドシリーズへの道につながるだろう。
来年以降も年間200本安打は目標となるだろうが、呪縛からの解放はここ数試合を見てもわかる通り、大きいだろう。

記録とチームの勝利。
みなさんはどちらがお望みだろうか?
2拓ではないと思う。
どちらかを選ばなければならないわけではない。
どちらも追いかければいい。
まるで一休さんの「屏風のトラを捕まえるとんち」のようにずるい回答だが、それが一番の答えだ。
イチローなら両方を目指すという欲張りが許されるし、ファンからも求められる。
そして、いつか必ず手に入れることができるだろう。
ただし、野球は9人でやるもの。
先日殿堂入りしたジョーダンでさえ、なかなか手に入らなかった頂点の座、ストックトンでさえ届かなかったものでもある。
バスケットよりも人数の多い球技である野球では、その難しさはさらに大きいだろう。

2試合続けて、チームに、ファンに大きな歓喜をもたらしたイチロー。
今日の試合を見ていても、マリナーズは本当にいいチームになったと思う。
歓喜の輪の中で無邪気に喜ぶイチローが、もっともっと多く見ることができたなら、ファンとしても嬉しいことだ。
サヨナラでいつまでもベンチ前で喜ぶ姿を見て、もっともっと見てみたいと思うのは自分だけではないはずだ。
第九の合唱に乗せて、イチローが歓喜をもたらす、ジョーダンのようなクラッチヒッターになれるような場面が増えるといい。
そうでなくても、今まで通りチャンスメーカーとなり、今まで以上にホームに戻ってくる機会が増えればチームの勝利につながる。
見る側にとっては、個別の記録で喜ぶのとはまた別の良さがある。
改めて野球というチームスポーツの良さを感じることができるからだ。
呪縛から解かれたイチローがどこまで進化するのか。
これからも楽しみに追っていきたい。
がんばれ、イチロー!マリナーズ!

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2009年09月18日

粋なサプライズ(田口のメジャー昇格)

嬉しいニュースが届いた。
16日、カブスの田口が今年初のメジャー昇格を果たした。
球団からの連絡に「最初は間違い電話だと思った」と、2時間も電話を取らなかったという面白いエピソードのおまけつきだ。
ブルワーズ戦、早速代打で出場したが三振に終わった。
控えの外野手の故障による昇格だそうだが、それよりもチームのために頑張っている田口への、野球の神様からの粋なプレゼントだろう。

カブスは18日現在、貯金6でナリーグ中地区の2位ではあるが、首位のカージナルスとは8.5ゲーム差。
ワイルドカードでも6.5ゲーム差と厳しい状況にいる。
田口の強運をもってしても、カブスは今年もヤギの呪いを解くことが難しいだろう。
それもそのはず。
今回のメジャー昇格が今季初。
3Aに所属していては、神通力も通用しない。

メジャー昇格したことについて、田口はこうコメントした。
「個人的にはどうでもいい。チームが勝つために頑張る」
どんな状況でも、チームのためにという姿勢が、日本人で唯一のワールドシリーズ2度制した結果につながっているのだろう。
そして、30歳後半になっても(今年40歳になった)、いろいろなチームから声がかかる大きな要因にもなっている。

今回の昇格で思ったことがある。
40歳を超えても3Aで挑戦し続ける田口は苦労人だろうか。
普通に考えれば、つらい状況だろうなと思ってしまうかもしれない。
実はとてつもない幸せ者ではないだろうか。

好きな野球を続け、異なるチームで3度ワールドシリーズに出場した。
逆にいえば、田口がチームをワールドシリーズまで導いたと言ってもいい。
チームの主砲や大エースとしてではなく、個人の役割は大きいものではないだろう。
しかし、成績以上にチームの力、支えになっていることは間違いない。
例えるなら、半年に一度くらいしか注目されない、しかし無くてははならない上質のエンジンオイルのようなものだろうか。
先日大記録を達成したイチローや、見事な復活を遂げた松坂とはまた違ったタイプの強運の持ち主。
観客の声援にスタジアムは震え、大舞台に自らも自然と震える体験を3度もした田口。
そして2度の優勝、幸せな野球人生ではないか。
ある意味で、MLB日本人選手の中で一番成功した選手といえるかもしれない。

40歳となる田口のメジャー昇格は、懸命に何かを続けていればきっと報われるという素晴らしい証になる。
そして、他の日本人選手とは一味違う意味でチームから必要とされている田口。
残り試合は少ないが、チームへの貢献で、来年の契約を勝ち取ってほしい。
これからの渋い、チームの勝利に向けた活躍に期待したい。
がんばれ、田口!

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2009年09月16日

ユニークな状態から(松坂の復活)

7回表、先頭打者を追い込みながら、結局四球を与えた松坂。
これを見たフランコーナ監督は、ベンチを飛び出す。
直前の回に味方が得点を取ってくれた後の四球。
監督が近付くにつれてうつむきが深くなる松坂。
その顔には投げ切ったという達成感はなく、悔しさが顔に出ている。
まだまだやれるのにという気持ちだ。

交代投手のラミレスが到着するまでマウンドに立っていたことが、最大の抵抗だったかもしれない。
シチュエーションだけで見れば、3か月前と同じだ。
その時はどうだったか。
轟々たるブーイングの中、松坂は退いたのだった。
今日は違う。
ファンは、心からのスタンディングオベーションで松坂を迎えた。
ベンチに入る手前で、松坂は帽子をとり、歓声にこたえた。
ファンは知っている、松坂も知っている。
今日の内容はほぼ満点だったということを。
苦しかったであろう調整期間からの復活は成功したことを。
レッドソックスの救世主として、ファンに認められた。
自分の存在を証明できたことで、ファンに認めさせた。
松坂の勝負強さが遺憾なく発揮された投球だった。
土壇場に強い、先日大記録を達成したイチローのように、彼も何かを持っている男だと改めて思う。

調整が順調なのは、すっとした顔立ちで解っていた。
後はその調整が、体調面だけではなく、投球として発揮できるかどうか。
強敵であり、松坂が苦手としているエンゼルスとの戦いでの証明。
実力は疑うこともないが、復帰1戦目としては骨がありすぎる相手だ。

驚いた、いや想像通りといったほうがいいのか。
投球フォームが実にスムースである。
左足を突っ張るようにマウンドについていた以前のフォームとは雲泥の差だ。
体重が後ろに残ることはなく、体全体を使っての投球をしている。
調整中に、自分の投球フォームを見て、体の動きが全然出来ていないと嘆いていた松坂だったが、この日はほぼ自分の想像通りに体を操っていただろう。

なによりストレートが抜群だ。
スピードガンより速く感じる。
速いというよりも切れがあると言ったほうがいいかもしれない。
調子が良い時のベケット、ドジャーズ時代の斎藤のようなストレートの勢いを感じる。
まさしく髭のそり残しがないような素晴らしい切れ。
2シームのように動くボールではなく、4シームのすっと糸を引くようなボールがキャッチャーミットにうなりを上げる。
これだ、これが見たかったのだ。

今年一番の投球なのは間違いない。
ひょっとすると、MLBでの登板(この3年間)で三本の指に入る程ストレートが切れていたのではないか。
休んでいた時期が長かったこと、期待でスピードが2割増しに見えたかもしれないが、そう思えるほどの出来だ。
4回まで2四球を与えたが無安打に抑える。
大きな星の下に生まれた松坂、ひょっとすると…の期待はあっさり裏切られた。

5回表、先頭打者に高めに浮いたスライダーをうまくライト前に運ばれた。
1死後、これも高めの変化球をライト前に運ばれ1、3塁。
盗塁も決められ、1死2、3塁のピンチだ。
あっという間の暗転。
しかし、ここからが圧巻だった。
ストレートでぐいぐい押す。
押しまくる。
まるで他の変化球を知らないかのように。
中学野球のように力でねじ伏せるかのように。
ストレート、ストレート、ストレート。

切れのあるボールを内外、高低を使い、ストライクゾーンを明らかに広げていた。
2者連続空振り三振。
一人は内角高め、もう一人は外角低め。
見ていて嬉しくなった。
調子の良さにではない。
松坂の自信が戻ったことにだ。
追い込んでからのストレート。
ぐいぐい押していき、息つく暇も与えない投球に打者は完全に飲まれていた。
松坂は自分のプライドを取り戻したのだ。

6回もピンチを迎える。
1死後2塁のピンチだが、ここでもゲレーロを外角低めにズバッとストレート。
見逃し三振だ。
続くハンターはいい当たりだが、サード正面のライナー。
テンポが良い時は、いい当たりも正面につく。
このピンチの場面で、カメラは観客を捉えていた。
どこから手に入れたのか、赤いはちまきには日本語で「日本のプライド」と書かれたものを巻いている。
まさしく、この日の松坂は、自分のプライド、日本での積み重ねたプライドをかけていた。
そして、完全に取り戻したプライドは相手をねじ伏せた。

ここまで好投を続けていたエンゼルスのラッキー。
3試合続けて1失点しかしていないという安定感は、この試合でも遺憾なく発揮されていた。
しかし、日本のファンの声が届いたのだろうか。
はたまた、チームメイトの思いが勝ったのだろうか。

7回、ヒットで出たランナーをエルズベリーが絶妙なバント。
一塁線ぎりぎりで転がった球は、まるで生きているかのようにファーストの手の中で暴れた。
無死1、2塁で当然のようにペドロイアもバントを試みる。
打球はサードよりに転がったが、ほぼ投手の真正面、セカンドランナーのスタートも遅く、完全にアウトのタイミング。
信じられない事は続く。
ラッキーは、打球を処理するときに躓き、膝立ちでのサード送球。
慌てる必要はない打球だが、焦りを生み、サードへのワンバウンド送球となった。
それをサードがそらし、レッドソックスに、松坂に待望の1点が入る。
グラウンドに肘をつき、ポカンと口を開け、呆然とするラッキー。

まだまだ続く。
1死満塁からのオルティーズの当たりは、珍しく左に飛んだ。
打ち取った当たりは、前進するレフトの手前でバウンドし、サードランナーが帰って追加点。
ホームカバーに入りながら、大きく怒りをあらわにするラッキー。
野球って面白い。
何が起こるか分からない。
そんな場面だった。

結局その後も追加点を加えたレッドソックスが4-1で勝利した。
つくづく野球の神様は、面白い脚本を書いてくれる。
そして松坂の強運は大きい。
好投をしていても、同点のまま降板していたなら、復帰した実感をこれほどまでに感じられなかったのではないだろうか。
無失点に抑えてもだ。
もちろん、松坂自身の手ごたえは変わらないだろうし、目の肥えたファンも認めてくれるだろう。
それでも、勝利をもたらしたかそうでないかは大きい。

今日の松坂は、スライダーの切れ、チェンジアップのコントロール、そしてストレートの勢い、すべて文句がなかった。
なによりテンポがいい。
そして、追い込んでからのストレートでぐいぐい押したハートの強さ。
もちろん、バリテックのサインがあってこそだが、それでもピンチの場面で真っ向からねじ伏せた投球を見せてくれたのは心強い。
いい方は悪いかもしれないが、いい意味での開き直りのようなものが、今回の結果を呼び寄せたのではないだろうか。

松坂の実力はこんなものではない。
今までの慎重な投球よりも、これくらい荒々しいほうが松坂の実力は発揮しやすい。
今日はMLBでの投球というよりも、自分の存在意味をかけた投球だったと言える。
だからこそ、自分を信じて投げていた日本時代の投球に近い、素の松坂が出たのではないだろうか。
チームの後押しがあった、念入りな調整のおかげ、他の要因も大きいだろう。
しかし、球のキレや勢い、投球内容よりも、松坂のわがままな部分が、いいかえるとプライドが見えたのが一番うれしい。
ファンがしていたはちまきのように、松坂は「日本のプライド」を取り戻したのだ。

試合後の会見では、苦しく長い調整期間でも、自分を信じてきたことを語った松坂。
「すべてを使い切ったという内容ではなかった。まだ良くなるという余力を残した投球がこういうチームを相手にできたのは良かった」
頼もしいことを言ってくれるではないか。
「残りシーズンは少ないけど、限られた時間の中でチームに貢献することでチームメートやファンに『感謝しています』という形を示したい」
という松坂だ。
ファンは救世主として期待しているし、この内容であればがっかりすることはないだろう。
むしろ、今度はファンに「(復帰してくれて)ありがとう」と言われることが想像できる。
そして、そういった存在になって初めて今シーズン活躍したと認められるだろう。
プレイオフを見据え、先発陣の一人として活躍してくれることを祈っている。
まずは、おめでとう、そして次も期待したい。
がんばれ、松坂!

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2009年09月15日

求道者からの脱却(イチロー、9年連続200本安打達成)

雨でぬれたグラウンドに、勢いの殺されたボールが転がる。
ボテボテのゴロをショートはキャッチするが、ボールは投げられることはなかった。
全力で駆け抜けた、全力で勝ちとった内野安打こそ区切りとなる200本目にふさわしく思う。
そして、敵地でのまばらな観客の前で、雨で時間が延びたことなど、試合展開に左右されないイチローらしい記録達成の場面ではないか。
塁上で「サンキュー」と2度つぶやいたイチローの目は、その時だけ戦う男の目ではなかった。
試合中にも関わらず、やさしげでどこかほっとしたような潤みを含んだまなざしだった。

試合後の会見では、明らかになにかを成し遂げた様子、肩に背負っていた荷物をやっと下ろせたような安堵感が漂っていた。
普段から言葉を選んで話すイチローだが、この会見ではなおさらゆっくりとしたテンポで、質問に答えていた。
珍しくイチローの中で、感情が優先しているようにも感じる。
過去を振り返りながら感慨深げに、一言一言大切そうに伝えるイチロー。
その目は、数字の9をあしらったネックレスに触れられた時に赤く潤んだ。
家族への思い、それよりもなによりも優先して、野球に打ち込み続けたことを思い出したのだろう。
あれほど野球が好きという雰囲気を出し、その野球に真摯に対応しているイチローでさえ、この記録は「やらされている」という感じ方を与えていたのだろうか。

ネックレスを作った時は2004年のことだそうだ。
インタビューでもあった通り、首位打者の9回、グラウンドに立つ9人ということで好きな数字と言っていた。
しかし、それ以外にもこの数字には、今回の9年連続200本安打を目指してということに間違いない。
わざわざ会見にネックレスを見せたということは、いかにイチローの中で解放感が大きかったか物語る。
ある番組で自らを「重圧には弱いと思います」と語っていたイチロー。
我々見ている側には感じさせなかったが、やはり重圧をひしと受けていたのだ。

ネックレスを作った年、つまりMLBでの新記録を明確に意識し始めてから5年が立つ。
「解放された」とはイチローの言葉だが、それまでの間、どれほどの恐怖があったのだろうか。
考えてみてほしい。
毎日毎日同じようなプレッシャーではないだろうが、それでもシーズン中その恐怖心は、200本を打つまで消え去ることはない。
苦境にさらされたまま5年も耐え抜くなど、並の人間なら到底耐えられないだろう。
想像するだけでも嫌になる。

それを耐え抜くことができたのは、イチローにとって野球はなくてはならないもの、小さいころから惚れぬいている対象だからだ。
空気以上の存在だし、家族に負けないほど愛すべきもの。
毎日毎日、新しい発見や変化、喜びやスランプなど感じながら、変わることなく自分のプレーをし続けてこれたのは、好きで好きでたまらないからだ。

これほど惚れられているのなら、野球の神様だって悪い気はしない。
イチローが奇跡のような記録や、印象深いシーンによく当たる(例えばオールスターでのランニングホームランなど)のはこういう理由もあるだろう。
そして、「親しき仲にも礼儀あり」ではないが、好きな野球の前で、イチローはうそをつくことはなかった。
毎日毎日、一日たりとも手を抜くことはなかった。
「好きなことをしてるのだから当たり前」とイチローは言うかもしれない。
しかし、世の中どれほどの人ができているのだろうかと考えてしまう。

達成した夜、NHKでは特番をやっていた。
毎度見ごたえのある番組を作ってくれることに感謝しながら、イチローの軌跡を番組とともに振り返ってみた。
解放されたのは、大記録からの呪縛だけではない。
それ以前にも、イチローはチームメイトの目とも戦っていたのだ。
成績が悪い昨シーズン、イチローバッシングの記事を目にした方もいるだろう。
イチローの真摯な姿勢が、低迷するチームの中では個人記録に走るという捉え方をされていたのだ。
番組では、グリフィーがイチローをくすぐり、イチローはグリフィーjr.の走り方を真似している場面が流れていた。
グリフィーの言葉が印象的だった。
「いつも笑顔でいることは大切なことだ」
昨年までのイチローと笑顔は連想できる言葉ではなかった。
イチローとグリフィーのやりとりはいつも笑顔がある。
野球を楽しんでいる証だ。

イチローは自分との戦いの他に、記録との戦い、チームメイトとの戦いをこれまでしていた。
それが普通の状態だったのだ。
「チームメイトの目と戦わなくてもよくなった」
スラっとイチローは言っていたが、どれほど怖い言葉だろうか。
ストイックにプロ意識を貫くイチローは、確かに孤独が似合う。
しかし、周りとの軋轢は孤独以上につらいことだろう。

イチローが唯一目標と公言している200本安打。
「打率に目をやると、打席に立ちたくなくなる気持ちが出てくる。
安打数だと、自然に打席に立ちたくなるからね」
このようなニュアンスで、イチローは目標に掲げた理由を述べていた。
それ以外にも、毎日の積み重ねがどれほど大事であるかということを誰よりもわかっているからこその、公言している目標なのだろう。

200本安打を打つことに関して、ジーターはこう語っている。
「怪我もスランプもなく毎日出続けなければならない」
大変なことだと言っているのだが、イチローにとっては毎日出続けることは当たり前なのだろう。
当たり前というよりも、試合に出続けたいという願望が強いはずだ。
その願望に対応するために、日々の努力や積み重ね、自分にできることをしっかり行っている。
「野球が大好きであること。今の自分が最高であること」
イチローが言った言葉は、素敵な輝きを放つ。

安打を量産するイチローを、「精密機械のように」「職人」「求道者」と呼ぶ方は多いだろう。
記録から解放されたという思い、グリフィーをはじめとするチームの雰囲気から、イチローは来年もっともっとのびのびとプレーすることが想像される。
何にも縛られることない、自分を守る鎧もいらないと気付けた今年の経験は、イチローのこれまでのシーズンと比べても、大きなアドバンテージを得たのではないだろうか。
もちろん、来年はチームメイトも変わるだろうし、どうなるか分からない。
ただ、今シーズンのハイペースなヒットの量産は確実にWBCでの経験を活かしていることは間違いない。
経験を確実に力に変えることができることも、イチローの強みである。

求道者としてこれからも、自分の道を極めていくであろうイチロー。
しかし、これからは「球」道者として、プレーすることを望みたい。
解放されたとはいえ、来年からはいよいよワールドシリーズ制覇に向けて、本腰を入れてもらいたいものだ。
のびのびとプレーしたいところではあろうが、ファンの多くは感情豊かにチームを引っ張る熱い場面でのイチローを見てみたいと思っている。
自分が大好きだったNBAのM.ジョーダンも、スコアラーでありながら、選手生活の後半はチームを優勝に導いている。
比較するのはおかしいかもしれないが、どうしても期待してしまう。
それは「球道者」となることで、自然についてくるものだと思っている。

おめでとうの言葉がまだ飛び交う中で、またイチローに求めてしまうのは酷なことだろう。
ただ、その夢を見せてくれるイチローがいてくれるという幸せに、どうしても高望みをしてしまう。
先程挙げたM.ジョーダンもそうだが、イチローの現役時代を共に観戦できる、一緒の時代に存在できたことを誇りに思う。
将来、孫に語れるような偉大な選手なのは間違いないだろう。

最後にイチローのすごさを改めて感じる一言を紹介したい。
「これからは自分を見つめ直せばいいだけだから」
いかに周りと戦ってきたかが分かる。
そして、単純に鳥肌が立つではないか。
そら恐ろしくなるほどの内容をさらっというイチロー。
それが難しいことだとは、まったく思っていない。
だからこそ、これからもますます進化し続けていくに違いない。
その進化の過程が今後も続く200本安打であったり、50歳まで現役だったり、ワールドシリーズ優勝だったり…とにかく、また自分たちファンを驚かせてくれることだろう。
まだまだ道の途中であることは間違いなく、これからも目を離せない。
おめでとう、イチロー!

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