2008年09月29日
最近、アメリカの金融問題、大統領選挙が新聞をにぎわしている。
それに伴って、日本でも少なからず影響が出ている。
自民党の総裁選だって、日本だけの話ではない。
たまたま見たTVの特集では、あるアフリカの国の首相が、総裁選の模様を逐一注目していたようだ。
それとは別に、大臣の失言であっという間に辞任という話もある。
スポーツの話に戻ろう。
少し前の話になるが、新日本石油・田沢純一投手がMLB挑戦を表明した。
日本のプロ野球球団すべてに、「ドラフトでの指名回避」の書面を送ったようだ。
今時点では、NPBとMLB間には「互いのドラフト制度を尊重する」との暗黙の了解、真摯協定があるのみである。
過激な記事では、日米国交断絶という見出しまでついている。
なぜここまで大事になるのか。
それは、田沢がドラフト1位候補の有力選手であるからだろう。
もしそうでなければ、これがドラフト4、5位あたりで指名されるような選手であれば、どうだったのだろうか。
おそらく、ここまで大きな話題にはならず、記事になっても、ひょっとすると応援するような暖かいコメントになっているだろう。
それとは違い、田沢投手のMLB入りすることについての経緯が原因なのかもしれない。
(この記事になるまで自分もこの投手については知らなかった)
経緯はさておき、なぜここまで問題視されるのか、自分には疑問である。
「汚い」「許せない」「出せない」などと、厳しめのコメントも見受けられるが、それはなぜだろう。
そういう人(もちろんプロ野球界での力を持っている人)達のエゴにすぎないのではないだろうか。
ファンは勿論、素晴らしい投手であれば、身近に見れる、コアなファンなら球場に足を運んで見たいという願望はある。
しかし、である。
それは、ファンやプロ野球の立場から見たことである。
田沢の立場に立って考えてみることも大事ではないか。
仮にドラフト1位(ではなくとも上位)指名されることを想像してみよう。
上位指名されれば、契約金も安定し、注目を集めることになろう。
言葉の通じるコーチ、監督や先輩の選手達の指導で、野球に集中する環境が整っている。
成功する確立は、日本プロ野球のほうが大きいであろう。
それを捨ててまで、MLBに挑戦しようとしているのである。
硬い話でいえば、職業選択の自由ということもある(笑)
田沢の人となりや性格まではわからない。
今回のMLB挑戦に関しては、いろいろ悩んだであろうことは想像できる。
大きな話題に上がるのも、承知の上だ。
しかし、そんなことがありながら、最後に決断したのは、誰の声でもない「魂からの声」に正直になったのだろう。
某大会長が声を大にしても、プロ野球界OBの説得にも揺らぐことはない。
誰も彼の心に従った、魂からの願いをとめることはできない。
きっと、成功しなくても、もっと悪く考えると、日本球界とは縁を切られても、田沢は心の声、魂の願いに正直になったことを後悔することはないだろう。
自分の周りにも、会社をやめ独立したものや、アメリカに渡って活躍している人もいれば、上手くいってない者もいるが、皆自分の決断を後悔しているものはいない。
冒頭に上げた大臣の辞任ではないが、口が滑ってしまうのは、ひとえに想像力が足りないからではないだろうか。
プロ野球側からの視点だけではなく、選手達の視点、プロ野球を目指す選手達の立場に立った考え。
その想像力がない(もしくは考えない)からこそ、数年前のストライキ時のような選手をないがしろにする発言がでたりするのだろう。
経営する立場もあるであろう。
そんなに甘い話だけではないはずである。
しかし、想像力を働かせ、いろいろな立場(ファンや選手など)に立って考えることが、結局今後のプロ野球の繁栄に繋がるのではないか。
今までにないケースであるだけに、日米間の新たな話し合いや取り決めは必要であろう。
しかし、MLB流出が激しい時代であるが、鎖国状態になってしまうのだけは、やめてもらいたいものである。
石井一、木田、吉井、多田野など、MLB経験者も日本に戻ってきて活躍する時代である。
そこにはプラスもマイナスもある。
「バタフライ理論」ではないが、世界は確実に近くなっており、小さくもなっているのは、多かれ少なかれ皆さんも感じているのではないだろうか。
今回の田沢の件で、次々と同じケースが出るとは思えない。
下積みが何年あるかわからず、言葉も通じない。
ましてや、日本で通用するかもわからないではないか。
あまり心配する必要はないのではない。
それより、今回の件での修正だけではなく、ドラフトや球団の保有人数、FA制度を含めたすべての見直しをする時期に来ているのではないだろうか。
今、時代は大きく変化している。
それに伴い、人の願望も多種多様となっている。
もう、誰かに従っているばかりの時代ではなくなってきているのかもしれない。
「古い皮袋に新しいぶどう酒は入れない」という言葉はある。
皮袋はつぎはぎだらけである。
上手くいっていた制度も、時間がたてば修復が必要である。
ひょっとすると、新しくしたほうがいいのではという時期にきているのだろう。
特に、支配下選手の拡大と新しい球団設立、プロ志望届け廃止に期待したい。
透明決算になれば、考える県や個人が増えると思うのだが・・・こればかりは、完全にJリーグがうらやましい。
野茂や長谷川あたりが球団をもったりしないかなと期待してしまう(笑)
受け皿を大きくすることで、今まで拾うことのできなかったダイヤの原石も、じっくり時間をかけることができる。
MLBで活躍するイチローも、大好きな選手である広島の前田もドラフト下位だったではないか。
あっと驚く選手を取る。
数年後には、ひょっとすると・・・と期待をこめる。
それこそ、スカウトのやりがいではないか。
そんな懐の大きなプロ野球界を期待したい。
そして、田沢投手の今後を祈ります!
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2008年09月25日
先日、福岡ホークスの王監督が退任を発表した。
68歳という年齢からも、王監督本人も言っている通り、悔いのない野球人生、見事な引き際だったのではないだろうか。
成績不振という声も聞こえるが、本人がまだまだいける、と思ったなら、福岡ホークスの信頼もあり、あと数年はできたところだろう。
2年前に受けた手術の影響で体も限界をゆうにこえているに違いない。
王監督らしいさっぱりした退任の仕方だと感じた。
そう思うと、王より年上の楽天野村監督には、頭が下がるし、こういった引き際は似合わないように思う。
野村監督には逆に、体に気をつけて、生涯監督としてがんばってもらいたい。
王監督といえば、今ではダイエーの監督として強いチームを率いたという印象が強いであろう。
自分も現役時代の記憶は見ていないが、印象に残っているのは巨人時代の険しい顔だった。
眉間をばっさり切られたような1本のたてじわが、ゲーム終盤になるとより深くなる。
あのころの巨人は、角-鹿取-サンチェとつなぐのお決まりで、投手交代でピンチを迎えると、今からは考えられないようなばたばたしていたような印象があった。
今以上に常勝を約束されていた(と一部のお偉い方々から思われている)巨人では、2位でも満足できなかったのだろう。
このときは退任ではなく、解任に近かった。
このまま終われば、「名選手は名監督ならず」の典型的な例で終わったであろう。
もしくは、名選手の記録だけ(それでも功績は色あせることはないが)に終わったかもしれない。
しかし、王監督は巨人の監督としては、なかなかないであろう、他球団の監督となった。
なかなか上位に食い込むことさえできなかったホークスを時間をかけて、パリーグで毎年優勝候補に挙がるようなチームに育て上げた。
スカウトの優秀さも大きいに違いない。
フロントの力も大きかったに違いない。
しかし、それよりも大きかったのは、王監督自身が野球を楽しむことを思い出したからではないか。
巨人の監督時代に見せていたあの苦汁をなめたような顔。
とても、野球をしている監督の顔ではなかった。
それだけ、王監督がもっている大きな責任感やプレッシャーが強かったとしてもである。
しかし、ホークスに来てからは、そこまでの顔は見なかったように思う。
選手を育て上げることはもちろん、本人も打球を飛ばすこと、力いっぱい走ることを楽しんでいたように感じさえしたこともある。
巨人を出たことによって、王監督自身が「野球界の巨人」として、一回りも大きく、そして名を成すことができたのではないかと感じる。
さて、王監督が退任することによって、ある新聞にも載っていたが、来年行われるWBCの監督へ・・・という声も挙がるであろう。
「特定のチームを率いてないからこそ・・・」という行き当たりばったりの幸運を利用する大人(?)の考えがちらほら見える。
責任感の強い王監督だが、本人の健康のためにも、話が行ってもここは強く辞退していただきたい。
五輪でメダルを勝ち取れなかった日本、WBC第1回優勝国として日本としては、ぜひとも連覇を目指したいところである。
詳しくなくて申し訳ないが、WBCの監督選任はコミッショナーにゆだねられていたように思う。
勿論、本人だけで決めず、いろいろな方に意見を聞くと思うが、心もとない話でもある。
つい先日までは、星野監督という話も出ていた。
むしろ、コミッショナーにこそ、星野や王、長島がなってほしいものであるが・・・。
WBCの監督には一体何が必要なのだろうか、と考えるのも面白い。
サッカーよりも、野球は監督の裁量が問われるであろう。
一流の選手が集まるWBC。
多士済々な選手は強烈な個を持っているため、それをまとめるにはカリスマ性があるに越したことはない。
それとともに、実績がなければ、日本国民は納得しないのではないだろうか。
優秀だからといって、実績のあるMLBの監督ではどうだろうか。
サッカー代表と違い、年間を通じて、まだ野球は国を背負ってというような土壌ができていないように思う。
また、そういった機会も多くはない。
どうしても、短期間になるために、外国人監督もコミュニケーションや選手を把握することが難しくなる。
選手把握も実際に監督が目で見て、選んだ選手でなければいけないだろう。
監督によって、好みの選手も変わってくるはずだ。
オールスターのようにファン投票で決まった選手を指揮するのとは訳が違う。
ロッテのバレンタイン、広島のブラウンはいい監督だと思うが、サッカーと違い、日本代表を率いてという形には早すぎると思う。
北京五輪のバスケのアメリカ代表監督は大学の監督だったが、日本にそういった人材はいるのであろうか。
自分はそこまで詳しくないし、いたとしても野球ファンが認められるかどうか。。。
今後のために、わかりやすくその年のペナントレース1位の監督との声もあるが、それも難しい。
チーム力の底上げのために監督はいるが、サッカー代表と違い、総合力(144試合)での戦いだ。
日本シリーズで勝ったという短期決戦に強い実績はあるかもしれないが、第一、優勝監督本人がやる気がなかったら、元も子もない。
いろいろ書いてきたが、他にも判断材料となるものがたくさんあるであろう。
結局、総合的に判断して決めることになると思うが、最低限必要なものがある。
WBCでの戦いは短期間である。
技術力の底上げではなく、チームに一体感をもたらす人格。
そして、強く自分の意思を貫ける、そして自分に責任を持つことのできる素質をもっていなければ、WBCの監督としてふさわしくないであろう。
ペナントレースも終盤を迎えてはいるが、秋の夜長に一日くらいは息を抜いて、先の話を考えてみるのも面白い。
そうなると楽しくなり、プロ野球の歴代監督をざっと調べてみた。
王や長島はカリスマ性があり、適任ではあろうが体調面が追いつかない。
星野は五輪での失敗が大きい。
(勝敗は時の運も大きいので、星野の采配が悪かったとは一概には言えないのではないかとも思う。勿論首をひねる場面もあったが・・・)
元横浜の権藤、元阪急の上田、元西武の伊東なんかはどうだろうか。
現役では楽天の野村監督、中日の落合監督でもいいとは思うが、それよりも面白いと思った監督がいる。
ヤクルトを率いていた若松である。
(調べてみると王監督も押しているようだ)
上記で書いたカリスマ性のもった監督が一番だとは思うが、若松には別のものを期待できるのではないか。
古田敦也は若松のことを「この人を勝たせてあげないといけないと思ってしまう監督」と語っている。
日本の野球のために、という強い気持ちで選手が戦うことが一番である。
しかし、「監督を胴上げしたい」という気持ちがプラスαになるのなら、なおさら良いのではないか。
カリスマ性のある王、長島のような監督に率いられるのもいい。
しかし、若松にはチームの一体感が期待できる。
家長的な監督ではなく、チームの兄貴分という役割。
そして、自分が思う一番のポイントはコーチである。
古田、野茂(もしくは桑田)をバッテリーコーチとして入れるのである。
野茂については、コーチの経験はないが、国際経験もあり、MLBでも日本人のパイオニアとして、すばらしい経験を持っている。
それは、この国際大会で必ず生きてくるであろう。
(桑田も同様である)
野茂については、アマチュアでも「NOMOクラブ」を作るなどして、野球に対する情熱は人一倍ある選手だった。
プロ野球を出た経緯から、日本野球に対するしこりみたいなものがあるかもしれないが、真摯にお願いすれば、きっと日本球界のために力になってくれるだろう。
それと、これからのプロ野球界で野茂を見てみたいという自分の勝手な希望も入っている(笑)
野球ファンであるなら、こんなシーンはあったのではないか。
夕方、家族団らんのひととき。
食卓にはおいしそうなご飯が湯気を立てて並んでいる。
いつも不思議に思っていた。
枝豆、もろきゅうにビール、なぜ親父はご飯を食べないんだろう。
なぜテレビはいつも、野球が流れているんだろう。
なぜ親父は、楽しそうに一喜一憂して、だれに言うでもなく独り言をいうのだろう。
不思議だけど、一緒にテレビをみていたあの頃。
王監督の引退で、日本球界を支えてきたカリスマ(王、長島など)に頼る時代はひとまず終わったように思う。
これからは、自分達がリアルで見てきた選手、自分達の子供に「この選手はすごかった」なんて、自分の親父が自慢していたような感じで懐かしく、そしていつでも思い出せるようなそういう時代の選手達の時代がきたのではないだろうか。
第1回のWBCは、王というカリスマに率いられ、奇跡のような優勝を遂げた。
第2回のWBCは、監督も含め一丸となり、連覇を狙う。
それが今後の日本野球界にとっても、貴重な経験となるのではないかと思う。
王監督お疲れ様です。
これからも野球界を見守ってください。
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2008年09月24日
首を長くする必要はなかった。
先日ブログで書いた歴史的瞬間はあっという間に訪れた。
ぼてぼてのゴロ、イチローの足、ホームランのような華々しさはないが、これぞ野球の面白いところというプレーで、その時はあっさりきた。
毎試合1本ずつというペースから、週末には達成するのでは・・・と予想していたが、これはイチローに失礼な話だったのかもしれない。
11試合を残しての200本安打、それも8年連続。
その記録をあっさりというのには、正反対の大記録である。
しかし、イチローにはこの記録もやはり「あっさり」という言葉のほうが似合うような気がする。
周りの期待も、そう表現できるのではないだろうか。
もちろん、本人にとって、周りの「やってくれるだろう」という期待は重く、不調の際は、「ほっといてくれ!」という気持ちもあるだろう。
しかし、イチローが毎年唯一公言する目標だけあって、必ず成し遂げるという強い決意によって、周囲の声を気にすることはあまりなかったはずである。
何年後、ずっと先の話になるだろう。
ひょっとすると、40歳を超えてからの話かもしれない。
最終試合が終わり、200本安打を達成できなかった。
そのときのイチローの言葉は、
「ファンに対して申し訳ない」と謝る言葉ではなく、
「自分自身が一番がっかりです」と応えるはずだ。
そう思えるような強い意志、イチローを一番期待しているのは自分自身だと思わせるものをイチローは持っている。
プロ野球選手になること。
日本での200本安打。
海を渡ってMLB挑戦。
MLB記録の262安打。
そのたびに、イチローは高い目標を上げ、どれも達成してきた。
目標を達成することは、イチローにとってはごく自然なこと、当たり前のことなのかもしれない。
もちろん、それを達成するための、毎日のトレーニング、高い技術力、怪我をしない体作りなど、誰も及ぶものはない努力の結晶であるだろう。
昔、オリオールズにカル・リプケンjrという素晴らしい選手がいた。
2,632試合連続出場を果たし、圧倒的な得票率で資格を得た1年目で、殿堂入りを果たした名選手である。
なぜ彼がそこまで、愛される選手だったのか。
毎試合出場し、硬い守備、堅実なバッティングで、チームを支え、ファンに喜びを与えた。
それを16年も1試合も休むことなく、プレーを見る喜びを毎試合ファンに与えてき続けたからではないか。
プレースタイルの違いで、休養をはさむほうが、より活躍できるかもしれない。
しかし、年に一度の球場観戦で、パパとつないだ手を離さずに、ポップコーン片手にわくわくして乗り込む子供。
試合開始にはちょっと間に合わなかったが、そこにはお気に入りの選手が毎試合変わらず出てくれている。
選手にとっては162試合のうちの1試合だが、その子供にとっては、大切な思い出となる試合。
ひょっとすると、その影響で未来の名選手になるかもしれないきっかけのひとつ。
こういった夢を与えてくれる選手だから愛され、尊敬されるのであろう。
ワールドシリーズでの1本のホームラン、ひとつのエラーで強烈に印象に残る選手もいる。
しかし、イチローはカル・リプケンjrのようなタイプの選手ではないだろうか。
大げさな言い方になるかもしれないが、今回イチローが達成したMLBタイ記録の8年連続200本は、連続試合出場記録にも、通算ホームラン記録よりも、不滅の記録である56試合連続安打にも劣らない輝きをはなっている。
(56試合連続安打の更新も期待してしまう)
8年間、怪我することなく、世界最高の野球環境の中で、トップクラスの力を維持しているイチローはやはりとてつもない選手だ。
張本がもっている記録はもちろん偉大だが、イチローの眼中にはあまりないだろう。
200本安打が内野安打だったので、その記録を抜くときは、ひょっとすると、開幕戦初球のホームランだったりするかも・・・これは狙いすぎですね(笑)
来年はとうとう、長いMLBでも誰も歩んだことのない道を切り開くことになる。
それでも、楽天的に考えられる日本のファンは、幸せでもあり、そしてやはりそう思わせるのはイチローのすごさなのだ。
これからも怪我なく、守備に、足に、打撃にプロの見所満載のイチローを応援していきたい。
そして、皆さんも思っているであろうチームの牽引も・・・となるとよくばりすぎか。。。
イチローの記録が(自分が感じるだけかもしれないが)あっさり達成した後、次に日本人として注目していきたいのは、ワールドシリーズの行方だろう。
あっさりしたものの後には、こってりしたものが食べたくなるもの。
こちらも期待にそぐわず、熱い戦いが続いている。
個人記録の次は、チーム戦である。
去年は、レッドソックス対ロッキーズ、松坂・岡島対松井稼の対決で、MLBの、野球の楽しさを存分に実感できた。
今年はというと、去年以上にわくわくできるチームがしのぎを削っている。
可能性からいうと、
レイズ:岩村
レッドソックス:松坂、岡島
カブス:福留
ドジャース:黒田、斉藤
フィリーズ:田口(井口は出場資格がない)
と盛りだくさんである。
同じ日本人として、鼻が高くなるのはうれしいが、一体どのチームを応援するしていいか、贅沢な悩みも出る。
勢いに乗っているレイズや安定した力を持つレッドソックス、やぎの呪いをとけるかカブスなどが面白いが、個人的に応援しているのはドジャースである。
去年のロッキーズのように、終盤勢いに乗ったチームは怖い。
まだ、プレイオフに向けて安心できる差ではないが、今のドジャースの勢いは面白い。
野茂が最初に所属したチームでもあり、そのときから親近感をもって応援してしまうチームでもあるのだ。
そして一番の理由は、日本人選手の中でも大好きな斉藤がいることである。
怪我をして一時期戦列を離れていたが、先日中継ぎで復活を果たした。
去年の大活躍、画面で見る速球は、早いなんてもんじゃない。
スピードと切れ、先発と抑えという役割が違うが、松坂の投球よりも威力があるのではないだろうか。
なにより小気味いい。
三枚刃のかみそりよりも球の切れを感じる。
まさにそりのこし、いや取りこぼしがない。
去年はレッドソックスが優勝したが、岡島の力が大きかったのはいうまでもない。
動じない岡島、そしてチームカラーは赤。
斉藤は熱くマウンドで跳ねる、そしてチームカラーは青。
そんな対比も面白いと思う。
どんな理由でも、ひいきのチームや選手がいると、応援にも熱が入る。
さて、あなたの応援するチーム(選手)は?
残り試合もあとわずかだが、熱いこってりした戦いは毎試合続き、そしてワールドシリーズへ。
その舞台へ上がる日本人選手が活躍するさま、そして去年も経験した思わず声を出してしまうような好ゲームが今年も見れるのは間違いない。
ますます目が離せないMLB。
がんばれ、日本人選手!おめでとう、イチロー!
posted by ballgame |22:58 |
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2008年09月18日
今年の夏は4年に一度の五輪でスポーツ満載。
普段あまり見ることのないスポーツの面白さを存分に味わえた。
人は水の中をあんなに早く泳げるものか、人はタイミングよく宙に投げられると時間がスローに見えるものか、人はどこまで早く走れるのだろう。。。
いろいろな驚き、感動、悔しさなどを感じることができた。
まさに人の可能性は無限大にある。
そう感じた今年の夏。
これも五輪という4年に一度のイベントが普段より感受性を豊かにするのであろうか。
その余韻に浸っている間にもう9月。
中秋の名月を眺めながら、虫の音を聞いていると、そこにはスポーツとは程遠いような心の静けさを覚えてしまう。
夏バテならぬ五輪バテ(?)からやっと抜け出れたようなこのごろ、季節とは裏腹に、スポーツが面白い。
サッカーCLやアメフトの開幕、プロ野球も近年不調だった広島、オリックスが両リーグを盛り上げている。
しかし、やっぱりなんといってもMLBであろう。
前のブログでも書いたが、五輪に注目がいってる中、堅実に調子を上げたイチロー。
今日の試合でもヒットを重ねて、8年連続200本安打まであと3本に迫っている。
もはや記録達成は間違いないであろう。
MLBタイ記録となるこの記録、イチロー本人が毎年唯一目標にあげているであろうこの記録は、「不滅」という言葉がしっくりくるのではないだろうか。
この時期になると、リーグ優勝やワイルドカードの可能性のあるチームの戦いぶりを毎日のニュースやMLBダイジェストで見ることが多いだろう。
日本人でいえば、岩村しかり、松坂、岡島、福留、黒田、そして斉藤だ。
ダイジェストでもその選手に注目が集まるが、それだけではない。
ちょっとスポーツの中身を、MLBを伝えようとするダイジェストでは、感じた人も多いのではないか。
そのチーム全体の選手の目の輝きが違う。
試合内容が違う。
一球一球の重みが違う。
それを、応援しているチームのチャンスの時は身を乗り出し、ピンチの時は頭を抱え、祈るように手を握る観客が見守るのだ。
だからこそ何十万部も売れた小説や、アカデミー賞の映画のように、信じられないような逆転や好ゲームが生まれるのだろう。
そういった球場全体が、日焼けしすぎた夜のようにぴりぴりとする球場で、大好きな野球を、家族よりも長くいるチームメイトとひとつの目標に向かう幸せ。
そういった中でプレーできる強いチームの選手は幸せだ。
イチローは違う。
(去年はさておき)イチローの所属するマリナーズはここ数年、この季節になると観客も人数分の盛り上がりすら見せない球場で、目標の見えない戦いを行うのがきまりごとのようになっている。
ややもすると、好きな野球でさえ、なんのために戦っているのか、と疑問が出てくる選手もいるだろう。
勿論、プロであるから、来年のメジャー定着に向けてなど、そういった疑問をもつ選手はいないのかもしれない。
「穴ほりジョー」の話ではないが、目標がわからないと、同じ作業でもつらく感じるものである。
かたや、プレイオフ、そしてチャンピオンリングに向けて、幸せで充実した1試合1試合をこなす選手。
かたや、孤独感すら漂うイチロー。
その中での、年間200本安打を達成し続けるイチロー。
それは己に課した目標のためかもしれない。
強烈なプロ意識のあらわれかもしれない。
しかし、一番大きなものは、リズムの大切さ、積み重ねることの大切さをイチローは誰よりも知っているからではないであろうか。
やるべきときにやる。
自分にできることは真剣に取り組む。
それはチームが何連敗していようが、ダントツの下位であろうが関係ない。
そうしなければ、常に明日の自分に、来年の自分に、40才になった自分によいわけがない。
イチローを見るとある映画を思い出す。
「ショーシャンクの空に」という自分の好きな映画だが、みなさんもごらんになった方が多いと思う。
自分のできることをやっている、という自分へのひたむきさがイチローからは感じることができるし、その大切さを結果で見せてくれている。
イチローに対して「自分勝手な選手だ」と感じる方もいるであろう。
確かに自分も、チームを引っ張る中心選手として、物足りないと感じることがある。
(自分の場合は、イチローにはもっともっとできるはず!という欲の目がある)
極論になるが、イチローが嫌いという方は、その強烈なプロ意識を、または自分に欠けている努力を見せつけられるのが怖いという自分では気づかない心の奥底の恐れもあるのではないかと思ってしまう。
スターといわれる選手、または有名人でもいい。
「カリスマ性」を持っている人は、その人に対する好嫌が半々なように思う。
「いい人」は印象に残らない。
そう思うと、イチローはやっぱりすごい選手なのだ。
だいぶ話がそれたが、200本安打まであと3本。
週末には達成するであろうそのニュースを首を長くして待ちたい。
張本の記録まで・・・とあるが、イチロー本人はあまり気にしていないのではないか。
あくまでおまけであり、通過点にしか過ぎないと、本人は思っていながら、軽々と今年で達成してしまうかもしれない。
そして、あの片方の口を上げ、いたずらっぽく笑い。。。
イチローの毎年更新し続ける記録と五輪は似ているかもしれない。
かたや毎年塗り替えていく記録だが、五輪は4年に一度。
しかし、その4年の大会に出場するために、結果を残すためには、毎日のトレーニングが欠かすことができない。
そう思うと、五輪での日本人選手の活躍や世界新達成の感動には及ばないかもしれないが、イチローの200本安打も今まで以上にわくわくしませんか?
私達はひょっとするとすごい場面に立ち会っているのかもしれない。
その日を心待ちにして・・・がんばれ、イチロー!
posted by ballgame |00:09 |
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