2009年09月11日

世界一のテニス好き(杉山愛の引退)

本日行われた引退会見。
バラの花束を抱え、目にはうっすらと涙、しかしあの輝く笑顔が最後まで彼女らしさを表していた。
「納得できるパフォーマンスをするには追い込んだトレーニングをしなくてはいけない。
でも来季を考えたとき、気持ち的にも体力的にも無理だと思った」
熱戦が続く全米オープンの中での引退劇。
そのアンバランスさで、よけいに寂しさが募る。

先日、女子テニスの杉山愛が引退を発表した。
それ以前からちらほら噂では聞いていたが、なかなか信じられずにいたが、この引退会見で「あぁ、やっぱり本当なんだ」と実感した。
この話を聞いて、みなさんはどう感じただろうか。
ここまでよく頑張った…などという声が多いだろう。
個人的には、まだまだやってほしいという希望を除いても、もう少し出来るのではと思ってしまう。
今シーズンの4大大会のテニスを観ても、僅差で惜しくも負けたという印象が強い。
今も行われている全米での敗戦もそうである。
ただ、本人の言葉にもある通り、それは瞬間的なものであり、年間を通じてできないもどかしさのようなものが自分の中で大きくなったのだろう。

杉山愛のコメントは以下の通り。
少々長いが全文を紹介したい。


わたしは近い将来のイメージをしっかり見据えることができるタイプだと思いますが、現時点では来シーズンのことが見えていないのが正直なところ。
瞬間的にいいパフォーマンスができたとしても、年間を通じてそれができないと分かった時が完全燃焼の時だと思っていましたし、引退の時だと考えていました。
これからはテニスやスポーツを通じて恩返しをしていきたいと思います。


現在のテニス界のハードスケジュールでは、杉山の年齢まで続ける選手が稀有となってきた時代である。
34歳という年齢は、野球で例えると40歳を超えているようなイメージだろうか。
ひょっとすると、46歳を超えて来年も現役続行で頑張る、横浜の工藤ぐらいになるのだろうか。
自分の感覚では、阪神の金本(現在41歳)以上に負けない素晴らしい「テニス界の鉄人」と言えるだろう。
それも、日本の中だけのと言うのではなく、世界共通の認識であろう。

四大大会に出場すること連続62回。
単純に4で割ると、16年あまりのことだ。
順位を見なくても、これだけで杉山のすごさがわかる。
出場し続けるには実力が備わってなければならない。
そして、大きな怪我をすることなく、体のケアをしっかり行いながらの話である。
それには、どれほどの並はずれた自制心、自分をコントロールする力がなければいけないだろう。
出たいと願っても、実力がなければ招待されない。
どんなに強くても、怪我していては出場できない。
この大事な二つの両輪を、16年あまりもバランス良く回し続けてきたということである。

そして何よりすごいのは、その両輪を回す原動力になるモチベーションの維持だ。
最近では、25歳でのエナンの引退のように、怪我というよりは気持ちの部分で現役を退く選手が増えているように思う。
すべてのものからどん欲に吸収し、自分のモチベーションを上げ続けてきた杉山愛は、「世界一のテニス好き」とも言えるだろう。
自分の好きなテニスを高い次元でやり続けたいという「頑固なテニス好き」だ。
これだけは自信を持って間違いないといえる。
そして、その気持ちを持って、自分のすべてを表現してきたことは、グランドスラム達成よりも輝いている。

最高順位は、シングル8位、ダブルス1位。
64回連続で四大大会出場。
ダブルスでは、惜しくもグランドスラム達成(全豪では準優勝)とはならなかったが、全米、全英、全仏で1度づつ優勝している。
1996年に引退するまで、文句なしに日本の第一人者だった(引退前の)伊達公子は、強さともろさが同居しているような、どこかしら悲壮感のようなものを感じていた。
(今の伊達公子は本当に楽しそうに、自分のベストに挑んでいる)
その伊達公子の引退で、早くから長年に渡り日本のトップとして日本を引っ張る存在となってきた杉山。
後継がなかなか育たず、外野から見ると、孤独感すら感じられる状態が長く続いた。
ところが、杉山愛からはむしろたくましさを感じていた。

なぜだろう。
続けることの大切さ。
自分を信じ続けることの素晴らしさ。
そして、何よりテニスが大好きだといわなくてもわかる、あの素敵な笑顔があったからだろうか。
本人も、日本を引っ張る存在だとは意識していただろう。
それを重荷にするのではなく、むしろガソリンとしていたようにも感じる。
自分のベストを尽くすことに集中してきた。
その結果、プレーで周りを引っ張るようなイメージだろうか。
あんなに素敵な笑顔を持ちながら、心は昔のサムライのように、背中で引っ張るタイプのように思う。
どこかしらイチローに通じるところを感じないだろうか。
共通項はとても多い。
その中でも、自分の好きなプレー(野球やテニス)を楽しむ姿勢が一番似ているように感じる。
だから、日々の出来ることをしっかりやることで、長く現役を続けてこれたのだろう。
テニス界では、むしろ野球でのイチローの評価より偉大な存在であるかもしれない。

64回連続で四大大会出場というとてつもない記録は、当分抜かれることはないだろう。
もしかすると不滅の記録かもしれない。
そして、杉山愛は「記録の人」でありながら「記憶の人」でもある稀有な存在だ。
テニスの大会には必ず見かける。
いることが当たり前となった存在だ。
来年からはどれだけ寂しくなるのだろう。
涼しげな秋風が気持ちいいこの時期だが、そう考えるともう一枚服を着たくなるように感じる。

伊達公子の復活、彼女の挑戦する気持ちだけでなく、まだまだ戦えるという姿とともに、杉山愛と2人でもっと日本のテニス界を引っ張っていってほしい存在である。
そんな大げさなことではなく、まだまだあの粘り強いストロークを見てみたいという単純な気持ちが強い。
「お疲れ様」という声はわかるが、「いやいやまだまだ…」と本人を目の前にしたら、こんこんと説きたい気持ちが強く残っている。
相反する矛盾した気持ちで、もやもやするようなもどかしさ。
これは自分だけではないだろう。

現在34歳、この年齢での引退は珍しくもない。
(むしろこの年齢までというのが珍しいだろう)
しかし、杉山愛のプレーを見ていると、そんな年齢を感じさせない素晴らしいプレーがまだまだ見られる。
元広島の大野豊のように、年齢だけで判断すると意外でもないが、プレーを見るとまだまだ現役で行けるだろうと思わせる実力は十分ある。
やりきった感よりもむしろ、余力を残しながらの引退というイメージを受ける。
不思議な存在だ。
いや、そういうと杉山愛に失礼だろう。
長年自分たちファンに期待を持たせるプレーを続けてこれたのは、杉山愛のここまでの努力以外なにものでもないからだ。

最後に杉山愛の言葉を紹介したい。
本人のブログから抜粋させていただいたものだ。
彼女の人柄が浮き出るような言葉であり、自分たちファンからの言葉としてもいいような内容である。


テニスをやっていたからこそ、お金には変えられない、掛け替えのないものを沢山得ることができました。
これからはテニスを初め、あらゆるスポーツ(テニスを通して沢山のアスリートとも知り合うことができましたので)を通してお返しできたらと思っています。



P.S
杉山選手へ。
長い間、お疲れ様でした。
年が明ければ、またあなたのプレーが見られるとわかっていた今までの冬は、その希望で寒さに耐えられることができました。
今年の冬はどうなるのでしょうか。
寒さが一層身にしみそうです。
願わくは、伊達公子さんのように、この引退が少しの休息期間であれば…と勝手に思ってしまいます。
ただ、あの素敵な笑顔を、これからはあらゆるスポーツ界で見られると思うことがうれしく思います。
あと1大会、日本での大会が最後になりますね。
できるだけ長くあなたのプレーが見られるよう祈っております。
そしてその名前の通り、これからもみんなに愛と笑顔を配っていってくださいね。

かしこ。

posted by ballgame |23:50 | テニス | コメント(15) | トラックバック(2)
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