2009年11月09日

氷上で考える(スポーツの楽しみ方)

小さな球を木の棒で打ち返す。
ただそれだけのことに一喜一憂し、スタジアムの観客とともに感情を上下させてきた数日前。
特に今年は終盤の奇跡的な逆転劇が多かっただけに、瞼を閉じるとまだまだ胸が熱くなる。
だが、最高の祭典は終わったことは確かであり、これから数カ月はストーブリーグを楽しむしかない。
なんとなく脱力している方もひょっとするといるのかもしれない。

だが、それは野球という一つのスポーツが今年に関しては一段落しただけだ。
まだまだスポーツは沢山ある。
スポーツを見る楽しさはなんだろう。
スポーツの醍醐味といえば、素早い動き、常人にはまねできないフットワークやジャンプ力といった身体能力。
瞬間的な判断力に、瞬発力、力強さ、その動きの美しさも入るかもしれない。
もちろん、人それぞれではあるが、そういったものがあがることが多いだろう。

だが、ほとんどのスポーツと異なるものがある。
それは考えに考え、そして実行するものだ。
なにか自分にも出来そうで、なかなか難しい。

厚着をして、氷上で考える。
石を投げて、ブラシで掃く。
石を「意志」として断固としてはじく、すり抜ける、陣地に止める。
まるで小学校の時にやった十円玉はじきのようにも思える。
子供のような純真さで、大人の知識を総動員する。
知将たちが知恵をしぼり、指先のほんの少しの調整で石をもっていく。
ボーリングに似ているフォームだが、それより腰を落とし投げる姿は、フィギュアスケートよりも美しく感じることがある。

そう、そのスポーツはカーリングである。
「氷上のチェス」と言われるように、スポーツというより、将棋や囲碁に通じるものがある。
(取った駒(石)を使えないので将棋は例えずらいかも)
戦国時代にもどったかのような陣取り合戦、知恵比べ。
持っているブラシが長い軍配にも感じる。
表情は真剣で、その表情をじっくり味わえるのも他のスポーツと違うところだ。
トリノオリンピックで知って以来、自分のお気に入りのスポーツである。

野球やサッカー、バスケットやアメフトとは明らかに違う試合展開。
試合時間は2時間半程にもなるが、それでも退屈することはない。
そして、上記したスポーツとは観戦方法が違う。
選手達と同じように考え、その考え通りに投げることが出来れば見ているこちら側もうれしくなる。
戦略は考えられるが、選手達にはその戦略を現実化する技術もいる。
頭だけではなく体も大事、それがカーリングというスポーツであり、楽しさでもある。

カーリングはゴルフに近いと言えるのではないだろうか。
展開もそうだし、なにより「カーリング精神」と言われるものもそうだ。
セルフジャッチが基本的であり、なによりフェアプレーを大事にする考えも共通している。
(相手のストーンの邪魔をするプレーはあるが、それはプレーの中だけで遺恨を作らない)
そして、力ではなく頭を使わなければならない。

先週土曜日、五輪代表を決める戦いが青森で行われ、チーム青森がチーム長野を下し、見事切符を手に入れた。
ゆっくりした展開ではあるが、1投ごとにため息、感嘆の声などスポーツの醍醐味に共通した感情が出る。
結果は大差になり、チーム長野はチーム青森の元にいき、ギブアップを宣言するとともに、「がんばってください」と声をかけていた。
負けという結果に悔しさはあろうが、チーム長野の選手達はそんな感情は(一時でも)しまいこみ、心からの五輪での健闘を祈っていたはずだ。
これぞ「カーリング精神」の表れだろう。
日本代表となったチーム青森は年齢が若いが、他国のチームでは比較的年齢を問わずメンバー構成をしている。
そんな点も見どころだ。

氷上で考えるスポーツ、カーリング。
いつも見ているスポーツと違う楽しみが感じられ、改めてスポーツの奥深さを感じる。
ラグビーやバスケット、NFLだってそうだ。
バンクーバーの五輪はもちろん、冬でも心はほっかほか。
冬になっても、スポーツの楽しさは止まらない。
じっくり考える楽しさ、選手達の微妙な表情の変化を観察するのもまた一興である。

posted by ballgame |23:45 | 五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月13日

すがすがしい清涼感(金に負けない輝き)

いつもより澄んだ、そして大きな目が緊張している自分をすべて認めているような顔をしていた。
柔道女子63キロ、決勝前の谷本の表情は、集中という言葉がぴったりとくる。
1点を見つめているようで、焦点があっていない。
矛盾するが、そう表現したほうがしっくりくる。
突き抜けた透明感とでも言おうか。

決勝はライバルであり、大好きな選手であるというフランスのデコス。
両者ともしっかり組み合い、勝てばOKという姿勢ではなく、自分の力でもぎ取ってやろうという意思が感じられる。
試合開始1分過ぎ、デコスが大外刈りを仕掛ける。
谷本はそれをこらえ、場外間際での内股を仕掛ける。

技の途中で、谷本は笑っていた。
それはそれは、素敵な笑顔だった。
二人の体はきれいに宙を回り、背中から床についた。
古くなるが、吉田の内股、古賀の一本背負いを見たときのように、体中の毛が立つほど、すばらしい切れ味だった。

谷本はインタビューで語っていた。
「日本らしい柔道で1本を狙う」
決勝まですべて1本勝ち。
寝技が3つ、技で1つ。
今までは、寝技はあまり好きではなかったが、その寝技も強引さがなく、一瞬のすきをつくような、流れるような寝技だった。

今回の五輪から、反則が厳しくなり、それを露骨に狙う選手も見受けられ、柔道の質が変わってしまったように思っていたここまでの試合。
準決勝の大内刈り、決勝の内股とすべて流れるような展開での技だった。
それは合気道のような、武道に通じるような無理のない動き。

解説の古賀も言っていたが、正に「柔よく剛を制す」を体言化したものだった。
これが日本で生まれた、日本が誇る柔道だ!
窓を開けて大声で伝えたくなるような、携帯を取り出して、誰彼かまわず電話をかけたくなるような興奮がまだ体を駆け巡っている。

谷本のインタビューでの言葉。
前記したが、デコスはライバル、そして大好きな選手だと。
それは谷本だけではなく、デコスも同じ気持ちを持っている。
自分は見逃してしまったが、デコスと組んだ瞬間に笑顔が出たそうだ。
この瞬間に勝負は決まっていたのかもしれない。
どんな戦いでも、そのことを楽しんでできる人には勝てるはずはない。
この五輪で、そして決勝という大舞台で楽しんで柔道をとれる。
ある意味では、恐怖すら感じることでもある。
楽しんでやっていたからこそ、日本らしい柔道が取れたのではないか。
頭で反応するより体が動く。
よく聞く言葉だが、これほどはっきりと見られることはなかなかないだろう。
練習の、いままで積み重ねてきたすべての自分を100%出し切れたのも、楽しむ心も大きなものだったはずだ。

アナウンサー、解説とも、試合とばっちりあった、そして鋭くなるほど~とうなずけるコメントをしていて、本当に見ていて心地よい試合だった。
このような試合に出会えたことに、感謝したいくらいである。
解説者(山口さん?)が言っていた言葉が印象に残る。
「オリンピックに何回出ても、どうしても勝てない選手もいれば、愛される選手もいると思うんですよ」
まさに、谷本は月桂樹の似合う、そしてアテネの神々に愛される存在であろう。

試合後のインタビューでは、興奮覚めやらぬ状況でありながら、受け答えもしっかりとしていて「たくさんの人に支えられ、一人ひとりお礼に行きたい」といっていた谷本。
1本後の喜び、そして感動の涙、笑って泣いて感情豊かでありながら、心からの感謝の気持ちなど、自分の伝えたいことをはっきりと語る谷本。
しっかりとした自分を持っているのだろう。
精神的な強さを感じる。
良きライバルの存在、そしてその相手を尊重する気持ちも素晴らしい。
それは金メダル以上に輝かしいものかもしれない。
日本には、本当に素敵な女性が、世界に誇れる女性がいる。

谷本に感じた大和撫子。
大和撫子はまだまだたくさんいる。
サッカーのなでしこJAPAN。
ノルウェーに1点取られたが、そこからの反撃が見事だった。
前半1点を取られ、苦しい・・・と画面を見ていた矢先、すぐに取り返したのだ。
そして後半、勝ち越し、そしてダメ押し、ダメ押し、ダメ押し。
なんと、5-1で大勝利を収めた。
詰まっていた水道管を掃除した後に、勢いよく流れる水のように、得点が入る。
それは、オウンゴールや、当たりそこねのシュートでも、その勢いに押され、ゴールネットを揺らした。
これでなでしこJAPANは予選を突破することができた。
ここにも、日本が誇れる素敵な女性がいる。

ソフトボールもオーストラリアへ競り勝ち、戦う女性の美しさが目立つ1日だった。
明日行われるサッカー日本代表に伝えたい。
それは谷本のインタビューでの言葉からだ。
「内柴選手の試合を見て、のびのびと戦おうと勇気付けられました」

内柴の金メダルから始まり、北島、谷本と流れは本流になったように思う。
決勝トーナメント進出はできないが、谷本が、そして撫子が見せた、日本らしさを十分発揮することを期待したいし、できるはずである。
股の間にぶら下がっているのは、ピンポン玉ではなく、真鍮でできたサッカーボールくらい立派なものだと証明してもらいたい(笑)

明日以降も五輪は熱い戦いが続く。
流れに乗って、ますます楽しみだ。
がんばれ、ニッポン!

posted by ballgame |00:55 | 五輪 | コメント(0) | トラックバック(3)
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2008年08月12日

柔道・内柴の言葉

北京五輪が始まって、連日テレビに釘付けの毎日。
サッカーなでしこJAPANの予想外の引き分けからいまいち波に乗れなかった日本だが、日本のお家芸である柔道でとうとう金メダルを手にした。
彼の名は内柴正人。
男子66キロ級で、アテネに続く2大会連続の金メダルだ。

決勝はあっさりと相手の「参った」での勝利。
勝利後は少しの間、何が起こったのかわからない、あるいは「こんなあっさり勝っていいのか」なんていうような顔をしていた。

「流れ」や「波・勢い」というものは、目に見えないが必ずあるはずだ。
特に五輪という大きな国をかけた戦いでは、競技は違えど、日本人選手の成績や戦う姿勢に、その後競技を控えている選手達は勢いにのり、奮い立つことだろう。

内柴の金メダルという偉業は素晴らしいが、それよりもはっとしたことがある。
それは、たしか決勝前のアナウンサーの言葉だったと思う。
内柴へのインタビューで彼はこう答えたそうだ。

「8人強いやつがいる。強いやつが勝つのならオリンピックはいらない。勝つ奴が強いんです。」

内柴の言葉はもっともだ。
だからこそ挑戦・チャレンジする価値がある。
銅メダルを獲得した柔道の谷、中村は挑戦しただろうか。
勿論、両者が獲得した銅メダルは金メダルに劣らない輝きがある。
プレッシャー、戦い方、体調面、審判を味方にできなかったなどいろいろと理由はあるだろう。
しかし、準決勝での戦いは内柴の言葉に象徴されるような戦い方をしていただろうか。
待つだけではなにもえられない。
準決勝の戦い方は安全に無難にだった。
ほんのちょっとしたことで勝利の女神はするっと通り抜けてしまった。
内柴は女神の前髪をつかんで離さなかったのだろう。

谷、中村の銅メダルをかけた戦いは、なにか吹っ切れたように勢いのある戦いをして、実力通り素晴らしい試合で勝利した。
見ているもののお気楽でわがままな言い方だろうが、「もっと前にでていれば・・・」と思わずにはいられない。

男子サッカーも残念ながら予選敗退が決まってしまった。
選手は目的を間違えているのではないか。
いいサッカーをしよう。
いいパス回しをしよう。
きれいにきめよう、と。
どんな形でも1点は1点。
最終的なチャレンジの目標は勝つことである。
勝つことへの気持ちはあふれるほどあるのだろうが、それがボールに乗り移るまでは達していなかったのであろう。

90分通して、不快感がたまる試合だった。
それは負けてしまった試合内容だけではない。
あきらかに日本人へのブーイングがあった観客にだ。
戦前、戦後の日本人への反感があるのは重々承知しているが、五輪の大きなテーマである「世界一体の平和」とは、フェア精神にも繋がるのではないか。
W杯なら、アジア杯ならわかる。
まさか、五輪でもとは・・・。
地元中国と戦っているわけでもない日本チームへのブーイングを、不快に感じたのは自分だけだろうか。。。
試合結果に不満だったため、そう感じただけなのかもしれない。
もう1試合残っている試合では、内柴の言葉のような戦いを期待したい。

流れ、勢いはある。
内柴の金メダル以降、女子ホッケーの勝利、北島の世界新の金メダル、女子バトミントンダブルスの世界ランク1位への勝利と、日本人らしい決してあきらめず、挑戦する姿勢にあふれた素晴らしい戦い方が目につく。
特にバトミントンでは、長いラリーはほとんどものにしていた。
もやもやっとした霧のかかったような雰囲気は、内柴の金色のメダルで吹き飛んだはずだ。
明日からも熱戦が続く北京五輪、日本人選手だけではないが、各選手の熱戦に期待したい。
メダルを取れるに越したことはないが、選手自身に後悔が残らないような、満足感が残るプレーができれば。。。
がんばれ、ニッポン!

posted by ballgame |00:03 | 五輪 | コメント(2) | トラックバック(0)
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