2007年10月23日

「エンガンチェ」リケルメはユーベへ行くの?

日本で言ういわゆる「トップ下」を、アルゼンチンのサッカー用語では、「エンガンチェ」といいます。フォワードと中盤をつなぐ、1人だけのためのポジションですね。

日本で言うと、花形ポジションですが、世界的傾向としては、「絶滅危惧種」に属するようです。1980年代で言えば、ジーコ、プラティニ、マラドーナとこのポジションにはスタープレーヤーが揃っていたのですが、プレッシングサッカーがトレンドとなって、まずイタリアではこのポジションが無くなっていきました。イタリアサッカーでは、「トレクワルティスタ」という言い方がされるポジションですが、トッティ以外にこういう呼び方をされるプレーヤーというのは、ごくわずかです。私見では、カカーは一応「トップ下」ということにはなっていますが、「フィニッシャー」の要素が強く、あまり「ラストパスを出す人」という印象を受けないので、ブラジルらしい「10番」とは異なるように思います。

このポジションでは、現代サッカーの流れと異なる選手が当てはまるようで、そのためにポジションそのものが無いチームが多くなっています。最近の「マスターピース」は既に引退したジダンで、彼はこのポジションの選手でありながら、プレースピードを落とさずに驚異的なテクニックを発揮したので、プレーを確立していました。ジダンが引退した今、その系譜を継ぐ選手がヨーロッパにはいるようには見えません。もはやヨーロッパではこうした特殊技能の選手より、オールラウンダーを求める傾向の方が強いようです。では南米では?ロナウジーニョは、よりフォワード的な選手だと思います。「ラストパスを出す選手」ではありますが、「ゲームメークする選手」とは言えない感じがします。ブラジル代表やバルセロナでは、ボランチやピボーテといわれるポジションの選手がゲームを作っている感じがするのです。

「エンガンチェ」はアルゼンチンの伝統的なポジションの概念で、マラドーナのようなタイプが一つの完成形で、今にも引き継がれているようです。この「エンガンチェ」の典型的なプレーヤーがリケルメです。現在では、彼の評価は、「リケルメと心中するか、リケルメを外すか」というある意味「究極の選択」のようになっています。

確かに、リケルメを外してチームを作った方がスムースでしょう。しかし、天才肌の選手一人にチームの命運がかかる、そんなチームには「一つのサッカーにおける美学」を感じます。躍進した時のビジャレアルがそんなチームでした。その後、チームはリケルメを外し、普通のチームに変貌しました。それでもビジャレアルが成績を落としたかと言うとそうでもないのですが。

リケルメを使うからには彼を中心としたチームでなければならない、というのが彼の所属するチームがいい成績を出す条件になってしまいます。果たして、手堅いユベントスのようなチームが、いくら彼のプレーが魅力的でもそこまでリスクを負うのでしょうか?でも、もしユーベでリケルメが活躍出来る状態が出来たら、「強いけれどつまらない」とも言われるユーベのイメージがガラリと変わるでしょう。ジダンでさえも適応しなかったユーベに、さらにプレースピードのゆったりとしたリケルメが適応出来るのか?疑問は残りますが、願望も含めて、そんなユーベ及びリケルメが見てみたい、これは1サッカーファンの夢でもあります。

posted by ball_no_think |17:33 | 世界のサッカーの趨勢 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年10月19日

「夢先生」プロジェクト、応援してます。

まずは、リンクから、

http://number.goo.ne.jp/news/kakutogi/article/p-bt-tpn-071019-0006.html

日本サッカー協会が推し進める、「心のプロジェクト」における、「夢先生」に、先ほどボクシングでタイトルを防衛したボクサーの内藤選手を起用する事になった、というニュース。

まず、日本協会のこのプロジェクト自体が、文科省などよりずっと志が高い事が素晴らしい。前首相の時に「道徳」の授業化などが言われていたが、そんなのよりずっと先を行っています。

先日も、「モー娘。」の吉澤ひとみが「夢先生」として講義を行った事が報じられていましたが、
http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20071017061237/Sponichi_kfuln20071017006003.html
サッカー界以外からも次々と「先生」を呼ぶ懐の広さ。この辺は、川淵キャプテンのリーダーシップにも支えられていると思う。辰吉選手などは、中高生相手にも授業して欲しいと思います。

サッカー界でも、カンボジアでのボランティアの実績のある北澤豪氏の講義は素晴らしかっただろうと思います。彼の連載しているコラムを見ていれば、彼が素晴らしい人格者である事が判るからです。

やっぱりサッカー界は将来に夢があっていいですね。

posted by ball_no_think |10:07 | 代表は、日本サッカーの鏡 | コメント(0) | トラックバック(1)
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2007年10月09日

私がグランパスサポをやめた理由

はい、私、ホームタウン、というか現住所が名古屋市にあり、生まれも育ちも名古屋人です。その上、サッカー大好きとなれば、自然と成り行きとして、名古屋グランパスのサポーターになりました。

それは、Jリーグが始まった時から。はい、あの負け続けた時もサポーターでした。

グランパスの練習場は、名古屋市から少し東に行った土地の安い広い所にあるのですが、ここに行きやすい、名古屋市の住宅街には、外国人選手が良く住んでいました。

こういうと、うらやましがられるのですが、良く近くのスーパーで休日に家族と一緒にショッピングに来ているストイコビッチ氏を見かけたものです。私服でも彼はかっこよかったですよ~。懐かしい所では、デュリクス選手。やっぱりほっぺたは真っ赤でした。

しかし、ホームである瑞穂陸上競技場というのは、スタンドとピッチの距離が遠く、しかも傾斜もゆるいため、応援するというより、プレーを観賞する、という感じのスタジアムでした。また、このチームは、あの巨大自動車企業のお金がぎっしり入っているクラブなので、市民ボランティアがいないと言う、地域密着には程遠いクラブでもあります。

それでも、ベンゲル監督時代を経て、優勝候補とまでは言われるようになった頃、事件は起きました。
大岩(現鹿島)、望月(引退)、平野(現大宮)の三選手の解雇でした。詳しく理由が分からないのですが、かんたんに言うと、「キヨショウ」出身の三人は、チームの主力であり勢力も大きかったのでしょう。そこで監督との衝突があって、監督(ジョアン・カルロス)が、
「私を取るか、3人を取るか」
みたいなことになって、アホフロントは、監督をとったのです。普通、監督の管理責任が問題になる所でしょうが!
その後もストイコビッチ氏は、
「これでは名古屋が勝てない」といい続け、スーパーサッカーの取材に答えた時は、「望月はナンバーワンのMFだ」とさえ言って、フロントの姿勢を非難していたのです。

私もブチ切れました。さらに追い討ちをかけるように、ネットを中心に、3選手の誹謗中傷が書き込まれ、サポーターはみんなフロントを支持してしまったのです。これ以来、名古屋グランパスを応援する事はなくなりました。どこが地域密着なのか、名古屋市よりも豊田市に近い所に練習場があり、名古屋市民とは心の距離があります。

問題にされている箇所を削除しました。

ただ、実際の事として書き忘れがありました。グランパスサポーターの何人かのリーダー格の人たちが、フロントに公式に「説明」を受けた、という報道が、地元のテレビの応援番組であった事です。また、当時は全てのサポーターがフロントを支持したわけではなく、アンチフロントのサポーターが少数ながらいたものの、存在がかき消されてしまった事が確かにありました。

posted by ball_no_think |21:43 | 地域活性化のためのJリーグ | コメント(63) | トラックバック(1)
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2007年10月05日

ジーコ監督再考論

いや、フェネルバフチェ、チャンピオンズリーグでやってくれますね。番狂わせの多い今季のチャンピオンズリーグでも、最もいい意味で期待を裏切ってくれたのがフェネルバフチェ&ジーコ監督。

ジーコ監督に対して、日本代表の時だけを見ていた人にとっては、「惨敗」のイメージしかないかもしれません。また日本代表においては、「何もしない監督」のイメージが板に付いてしまったでしょう。

フェネルバフチェを率いてからも、現地のメディアの評価は、
「戦術が無い。古いサッカーをやっている。」
という事が、日本のメディアを通して聞かれました。


ところが、今のチャンピオンズリーグにおける躍進はどうでしょう。もちろん、フロックと片付けることも出来ますが、ジーコ監督の生き生きした表情を見て、
「日本代表の時だけ、おかしかったのでは?」
と思ってしまう次第です。

もともと、ブラジルのスポーツ大臣を辞めてまで、当時2部の住友金属に入ってきたのは、
「プロ化が始まる日本で、ぜひサッカーを盛り上げて成功させたい」
という一心で、地球の裏側まで来てくれたのです。

その時というのは、「熱血指導」そのもので、スパルタ式の指導も辞さなかったと聞きます。鹿島アントラーズの今があるのも、その時の「厳しさ」や戦術的指導、プロのメンタリティの教え、など、「放任主義」とは程遠い、「教育的指導」だったと聞きます。

思うに、日本代表では、選手を大人扱いし過ぎたのではないでしょうか。遠慮があり過ぎたのではないでしょうか。もっと「積極的指導」がジーコさんの考えにあれば、違っていたのでは?

日本代表は、ジーコさんの選んだメンバーでは、「大人扱い」するほど成熟してはいなかったのでしょう。アウェーのアブダビで、宮本選手を中心に話し合いが行われた事が、あたかも驚くべき事のように報じられたのです。もとよりチームとしてコミュニケーションが無さ過ぎたというべきではないでしょうか。本番でも「10番」中村俊輔はコンディション不良、最も国際経験豊富な中田英寿は、「チームに一番馴染んでいなかった」という評判です。このチームがそもそも成熟していなかったのではないでしょうか。

一方、フェネルバフチェの選手は、いい意味でも悪い意味でも成熟していて、大人なのでしょう。ブラジル人選手が、伸び伸びとやっている様子がよく分かります。トルコの選手も、個人技には優れていますから、上手くモチベーションを高めればこうした結果も出てくるのでしょう。

ジーコ監督時代に選ばれていて、オシム監督時代に選ばれていない選手は、そうした「成熟度」に難がある、とオシム監督に見られているのではないでしょうか。どうでしょう?

posted by ball_no_think |17:45 | 世界のサッカーの趨勢 | コメント(23) | トラックバック(0)
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2007年10月02日

色々な意見、ありがとうございます。

先回の私のブログに、たくさんのコメントを頂き、誠にありがとうございます。異論、反論含めて、この記事に関心を持って下さった事がありがたいと思っております。

様々な角度からのコメントがございましたので、どれが良いというつもりはありません。みなさん、スポーツ並びにサッカーの発展を願っている事が嬉しく思われました。

この記事では、野球について、特にくさしたつもりはなく、何となく、日本の社会の汚れている部分を象徴しているような気がしたので、そう書いてしまったのが、批判めいてブログの価値を下げたのかもしれません。申し上げますが、私はプロ野球も観ます。好きです。ことホームタウンは、私名古屋ですので、サッカーより野球の方が応援に力が入ります。クライマックスシリーズ、中日がんばれ!


金銭の問題に関しましては、
「ずるいやつが儲ける」
というのが、日本の主流(残念ですが)となっているので、儲けようとする人たちが主導権を握っている現在が歯痒いのは確かです。ただ、篤志家のような人に経営が出来るかというと、ここは「リアリズム」が必要な世界なので、多少の汚いことはやむを得ないと思います。その分、私たちが出来るのは、色々と要求する事です。連帯が必要でしょう。


「村松尚登」さんのブログ、一部ですが拝読いたしました。
外国と比較すれば、確かに日本は遅れていたり、ダメな部分があるでしょう。しかし、くしくもオシム監督が「日本化する」といった通り、日本的な良い部分を必ず取り入れて欲しいものだと思います。例えば、「下手な子が損をする」という部分では、下手な子が無理をしてサッカーだけを楽しもうとする方がおかしいと思います。他にもスポーツはいっぱいありますし、その下手な子には、他の才能があるでしょう。サッカーだけが、庶民の文化ではないと思います。一様にみんなサッカーをしていたならば、それは文化的にその社会が狭いという事に他なりません。


底辺を拡げる、という点でのコメントもたくさん頂きました。私の記事では、トップの価値を上げる、ということに重点を置いているので、底辺の拡大がそれではダメになる、というご指摘はもっともです。

ただ、子供たちがもっともスポーツに憧れる機会というのは、現代ではテレビの影響を避けては通れません。むかしの野球少年だって、テレビを見て、「王、長嶋」を目指したのです。その点、スター不在という現在は、「おらがチームのスター」だけでなく、「サッカーのスター」を待望して已みません。それが、海外の選手に偏らず、日本の選手にも視線が向けられるよう、メディアに要求していこうではありませんか。幸い、ACLの準決勝の地上波放映が決定したようです。こういう機会でも作って、日本人選手の魅力を伝えて欲しいものです。


スポーツでは、「個」の強さは避けて通れません。これは、プレー面ではなく、精神面です。中田英寿があれほど影響力があったのは、プレー面の割合は少なかったと思います。イチローなどもそうですが、「普通と違う精神的要素」というのは、スターに必要なものだと思います。日本には、それを阻む土壌もありますが、必ず出て来ます。スポーツが、教育の観点から、見直される時期にも来ていると思います。むかしの体育会系、とは違う世界観で。

スポーツを始めとする、大衆文化は、お偉いさんが考える政治の世界や教育の世界より、その社会の反映度が速いという側面があります。「大衆文化が政治を越える」は今や論壇では当たり前の事なのです。スポーツの改善なくして、その国の人の発展もないと思います。

posted by ball_no_think |12:34 | 地域活性化のためのJリーグ | コメント(3) | トラックバック(0)
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