2007年10月09日

私がグランパスサポをやめた理由

はい、私、ホームタウン、というか現住所が名古屋市にあり、生まれも育ちも名古屋人です。その上、サッカー大好きとなれば、自然と成り行きとして、名古屋グランパスのサポーターになりました。

それは、Jリーグが始まった時から。はい、あの負け続けた時もサポーターでした。

グランパスの練習場は、名古屋市から少し東に行った土地の安い広い所にあるのですが、ここに行きやすい、名古屋市の住宅街には、外国人選手が良く住んでいました。

こういうと、うらやましがられるのですが、良く近くのスーパーで休日に家族と一緒にショッピングに来ているストイコビッチ氏を見かけたものです。私服でも彼はかっこよかったですよ~。懐かしい所では、デュリクス選手。やっぱりほっぺたは真っ赤でした。

しかし、ホームである瑞穂陸上競技場というのは、スタンドとピッチの距離が遠く、しかも傾斜もゆるいため、応援するというより、プレーを観賞する、という感じのスタジアムでした。また、このチームは、あの巨大自動車企業のお金がぎっしり入っているクラブなので、市民ボランティアがいないと言う、地域密着には程遠いクラブでもあります。

それでも、ベンゲル監督時代を経て、優勝候補とまでは言われるようになった頃、事件は起きました。
大岩(現鹿島)、望月(引退)、平野(現大宮)の三選手の解雇でした。詳しく理由が分からないのですが、かんたんに言うと、「キヨショウ」出身の三人は、チームの主力であり勢力も大きかったのでしょう。そこで監督との衝突があって、監督(ジョアン・カルロス)が、
「私を取るか、3人を取るか」
みたいなことになって、アホフロントは、監督をとったのです。普通、監督の管理責任が問題になる所でしょうが!
その後もストイコビッチ氏は、
「これでは名古屋が勝てない」といい続け、スーパーサッカーの取材に答えた時は、「望月はナンバーワンのMFだ」とさえ言って、フロントの姿勢を非難していたのです。

私もブチ切れました。さらに追い討ちをかけるように、ネットを中心に、3選手の誹謗中傷が書き込まれ、サポーターはみんなフロントを支持してしまったのです。これ以来、名古屋グランパスを応援する事はなくなりました。どこが地域密着なのか、名古屋市よりも豊田市に近い所に練習場があり、名古屋市民とは心の距離があります。

問題にされている箇所を削除しました。

ただ、実際の事として書き忘れがありました。グランパスサポーターの何人かのリーダー格の人たちが、フロントに公式に「説明」を受けた、という報道が、地元のテレビの応援番組であった事です。また、当時は全てのサポーターがフロントを支持したわけではなく、アンチフロントのサポーターが少数ながらいたものの、存在がかき消されてしまった事が確かにありました。

posted by ball_no_think |21:43 | 地域活性化のためのJリーグ | コメント(63) | トラックバック(1)
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