2007年10月05日

ジーコ監督再考論

いや、フェネルバフチェ、チャンピオンズリーグでやってくれますね。番狂わせの多い今季のチャンピオンズリーグでも、最もいい意味で期待を裏切ってくれたのがフェネルバフチェ&ジーコ監督。

ジーコ監督に対して、日本代表の時だけを見ていた人にとっては、「惨敗」のイメージしかないかもしれません。また日本代表においては、「何もしない監督」のイメージが板に付いてしまったでしょう。

フェネルバフチェを率いてからも、現地のメディアの評価は、
「戦術が無い。古いサッカーをやっている。」
という事が、日本のメディアを通して聞かれました。


ところが、今のチャンピオンズリーグにおける躍進はどうでしょう。もちろん、フロックと片付けることも出来ますが、ジーコ監督の生き生きした表情を見て、
「日本代表の時だけ、おかしかったのでは?」
と思ってしまう次第です。

もともと、ブラジルのスポーツ大臣を辞めてまで、当時2部の住友金属に入ってきたのは、
「プロ化が始まる日本で、ぜひサッカーを盛り上げて成功させたい」
という一心で、地球の裏側まで来てくれたのです。

その時というのは、「熱血指導」そのもので、スパルタ式の指導も辞さなかったと聞きます。鹿島アントラーズの今があるのも、その時の「厳しさ」や戦術的指導、プロのメンタリティの教え、など、「放任主義」とは程遠い、「教育的指導」だったと聞きます。

思うに、日本代表では、選手を大人扱いし過ぎたのではないでしょうか。遠慮があり過ぎたのではないでしょうか。もっと「積極的指導」がジーコさんの考えにあれば、違っていたのでは?

日本代表は、ジーコさんの選んだメンバーでは、「大人扱い」するほど成熟してはいなかったのでしょう。アウェーのアブダビで、宮本選手を中心に話し合いが行われた事が、あたかも驚くべき事のように報じられたのです。もとよりチームとしてコミュニケーションが無さ過ぎたというべきではないでしょうか。本番でも「10番」中村俊輔はコンディション不良、最も国際経験豊富な中田英寿は、「チームに一番馴染んでいなかった」という評判です。このチームがそもそも成熟していなかったのではないでしょうか。

一方、フェネルバフチェの選手は、いい意味でも悪い意味でも成熟していて、大人なのでしょう。ブラジル人選手が、伸び伸びとやっている様子がよく分かります。トルコの選手も、個人技には優れていますから、上手くモチベーションを高めればこうした結果も出てくるのでしょう。

ジーコ監督時代に選ばれていて、オシム監督時代に選ばれていない選手は、そうした「成熟度」に難がある、とオシム監督に見られているのではないでしょうか。どうでしょう?

posted by ball_no_think |17:45 | 世界のサッカーの趨勢 | コメント(23) | トラックバック(0)
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