2008年11月28日
以魚駆蠅 -この二日間で星野批判をした者はくだらぬ妄想ごと叩き斬られるべしという、過激派-
北京五輪の日本選手団報告書が断片的に紹介され、星野SDがニュース番組で何かを喋ってみると、待ってましたといわんばかりに星野批判が噴出したら日本は平和だなと思う今日この頃。 正論が正論と受け取られない方もいれば、ゴネてるだけでも正論といわれるような方もいたりして、やはり期待に応えられないと反動も大きいんだなぁというのがわかります。 日本選手団報告書とやらは、どんな意図を持って書かれたかというのが全文を読めないからいまだにわかんないんですよね。断片的な部分は、ご存知「選手の精神面の弱さと国際試合の経験の少なさ」。ここで、断片的ではありながらも示唆された「国際経験」の方にツッコミがいかず(国際試合の場数の差など微々たるものだと思います)、「選手の精神面の弱さ」の指摘があらぬ方向に一方的に向かっていくのが良くないですね。そう向かわせている人は、その報告書が万が一「すべて監督の責任でござんした~」というニュアンスで書かれていたとしても満足はしないのでしょう。 選手に足りなかった部分は何かと問われれば一つは「国際試合に臨むにあたり選手達のメンタル面で不安がある」という答えが出ても別に何の疑問も感じません。明らかに不正解という訳ではありませんから。それが、選手だけが良くなかったというニュアンスに受け取って周りが書けるのが見ていて面白いですね。妄想の世界が広がっているようで。 言うならば、条件反射的に反応するのは愚の骨頂といわないまでも、それが断片的なものであり要旨であるとは限らないことを示唆していると、各々でもう少し良く記事を見て文章を咀嚼していく必要はあるでしょう。こないだのボイコットの記事にしても、ボイコットという文字列に目が行っていささか感情的になってしまっているウェブログは多々あったわけで、これも例外とは言えませんが、結局何が良くないのかというのは感情に流されて見えなくなってくるきらいはあると思います。あれは、代表監督が余計なことをポロっと言っちゃったからだと、私は思いますがね。 妄想を広げるなら、その報告書には監督そのものや本戦に向かうまでのプランがどうのこうのというのが少なからず示唆された上で選手のことにも触れたという意見があってもよさそうですが、見たことがないですね。 でもまぁ、所詮は断片的なものですから。仮にもし、本当に選手が悪くて俺が悪いわけじゃないというニュアンスの報告書であるならば話は違ってきますが、ねぇ。
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posted by ayanatsuki |19:55 |
夢想 |
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