2007年08月29日

集中力の区別

 ワシントンDCの真ん中に位置する地下鉄の駅。朝の通勤ラッシュの時間帯、一人のヴァイオリニストがゴミ箱のそばに立った。小さなヴァイオリンケースを開き、見せ金の小銭を入れて演奏を始める。
 演奏者は1分間に1000ドルも稼ぐ男、ジョシュア・ベル。
 この企画は新聞社の発案で行われたもので、混乱を招く事態も想定されたが、実際には1分以上聴いた人は7人のみ。43分間の演奏で稼いだのは32ドルだった。
 目の前に起きていることに集中するかしないかで、得られるものすら逃してしまう一つの例といえる。

 話は変わる。ガソリンに代わる自動車燃料として注目されているエタノールはサトウキビから抽出することができ、既にブラジルでは新車の半数以上がエタノール燃料に対応した車となっている。限られた資源である石油の代替となる、この再生可能なサトウキビを原料としたエタノールに誰も異論を唱えないかもしれない。
 ところが、実際にはこれが大きな問題となっている。高まる需要から、森林を切り開いてでもサトウキビを栽培する人々が出てきた。自分たちには何の利益ももたらさないようなジャングルと、金のなる木であるサトウキビでは誰もが後者を選ぶだろうが、このことにより地球上の二酸化炭素を吸収する受け皿となっていたアマゾン川流域のジャングルは急激にそのCO2吸収量を減らし続けている。つまり、実際には地球温暖化を手助けしている結果となっているのである。
 もっと視野が広ければ、このようなことも防げたのかもしれない。ジャングルはブラジルに位置するものの、吸収するCO2は地球全体から発生したものである。ならば、他先進国から一定の援助を与えてでもアマゾンの森林を守るという視野の広さがあったならば、現状は違ったものになっていたかもしれない。


 前置きが長くなってしまったが、必要とされる視野を集中力として考えるならば、バスケットやサッカーなどの団体球技におけるプレイにも上記の2つのケースを結び付けられると思う。

 バスケットを例に挙げれば、5対5で行うスポーツであり、常に周りは動いているため、まずは状況判断が必要となり、集中力は視野全体に均等に行き届くことが求められる。筋力を最大限に使ってしまえばどうしても全体に視野を広げることが難しくなってしまうため、少し気持ちに余裕をもったくらいで状況判断するのがよいだろう。

 では状況判断を行った後、シュートを選択した場合はどうか。基本的には集中力の全てはゴール一点に集約されなければならない。一方で私の場合、中にカットインするプレイが多いため、意図的に集中力を分散することもある。今までの経験の蓄積からこうなるのだろうが、このこと自体は悪いとは思っていない。ゴールに向かえば向かうほどディフェンスの選手がブロックしようとするため、その選手の動きにも注意を払わなければならないからだ。

 一方で、3ポイントなど外からシュートを狙うときは同じような集中の具合では駄目だと思う。当然ながら距離が遠くなればなるほどシュートが入る確立は落ちるため、確率を上げるためにはゴールへの集中力をより高めなければならない。
 練習と同じリズムで、他の選手が目に入らないくらいの感じでシュートを放つ必要がある。自分にはこの一点への集中が足りていないのかもしれない、というのが最近思ったことだ。

 集中力の切り替え、これを今後のテーマにしよう。

posted by athok |20:42 | バスケットボール | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年08月20日

サーフ トリップ in 宮崎

 サーフトリップで得るものは、波のみならず。
 特に今回は、心を大きく揺さぶり、刺激する旅となった。

 宮崎には何度かサーフィンで訪れたことがあるが、今回目指すのは行ったことのない宮崎最南端ポイント、恋ヶ浦だ。福岡からの、車での長旅となる。
 夜10時に出発して熊本・高千穂の涼しい風を駆け抜けてしばらく走ると、南国リゾート模様と潮の香りがただよう宮崎市に辿り着く。恋ヶ浦はここからさらに車で約2時間南下する、宮崎南端の都井岬の手前に位置する。
 鹿児島県につながる国道から都井岬を目指す道に入るあたりから景色はさらに一変した。周囲に人の気配がなく、あるのは亜熱帯系の木々も含まれる森林と、道沿いの崖から見える海のみとなった。ときどき道端にはタヌキやら猿やらが顔を出し、辺りが真っ暗であることからも車のスピードは落とさざるを得ない。
 この時点で時刻は夜中の4時。休憩がてら、ちょっと車を止めてみることにした。

 空を見上げると、!!! そこには文字通り満天の星空が広がっているではないか。プラネタリウムにたまに行く私は、室内で描かれている架空の星空は誇張されて多めに作られているものだとばかり勝手に思っていたが、それは大きな誤解だったことに気付いた。
 星の数は無数だとよく言われるが、確かに正しい。見渡す限りに広がる星空から、空には一つの雲もないことがわかる。
 他に車が走る気配がないアスファルトに寝転がってみる。流れ星が、一つ、また一つ。はて、はるか遠いところにあるはず流れ星の光が、なぜあれほどの速さではかなくも消えてしまうのだろうか。そんな素朴な疑問も東京では浮かぶことはないだろう。
 携帯電話の液晶画面の光ですら消えてしまう多くの星を眺めていると、見えないところにも確かに存在する大事なものがあることを実感させられる。

 あなたは満点の星空を見たことはありますか?
 東京で数えるほどしか星が見えない理由が圧倒的な人工の光によるものだとしたら、年に一日だけでもみんなですべての光を消し、いつもとは違う夜空を一緒に眺めてみる、そんなことを提案するのも粋だと思う。

 いつまでもそこに居座りたいという衝動にかられながらも、一時間強で必ずや太陽が昇ってくることを知っている私たちは、朝日という新たな感動をもとめるために先に進むこととした。
 しばらく進むと波の音とともに数軒の民宿が目に入り、恋ヶ浦に到着したことを教えてくれる。暗くてまだ波の高さもわからないが、波の音を聞いていると胸がだんだん小刻みに鼓動してくるのを感じる。まだ日の出には時間があったため、その先の都井岬まで足をのばすことにした。野生の馬があちこちにいる岬へ到着すると、東の空はずいぶんと明るくなり、徐々に星空が消えていくのがわかる。
 そして、周囲の空を赤く染めていきながら、ゆっくりと、しかし着実に昇ってくる太陽。まさに、この地球の聖なる母という言葉がふさわしい。彼女は誰も歯向かうことはできない絶対的な存在であることは、全ての姿を一変させるその影響力からもみてとれる。
日の出@都井岬
 しばしその偉大な姿に見とれてしまったため、恋ヶ浦にもどったときには既に10人くらいのサーファーが海のなかに入っていた。波の高さは胸ときどき肩、といったところ。  うん、悪くない。  ウォーミングアップもそこそこに、海へ駆け足で飛び込む。水はずいぶんと温かい。ボトムは沖に向かって右側に行くほど砂から岩に変わるようで、そのせいか右側のポイントのほうが波質もいい。波は、そのサイズからは想像つかないくらいのパワフルさだ。まるで、自分たちを歓迎してくれているかのように、テイクオフもスムーズにさせてくれる。 なにより、ここでは波の取り合いをすることもない。ほどよい人数で、一本乗り終えて定位置に戻ってくると、また自分の順番が来たかのようにうねりが入ってくる。周囲を見渡しても、どこかみんな穏かな表情をうかべている。きっと、同じような気持ちなのだろう。
海まで駆け足
 日の出直後には気付かなかったことだが、波待ちしているときに水の中を見つめると海底に黒い影があることに気付いた。なにかと思えば、自分の影である。2~2.5mほどあるであろう水深でも、光はそれほど屈折することなく、吸収されることなく海底に私の姿を映し出していた。 日本でもこんな場所でサーフィンができるんだ。そう思うと、まだまだ日本も美しいところがたくさんあると思う一方で、これ以上このような場所を失ってはいけないと心に留める。  今回の旅は全てが想像以上だったが、唯一の心残りは自分のショートボードを東京から持ってくることができずに、友人のファンボードでしかこの波を体験できなかったこと。自分の板だったらこの波をどう感じるのだろうか、改めてここを訪れる必要がある理由ができたなぁと、心の中で密かに思う。
恋ヶ浦
 宮崎では、時間に追われることなく、自分の流れで生活している人がいた。  バーベキューやるからと言って海水を汲み上げ蒸発させて塩から作り出す人。川沿いに手作りの小屋を作って夏でも涼しそうにハンモックで音楽を流しながらウトウトしている人。彼らの目は、恋ヶ浦の海のように透き通って輝いていた。                         (photograph by M.N.)


posted by athok |23:53 | サーフィン | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年08月17日

心頭滅却すれば・・・

この夏二度目の炎天下ゴルフ。
まだまだ下手くそなのだけども、それでも成長が感じられて嬉しい。

ゴルフは今まで打ち込んできたスポーツとはずいぶん異なる。
バスケットもサッカーも団体競技であるうえ、相手があって初めて成り立つスポーツ。
サーフィンは、(混んでる日本だと近くにいる人との波の取り合いが起こるにしろ)基本的に波を相手に一人でする類のもの(注)。
だが、それとて一つ一つやってくる波に波長を合わせることで初めて成り立つ。

注)私はサーフィンをどうしてもスポーツのカテゴリーに入れられないのでここでは「もの」と表現させてもらう

つまり言いたいことは、ゴルフが一番「自分との戦い」と呼べるようなスポーツなのではないか、ということだ。
素振りをするところから、ボールにあわせて姿勢とクラブを整えスウィングするところまで、すべては自分のリズムで行わなければらならない。

調子が悪いときほど、妙に呼吸が気になるし、振りかぶる間も雑念が頭に入ってくる。
同じことをやってるはずなのに、結果がそのとき、その場面で大きく違ってくる。
集中力を高めるためには、ゴルフは結構役立つと思う。

また時間を見つけて、安定していないドライバーを練習しに行くことにしよう。
早く一つの目安の100切りを達成したい。

posted by athok |16:00 | ゴルフ | コメント(2) | トラックバック(0)
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