2007年12月22日
天才の復活劇
「これのいいところは気持ちが込められていること。もらったときは嬉しかった」と素直に答え、1組のレガース(すね当て)を見せてくれたのは今一番調子が上がっていると言っても過言ではないスーパールーキー、枝本雄一郎である。サッカーの名門である静岡学園高校出身の若き天才。田中幸雄監督からも「細かいプレーができ、体が小さくても安心できる。サッカーというものを知っていて、これから大学サッカーを学んでいったら十分主体になれる」とお墨付きをもらう。激しい当たりを受けても果敢にドリブルで攻め立てるその姿を見て、恐れはないのかと不思議に思う人も少なくないはずだ。
1年生ながら秋季リーグ戦からはスターティングメンバーにも選ばれるようになり、順風満帆なサッカー人生を歩んできたかと思いきや、枝本は高校2年生のときに伸び悩みスランプに陥ったことがあった。
そんなとき父親からもらったのがこのレガースだった。あえて何も言わずに渡されたレガース、その裏の父親直筆の『心』という文字は枝本自身の心に響いた。優しい言葉や慰めの行為ではない、血のつながった父親だからこそできる、何も言わなくても分かり合えると言わんばかりの無言で放った『頑張れ』のサイン。そんな父親の思いが枝本の背中を押したのだ。
「それからは最強です」。こう話すように枝本は徐々にスランプから脱出し、今でもずっと心の支えとなっている。
最後に、この先も枝本の足と共にボールを蹴り、また枝本を守り続けるであろうこのレガースに一言。「壊れるまで使うから、これからもよろしく」。
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企画面の記事です。
やっぱりステキやなぁ、スポーツやってる人って。
場面場面で大きな影響を与えるエピソードがあって。
それを文章に、形に残していくのが記者の仕事なんよね。
私が目指してる、最終形なんやね。
別に選手をヨイショしたいわけではなく、妬んでるわけでもなく、ミーハー的に追っかけたいわけでもない。
ただ、応援したいって、助けたいって思う。
うぬぼれてるわけじゃないんよ。
それが今はできてへんから、
情けない。
本当に、ワタシは、無力だ。
posted by asami |05:58 |
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2007年07月31日
緊迫する8つの表情
それに呼応する客席からの声援
手に汗握るペンを持つ右手
そして始まる、コンマ1秒の戦い
100メートル自由形男子決勝。それは肉眼では判断しかねる、まさに記録の世界。
その1分にも足らない勝負に近畿大からは2人の若き選手が出場した。
3コース 1年 山本悠太
6コース 2年 川下淳太
電光掲示板に表示された名前とともに、近畿大応援席の熱気も最高潮に達していた。
8人の選手たちがゆっくりとスタート台に上り、審判の「用意」の掛け声で、時間が止まる。
耳が痛いほどの声援は静まり返り、8人の動きもなくなった。
そしてスタートを意味する電子音が場内全体に響き渡ると同時に8人は戦場に飛び込み、会場はまた人の声とメガホンを叩く音で満たされた。
戦況はほぼ横一線。白い水しぶきは50メートルのプールを見る見るうちに横断し、折り返しを迎える。
電光掲示板が告げる中間報告。3コース山本は暫定1位。一方の6コース川下は6位と少し出遅れた。
ますますヒートアップする後半戦。このまま逃げ切りを計る山本と怒涛の追い上げにかかる川下。2人の戦意は交錯し、それがほかの選手にも飛び火するかのように横一線は保たれた。
あともう少し、もう少しだけゴールが先ならば。行方の分からない勝負にみながそう感じた。
ラスト25メートルを迎えたとき川下が勝負を仕掛ける。腕一本分ほどの差はぐいぐいと押し上げられ、先頭との距離はほぼ0に。
そのままラスト10メートル、5メートル…あとひとかき、と知らず知らずにカウントし、
そして奇跡は起きた。
選手たちが最後の壁にタッチし、見上げる先は電光掲示板。
戦況を見守る全ての者がそれを見た。
同時に表示された数字、それはコース3と6の欄の2つの1という順位と2つの52.53のタイム。
誰もが一瞬自分の目を疑い、言葉を無くしたであろうこの数字は、敵味方関係なく会場を沸かせるのに十分な結果であった。
プールから上がり手を取り合う2人の奇跡の創造者。
その笑顔は次の戦場、全日本選手権でも輝かせてくれるだろうか。
奇跡ではなく、絶対の結果を与えてくれるだろうか。
posted by asami |01:19 |
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2007年05月18日
過去に書いたコラムの改訂版です。
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子供のようにがむしゃらに、しかしその姿は心なしか大きく見える。
それは今も変わらず見る人の目を、心をとらえて離さない。
彼を初めて見たのは2005年ワールドユースオランダ大会、グループ予選のオランダ戦だった。
ホスト国独特の雰囲気とプレッシャー。経験の浅い若い選手たちは明らかに腰が引けていた。
実力でも格上の相手になすすべもなく圧倒されるU-20日本代表。
その中で何度も目の端にちらつく選手がいた。一人でピッチを走り回り、無謀とも思われるようなドリブルを何度も繰り出す。
とっさに彼を目で追った。『ガンバ大阪 家長昭博』
止められて倒されて、それでも自分がボールを持ったらドリブルで前を向く。ボロボロになって一見開き直っているように見えるその姿はピッチ上で一番かっこよく、一番輝いていた。
最後まで諦めない、自分には何かができるはずだ。
彼のプレーがそう叫んでいる気がした。
そして今、彼の実力は認められつつあり北京五輪代表はもちろんA代表への招集もかけられている。
以前よりもプレーの幅は広がり、そしてこれからも変革し続けるであろう。
しかし
あのときの興奮を忘れられないいちサポーターとして、
どうかその輝きだけはあのときのままで。
posted by asami |00:35 |
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