2007年05月23日
北京で行われていたテコンドー世界選手権が22日、閉幕した。
選手達にとってはもちろん北京五輪の前哨戦として最重要な大会であったが、運営側にとっても、実質的に、五輪を本格的に意識した最初の大会といってもよいものであった。
ホスト国として、国際大会の開催経験を十分に重ね、万全の形で五輪を迎えようというのが、今大会の大きな目的の一つである。
だがこの大会、私にとっては大きな不満と不安の残る大会となった。
そのもっとも大きなものがチケット問題である。
実は大会の4日前から、開幕式の入場チケットは全て売り切れ。さらに大会初日の18日には、21日(大会3日目)を除いて、試合のチケットも売り切れという状態となった。開幕初日に、入場門の前にあるチケット売り場には、すでに「チケットはありません」の紙が張られ、チケット予約の専門店(日本で言うチケットぴあ)に電話しても、すでにもうない、との返事であった。だから、入場門前にはダフ屋がはびこり、原価の2,3倍で入場券を売り歩く光景が見られた。
新聞には、わざわざ飛行機に乗って北京にやってきたのに入場券が窓口で買えず、結局ダフ屋で買わされた・・というエピソードが載っていて、まさに「チケット争奪戦」が繰り広げられた・・・のである。
私自身はこの状況を見て、まずテコンドーがこれだけ北京で受け入れられていることに驚いた。テコンドーは日本では、どちらかといえばマイナースポーツである。中国でも金メダリスト2人を出しているとはいえ、まだまだ・・・という印象だった。だが、このチケットの売れ行き状況を前にして、市民のスポーツへの関心が北京五輪を控え、ここまで高まっているのかと頼もしく思った。
だが、大会が始まって、唖然とした。
メインスタンドは来賓席を含めガラガラ。平日の昼間ならいざ知らず、準決勝、決勝は全て夜7時以降に行われていたし、週末もほとんど変化はなかった。そして22日の最終日も、夕方が近づいても一向に観客は増えず、結局、大会のクライマックスともいえる中国のエース、陳中が優勝を果たした決勝戦も、メインスタンドはがらがらだった。(以下の写真)
だが、一方で、対面スタンドの方は超満員といってもいい状態だった。だが、これにもからくりがあって、その半分以上は動員がかかったいわゆる「サクラ」。大会の行われた北京市昌平区内の中高生らが、先生に引率されてやってきているのだ。みな揃いのTシャツを着て、何やら「鳴り物」を渡され、「がんばれ、中国」と声を合わせてやっている・・。だが、中国勢が登場するとき以外はしらけた様子。それも当然だ。彼らのほとんど全員がテコンドーなど、見たこともないし、興味もほとんどない、のである。
中国の応援以外の声があると思うと、各国の選手、もしくは大会関係者。実際、一般客は数えるほどしかいない、というのが印象だった。
そしてこれをある関係者に尋ねて、ようやく合点がいった。毎日の入場券の数は3000枚。そしてそのうちのほとんどが実は、企業や学校経由で「配布」されていたのだ。知人の一人は、勤め先から「無理やり」チケットを「押し付けられた」のだが、テコンドーなどまったく興味がないので、結局放っておいた・・という。メインスタンドの空席はほとんどがこの手であろう。
そういえば、以前、サッカーW杯でも同様の「事件」があったように記憶する。
確かに、入場者数が非常に少ないと見込まれるイベントについて、ある程度の動員をかけることはやむをえないし、それを否定するつもりはない。もしかしたら、「まさかここまでの反響があるとは・・」というのが運営側の正直な気持ちかもしれない。
だが、それによって、「入りたくても入れない人たち」があまりにも多く発生するのは、尋常といえるだろうか。それによって、一番ウマイ思いをするのは、どこからチケットをせしめて、入場口にたむろするダフ屋ということになるのだ。
先日、来年の北京五輪の開幕式について、「これまでの五輪の数倍に上る“関係者席”を中国側が用意しようとしている」というニュースがあった。これに対しては、各国から批判が相次いでいるようだが、コネと「礼」が日本以上に重要視される中国社会において、誰もが喉から手が出るほどほしい開幕式チケットは、これ以上ない「接待道具」となるのである。
また今の中国では、スポーツを「お金を払ってみる」という習慣があまりない、という現状も原因としてあるだろう。まだまだ“興行”の世界が未発達であり、スポーツ観戦は「招待」が当たり前、という状況。逆に招待チケットがなければ、いくら良いソフトであっても触手が動かない、という人が多いのである。
プロ化が進んできたサッカーについては、ようやく興行が成立してきているが、それ以外については、まだまだ・・結局は大枚を叩いて開催したイベントも、持ち出しで、動員を行って頭数をそろえる・・というのが今の中国スポーツ興行の現状かもしれない。
オリンピックでも、同じようなことが起きるのでは?とは、敢えて言いたくない。少なくとも抽選という透明な形で、今、まさにチケット販売が行われようとしているからだ。だが、こういった「ただチケット文化」が中国に根強くあるのは事実だと思う。いつまでもこれでは、スポーツ興行の真の成功はないし、本当の意味でのスポーツ界の発展もない。
多くの感動と、テコンドーの「意外な」面白さを北京市民に、そして僕にも教えてくれた今大会。だが、この「チケット問題」は、オリンピックまでに、ぜひ改善してほしい。
posted by asa8043 |00:01 |
テコンドー |
2007年05月22日
北京で行われていたテコンドー世界選手権が22日、閉幕。
最終日は72キロ超級が行われ、中国の陳中が期待に応えて、韓国選手を破り、見事優勝を果たした。陳中はシドニー五輪でテコンドーが正式種目になって以来、五輪は2連覇したが、世界選手権は初優勝。優勝決定後は、中国国旗を掲げて、応援に訪れた観客に歓喜の笑顔で応えた。
今大会、中国は47キロ以下級でウ静鈺(20)が初優勝を飾り、幸先よいスタート。だが、72キロ級のアテネの金メダリスト羅微は準決勝で敗れて、銅メダルに終わった。そして最後は陳中が期待通りに締めくくったというわけだ。
メダルの数で言えば、当然ながら、韓国が金4銀4銅4で他を圧倒。だが、その後ろに中国が金メダル2個を含むメダル3個で2位につけた。銅メダルのウ静鈺も、北京五輪では金メダルに十分手が届くレベルにあり、これでテコンドー女子については、中国勢が金メダル候補3人を抱えるということになった。現在、中国体育当局は、テコンドーの育成にかなりの力を入れており、女子については、ここ数年で、「本家」韓国を抜き去る可能性は十分ある。そんな可能性を感じさせた大会となった。
なお、日本から出場した岡本依子(シドニー銅メダリスト、67キロ級)は一回戦不戦勝。二回戦、三回戦で延長サドンデスを含む接戦を勝ち抜いたものの、準々決勝でドイツのヘレーナに逆転負けし、準決勝進出を逃した。
posted by 朝倉浩之 |21:11 |
テコンドー |
2007年05月21日
第18回テコンドー世界選手権で混乱が起きた。
かねてから参加の可能性が言われていたイラクが突如、19日に来中。大会3日目からの大会出場を求めたのだ。WTF(世界テコンドー連盟)は当初、出場を認めない方針でいたが、その後、「人道的な配慮」から、大会組織側もイラク出場を認める方向に固まり、大会3日目となる20日から、イラク選手3人が出場した。
すでに組み合わせは決定していたため、もともとシード扱いされていた枠に、相手選手(スイス、ロシア、韓国)の了解を取った上で、イラク選手をはめ込む形で対応。ただ、試合時間等の予定が大幅に遅れるなど、大会運営そのものはかなりの混乱をきたしている。
この「大会進行の大幅な遅れ」について、20日、組織委員会側が記者会見を行い、「これは組織委員会とWTFのコミュニケーション不足と一部選手が英語を理解できないために起きた」と釈明。イラク選手の突然の参加とは直接的な関係はないと弁明した。さらに、今回の一件は「人道主義的な美談であり、報道側もそれを心得てもらいたい」と理解を求めている。
posted by 朝倉浩之 |11:17 |
テコンドー |
2007年05月20日
中国北京市で行われている第18回テコンドー世界選手権は20日、大会3日目を迎えた。この日は、今大会注目選手の一人、アテネ五輪の金メダリスト、羅微が72キロ級で登場した。2003年世界選手権で優勝を果たし、アテネも取って、一躍世界レベルの選手の仲間入りを果たした羅微。だが、2005年の世界選手権ではまさかの敗退。そのリベンジをかける今大会も、大会前のケガで、このひと月間は調整不足のままで突入せざるを得なかった。
この羅微を一目見ようと、今日の試合は大会前日からすでにチケットが売り切れ。メインスタンドがなぜか空席が目立ったのは不思議だったが(この件についてはいつか述べたい)それ以外の席はほぼ満杯で、「がんばれ!中国」の声が地鳴りのように、昌平体育館を揺り動かした。
準決勝の相手は、最大のライバル、韓国の李英中。逆に、この李を倒せば、金メダルはぐっとちかくなるという試合だったが、結局1-3で破れ、決勝進出はならず。結局、銅メダルに終わった。
第1ラウンド、まず警告2枚で1点を失い、出鼻をくじかれた格好となった羅微は、その後、かなり受身の状態で試合を進める。ヒットしている場面もあったが、審判が得点を取らず、なかなか有効打にならない。
第2ラウンドは羅微がかなり攻勢に出て、ここで一気に・・・というところだったが、さすがに、李はかなり試合慣れしているよう。懸命に蹴りを繰り出す羅微をうまくかわして、得点を挙げさせない。結局4-1で李がリードして第3ラウンドを終える。
そして第3ラウンドは、李がさらに5-1までリードを広げたが、その後、警告の累積で減点。再び3-1の2点差に縮まったものの、結局、何度かあたったかのように見える羅微の蹴りも有効打にみなされず、3-1のまま試合終了。中国期待の72キロ級は、決勝進出さえもできないという結果となった。
中国勢にとって、「本番」は来年であり、今日の試合を反省材料にして、次に生かせればよい。試合後、羅微は「ケガで本調子ではなかった」とインタビューに答えていた。実際、あと一歩のところで、渾身の一撃がポイントにならなかったのは、ケガで本来の動きが出せなかったことが大きな原因だろう。敗戦のあとに、「ケガのせい」を強調するのは、「日本人的には」少し気に入らない。だが、これを報道陣に笑顔で語れる、この切り替えこそが、プレッシャーを類まれな力に変換することができる中国アスリートの「強さ」の秘訣だろう。
posted by 朝倉浩之 |23:32 |
テコンドー |
2007年05月19日
テコンドー世界選手権がいよいよ幕を開けた。
まず初日、驚くべきことが起きた。今日(18日)と21日(月曜日)を除いて、入場券が全て売切れになってしまったのだ。会場は北京市内からバスで1時間半という郊外。しかも地下鉄はない。交通はこの上なく不便であるにも関わらず、この状況は驚いた。テコンドーといえば、日本では決してメジャー競技ではない。中国でも、五輪のメダル競技だから注目はされるが、決して陸上やサッカーほどの熱狂はない「はず」だった。だが、ふたを開けてみれば、入場券は売り切れ続出という状態である。これも、オリンピックを控えて、実質的に最初の準備大会となる今大会をぜひ見たい、という北京市民の気持ちの表れだろう。
ただ相変わらず、「サクラ」が大量動員されて、中国勢が登場すると「頑張れ、中国」を連呼して、愛国心を煽るということをやっていたが・・・。サクラは全て近くの大学生。「サクラ」の分を少しでも、一般に売り出して、一人でも多くの人たちに競技を見てもらう、という方向で考えられないものだろうか、と思うのだが。
さて、初日からいきなり中国勢がやってのけた。47キロ級のウ静鈺である。去年のドーハアジア大会の覇者。弱冠二十歳ながら、すでにアジア規模の大会はほぼ全て制している若手のホープ。その彼女が中国台北、タイの強敵を破って、見事、世界初制覇を成し遂げた。決勝は5-0の圧勝。準々決勝から、決して負ける予感のしない、見事な勝ちっぷりだった。非常にスピード感のある選手、という印象。北京五輪にまた楽しみが増えた。
そして改めて言うが、会場の声援もものすごかった。スタンドの地面を踏み鳴らして「ジアヨウ、チョングオ(がんばれ、中国)」を連呼する真っ只中に身を置いたのだが、まさに地響きのような声が腹のそこから心臓に届いてくる。この声援では、審判も相手に得点をつけるのを躊躇するのでは・・などと思ってしまう。もちろん、ウ静鈺は、審判が「味方」になどつかなくても、十分勝てるほど、世界レベルの力をもっているのは事実だが・・。
テコンドーは、柔道などと同じように「技の評価」を元にした採点競技だけに、ホームが当然有利となるのだが、日本や他のいくつかの国の国際大会では、とても見られない独特の雰囲気が中国での国際大会にある。これが五輪を前にした国の盛り上がりではあることは認めるが、サクラの大量動員まで行って、会場の雰囲気を作り上げてしまう”戦略“は国際大会のホストとしては、少し疑問符・・である。
写真は 一枚目 女子47キロ級決勝 ブルーがウ静鈺
二枚目 会場前で待機する「動員がかかった」学生たち
三枚目 スタンド上段に陣取る「中国大応援団」
posted by asa8043 |00:44 |
テコンドー |
2007年05月18日
2007年テコンドー世界選手権が明日から開幕。今晩は会場の昌平総合体育館で開会式が行われた。オリンピックを来年に控え、テコンドー競技については当然ながら、最高の「前哨戦」となる。さらに、今大会は北京五輪の準備大会として位置づけられる「好運北京」のシリーズ大会には入っていないものの、実質的には、そのシリーズの幕開けを告げる大会といってもいい。会場は本番と異なるものの、運営面でもボランティアの動員などほぼ本大会並み。これまで、何度か問題点として挙げられていたマスコミ対応の面でも、そろそろシミュレーションの成果を見せて欲しいところだ。
今大会は120あまりの国と地域から1679人の選手・役員が参加(うち選手は976人、男580人・女396人)。オリンピックがわずか24カ国だから、これが世界最大のテコンドー大会となる。
さて、中国側の注目選手を挙げたい。中国男子は正直言って、心もとない。やはり他スポーツと同じく、女子に実力者が多い。当然、最大の注目は72キロ超級の陳中である。大会前、「優勝以外に考えていない」と”大言壮語“した陳中だが、シドニー、アテネを制し、あと欲しいのは世界選手権と”北京“だけ・・・という彼女にとって、優勝は目標というよりも、オリンピック前の調整における「条件」といってもいいくらい必須なものだろう。
もう一人の注目選手は羅微。2003年の世界選手権を制し、一躍世界のトップ選手の仲間入りを果たした羅微は翌年のアテネでも72キロ級の金メダリストとなった。だが205年世界選手権では苦杯をなめ、今大会は雪辱を期す一戦となる。ちなみに羅微が出場する5月20日(日曜日)のチケットはすでに完売。北京っこがどれだけ彼女に注目しているか分かるだろう。
さらにドーハアジア大会を制したウ静鈺をはじめ楊萍、宗紹娟などにメダルが期待される。大会は18日から22日まで。注目の陳中の72キロ超級、そして日本の岡本依子の67キロ級はいずれも最終日の22日(火曜日)に行われる。このブログでも当日の取材を交えて、レポートをしていきたい。
posted by 朝倉浩之 |00:10 |
テコンドー |
2007年05月13日
12日、中国甲リーグ(日本のJ2に当たる)の第7節が各地で行われ、今年、リーグ昇格を果たした学生チーム、北京理工大学がホーム2戦目に臨んだ。相手は、現在リーグ主意の江蘇省。今売り出し中、しかもここまで2勝2敗1分けとプロを相手に5分で戦ってきた理工大学と、4連勝で波に乗る江蘇省の対決とあって、最高の注目度となった1戦だった。
技術的には劣る理工大学ながら、前半は随所でよく守って、0-0で折り返し。だが、後半17分に、江蘇省がフリーキックから直接決め0-1。試合は結局、このまま終了し、大学生チームの「大物食い」はならなかった。
だが、1-0という僅差の試合は特筆すべきだろう。しかも、試合前、金監督が「積極的な攻撃」をテーマに上げていたとおり、格上を相手に守りに入らず果敢に攻めていたのが印象的だった。相手は3人の外国人選手を擁し、スーパーリーグ入りを目指す強豪。だが、トップの黒人選手にボールがいったときは、2人、または3人のDFが一斉に囲んで絡めとる・・・という約束ができていたのだろう。たまらず、黒人選手はボールを受けたあと、持ち味のボールキープができずにすぐに離さざるを得ない、ということになり、結果的に、江蘇省はゲームを作れなかった。大学生チームながら、ディフェンス面では、十分、プロレベルでやっていけるだけの「落ち着き」があり、よく鍛えられているなという印象である。またボールのキープ力に「強さ」を感じる選手、中村俊輔ばりのコントロールの利いたフリーキックを放てる選手など、荒削りだが、いいものを持った選手が揃っている感がある。
負けはしたが、前回のホーム戦よりも、強さを感じた試合だった。
金監督は「決定的なチャンスが2本あった。ここで決められないのが、うちのレベル」と厳しい見方を示したが、それもこれもプロリーグで試合をすることの厳しさを口にだしたに過ぎないだろう。「最後まであきらめない粘り強さと団結力(江蘇省チームの監督評)」があれば、これだけの試合ができる、ということを示した試合だったし、記者会見で金監督が語った「全体的には満足している」という言葉は、そんな選手達に厳しい指揮官として、最大の賛辞を贈ったものだろうと思う。
次は今年のリーグで、一緒に昇格したハルピン。韓国人選手が多く、また韓国人監督が指揮しているという点で、話題のチームだ。おそらく実力的には5分5分だろう。これで2勝3敗1分。この試合を見ている限り、彼らの結果は「フロック」とは思えない。
まだまだ進化し続ける北京理工大学。中国サッカーの枠組みを変えようという大学生たちの巻き起こす旋風に今後も注目していきたい。
posted by 朝倉浩之 |01:31 |
サッカー |
2007年05月12日
2000年のシドニー五輪から正式種目になったテコンドー。シドニー、アテネと2連覇を果たしている選手は2人しかいない。意外にも、それは”お家芸“とする韓国ではない。アメリカのスティーブン・ロペスと中国の陳中である。ロペスはすでに世界選手権3連覇という偉業を成し遂げた。だが、陳中はそのいずれも銅メダルに終わっている。しかもその世界選手権はいずれもオリンピックの直前に行われた大会。ある人が冗談交じりに言う。「陳中が五輪で金メダルをとる方法はただ一つ。前年の世界選手権で3位になることだ」と。そのジンクスを破らねばならない時が刻一刻と迫ってきた。
5月18日から北京でテコンドー世界選手権が開かれる。25歳の陳中にとって、「次の4年後」を狙うことは不可能に等しい。すなわち、この世界選手権で勝って、そして故郷で行われる来年の五輪で勝つ・・という「陳中ジンクス」を破る最後のチャンスが今、このときなのだ。
今回の世界選手権は、彼女にとって久々に万全の体調で臨む大会となる。ここ5年、陳中は常にケガを抱えて、戦ってきた。だが、ある国家チームのコーチは言う。「今よりの彼女は2004年の彼女に成熟と理性が加わった」と。すでに世界を制した陳中に技術的なものは求める必要もない。だが、そこに精神的な強さが加わった。そしてまた進化し陳中が“世界”に帰ってきたのである。
2000年、初めてテコンドーが公式種目となったシドニー五輪で、陳中は67キロ超級に出場し、決勝でロシアのナタリア・イワノワを破って優勝。記念すべき金メダリストの一人に名を連ねた。まだ10代だった彼女は世界の一流選手の仲間入りを果たし、そしてまだまだ成長を続けることを期待された。
だが、2002年釜山アジア大会直前、陳中は練習中に足のケガをした。選手生活の中で初のケガだった。そして、それは2004年アテネ五輪に向けた重要な時期でもあった。結局、アジア大会は決勝に残ることさえもできず、翌年のドイツ世界選手権もケガを押して出場し、何とか銅メダルを獲得したものの、陳中にとっては、体が思い通りにならない砂をかむような日が続いた。
2004年アテネ五輪では、陳中はケガを押して出場。67キロ超級の決勝では、フランスのミリアム・バベレルを破って、五輪2連覇という快挙を成し遂げた。だが、陳中にとって、この2連覇は「上がり」ではなかった。その4年後、祖国・中国が国を挙げて開く北京五輪で、14億人民の期待に応えること・・・。その”責任“がテコンドー女王・陳中に課せられたのである。
2005年3月、陳中はついに自らの体にメスを入れた。全ては2008のためである。2005年の全国運動会(日本の国体にあたるが4年に1度行われる)に出場した後、国家代表に復帰。だがそのときはまだ陳中自身、完全復帰ができるとの自信はなく、すでに「引退後」のことも考えていたという。リハビリを兼ねて行われた練習は、陳中にとって決して愉快な思い出ではない。陳中と、もう一人、ケガを抱えたている王朔がチームドクターの管理の下、調整を続けた。ケガの影響は思いのほか大きかった。たとえば、ランニングのときは、知らず知らずのうちに足をかばってしまい、重心が一方に傾いていた。手術をした方の足は、明らかに一方の足よりも「曲がり」が悪くなった。テコンドーでは、キックの際、足をしっかりと曲げて、ばねのように反動を作り、蹴りを繰り出す。この「後遺症」は明らかに競技に影響をもたらすものだった。元々明るくて表情豊かだった陳中から、笑顔が少なくなっていったのは、そのころだった。練習後、患部をアイシングしているとき、彼女はふと思ったという。「人生は水の流れのよう・・一度、流れてしまったら、もう戻ってこない。私は二度と舞台に立てないのだろうか・・・」
そんな陳中も、粘り強いリハビリとトレーニングにより、ようやく回復の兆しが見えたのが、去年12月に入ったころだった。半月後にドーハでのアジア大会を控えていて、国家チームの選手も練習に熱が入っていた。国家チームの陳立人監督がふと、ある方向に目をやった。その先には、ここ数ヶ月見られなかった、動きのいい陳中がいた。手術後、思い通りに動かなかった腿が非常に軽く動いているように見えたのだ。陳立人は、陳中にスパーリングを命じた。手術のあと、初めてのスパーリングだった。軽く打ったあと、陳中は監督をちらりと見た。陳立人は軽くうなずいて続けるようにいった。「動く・・足が動く・・」陳中の表情に、ここ数年、練習中には見られなかった笑顔が戻ってきた。稽古場に陳中の元気な掛け声が帰ってきた。
その翌日、陳立人監督は、陳中をアジア大会に出場させることを決めた。ただ万一、どこかに異常が見られたら、即刻、試合を棄権する、という条件付きだった。だが、その心配はまったく必要なかった。北京時間2006年12月11日未明。ドーハから、女子テコンドー72キロ超級を陳中が制した、とのニュースが飛び込んできた。意外にもこれはアジア大会初の金メダル。そして彼女にとって、いや中国にとって、もっとも大切な2008での金メダルに向けて、再スタートを切った瞬間である。
2000年のシドニー五輪から公式種目となり、今回で3大会目の実施となるテコンドーは当然のことながら、3連覇した選手はいない。その前人未到の3連覇に陳中は王手をかけて、2008を迎えることになる。そして、その2008の大切な試金石となるのが18日から北京で開かれる世界選手権。ここで初の世界選手権制覇を成し遂げ、名実ともに世界チャンピオンとして、2008を迎えられるか。ぜひ注目したい選手である。
陳中
1982年11月22日、河南省生まれ。シドニー、アテネ五輪のテコンドー67キロ級で2連覇を果たし、五輪史上初の3連覇をかけて北京に臨む。
テコンドー世界選手権
5月18日~22日まで。北京昌平区・総合体育館で開催。1974年にカナダで第1回大会が開かれてから、今回で14回目になる。
posted by 朝倉浩之 |01:45 |
テコンドー |
2007年05月09日
国際陸連は9日、陸上の世界ランキングを発表し、中国陸上のエース、110メートルハードルの劉翔が1位。また同じく中国人選手の史冬鵬を前回より4ランクアップの19位とした。劉翔は5月5日、大阪の長居で行われた陸上グランプリで13秒14を出し、大会4連覇を果たした。その時、2位に付けたのが史冬鵬。劉翔の影に隠れて目立たないが、13秒24を出して、記録自体はすでに世界レベルである。
ただ2位には、劉翔の同年代の記録を破っているディロン・ロブレス(20歳)がつけているし、あとは先日、アメリカで行なわれた大会で13秒12の今季世界最高記録を出したアメリカのA・ムーアが7ランクあげ、24位につけ、祖国・北京での金メダルを狙う劉翔にとっては不気味な存在となっている。
なお総合ランキングは劉翔は5位。男子100メートル世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)が依然として1位を保っている。
posted by asa8043 |14:04 |
陸上 |