2007年01月31日
冬季アジア大会3日目、女子スピードスケート・ショートトラックは、良くも悪くも「主役」となったトリノの500m金メダリスト王濛と、力ではその上を行く韓国の陳善有(トリノ金メダリスト)の対決に注目が集まった。
王濛は、初日の1500m決勝で惨敗したあと、国家チーム首脳陣との確執を生中継のインタビューで暴露して、別の意味での”主役”となっていた。
昨日行われた得意の500mでは、鮮やかな勝利を飾ったが、レース後のインタビューでは、「500mに(コーチにから貰うべき)何ら戦略など必要ない」と発言し、それを受けて李琰(りたん)監督が「500mで戦略が必要ないなんてとんでもない。綿密な戦略を立てている」と反論。選手・監督間の”舌戦”を繰り広げていた。(詳細は前日までの記事を参照)
さて、そんな王濛が、ある程度の戦略を必要・・とする1000mでどう戦うかが注目された。
王濛は第3コーナー。ライバルの陳善有は第4コーナー。スタート直後は2,3番手につけていた王濛だが、4周目に、すっとトップに躍りで、まずまずの展開を見せた。しかし、全体的なペースは王濛からすれば、やや早すぎた。ラスト1周にはいる直前、スピードがやや落ち気味となった王濛をアウトから陳善有が鮮やかに抜き去り、トップへ。そしてそのままフィニッシュラインを切って、今大会最初の金メダルを獲得した。タイムは1分33秒042。
王濛は2位でゴールした。タイムは1分33秒115。
試合後のCCTVのインタビューはなかったため、この成績に彼女がどう考えているかは今のところ分からない。またトップ批判が出るのを恐れて、インタビューを控えたのだろうか。
ただ、力的にやや陳が上とはいえ、確かに戦術的に韓国勢2人にしてやられた・・という印象がするのは確かである。
決勝は中国勢2人、韓国勢2人が出場した。当然、個人戦であるから、それぞれがライバルなのだが、韓国勢は、よく二人で協力して、中国勢2人との駆け引きを有利に展開し、レースをうまく持っていっていた。指導陣の戦術不足・・があるのかどうかはともかくとして、最終的には「試合運びのうまさ」に勝る韓国勢に軍配が上がったということになる。
ショートトラックの中・韓対決は、個人の金メダルの数では韓国の2勝1敗。ただし、1000mの直後に行われた最終決戦ともいえる女子3000mリレーは王濛率いる中国チームが韓国を押さえて優勝を果たし、総合力を見せた。(男子は韓国が優勝)
王濛はまだ若い。まだまだ将来の大きな可能性を持っており、3年後のバンクーバーで当然ヒロイン候補となる。
だが、このまま指導陣との確執を持ったままでは、先が思いやられる。技術面はともかく、この「心の問題」が「レース戦術」を立てるより、もっと大切な要素のような気がする。
posted by 朝倉浩之 |21:58 |
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2007年01月31日
先日、私が中国の国営放送で担当する中国スポーツを紹介する番組で、中国のドーピングに対する取り組みを紹介した。そこで、これについて、番組では触れなかった(触れられなかったといってもいいが)内容を少し書き加えたい。
中国は2008年五輪を誘致する際、最大の公約として、ドーピング撲滅を掲げた。今回、中国は、ドーピング検査の際のサンプル数を通常の25パーセントアップ、4500個とすることを決めており、また専門の研究所を膨大な国家予算をかけて建設するなど、ドーピングに対する相当の気の配りようを見せている。
というのも、このドーピング問題を世に問うた・・・というよりも、その張本人が中国、といってもいい・・・そんな歴史があるからだ。
1980年代から、世界のスポーツ界で躍進を続けてきた中国は、1994年の広島アジア大会で水泳を中心に11選手の大量薬物違反者を出した。具体的には、競泳4種目(金メダルを獲得した熊国鳴を含む)、陸上、自転車などの選手で、全員のメダルを剥奪した。当時から、中国の組織的な薬物使用が世界の批判を浴びていたのである。
続いて、1998年には水泳の世界選手権に出場予定の選手がシドニー空港で、違法な薬物を押収される。このときは4選手から陽性反応が出て、出場停止となった。
そして2000年、この年、「奇跡の」復活を遂げた「馬軍団」だったが、シドニー五輪の直前になって、馬コーチを含め、選手27人と役員を選手団から外すという事件が起きた。出場予定の1割に及ぶ選手をリストから外すという異常ぶりに世界は驚愕した。結局、国を挙げて2008年五輪の招致を目指していた中国が、ドーピング使用の疑いのある選手を派遣して、国際社会の批判を浴びることを恐れた措置と見られている。
ここからは私の私見だ。
ドーピングの問題は中国だけでなく、世界各国のスポーツ界で蔓延しているものだ。ただ、中国でこれだけクローズアップされたのは、やはりそのスポーツ界の特殊性にある。
日本のように学校スポーツの延長線上にあり(今でこそクラブスポーツが発達してきたが)、個人の自由選択のうちに成り立つ形と異なり、中国は完全に国策としてのスポーツシステムを作り上げてきた。
幼い頃から身体能力の優れた子供を探し出し、体育学校から地域レベルの代表を底辺に、頂点の国家代表まで完全なピラミッドを作り上げ、その間、選手たちは国家によって養われる。その最終目標がオリンピックであり、彼らは、自分を育ててくれた「国のために」戦う使命を帯びているのである。
だから「試合を楽しみたい」とか「自分のために戦う」などということは許されず、敗れて期待はずれに終われば、国民に対してマスコミを通じて、謝罪をするという、日本では考えられない行動が見られる。こんな状況があるだけに、彼らのプレッシャーは並大抵ではない。勝てば親・親戚まで国家の功労者扱いされ、選手は一生を保障される。負ければ、全てを否定され、全ては水の泡となる。
だが、スポーツとは不幸なことに、良くも悪くも時の運。スポーツ選手の極限まで動かされる筋肉とはデリケートなもので、その日、その試合の瞬間、肉体的にも精神的にも、最高の状態に持っていける可能性は極めて少なく、一流選手でも、時として6,7割にまで落ち込んでしまうことがある。
ただ一流、天才といわれる人は、オリンピック当日に自らのピークを持ってくることに長けており、しかも現代の保健科学は、その状態を作り出す手助けをかなりの確率で行うことができる。ところがそれでも100パーセントという保証はない。
だが、彼らの金メダルへのプレッシャーはとてつもなく大きい。少しでも、その「ピークに持ってこれる」確率を上げたいと思う。そこで、薬物が登場するわけである。薬物の使用により、身体の状況がピークに達する確率を限りなく向上させることが出来る。一流選手ほど、期待に応えられないときの恐怖が大きく、ドーピングに行ってしまうのは、そこにあるといえる。
さて、本題に戻ろう。2008年北京五輪は、中国人選手にとっては、祖国の建国以来最大のスポーツイベント。プレッシャーという意味で言えば、これ以上のプレッシャーのかかる大会はないだろう。選手たちにとってみれば、神にすがりたい思いで、大会に臨むことになる。そんな中で、彼らが薬物の誘惑に打ち勝つことが出来るか・・これは、道徳的な問題を超えた、非常に大きな難問だと思う。
いや、間違いなく不正な薬物使用は許されない。だが、この「不正薬物」という概念も、正と不正が紙一重というのが実際のところである。また、次から次に開発される薬物が、薬物検査の先を行くというのが現状であり、検査側と選手側がいたちごっこを続けている・・・つまり薬品開発の先進国が「使ったもの勝ち」となってしまうなど、多くの問題がある。
もう一度いうが、不正な薬物使用は、公平な競技、選手たちの健康、いずれの面から見ても絶対に許されない。だが、それをいかに抑制するか・・という問題は、そう一筋縄ではいかない難問である。残念ながら、あと1年半後に迫った北京五輪で、完全に解決できる問題とはとても思えない。
posted by 朝倉浩之 |14:09 |
スポーツコラム |
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2007年01月30日
さすがに強かった。
昨日、レース直後のインタビューで、中国代表チームのコーチを批判し、大きな論議を巻き起こした王濛が、今日ショートトラック500mに出場し、余裕の勝利を収めた。
500mはトリノでも金メダルを獲得し、彼女をヒロインに押し上げた得意種目。他を寄せ付けない強さは、さすがである。
2位、3位も中国人選手でメダルを独占。唯一の“外国人”の韓国人選手は、レース中、ずっと蚊帳の外・・といった状態だった。
注目のレース後のインタビュー。優勝の感想に続いて、やっぱり出た。この質問。「今日のレースのコーチの戦術はどうだった?」この質問に対して、王濛はやや厳しい表情を浮かべて、「500mに戦術は必要ない」とばっさり。
チーム指導者との確執は相当根深いようだ。確かに44秒前後の短期勝負で結果が決まる500mに戦術は必要なく、スタートで6,7割。瞬発力勝負の要素が強く、レース中の駆け引きは、あまり重視されないといっていいだろう。それは分かっているが・・・。
明日は1000m。今度は、レース中の駆け引きも必要になる。とりあえず、今日は結果で見せた王濛だが、次はトリノで銀をとった1000mでどんなレースをみせてくれるのだろう。
posted by 朝倉浩之 |21:54 |
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2007年01月30日
昨日の冬季アジア大会初日。ショートトラック1500mの決勝直後、中国スケートのエース、王濛が「中国国家チームは何の戦略も与えてくれない。もう国家チームには戻らない。地元に帰る」と生中継のインタビューで語った”批判事件”。
一夜明けた今日、各メディアが彼女の発言を取り上げ、その是非について、賛否両論を述べた。おそらく、一過性のものではなく、これまでたまりにたまったものがあって、昨日の惨敗(3位)という結果を受けて、それが一気に吹き出たのだろうが、コーチは就任後、それほど時間が立っておらず、コーチと選手が足並みを揃えるには一定時間が必要であり、その意味では、「アジア大会レベル」で、コーチの全否定発言をするというのはやりすぎだろう。また、少なくとも、レース終了直後、しかも、相手の反則があったとはいえ、敗れたあとのインタビューで、語る内容ではなかったと、私は思う。
さて、今日は、中国国家チームを統括する「冬季スポーツ管理センター」の書記、劉暁農紙のコメントが伝えられた。その発言の概要を記す。
「女子1500mにおいては韓国が圧倒的な強さを持っている。我々はレース前、十分な戦略を立て、レース展開を研究して臨んだ。レース直前にも、コーチ陣は詳細な戦術を立てて、彼女を送り出している。だが、ショートトラックは、レース中に常に変化が起きるスポーツである。その戦術もレース展開に応じて、変わっていかざるをえない。」
つまり、十分な戦術は与えていたが、そんなものレースがスタートしたら、変化していくに決まってるだろ!というわけである。だが、王濛は昨日のレース後、「コーチ陣は”いかなるい”戦術をも与えてくれなかった」と述べている。これではやや食い違いがある。この点について、劉氏は
「韓国の力は、我々に勝っている。当初の戦術を実行することが出来なかった。たとえ、戦術を立てても、それを破られてしまうということである。我々は的確な戦略を確かに立てている。
だが、もしかしたら、よく聞き取れていなかった選手がいたかもしれない。その可能性は確かにある」
”よく聞き取れてなかった”って・・そんな小学生じゃあるまいし・・・と思うのだが、これが、アジアスポーツの祭典、冬季アジア大会でおきていることなのである。
だが、大会はまだ終わっていない。今晩は王濛の得意種目、500mがある。たしかに色々あるだろうが・・・それはスポーツ選手がレース後にいうことではない。負けは負け。勝ちは勝ち。今日は、そんな戦術の薄さなど(もしそうだとすれば・・だが)吹き飛ばして、圧倒的な強さで、「結果で見せる」レースをしてほしい。
posted by 朝倉浩之 |19:57 |
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2007年01月29日
今日は私の“本職”の一つ、中国のラジオ局、中国国際放送で毎週月曜日の「スポーツ中国」の放送日である。私が番組をしているラジオ局は、中国国内でFM、AM放送をすると共に、「対外放送」をも担う放送局で、この番組は実は・・日本にも届いている。恐らく皆さんは耳にしたことがないだろうが、AM1044Khzに合わせれば、運がよければ?中国からの電波を受け、放送を聞こえてくる。
このスポーツ中国は、私と中国人の女性、そして若手アナウンサーの3人でやっていて、私以外は2人とも中国人。だが流暢な日本語で放送を行う。
今日は、吉林省で行われている冬季アジア大会を取材している特派員の電話レポートがメインとなった。
今日の吉林省の気温は最高が氷点下4度、最低が氷点下15度。暖冬とはいえ、さすが東北部。寒さは厳しい。だが、大会前は雪不足に悩み、開催そのものが危ぶまれた時期があった。大会直前に何とかわずかばかりの雪が降って関係者もほっと・・したということだが、実は、今日の電話レポートの直前に、また吉林省は雪が降り始めたそうだ。これで、雪不足もどうやら解消されそう。中国勢が午前中に金メダル2個をしっかり獲得したご褒美に神様が与えてくれたのでは・・なんて、レポーターもうまく言ったものだ。
番組の特集コーナーは、ドーピング問題について。やや硬派な内容だが、中国が世界でも珍しい「アンチドーピング」を法制化している国だということを紹介し、今後も厳しい態度で、ドーピング問題に臨んでいくという決意を示したもの・・・これは完全に中国当局の宣伝だが、北京五輪を控え、当然の取り組みだと思う。
このブログを通じて、中国スポーツの面白さを伝えたいと思っているが、同時に、ラジオ放送でも、こじんまりと?パーソナリティとして放送をしているというのも知っていただければ・・非常にマニアックではあるが。
ちなみに私の番組は1044KHZ(中国国際放送)で、毎週月曜日夕方18:20~“日本国内で”聞くことができる。
posted by 朝倉浩之 |23:10 |
ラジオ番組 |
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2007年01月29日
%color(navy){}たった今、冬季アジア大会の初日の目玉、ショートトラック1500mが行われた。今大会の注目選手の一人、トリノで金銀銅の3個のメダルを取った王濛(中国)は3位に沈んだ。韓国勢がワンツーフィニッシュ。
最終周で、韓国人選手の手が、王濛の行く手を妨害するような素振りが見えた。トップに出ようとする王濛はそれに抑えられ、結局3位に沈む。結局、そのまま納得いかない表情でゴールイン。銅メダルに終わった。
そのあと、すかさずマイクを突きつけるところが、中国マスコミのすごいところ。だが、それ以上にすごいのは、当の王濛が平然と受け答えしているところだ。さらに、そのコメントがまたすごい。
「私は中国国家チームに戻りたくない。彼らは何の戦術も与えてくれない。元のチーム(恐らく省単位のチーム)に戻りたい」
いきなり飛び出たチーム批判。しかも天下の中国代表国家チームの批判コメントを中国中央テレビのインタビューでやってしまうのだから、すごい。いや、私の中国語力もあいまいだが、一緒にいた中国人がそう訳したから恐らく間違いないだろう。
中国の選手育成方法は日本と異なる。優秀なオリンピッククラスの選手は、全員が国家代表チームという形で一ヶ所に集められ、統一行動を取り、練習、合宿を行う。彼女はその国家チームの練習方法に不満を持っているらしい。
中国女性の気の強さを改めて感じた瞬間だった。
まだまだ得意の500mと1000mが残っている。王濛にはぜひ、レースの場で雪辱を果たしてほしい。チーム批判、指導者批判はそのあとだ。
posted by 朝倉浩之 |22:01 |
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2007年01月29日
29日、中国・吉林省で行われている冬季アジア大会初日。
前半の見所は何と言っても女子スピードスケート3000mだろう。
エントリーは12名。6組に分かれて行われた。
注目の中国の王霏(おうひ)は第6組。一番最後の組となった。
戦前から日本ー中国の激烈な争いになると見られていたこの種目。
その予想通り、まずは第3組で出場した穂織雅子(日本)が4分15秒42の記録を出し、根本奈美保が2005年に出したアジア記録(4分15秒86)を破った。
続く、田畑真紀(日本)も4分17秒00の好記録を出して2位につけ、ここまで日本勢が1,2位を占める形となった。
そして最終組。ここで王霏(中国)が底力を見せ、4分13秒08で再度、アジア記録を破り、優勝を果たした。中国勢はこれが今大会最初の金メダルとなった。
中国勢はもう一つ、金メダル獲得が予想されていたバイアスロン7.5キロでも劉顕英(りゅうけんえい)が期待通り優勝。中国に2枚目の金をもたらした。
posted by 朝倉浩之 |20:11 |
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2007年01月29日
第6回冬季アジア大会が開幕した。
私は残念ながら、他の仕事のため、現地取材に赴くことができず、今大会はテレビ観戦となる。だが、開幕式もCCTV5(スポーツ専門チャンネル)で完全生中継され、十分にその熱気を感じることが出来た。
今大会は1000人以上の選手役員が参加。そして、アジア・オリンピック評議会(OCA)加盟の45カ国・地域のほぼ全てが開幕式に参加した。
各国の出場人数はそれぞれ異なる。入場行進の各国をみていると、アジアでは冬季スポーツが比較的進んでいる日本・韓国などは、かなりの長い列になるが、中東アラブの諸国や東南アジアなど、雪が一年を通して降らない地域は、少人数、もしくは国旗のみの行進となる。
だが、アフガニスタンやイラク、イランといった今も厳しい治安状況にある、または国際社会の批判を浴びている国が、このときばかりは、他の国々とともに、笑顔を浮かべながら、入場行進する。その姿を見て、やっぱりスポーツ大会は平和の祭典なのだと、この使い古された言葉を再利用しながら、スポーツの素晴らしさを改めて感じる。
もう、恒例となりつつある韓国・北朝鮮の共同行進も、パフォーマンス的な要素はあるにしても、やっぱり拍手を送りたくなる。
今大会の本当の価値は、こういった国が一つも欠けることなく、大会に参加したことだろう。
先日の記事にも書いたが、今大会の面白さはもちろん、氷上、雪上の華麗なパフォーマンスにも注目してほしいが、同時に「雪も見たことがない」はずの南国や砂漠の国で、ひたむきに冬季スポーツにチャレンジしている選手たちが国際レベルの中で戦うということだ。
例えば、アイスホッケーでいえば、冬季五輪には世界ランクと厳しい予選の結果に基づいて決められる出場枠があり、こういったチームが出場する術はない。
もちろん、スポーツだから勝ち負けは大切だ。国の名誉をかけて戦うのもよかろう。
でも、私は、彼らのように悪条件の中で、スポーツを愛し、必死に取り組んできた結果として、アジアという限られた枠ながら、国際舞台で戦う機会を与えられる・・そんなアジア大会が大好きだ。
日本人だから日本を応援したい・・中国にいるから中国も頑張ってほしい・・・
でも様々な国内の悪条件を克服しながら、この大会に参加している国々の選手たちがどんな戦いぶりを見せるのか・・・
彼らにエールを送ると共に、その活躍に注目しながら、冬季アジア大会を楽しんでいきたい。
posted by 朝倉浩之 |00:04 |
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2007年01月28日
1月28日北京時間20時(日本時間21時)、中国吉林省・長春市で第6回アジア冬季競技大会(冬季アジア大会)の開会式が行われた。
会場となった五環体育館は7000人の大観衆で埋まった。
ちなみに入場チケットの最低価格は800元(12000円)。
今大会には26の国と地域から1103人が参加(うち選手は809人・26日時点)。アフガニスタン選手団を先頭に各国、地域の選手団が入場。日本は11番目に入場。韓国と北朝鮮は「恒例の」同時入場を行った。中国選手団はフィギュアスケートの趙宏博が旗手を務めて、大きな拍手に迎えられ、入場した。
式典には胡錦濤国家主席らが出席。胡錦濤氏が開幕宣言を行った。
吉林省と北朝鮮との国境にある「聖なる山」長白山で採取した聖火が到着し、最終ランナーの李佳軍(長野五輪、トリノ五輪スケートショートトラックの銀メダリスト)が場外に運んで、聖火台に点灯した。
選手宣誓はショートトラックに出場する李野。
開会式に続いては、各団体による演技が披露され、色鮮やかな照明と相まって、「氷の祭典」が繰り広げられた。
冬季アジア大会は、アイスホッケー競技がすでに始まっており、そのほかは明日から、氷上競技が長春市で、雪上競技が吉林省で行われる。ちなみに心配されていた暖冬による吉林省の雪不足だが、今のところ、問題なく競技が開催できそうとのことだ。
posted by 朝倉浩之 |21:50 |
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2007年01月27日
第6回冬季アジア大会の開幕が明日に迫った。すでに、一部の競技については熱戦の火蓋が切られている。中国では、去年末のアジア大会は、オリンピック並みの報道体制が取られたが、冬季スポーツについても”大国化”を目指す中国としては、今大会も大いに盛り上げてくれることだろう。
今大会はまだ開幕前だが、すでに新記録が生まれている。出場選手数である。今回はついに1000人を超え、「冬季スポーツ後進国」の集まりであるアジアとしては、ようやくここまで来たか・・という感じである。また参加する国・地域の数も27となり、前回の青森大会より9増加した。
競技の中で、主役となるのはやはり日本、中国、韓国のスポーツ”三強”である。スピードスケートでは韓国の強さが目立つだろう。フィギュアでは、日本と中国の激烈な金メダル争いが楽しみだ。
だが、もう一つ注目してほしい点がある。
アイスホッケーには11の国と地域がエントリーしているのだが、アラブ連合共和国やタイなど、典型的な「砂漠の国」や「熱帯の国」もその中に入っているということだ。冬季五輪でも、アフリカの諸国が選手を送り出してきて、話題になるが、この両国も冬季スポーツとの本来、全く「無縁」のはずだった。その両チームがアイスホッケーの開幕戦、そしてアジア大会自体の開幕戦を飾ったというのも面白い。
アラブの選手団の代表を務めるカジャ氏は「今大会を通じて、全世界の人に知ってほしい。アラブ連合共和国は砂漠国ではあるが、アイスホッケーチームを持っている、という事実をだ」と抱負を語っている。
熱帯気候のタイでも、近年、特に若者の間でアイスホッケー熱が高まってきている。一年を通じて、雪が降ることは全くない。だが、アイスリンクは人工で作り上げることができる。もちろん、条件は悪いが、彼らはひたむきに、その「真夏のアイスリンク」で腕を磨き、満を持して、長春にやってきた。生まれてから一度も雪を見たことがない彼らが、氷点下20度前後まで下がる極寒の長春で何を見て、何を感じるのだろう。
そんな点に注目して、冬季五輪に比べて、陰に隠れがちな「アジアの冬スポーツの祭典」を楽しんでみてはどうだろうか。ちなみに、開幕戦は4-0でアラブ連合共和国がタイを下した。
posted by 朝倉浩之 |20:47 |
アジア大会 |
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2007年01月27日
NBA米プロバスケットボール協会は25日、2007年度オールスターのファン投票の最終結果を発表し、東西両チームの先発メンバー10人が決まった。
これまで2シーズン連続してトップの得票数だったヒューストンロケッツの中国人センター姚明は、今回、第2位の得票数となり、西リーグの先発センターに選ばれた。
ただ、姚明は去年12月23日のクリッパーズ戦で、着地の際に、右ひざ下の骨折で全治6週間の診断を受けた。リーグ戦は以後、欠場が続いている。
ロケッツのトレーナー、ケス・ジョンス氏は今月半ば、再度の検診の結果に触れ、姚明の復帰は早くとも3月中旬と述べた。
2007年のオールスター戦は、2月18日にネバダ州のラスベガスで開かれる。単純に考えれば、欠場は間違いないわけだが、それでも2位で選出されてしまうわけだから、姚明への絶大なる人気が伺い知れるわけである。
ただ、姚明は去年4月に左足の骨折をし、リーグ戦残り4試合を棒に振ったし、今回のケガはそれに続くもので、「ケガに弱い姚明」のイメージがつきつつある。先日のCCTV5(スポーツ専門チャンネル)では姚明の欠場について特集を組み、身長226センチの姚明の体には生来的な欠陥があるのではないか、という議論を専門家が行っていた。こうケガで戦線離脱が続いていては、こんな議論が巻き起こってもおかしくはない。
オールスター出場は今のところ微妙だが、この際、姚明には無理をせず、じっくりと体を治して、リハビリを重ね、万全の状態で復帰をしてほしい。なんといっても「中国の至宝」なのだから。
posted by 朝倉浩之 |00:49 |
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2007年01月26日
韓暁鵬(カンギョウホウ)
生年月日:1982年12月13日
出身地:江蘇省沛県
身長:172センチ 体重:68キロ
項目:フリースタイル・エアリアル
フリースタイル・エアリアルとは、スキー競技のうち、空中での演技を競うものの一つ。やや短めのスキー板をはいて空中に飛び、回転して、着地するまでの短時間の競技だが、そのダイナミックな宙返りは、スキーの面白さ、華やかさが凝縮された競技ともいえる。
「エアリアル」が冬季五輪の正式種目となったのは1994年である。当時9歳だった韓暁鵬はまだこの競技が何なのかさえ知らなかった。
江蘇省出身。1995年、冬季スポーツのエリートを育てる瀋陽体育学院に入学し、「エアリアル」と出会う。
1999年の第9回全国冬季大会(日本の冬季国体にあたる)で公式戦デビュー。人生最初の表彰台に立ち、銀メダルを胸にかけた。彼の持ち味である安定感ある演技、そして難しい技にあえて挑戦する大胆さは、このときから今まで、全く変わっていない。この国内最高峰での活躍が認められて、韓は国家チームのメンバーに選ばれる。
その後、2000年全国選手権大会でチャンピオン。2001年全国チャンピオンシップでも優勝。だが、その頃の彼は完全な「内弁慶」に過ぎなかった。国内大会ではトップを走り続ける彼を待っていたのは“世界の現実”である。海外初出場となった2002年のソルトレークシティー五輪(アメリカ)では、2回の演技の合計点がわずか140点で24位。惨敗に終わった。スキー後進国の中国の選手が並み居る北欧の強豪選手の中に割って入るのは、そう簡単なことではない。ただそれでも韓は記者に対して「いつか世界大会の表彰台に上りたい」と語り続けた。
韓は世界との差を練習によって埋めようと努力を続けた。2003年ワールドカップ(米)で第3位、2005年ワールドカップ(チェコ)で第2位、同年のオーストラリアワールドカップでも第2位、そして、2005年ワールドカップ・ファイナル(伊)では第3位。少しずつ、じわじわと、上位に食い込んでいく彼の名は、徐々に世界のエアリアル界にも知られていった。
そして2006年2月。世界が注目するトリノの舞台に彼は競技人生のピークをもってきた。予選トップ通過した彼は23日、フリースタイル男子エアリアルの決勝に臨んだ。予選での勢いをそのまま持ち込み、大胆に一回目のジャンプを飛んだ。二人の審査員が満点の判定。そして二回目。ここは、冒険するのでなく、あえて安定感あるジャンプを審査員にアピールした。韓の演技は、同難度の最高点に近い得点となり、合計250・77点を獲得。「大胆さ」と「安定感」という韓の持ち味を十分に生かした演技で、中国に初のスキー競技の金メダルをもたらし、そして同時に、「韓暁鵬時代」を世界中に宣言したのである。
去年2月、トリノから帰ってきた彼に待っていたのは、テレビ出演や取材など「本業」以外の活動だった。8月頃からようやく本格的な練習を再開し、先月の世界選手権では銀メダルを獲得。続く中国の国内大会では優勝し、健在ぶりを見せ付けた。トリノまでの彼と今の彼が最も違うのは「自信」である。「持っている力を出しさえすれば負けるわけがない」。そのいい意味での余裕が、彼の演技をさらに「大胆に」「安定感を持った」ものにするだろう。
"スキー後進国"の中国が生んだ世界一の男。アジアでは、わずかに日本勢がエアリアルに力を入れており、韓の対抗相手となり得る。だが、そうはいっても、韓の金メダル獲得は揺るぎそうにない。そして彼の目はすでに、「世界のトップ」として、北欧の強豪たちに“胸を貸す”3年後のバンクーバーを見据えている。
posted by 朝倉浩之 |12:15 |
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2007年01月25日
王霏
性別:女
出身地:黒龍江省
身長:173センチ 体重:68キロ
生年月日:1982年2月20日(24歳)
種目:スピードスケート
去年3月にカルガリーで行われた世界オールラウンドスピードスケート大会(*1)で中国人として初めて10位に入り、注目を集めた。今年2月にオランダ・ヘレンベーンで開かれる同大会にも中国人唯一の出場選手となる。短距離レースに必要な瞬発力・爆発力にやや欠けるもの、長・短どちらでもコンスタントに数字を残せる器用さが持ち味。第一人者の王曼麗がケガで、今大会不参加となったため、女子スピードスケート500mと1000mでは彼女に全ての期待がかかっている。
*1 世界オールラウンドスピードスケート大会
年に一度開催されるスピードスケートの大会。女子は500m・3000m・1500m・5000mのそれぞれ4種目を滑り、タイムを得点に換算した合計ポイントで総合順位を争う。瞬発力と耐久力をコンスタントに備えた総合力が試される大会でもある。
posted by 朝倉浩之 |23:10 |
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2007年01月25日
王モウ(モウはサンズイに蒙)
性別:女
出身:河北省
身長:167センチ 体重:60キロ
生年月日:1985年4月10日(21歳)
種目:スピードスケート・ショートトラック
トリノ五輪では、ショートトラック女子500mで金(44秒345)を取ったのに続き、1000mで銀(1分33秒937)、1500mで銅を獲得した。それまで、中国スケート界のトップを走ってきた楊揚(ヨウヨウ)を抑えての活躍で、一躍、中国の冬季五輪期待の星に躍り出た。特に楊楊の得意種目である500mでの勝利は「ポスト楊揚」を担う地位を決定付けるものとなった。
ショートトラックは韓国が絶大な力を誇る種目である。ただ500mに関しては、王モウの力は金に最も近いといえよう。ライバルは韓国の陳善有(トリノ五輪1000m、1500m、3000mの金メダリスト)。王モウ・陳の一騎打ちとなることは間違いなさそうだ。
2005年以降の成績
2005年 ワールドカップ杭州大会 500m、1000m、
1500m優勝
ワールドカップ韓国大会 500m、1000m優勝
ワールドカップイタリア大会 500m優勝
ワールドカップオランダ大会 500m優勝
2006年 トリノ五輪 500m優勝
posted by 朝倉浩之 |22:16 |
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