2010年03月03日

記事に疑問・・・「中国スポーツ」”脅威論”?

「土日に書く」というサブタイトルからすると、週末の暇なときに書いた記事なのだろうか。ただ中国メディアがこの記事を翻訳して転載し、中国全土の人たちが目にするから始末に悪い。この「スポーツ中国脅威論」が日本側の世論となっているかのように伝わってしまう・・・。

2014年のユース夏季五輪の開催都市が中国・南京市に決まった。またスピードスケートの元金メダリスト、楊楊氏がIOC選手委員に選ばれた。いずれも、中国のスポーツ界での「外交」が成功した結果だ。
夏季五輪の招致に失敗し、国際スポーツ界でも発言力を低下させている日本とは対照的。これもスポーツの国際競争力の強化を怠り、「井の中の蛙」になっていた島国・日本の「外交政策」の失敗だ。「今後、日本は中国の(ある意味での)“したたかさ”を見習って、スポーツ界での外交を強化していかなければならない」と私は思うし、この記事も、そのような締めくくりとなると思っていた。

だが、文末の結論は、やはりこの新聞お得意の論調だ。

(以下、引用)
腐敗の蔓延(まんえん)で国民の信頼を失いつつある中国政府にとって、愛国心を高揚させる国際大会は格好の隠れ蓑(みの)となる。中国が「スポーツ強国」となった暁には、ただでさえ政治と切り離せない存在となっている五輪の政治利用が、さらに加速しかねない。スポーツ界でも「中国脅威論」が語られる日が近づいている。
 (引用終わり)

スポーツ史を見れば、「経済力のあるところに国際大会が集まる」のは自明のこと。多くの国が敬遠したがるユース夏季五輪を中国が開催できるのも、今の中国の他国を圧倒する経済力があってのことだ。もちろん、記事の言うように国際大会によって、国民の愛国心を高揚させる意味合いが大きいのは確か。その意図も大いにあろう。私もスポーツ大会を愛国心の高揚だけに利用するのは反対だ。
 
だが記事は「スポーツ強国」の意味を決定的に取り違えている。

中国が「スポーツ大国」から「スポーツ強国」への脱皮を目指しているのは確かにその通り。そのために、これまでスポーツオンリーのエリート教育を行っていた「体育学校」の改革やスポーツ選手の「引退後」のケア重視、野球・サッカーなどの学校体育化、社会スポーツ化などを図り、「草の根」スポーツの拡大を進めている。これまで国家代表を頂点とするピラミッド構造の頭でっかちな「エリートスポーツ」体制を作ってきただけに、これを改革するのは並大抵ではなく、時間もかかるだろうし、どうしても「政府主導」「行政主導」にならざるをえない。ただ、その歩みは一歩一歩進んでおり、この「結果重視」から「過程重視」への歩みこそ、「スポーツ強国」への道のりだ。この中国が目指す「スポーツ強国」の意味は取り違えてはならない。

ユース五輪の招致やIOC委員の輩出など、一連の動きは「スポーツ強国」への取り組みとはやや次元が異なる。それは日本が下手なスポーツ界での「外交」であり、それが目指すものは「スポーツ界での発言力強化」。それは「スポーツ強国化」と並行して、国家が取り組むべきものだ。

記事は「中国が「スポーツ強国」となった暁には、ただでさえ政治と切り離せない存在となっている五輪の政治利用が、さらに加速しかねない(引用)」という。

だがそもそも、そのような「政治利用」を行う国が「スポーツ強国」とはいえない。中国では今、スポーツを単なる「政治の道具」から、より多義的なものにしていく努力が積み重ねられている。(その中には過度な“商業化”の動きもあるが)

中国大陸で“胎動”のように起こりつつあるスポーツ改革は「腐敗政治の隠れ蓑」のような単純なものではないのだ。

結論ありき、の記事もいいのだが、「スポーツ強国になる→スポーツの政治利用→中国脅威論」のような単純な構造で物事を語るのは、日記か想像の中だけにしてほしい。

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posted by asa8043 |08:21 | スポーツコラム |
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