2007年04月11日
元陸上金メダリスト、生活苦でメダル売却
1999年の北京国際マラソンで優勝経験もある中国の元女子長距離選手、艾冬梅さん(26歳)が生活苦のため、現役時代のときに獲得したメダルを売却すると述べた。 これが今、中国国内で大きな波紋を呼んでいる。 艾冬梅さんは黒龍江省の出身。1995年から本格的にレース出場をはじめ、1999年には北京国際マラソンと大連国際マラソンで優勝するなど中国を代表する長距離選手として活躍した。そして2003年に現役を引退。 しかし、その後の彼女は生活が厳しかった。 艾冬梅は夫と子供の3人暮らし。しかし夫も勤め先を解雇され、結局、艾冬梅が受け取る月300元(4500円)の収入に頼るしかなくなった。しかし、これは毎月のアパート代にきれいすっかり消えていく。 艾冬梅は生計を立てるため、北京郊外にある「農貿市場」の露店で夫と一緒に衣料品を売り始めた。毎日の売り上げは20元(300円)あまりだそうだ。 そして、艾冬梅は自ら現役時代に獲得したメダルを売却することを決断。ホームページに「私は今まさにお金を必要としている。商売を始めたいが資金がない。このメダルを見ると心が痛む」とその胸中を語った。 艾冬梅本人によると、現在、彼女の手元には2,30個のメダルがあるという。「おそらく一番高値で売れるのは1999年の北京国際マラソンの金メダル。1000元(15000円)はいきそう・・。銀メダルは300元から500元くらい。銅メダルは100元(1500円)でいいわ」と語っているということだ。(人民網) 中国では世界的な活躍を果たしたスポーツ選手でも、引退後の生活が厳しいケースが多い。この「引退後」の生活設計の問題は日本のスポーツ界でも問題になったことがある。しかし、所得格差が大きく、また就職難の中国では、この問題はより深刻となる。以前、女子重量挙げの世界選手権元王者がアルバイトで生計を立てていることが報道され、全国から集まった支援金でクリーニング店を開店したという話もある。 去年末には、政府が、そんな引退後の選手たちの生活問題を重視し、生活保護等の措置を行う方針を示している。この問題は、今年の中国スポーツ界の大きなテーマでもあるのだ。 以前もこのブログ記事で述べたように、中国のアスリートたちは、スポーツエリートシステムの中で一貫して育成された結果、教育水準がやや劣ることが多い。引退後は指導者として、何らかの形で競技に携わるのがアスリートにとって、最も妥当な「引退後」の身の振り方であるはずだが、指導者となるには、自らの経験を体系的に分析し、普遍化して伝える・・・という極めて難しい作業が必要となる。そのため、必ずしも全ての選手たちが指導者となれるわけではないし、いわんや、全てが成功することはない。加えて、中国社会は極めて冷酷な学歴社会。引退後、指導者等の道を絶たれた元選手たちに対する世間の対応は冷たいというわけだ。 さて、今回の艾冬梅の件に関しては、2つの問題点がある。一つは、この「引退後問題」、そしてもう一点は、「メダルを売却することの是非」である。中国の各メディアを見ていても、メダルの売却については、当然ながら否定的である。彼女がそれらのメダルを獲得するためにどれだけの血と汗が流れたか、そして、国家と人民の協力があったか・・・つまり、このメダルは艾冬梅のものであって、彼女のものでない・・中国人全てである、という論調である。 ただ、それでいて、彼女自身に対しては非常に同情的だ。そこまで彼女を追い込んでしまったこと・・・国家に対して多大な貢献を果たした選手でさえ、中国は養えないのか・・ということである。 中国にとって、スポーツ選手は「国威高揚」、そして「中国の偉大さ」を世界に見せるための存在である。そのために、莫大な国家予算をかけて、彼らを訓練し、遠征に出し、国際大会に送り出す。その考え方にはもちろん是非はあるし、今後、中国の「真の国際競争力」がついてくるに従って、変化が起きてくるだろう。 ただ日本のように、育成の段階では、基本的に「自己責任」であるにもかかわらず、五輪に出場した途端、「お国の代表」として日の丸をつけさせ、得体の知れない“責任”を負わせるやり方に比べれば、中国のほうが、よっぽど「理にかなっている」ともいえる。 だが、もし、彼らの才能を利用するだけ利用して、引退したら「ポイ捨て」にするのなら、それは選手をただの「道具」として使用していたことになる。ひとりのアスリートを「道具」にしてしまうようなやり方は、やはり賛成できない。豊かな才能を輝かしい国際舞台で見事に開花させたアスリートにはそれ相応の「尊敬」を以って接するべきである。 今回の件については、「世間から同情を引くことで、何らか思惑があるのではないか」という見方をする人もいる。私には、今報道されている以上のことは分からないから、これ以上のことはいえない。 ただ、中国では、優れた実績を残したスポーツ選手に対し、それ相応の待遇がなされていないケースがあることは確かだ。 これで、未来の、中国の、そしてアジアのスポーツ界を担うはずの才能豊かな子供たちが、次の「国家代表」を目指す気持ちになれるだろうか。経済的に豊かになり、スポーツ選手以外に魅力的な職業が数多く生まれている中国で、果たしてアスリートは子供たちの「夢」となるだろうか。 これからの中国は、スポーツは「貧困からの脱却の手段」ではなく、「自己実現の手段」となるべきだ。スポーツ選手が子供たちの「憧れの存在」であってほしいのは、日本も中国も同じである。この問題の解決は、中国がそんな本当の意味での「スポーツ大国」となるための第一歩であると思う。
posted by 朝倉浩之 |21:20 |
陸上 |
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