2007年01月26日

中国から見る冬季アジア大会(4)韓暁鵬

韓暁鵬(カンギョウホウ)

 生年月日:1982年12月13日
 出身地:江蘇省沛県
 身長:172センチ  体重:68キロ
 項目:フリースタイル・エアリアル

 フリースタイル・エアリアルとは、スキー競技のうち、空中での演技を競うものの一つ。やや短めのスキー板をはいて空中に飛び、回転して、着地するまでの短時間の競技だが、そのダイナミックな宙返りは、スキーの面白さ、華やかさが凝縮された競技ともいえる。
「エアリアル」が冬季五輪の正式種目となったのは1994年である。当時9歳だった韓暁鵬はまだこの競技が何なのかさえ知らなかった。

 江蘇省出身。1995年、冬季スポーツのエリートを育てる瀋陽体育学院に入学し、「エアリアル」と出会う。

 1999年の第9回全国冬季大会(日本の冬季国体にあたる)で公式戦デビュー。人生最初の表彰台に立ち、銀メダルを胸にかけた。彼の持ち味である安定感ある演技、そして難しい技にあえて挑戦する大胆さは、このときから今まで、全く変わっていない。この国内最高峰での活躍が認められて、韓は国家チームのメンバーに選ばれる。

 その後、2000年全国選手権大会でチャンピオン。2001年全国チャンピオンシップでも優勝。だが、その頃の彼は完全な「内弁慶」に過ぎなかった。国内大会ではトップを走り続ける彼を待っていたのは“世界の現実”である。海外初出場となった2002年のソルトレークシティー五輪(アメリカ)では、2回の演技の合計点がわずか140点で24位。惨敗に終わった。スキー後進国の中国の選手が並み居る北欧の強豪選手の中に割って入るのは、そう簡単なことではない。ただそれでも韓は記者に対して「いつか世界大会の表彰台に上りたい」と語り続けた。

韓は世界との差を練習によって埋めようと努力を続けた。2003年ワールドカップ(米)で第3位、2005年ワールドカップ(チェコ)で第2位、同年のオーストラリアワールドカップでも第2位、そして、2005年ワールドカップ・ファイナル(伊)では第3位。少しずつ、じわじわと、上位に食い込んでいく彼の名は、徐々に世界のエアリアル界にも知られていった。

 そして2006年2月。世界が注目するトリノの舞台に彼は競技人生のピークをもってきた。予選トップ通過した彼は23日、フリースタイル男子エアリアルの決勝に臨んだ。予選での勢いをそのまま持ち込み、大胆に一回目のジャンプを飛んだ。二人の審査員が満点の判定。そして二回目。ここは、冒険するのでなく、あえて安定感あるジャンプを審査員にアピールした。韓の演技は、同難度の最高点に近い得点となり、合計250・77点を獲得。「大胆さ」と「安定感」という韓の持ち味を十分に生かした演技で、中国に初のスキー競技の金メダルをもたらし、そして同時に、「韓暁鵬時代」を世界中に宣言したのである。

 去年2月、トリノから帰ってきた彼に待っていたのは、テレビ出演や取材など「本業」以外の活動だった。8月頃からようやく本格的な練習を再開し、先月の世界選手権では銀メダルを獲得。続く中国の国内大会では優勝し、健在ぶりを見せ付けた。トリノまでの彼と今の彼が最も違うのは「自信」である。「持っている力を出しさえすれば負けるわけがない」。そのいい意味での余裕が、彼の演技をさらに「大胆に」「安定感を持った」ものにするだろう。

"スキー後進国"の中国が生んだ世界一の男。アジアでは、わずかに日本勢がエアリアルに力を入れており、韓の対抗相手となり得る。だが、そうはいっても、韓の金メダル獲得は揺るぎそうにない。そして彼の目はすでに、「世界のトップ」として、北欧の強豪たちに“胸を貸す”3年後のバンクーバーを見据えている。

posted by 朝倉浩之 |12:15 | アジア大会 | トラックバック(0)
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