2007年05月12日
テコンドー世界選手権を前に・・・最強の女、陳中の思い
2000年のシドニー五輪から正式種目になったテコンドー。シドニー、アテネと2連覇を果たしている選手は2人しかいない。意外にも、それは”お家芸“とする韓国ではない。アメリカのスティーブン・ロペスと中国の陳中である。ロペスはすでに世界選手権3連覇という偉業を成し遂げた。だが、陳中はそのいずれも銅メダルに終わっている。しかもその世界選手権はいずれもオリンピックの直前に行われた大会。ある人が冗談交じりに言う。「陳中が五輪で金メダルをとる方法はただ一つ。前年の世界選手権で3位になることだ」と。そのジンクスを破らねばならない時が刻一刻と迫ってきた。 5月18日から北京でテコンドー世界選手権が開かれる。25歳の陳中にとって、「次の4年後」を狙うことは不可能に等しい。すなわち、この世界選手権で勝って、そして故郷で行われる来年の五輪で勝つ・・という「陳中ジンクス」を破る最後のチャンスが今、このときなのだ。 今回の世界選手権は、彼女にとって久々に万全の体調で臨む大会となる。ここ5年、陳中は常にケガを抱えて、戦ってきた。だが、ある国家チームのコーチは言う。「今よりの彼女は2004年の彼女に成熟と理性が加わった」と。すでに世界を制した陳中に技術的なものは求める必要もない。だが、そこに精神的な強さが加わった。そしてまた進化し陳中が“世界”に帰ってきたのである。 2000年、初めてテコンドーが公式種目となったシドニー五輪で、陳中は67キロ超級に出場し、決勝でロシアのナタリア・イワノワを破って優勝。記念すべき金メダリストの一人に名を連ねた。まだ10代だった彼女は世界の一流選手の仲間入りを果たし、そしてまだまだ成長を続けることを期待された。 だが、2002年釜山アジア大会直前、陳中は練習中に足のケガをした。選手生活の中で初のケガだった。そして、それは2004年アテネ五輪に向けた重要な時期でもあった。結局、アジア大会は決勝に残ることさえもできず、翌年のドイツ世界選手権もケガを押して出場し、何とか銅メダルを獲得したものの、陳中にとっては、体が思い通りにならない砂をかむような日が続いた。 2004年アテネ五輪では、陳中はケガを押して出場。67キロ超級の決勝では、フランスのミリアム・バベレルを破って、五輪2連覇という快挙を成し遂げた。だが、陳中にとって、この2連覇は「上がり」ではなかった。その4年後、祖国・中国が国を挙げて開く北京五輪で、14億人民の期待に応えること・・・。その”責任“がテコンドー女王・陳中に課せられたのである。 2005年3月、陳中はついに自らの体にメスを入れた。全ては2008のためである。2005年の全国運動会(日本の国体にあたるが4年に1度行われる)に出場した後、国家代表に復帰。だがそのときはまだ陳中自身、完全復帰ができるとの自信はなく、すでに「引退後」のことも考えていたという。リハビリを兼ねて行われた練習は、陳中にとって決して愉快な思い出ではない。陳中と、もう一人、ケガを抱えたている王朔がチームドクターの管理の下、調整を続けた。ケガの影響は思いのほか大きかった。たとえば、ランニングのときは、知らず知らずのうちに足をかばってしまい、重心が一方に傾いていた。手術をした方の足は、明らかに一方の足よりも「曲がり」が悪くなった。テコンドーでは、キックの際、足をしっかりと曲げて、ばねのように反動を作り、蹴りを繰り出す。この「後遺症」は明らかに競技に影響をもたらすものだった。元々明るくて表情豊かだった陳中から、笑顔が少なくなっていったのは、そのころだった。練習後、患部をアイシングしているとき、彼女はふと思ったという。「人生は水の流れのよう・・一度、流れてしまったら、もう戻ってこない。私は二度と舞台に立てないのだろうか・・・」 そんな陳中も、粘り強いリハビリとトレーニングにより、ようやく回復の兆しが見えたのが、去年12月に入ったころだった。半月後にドーハでのアジア大会を控えていて、国家チームの選手も練習に熱が入っていた。国家チームの陳立人監督がふと、ある方向に目をやった。その先には、ここ数ヶ月見られなかった、動きのいい陳中がいた。手術後、思い通りに動かなかった腿が非常に軽く動いているように見えたのだ。陳立人は、陳中にスパーリングを命じた。手術のあと、初めてのスパーリングだった。軽く打ったあと、陳中は監督をちらりと見た。陳立人は軽くうなずいて続けるようにいった。「動く・・足が動く・・」陳中の表情に、ここ数年、練習中には見られなかった笑顔が戻ってきた。稽古場に陳中の元気な掛け声が帰ってきた。 その翌日、陳立人監督は、陳中をアジア大会に出場させることを決めた。ただ万一、どこかに異常が見られたら、即刻、試合を棄権する、という条件付きだった。だが、その心配はまったく必要なかった。北京時間2006年12月11日未明。ドーハから、女子テコンドー72キロ超級を陳中が制した、とのニュースが飛び込んできた。意外にもこれはアジア大会初の金メダル。そして彼女にとって、いや中国にとって、もっとも大切な2008での金メダルに向けて、再スタートを切った瞬間である。 2000年のシドニー五輪から公式種目となり、今回で3大会目の実施となるテコンドーは当然のことながら、3連覇した選手はいない。その前人未到の3連覇に陳中は王手をかけて、2008を迎えることになる。そして、その2008の大切な試金石となるのが18日から北京で開かれる世界選手権。ここで初の世界選手権制覇を成し遂げ、名実ともに世界チャンピオンとして、2008を迎えられるか。ぜひ注目したい選手である。 陳中 1982年11月22日、河南省生まれ。シドニー、アテネ五輪のテコンドー67キロ級で2連覇を果たし、五輪史上初の3連覇をかけて北京に臨む。 テコンドー世界選手権 5月18日~22日まで。北京昌平区・総合体育館で開催。1974年にカナダで第1回大会が開かれてから、今回で14回目になる。
posted by 朝倉浩之 |01:45 |
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