2007年03月28日

中国の選手育成システム(1)

中国の選手育成システム

(1)	はじめに
中国のスポーツ選手育成システムが日本と異なることは、専門家でなくても感覚的に気づくであろう。

日本は、基本的に小中高、そして大学へと進む学校単位のクラブ活動から優秀な選手が選抜される「学校スポーツシステム」、そして各地域や全国単位で選手を集め、独自のシステムで選手を育成する「クラブチームシステム」が存在する。

日本において、最もオーソドックスなのが、いわゆる部活動・学校スポーツであるが、これは各級学校への進学時に指導が断絶するという欠点があった。この欠点を補う存在として生まれたのがクラブチームである。指導者が、進学等に影響されず、各年齢に見合ったトレーニング方法を課す点で、より“効率的”な選手育成が行えるとされる。前者は教育の一環であり、後者は選手から「クラブ費」を調整することが一般的で、商業的活動の一環であることが根本的な違いだ。

そして、各競技別に競技団体(協会・連盟)が存在し、オリンピックや世界大会の出場選手選抜は彼らがそれぞれ行う。競技によっては彼らが主催する地域・全国級のトレセン(サッカー等に代表される)が設置されることもあるが、それらは一時的なもので、基本的には選手はそれぞれの学校・大学・チームに所属する。

また選手たちは、基本的には、金銭的に全て自己責任でまかなうことになっている。現在は五輪出場選手の強化を狙って、「強化金」の支給等が行われるが、原則的には、大会参加や日ごろのトレーニング、指導者の選択等、全て自己責任が貫かれる。よって、彼らが五輪や世界大会に出場するのも個人の資格であるし、そこで優れた成績を収めれば、それは彼ら個人の功績となる。アマチュア選手として一定の制限はあるものの、商業活動が許されるし、海外の組織に転属するのも自由なのは、この「個人責任」という原則に基づくものである。

だが、中国は異なる。中国におけるスポーツ選手は国家が育て、国家のために競技を戦い、その成果は国家に帰することが原則となる。そのために、国家は彼らに基本的な衣食住と豊かな練習環境、指導者を提供する。最終目標はオリンピックであり、そこで金メダルを取って、中国の威光を世界に示すことである。その点については一切異論はない。選手たちがしばしば口にする「祖国争光」という言葉がそれである。

彼らいわゆるスポーツエリートは幼いころに選抜される。ある指導者に聞くと、彼は休日などに公園などを訪れ、遊んでいる子供たちを観察するそうだ。子供たちが跳んだり、走ったりする様子を見れば、その筋肉の使い方で、才能の有無はすぐに分かる。これだという子供を見つければ、保護者とコンタクトをとるのである。

この指導者は一般に地方の「業余体育学校」といわれるスポーツ専門学校のコーチである。「業余」とは「アマチュア」くらいの意味だ。この体育学校、そして体育技術学校と呼ばれる専門学校に入学すれば、彼らはスポーツエリートへの第一歩を踏み出したことになる。以前は、この体育学校は毎日休みなく、運動教育のみが行われていたようだが、現在は、午前中、教科教育を行い、午後から体育(すなわち彼らの専門)の授業というパターンが多い。

そこで優秀な選手は、今度は体育学校を抜け出て、地域ごとに集められ、地域代表選手として指導を受ける。いわゆる省・市代表チームである。そしてさらに優秀な選手が今度は北京に召集され、栄えある「国家チーム」の一員として、超一流のスポーツ英才教育を受ける。オリンピック、世界選手権などに出場できるのは、基本的にはこの国家チームの選手であり、アスリートを志す若者は、一握りのこのグループを目指して、日夜努力するというわけである。

この「体育学校」→「省・市代表」→「国家代表」というピラミッド型の選手育成システムを「三級制度」と呼んでおり、中国のアスリート養成の基本となっている。この三級制度は、何をおいてもオリンピックで金メダルを取るためのものであり、そのための「挙国体制」といえる。そして、このピラミッドに入れない者は、基本的にはアスリートの道から遮断され、スポーツとはほとんど縁のない生活を送ることになる。

かなりの割合の生徒が中学、高校時代に体育クラブに所属し、程度の差はあれ、チャンピオンシップ形式の大会に出場する経験を持つことができる日本とはかなり異なっている。すなわち、基本的には中学、高校には部活動といわれるものはなく、スポーツといっても、休み時間に遊び程度で体を動かすものであり、大学入試に向けた勉学に励むというのが中国人の若者の一般的な姿となるのだ。

つまり、日本はある程度スポーツの普遍化が進んでいるのに対し、中国はエリート化しているといえる。「三級体制」は例え、「その他大勢」のスポーツを楽しむ権利を奪ったとしても、「一人の天才」を見つけ出すのに非常に適している。一方、日本の学校・クラブを中心とするシステムは、間口が広く、誰もがアスリートの入り口に立てるが、一方で、資源の分散を招き、「天才」を見過ごし、埋もれさせてしまうこともある。だが、「1億人に一人」の「超天才アスリート」は日本には1人しかいないとしても、人口13億の中国には13人いるわけだ。中国がエリートシステムをとり、日本が学校・クラブスポーツシステムをとるのは、政治・経済体制の違いという国情の違いはもちろんだが、物理的な要因もあるだろう。

では、この中国の「挙国体制」はどのようにして形成されたのであろう。次の章では、その歴史的過程に触れてみたい。

 参考文献:胡小明 “挙国体制”的改革 華南師範大学、2002年1月
      薫兆祥 中国改革解放20年紀事 上海人民出版社 1998年
      赤勤  当代中国専業競技体制的特征与評価 体育科学 1999年
      韓丹 概述我国体育運行机制和管理体制的演化、ハルビン体育学報 1999年

posted by 朝倉浩之 |21:19 | 論文 | トラックバック(0)
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