2007年10月19日

北京五輪「現地に直前入り」に疑問あり

来年の北京五輪に向けて、スポーツ界の動きも活発になっている。続々と代表選手も決定しているし、大会にいかに臨むかという計画も具体的になりつつあり、オリンピックの開催を心待ちにするスポーツファンの一人として、心躍るものを感じる。

だが、少し気になることがある。

日本の男子柔道は、来年の北京五輪の際、各試合の3日前に北京入りする方針を固めた。斉藤仁監督によると、男女各1階級ずつ7日間かけて行われる試合にあわせ、試合までは日本で練習し、直前に「日替わり」で北京入りするというのである。

そういえば、先日は水泳のイギリス代表選手が大会直前まで現地入りしない、との方針も伝わった。

各体育協会に取材したわけではないため、その理由については推測するほかないが、今、世界的な関心事となっている「大気汚染」の問題はその一つだろう。

今年8月の野球のプレ五輪では星野JAPANが「マスクとうがい薬」の“重装備”で北京入りしたし、10月のバドミントンの大会には、健康への影響を恐れ、日本代表など、各国が参加を見送った。

実際、北京に住んでいる我々は、普段、マスクをしないと外出できないようなことはないし、大陸性気候の乾燥のため、喉がガラガラすることはあっても、空気汚染が原因で病気になったという人も聞かない。

ただ、空気は目に見えない。だから、空気がどれだけ汚れているかを知るすべも、科学的な調査によるほかない。ゆえに、現地に住んでいる我々が「何を大げさな」と思っていても、そう考えている我々が間違っていて、実際には汚染された空気で体を蝕まれているかもしれない。だから、それらの判断を安易に笑うことはできない。

そして、当然のことながら、今後、大会に向けて、中国は国家を挙げて、この環境対策に取り組まなければならない。国際規模の大会を行うためには国際標準の環境が必要なはずである。

「直前入り」の理由が、もし大気汚染によるものならば・・・もちろん、選手たちの健康は何より大切であり、ここまで大気汚染問題が騒がれている以上、それを理由に、現地の「自然との闘い」を避ける事は、決して責められない。単なる憶測だけというなら問題だが、何らかの現地調査を行った結果から出した結論ならば、それは尊重に値する。

だが、その理由がそれだけでなかったら・・「直前入り」の判断をした彼らの中に、「開催都市がどこであろうと、どうでもいい」「結果さえよければ、開催場所には無関心」と目隠しをしながら、北京に入ろうとする意識があったとしたら、私はその決定に反対する。

オリンピックが単なる競技大会ではないことは自明のことだろう。多分に理想論ではあるが、オリンピックの目的は金メダルを追い求めることのみに留まらないと思う。オリンピック精神を掲げ、スポーツに対する様々な理想が詰まった大会だからこそ、アスリートにとって、他の世界選手権やワールドカップとは別格のものと位置づけられているのではないか。


アーチェリー日本代表の池田幸一監督が、北京での試合に臨んだ際、こう語っていた。
「我々の合言葉は“自然と闘おう”。大会が行われる国の気候、風土、食事、町の環境・・全てが大会のうちなのだ。」

 アーチェリーの選手たちは、北京五輪の際も、早めに現地入りし、また少量の日本食を持ち込む以外は、基本的には食事も現地のものを食べる予定だという。もちろん、自然条件が結果を大きく作用するアーチェリーならではの特性もあろう。だが、池田監督の言葉は、スポーツそのものの本質を示すような気がするのだ。

 アスリートの素晴らしいパフォーマンスは、単に日ごろのトレーニングだけから生まれるわけではない。競技が行われる町の「自然」や「風土」と戦う・・逆に、それらを味方につけてこそ、一流の選手との競争でナンバーワンとなれる。また、その地域の人々の歓声に包まれながら、競技をしてこそ、最高のパフォーマンスが生まれるのだと思う。

それが面倒だというのなら、五輪も毎回、同じ場所で開催したほうがいい。選手にとっては、滞在場所や食事で悩む必要もないし、運営もその方がスムーズにいくだろう。だが、オリンピックの面白さは、毎回、異なる町で行われ、選手たちは、その町全体と一体となって戦うこと・・・競技をとりまく、その町全体が“オリンピック”そのものとなるという点だと思う。

やみくもに理想論だけを振りかざすつもりはない。選手たちが金メダルを取るために、どれだけの思いで練習を重ねているかを想像すると、「金メダル至上主義」を簡単には否定できない。

そして、確かに「地の利」を生かして、東京から北京の競技場へ直行して競技に臨めば楽だろう。勝利だけを求めるならば、その方がいいことは素人の私にも想像がつく。だが、北京五輪の意味は、ただそれだけなのか。ただ単に、オリンピックが行われる場所が、東京ではなく、たまたま北京だったというだけで本当に良いのだろうか。

オリンピックを控え、今後、「直前入り」は一つの“流行”になりそうな趨勢である。一方、仮にアーチェリーのような考え方に対しては「無謀なやり方」と捉えられかねない。だが、オリンピックの、いやスポーツの大会は、その都市やそこに住む人々と一体となっているからこそ面白いのだ、ということも決して忘れないでほしい。



posted by 朝倉浩之 |16:01 | スポーツコラム | トラックバック(0)
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