2008年07月24日
4年後のロンドン五輪では実施競技からはずれ、現状では最後の開催となるソフトボール。その会場となるのが、北京南側にある北京豊台ソフトボール場(収容13000人)を訪れた。
北京豊台ソフトボール場
すでに受け入れ態勢は万全
北京五輪開幕まで20日あまりと迫った先週末、会場では内装の最終段階が行われ、また運営スタッフの最後の研修も実施された。今月半ばには、会場内でのテロ行為など突発事件に対する総合シミュレーションも行われ、すでに「受け入れ準備」は万端となっている。
最終の打ち合わせを行うスタッフ。25日から運営体制に入る
2006年6月に竣工、その2ヵ月後には世界選手権が開催されるなど、「中国一早く完成した五輪競技場」は、ようやく待ちに待った本番を迎えるというわけだ。
大会は12日9:30の中華台北vsカナダから幕開けとなる。日本はその日19:30のオーストラリア戦を皮切りに、翌日は中華台北との対戦。メダルを狙う中国と日本の対戦は16日に予定されている。
日本のエース上野を待つマウンド
記者会見場はまだコンクリートがむき出しだ
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10:11
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ソフトボール |
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2008年07月23日
聖火の点火は約20分・・・23日、注目される聖火の点火について、記者会見が行われ、開閉幕式の運営責任者、王寧氏らがこれまで謎に包まれていた聖火の点火について、語った。
王氏によると、聖火の点灯は約20分かけて行われるが、開幕式最後のクライマックスに登場するだけでなく、様々なパフォーマンスや儀式など、式典全体と融合した形になるそうだ。また見た目にもオリンピック史上初めて「五つの輪」をモチーフに取り入れるなど、斬新なものとなる。
また点火の手順を具体的に進めてきた蔡国強氏は、点火の方法について、「国家体育場の22箇所の“点火地点”から火が上がり、竜が現れる」と演出の一部を明かす。また、万里の長城、そして北京市南側の永定門、天安門、そして北京市北側の国家体育場へと、つなぐように29箇所から花火を打ち上げ、第29回北京五輪が「中国へ、北京へ、そして鳥の巣(国家体育場)へとやってきた」ことを象徴的に表現するそうだ。さらに、会場では、世界各地から集まった数千枚に及ぶ子供たちの笑顔の写真が現れ、空には同時に2008個の「笑顔の花火」が打ちあがる・・・以上が、今回明かされた演出だ。花火の数は3万5000発。中国の古典的要素とオリンピックの理念を取り入れる、そして開幕式全体と“融合”した演出、というのが大きな特徴となる。
そして点火の方法も新技術が取り入れられるとともに、燃焼部分は灰や燃えかすを減らし、環境にもやさしい聖火を目指す。
さらに、場内にいる観客だけではなく、周囲からも聖火の燃える様子を見ることができるよう工夫されるそうだ。現在、国家体育場の北側天井部に小型の建造物が作られており、これが何らかの役割を果たすのかもしれない。
この聖火の点火は開幕式における最大のイベントとして位置づけられ、2005年から13のグループに分かれて、各方面からの検討を行い、準備を進めてきた。わずか20分足らずの儀式ながら、その点火方法は「国家級の秘密」とされ、今回の北京五輪でも最も力点が置かれるイベントとして、綿密な計画が立てられてきた。
ちなみに、聖火の点火は、開幕式全体でかかる費用の1%、材料はほとんどが国内産を使用しているとして、「低コスト」も強調された。
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18:39
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北京五輪 |
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2008年07月23日
北京五輪を間近に控え、選手らの取材は非常に難しくなっている。特に、劉翔やヤオミン、郭晶晶など金メダル獲得、もしくは活躍が期待される選手については、警備は日に日に厳しくなっているのだ。練習中は、あちこちに武警が立ち、所定の時間以外、選手に近づくことはまったくできない。その警備の範囲は、大会が近づくにつれ、徐々に拡大しており、また警備の厳しさも相当なものだ。
さて、こういった警備の事情に加え、選手自身の「管理」もかなり厳重になってきている。
その「管理」について、劉翔については「チーム劉翔」が存在するのはよく知られた話だ。
この「チーム劉翔」は去年の冬合宿の際に、正式に発足したもので、6人の専門スタッフが彼の生活全てを支える。モットーは「よく休み、よく回復し、よく食べさせる」。
劉翔を医学面、栄養面、生活面、トレーニング方法など様々な分野から支える中国でも有数の人材である。
特に「食」については特に厳しく管理しており、体重や筋肉の変化が起きないよう綿密な計算がされている。豚肉は絶対に口にせず、たんぱく質と栄養価の高い食品、特に海産物では海老やカニ、キノコや青野菜などが中心の食事となっているようだ。
また毎日の「出勤」にも非常に気が配られている。上海出身の劉翔は、合宿所のある中国体育総局訓練局から少し離れたところに部屋を借りている。送り迎えは全て専用車のキャデラックがついており、一般の車は敷地内に入れないものの、彼の車は「特別扱い」。訓練局の門まで入ることができる。
ちなみにこのキャデラックは五輪のスポンサーが提供したもの。劉翔自身は、北京五輪前、運転は一切禁止されており、コーチの一人が専属の「運転手」を務めている。
その他にも、さまざまな「特別扱い」が劉翔を支えている。国家体育総局は、先ほど名前を挙げた選手など、何人かの金メダル候補を「重点選手」と位置づけ、通常とは異なる扱いを行っている。この「至れり尽くせり」ぶりは、国家チームの一員として北京五輪に臨むシンクロナイズドスイミングの中国代表監督、井村雅代さんも「非常にうらやましい」と言っていた。
中国が国家を挙げて臨む北京五輪。そこで、是が非でも金メダルを取ることを要求される「重点選手」たち。この特別扱いは彼らの生活の面倒をできるだけなくし、競技に専念してもらおうという思いからなのだろうが、いうまでもなく選手たちには相当のプレッシャーがかかる。そのプレッシャーをパワーに変えられる者だけが、祖国の期待にこたえてることができる・・・まもなく、その大舞台がやってくる。
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17:06
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2008年07月22日
最後のチケット争奪戦は今週末・・・
北京五輪の入場チケットの最後の売り出しが25日朝9時から行われる。今回は、全て試合会場での発売。売り出されるのは82万枚で、メインスタジアムの国家体育場(愛称:鳥の巣)付近の窓口を中心に、販売される。なお、各競技場でも発売されるが、その場合はその会場の競技のみとなる。支払いは現金かカードで、一回につき一競技一大会日分に限られる。
これまで五輪のチケットが現場発売されたことはなく、全てインターネット、電話、もしくは銀行内に設けられた販売窓口で行われた。今回は最終段階ということで、すでに全て竣工した競技場近くの販売所が「争奪戦」の舞台となる。
チケットの現場発売といえば、今年行われたシンクロナイズドスイミングの五輪予選の際の「チケットフィーバー」は非常に印象的だ。午前10時の発売2時間前から、すでに長だの列ができ、わずか30分ほどで、当日発売分が全て売り切れた。押し合いへし合いの大変な騒ぎで、列のマナーを守らない人たちとの大喧嘩が起きたりと、“白熱した”チケット争奪戦が繰り広げられた。今回は、まさに本番のチケットということで、これにも増して、「壮絶」な行列になることは間違いない。
なお、メインスタジアム群近くのチケット売り場では、国家体育場、国家水泳センター、国家体育館、フェンシング館、五カ松野球場で行われる試合のチケットが購入できる。またそれ以外の各会場でも、それぞれの競技のチケットが販売されることになっている。北京以外で行われるサッカーの予選チケットも当地で買い求めることができるようだ。
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15:26
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2008年07月21日
中国の英雄、アテネ五輪の110m障害の金メダリストの劉翔。北京五輪では誰もが彼の金メダルを信じているのだが、そのライバルがかなり好調である。
110m障害の世界記録保持者、デイロン・ロブレス(キューバ)が18日、仏パリで行われたパリ国際陸上で、劉翔の自己ベスト12秒88をマーク。自己の世界記録にわずか100分の1秒差という好タイムで優勝を果たした。
中国メディアの報道によると、このロブレスの絶好調ぶりについて、中国スポーツを統括する国家体育総局陸上競技管理センターの馮樹勇副主任は「今すぐ勝負すれば、(劉翔が)負けるかもしれない」と記者団にもらしたという。
一方、劉翔の専属コーチである孫海平氏は「調整はいたって順調」とライバルの快進撃にも意を解さないようだった。
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16:09
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2008年07月21日
20日、北京では様々な規制がいっせいに始まり、町は一気に「五輪体制」に入った。
その目玉の一つは、深刻な交通渋滞を解消するため行われる「ナンバープレート規制」。車のナンバーが偶数か奇数かで運転できる車両を規制するというものだが、偶数ナンバーが運転可能となった20日、そして奇数ナンバーが運転できる21日、ともに、市内を走る車はおおむね規制を守っており、渋滞も確実に減っている。まずは順調なスタートを切ったといえよう。
地下鉄は10号線、五輪支線、空港線の3路線が19日、いっせいに開通。10号線は、北京南東部のビジネスエリアと北西部の学研地区をカギ型に走っており、市内の人の流れを大きく変えるものとなる。また空港線の開通で、これまで全く所要時間が読めなかった空港と市内の移動が非常に便利となった。五輪支線が五輪期間中、一般の乗客に開放されないのは残念ではあるが・・・。
開通初日の19日は週末ということもあり、各線とも『見学』に訪れる人が殺到した。開通初日でのべ13万8000人が真新しい車両を楽しんだ。
また道案内や通訳などを務める『街角ボランティア」も一斉に市内でサービスを始めているが、各地下鉄駅にもボランティアステーションが設けられ、大学生などのボランティアスタッフがブルーのポロシャツに身を包み、路線の案内などに務めていた。
10号線については、特に大きなトラブルはなかったものの、地下鉄内で携帯電話が使用できないことが判明。列車内での携帯使用は日本ではマナー違反だが、中国では、特に禁止はされておらず、特に先ごろ開通した5号線は乗車中も通話が可能であり、北京市民にとっては、非常に便利な路線であった。ただ10号線に関しては、この設備が間に合わなかった。車内では、『何で使えないの?』と戸惑う乗客の声が何度か聞こえてきた。
空港線についてもちょっとした不便があるようだ。北京首都国際空港から、東部地区の交通の要所「東直門」を結ぶ空港エクスプレスだが、その料金は25元。ただ切符の自動販売機は100元札や50元札は使えず、1元コインと小額の紙幣のみだ。そのため、小銭を持ち合わせていない人は切符を買えず、いちいち両替しなければならないという面倒が生じた。市民の間からは、改善を求める声も出ているようだが、こちらも当分は対応が難しい模様。とりあえずは、飛行機から降りて、あのひどい渋滞に出くわす必要がなくなっただけ満足せよ、とのことだろうか。
また、20日以降、北京市内では土木工事ができなくなり、これまで「町中が工事現場」だった状態がかなり改善された。大型トラックに対する規制も始まっており、町の雰囲気そのものが一気に五輪モードに突入したという感じ。町中には五輪競技場を指し示す真新しい標識も完備され、五輪模様の旗も街灯のてっぺんにはためく。
町はすでにオリンピックを始めている
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15:05
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2008年07月19日
中国サッカーが末期症状だ・・・。
オリンピックまであと20日あまりと迫ったにもかかわらず、サッカー五輪代表のドゥイコビッチ監督(セルビア)が事実上、解任された。名目上、代表チームとの関係は残るようだが、実質的には更迭と考えていいだろう。
これだけの大規模大会の前に、監督が解任されるというのは前代未聞の事態。そういえば、女子代表もこの前、外国人監督が更迭され、中国人監督が就任したばかりだ。中国は男女とも、「オリンピックのため」の指揮官を失い、当初の予定になかった体制で、本番を迎えることになる。
「ドゥイコビッチは最初、“神”だと思っていた。だが、今は“人間”だと思っている」サッカー関係者の一人の言葉だ。
すったんもんだの末、選ばれたドゥイコビッチ監督は過去の実績(前回W杯でガーナをベスト16に導く)とそのサッカーに対する見識の深さが高く評価され、鳴り物入りで、中国五輪代表の監督という重大なポジションに座った。その後、国家代表についても「総監督」として実質的には最高指揮官の地位にたち、中国サッカーは、迫りくる五輪、W杯予選を全て、この一人の指揮官の肩に託すという選択をした。
だが、国家代表は結局「結果」を出せなかった。総監督という一歩引いた立場ではあるものの、選手起用、戦術面では完全に「傀儡政権」をコントロールしていたドゥイコビッチだったが、その選手起用法については、結果が出なかったこともあって、多くのサッカーファンから非難を浴びた。
ところで、先日、ドゥイコビッチが遠征先からバスに乗る際、ホテルの会計を忘れていたため、あわててバスを降り、そのため、チームの出発が「8分」遅れる、という“事件”があった、と地方紙が報じた。これによって、チームの不協和音が生まれた・・・というのだが、いうまでもなく、こういった「些細なこと」が「不協和音」に聞こえてくること自体が、もうすでにドゥイコビッチ政権の末期症状を示していたのだろう。
中国サッカーの「ご意見番」的存在である金志揚氏は、この解任について「やむをえないこと」とした上で、「すでに選手の中にもドゥイコビッチに対する不信感が生まれている。“被害”を最小限に食い止めるには、この時期にやめさせるしかなかった」とサッカー協会の決定を支持するコメントを出している。
私自身は、チーム内部の状況については門外漢であり、あれこれ言う論評をする資格はない。だが、それでも、この時期の監督交代は、オリンピックに、というより、中国サッカーの未来にとって、あまりにも痛手が大きいと思う。
ドゥイコビッチは、確かに戦術面、選手起用などで決して「目に見える」成果を挙げたわけではない。そして現実問題として、「結果」も出ていない。だが、チームに「戦う姿勢」を注入しようと努力したし、少しずつではあるが、チームを変えつつあった。もちろん、このまま五輪に突入すれば、決して理想的な結果は残せなかった・・のかもしれない。だが、それらの不協和音を何とか解消して、「最後の20日間」を乗り切る方法はなかったものか。
なぜなら、「一つのスタイル、理念を貫き戦って結果が出なかった」のと「それを貫き通せなかった」のとでは、同じ失敗をしても、全く意味合いが異なると思うからだ。一人の指揮官に国全体のサッカースタイルの改革を託したにもかかわらず、結局、それを大舞台で試すことなく、葬り去ってしまう・・・中国サッカーは多くの時間を無駄にしてしまった気がしてならない。
ドゥイコビッチは確かに神ではなく、人間だ。選手起用での失敗もあるし、戦術が結果に結びつかないこともある。それでも、「オリンピック」という最大の発表の舞台で、ドゥイコビッチがこれまでに築いてきた「何か」が見られるはず、と多くの人たちが楽しみにしてきたはずだ。その貴重な本番を失ってしまったことの損失は大きい。
魅力的な身体能力を持ち、大きな可能性を秘めているからこそ、私は、同じアジアのスポーツファンとして、中国サッカーに大きな関心を寄せてきたし、期待を持って、見つめてきた。だが、今回の出来事は、登りかかった木の上で、はしごを下ろされた気分だ。
また何より気の毒なのは、中国のサッカーファンである。祖国のサッカースタイルが少しずつ築かれていくのを彼らはここ数年、つぶさに見てきた。大いに辛口で文句を言いながらも、本番で、そのスタイルが花開くことを心のどこかで確信しながら、見守っていた。それが結局、相も変らぬ監督交代劇を見せられ、「またか」という思いの中、やりどころのない「あきらめムード」が漂ってきているのを、今私は肌で感じている。
中国サッカーはW杯予選敗退で終わったわけでも、北京五輪で終わるわけでもない。10年後、20年後に、この「歴史」を糧にして、花開くときがくる「はず」なのだ。だが、それを支えるのは、今のサッカーファンたちの「希望」であるはず。それを根こそぎ奪い、失望を与えた・・・今回の「中国サッカー」の罪は大きい。
posted by 朝倉浩之 |
21:24
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サッカー |
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2008年07月19日
北京五輪まで、いよいよカウントダウンが始まる。今日は市内の地下鉄3線も開通。明日20日からは、五輪に向けた各規制が始まり、北京市内はオリンピックモードに突入する。
こんな中、北京五輪の運営側も最終段階を迎えている。この週末、北京五輪の各競技を運営するスタッフの最終研修会が北京各地で行われた。
北京五輪では各会場で組織委員会のスタッフ、ボランティアなど10万人以上が競技運営に携わる。会場での選手誘導、VIP接遇、観客対応、メディア対応、治安維持など様々な分野で多くの人員が集められており、北京五輪の成否は彼らにかかっているといえる。
そのうち、メディア対応のスタッフ研修が、18日から北京市内の大学で行われた。
本番前、最後の研修ということもあり、かなり具体的な事項も含めて、研修が行われた。参加したのは、組織委員会スタッフや大学生ボランティアなど70人。初日は、各持ち場の仕事の確認や注意点などがあった。非常に面白かったのは、各国の報道陣の特徴について、説明がなされ、日本の記者たちは「英語はほとんどしゃべれない。礼儀正しく、仕事熱心。必ず集団で行動し、記者席でもひとかたまりに座っている」となかなか的を射た分析がされていた。
また、基本的な英単語の確認や競技自体の細かいルール説明など、研修の内容も非常に幅広い。トラブルが生じたときの対処法なども、場合分けして、非常に細かくマニュアル化している。
印象的なのは、運営スタッフの原則が繰り返し強調されること。それは「相手(メディアや観客、選手等)のため、必ず“行動すること”。」「Noを言わないこと」の2点だ。五輪テスト大会のときにも感じたが、もちろん個人差があるものの、競技場内でのスタッフサービスは非常に行き届いていたし、仮に無理な要求をしても、今までの中国人のように「できない」の一言で終わらされることなく、きちんと向き合ってくれるスタッフが多かった。このあたりは、研修でしっかり叩き込まれているというわけだ。
最も時間を割いて確認していたのは、やはり「緊急事態」への対応。特に、観客や選手が「政治的メッセージ」を叫んだり、横断幕を掲げる等の「宣伝行為」をしたときの対応、爆発や火災などが起きたときの対処など、数十あまりの場面を想定して、細かく、その対処方法が定められる。大イベントの開催においては当然のマニュアル化だが、特に「チベット、台湾、ウイグル」、そして「宗教」に関して、事細かくシミュレーションがなされているのは、昨今の中国を取り巻く状況がそうさせているのだろう。
このあたりの説明になると、参加者の表情も真剣になってくる。みんな忙しくペンを走らせ、メモを取っている。迫りくる大イベントを前に、緊張感が漂う研修だった。
今後、最も早いスタッフは7月25日に競技場入り。その他のスタッフも開幕前の5日前後には全員配置につく。彼ら運営スタッフの「熱い夏」がいよいよ始まりだ。
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20:26
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2008年07月16日
「よく降りますねぇ」 中国人の友人、Yさんと会ったとき、彼は開口一番、僕にこう話しかけた。日本人同士の会話なら、ごく当たり前の「天気ネタ」だが、ここ北京では、なかなか「お耳にかかれない」一言。というのも、日本と異なり、北京はこの時期も、日本ほど雨が降らないし、降ったとしても、短時間ですぐ止んでしまう。カラッとした真夏の暑さがすでに始まるというのが、この時期の北京だった。僕の”持論“?は「北京では傘はいらない」だったのだ。
ところがどっこい・・・今年は、まるで日本の梅雨のように、6,7月はよく雨が降る。だから、折り畳み傘が欠かせない。朝方は晴れ間が広がっていても、昼過ぎから突然、雲がたちこめ、激しい雨が降り出すというのも一度や二度ではない。というわけで、最近は北京の人たちの「挨拶言葉」は「ご飯食べた?」ではなく、「天気はどうだ、こうだ」という、まるで日本人のようなものになるわけだ。
こと北京五輪についても、この「天気ネタ」は非常に大きな関心事となっている。特に8月8日午後8時、北京五輪開幕のそのとき、雨が降らないでくれるかどうかは、総合演出のチャン・イーモーも「非常に大切な要素」と率直に語るように、中国国民の“祈り”にも似たものとなっている。
7月15日、中国気象局の気象予報官が注目の「予報」を発表した。過去57年の気象観測のデータを分析した結果、8月8日、北京地区の降水確率は47%。さらに、開幕式が行われる国家体育場(愛称:鳥の巣)付近に限って言えば41%という予報が出た。ただ「激しい雨の降る可能性は非常に低い」ということ。
この、あまりにも微妙な数字に、どう反応すればいいのか分からないが、とりあえず、「降るかもしれないし、降らないかもしれない」ということなのだろう。ある意味、「絶対に外れない」非常に巧妙な数字でもある。
なお今後、開幕当日の天気については、2週間前から専門家による検討をはじめ、1週間前には発表するということだ。また大会期間中、大きな気象の変化がある場合、短時間予報として、随時、発表することになる。また各競技場の天気予報は期間中、72時間前には公表される。これまでの大会がいずれも24時間前だったのに比べると、格段の技術の進歩、そして「気の使いよう」といえるだろう。
この天気に対する強い関心は日本の皆さんにとってみれば、ごく当たり前のことのように思えるかもしれないが、長年、ここ北京に住んでいる私にとっては、非常に不思議な感覚を覚える。北京の人たちは、ニュースが終わって、天気予報のコーナーに入れば、無関心にチャンネルを変える人が多い。雨がめったに降らないから、とにかく気象情報には無頓着だったのだ。
それが、ここ数日の北京の例年と異なる気象、そして、メディアや当局による北京五輪中の気象に対する関心の高さなどがあって、北京市民は改めて、気象の動向に関心を払い始めたというわけだ。
だが、中国の人たちの「天気への関心」は、予報だけに留まらない。すでに、自明のこととなっている「人工降雨・消雨」によって、人工的に天候を左右させる実験が着々と行われている。6月末から7月初旬にかけて北京を襲った“暴雨”については、元々あった雨雲を「利用した」のではあるものの、人工降雨によるものであることを当局関係者が明かしている。
では、開幕式当日、気象操作が行われるのか?ということになるが、専門家によると「まだ研究段階であり、ごく小さな範囲の小雨をコントロールできるに過ぎない」そうで、降水確率を完全にゼロとすることは「今のところ」できないそうだ。ただ、国家を挙げた開幕式を前に、どんな手段を使ってでも「“晴れ”にしろ」という無茶苦茶な命令が出ていないとは限らない。実際、去年の「1年前イベント」のときは、前日までの下り坂の天気が、当日は打って変わって快晴となったし、日本代表が大挙して出場したマラソンの五輪テスト大会では、「環境汚染」への批判を恐れたのか、北京全域(マラソンコースを全て覆う形で)大雨が降り続いた。どれも、何らかの「気象操作」を行ったことは当局が認めており、その力はすでに実証済み、である。
それにしても、「天気は変えられない自然の産物」として、むしろ、その天気に順応しながら生きる日本人に対して、その天気を丸ごと変えてしまおうと自然に“挑戦”する中国の人たちの発想の違い・・・北京五輪と、今年のちょっとした“異常気象”はそんな日中の自然観の違いも浮き彫りにしたといえるだろう。
夏の北京 日傘は必須だが雨傘はいらない
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15:32
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2008年07月10日
北京五輪はなぜ8月8日開幕なのか・・・。
この時期の北京は連日40度近い“超”真夏日。おまけに雨も決して少なくなく、当日の降水確率は50パーセント近くという予想もある。こんな悪条件が重なったときに開幕日を設定するなんて、中国も「分かってないなあ」なんて声が良く聞かれる。ある人は「“8”は中国人にとって縁起のいい数字。条件がどうであれ、何が何でも8月8日午後8時に開幕させたかったんだ」と解説する人もいる。
だが、実はこの開幕日、決して中国側が好き好んで設定したわけではない。様々な要因、そして「ガイアツ」に負けて、やむなく・・・というのが実際のところなのだ。
当初、IOC(国際五輪委員会)が北京側に提案した開幕日は7月25日だった。しかし、7月の北京は、はっきりいってスポーツ大会には最悪の気象条件。まず一年で最も暑くなるのがこの時期であり、またほとんど雨のない北京において、この時期はなぜか降水も多い。
そこで、北京側はこの案を拒否し、代わりに「9月開幕」を提案した。9月は北京の最も気候がいい時期。雨も時折降るが、それほど大雨にはならない。実際、1990年の北京アジア大会は9月に行われた。
しかし、9月は世界的にスポーツシーズンとなっており、テニスの全米オープン、陸上グランプリなど数十年の歴史を持つ大会も多い。こういった大会を押しのけて、開催するほど、そこまでの権威は今のオリンピックにはないのだろう。これはあっさりとIOC側に拒否された。
となると、残っているのは8月開催。北京側はここで“最後の要望”として「8月15日以降にしてほしい」と申し出た。「暑さ寒さも彼岸まで」と言う言葉が中国にあるかどうかは分からないが、北京も15日を過ぎるとだんだんと暑さも和らぐ。大会後半に予定されるマラソンの頃には、もうすっかり秋の風が吹いてくる・・・という計算だ。
だが、北京側のこの切望にIOCはウンと言わなかった。ここで登場するのは、五輪に最も影響力があると言われる米国放送界の意向。というのも、8月中旬以降の開幕となれば、どうしても9月上旬に差し掛かってしまう。9月初頭にはNFLが開幕するし、またメジャーリーグも地区リーグが大詰めを迎える。何としても「8月中」に、全て「事を終えてほしい」というわけだ。
結局、IOCは8月8日の開幕を提案。中国側もこれを飲まざるを得ず・・・晴れて?真夏の「厳しい気象条件」となる8月8日開催が決定したというわけである。
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2008年07月06日
中国サッカーで、残念ながら、もう「珍しくもなくなった」暴行事件がまた発生した。
だが今回、少し穏やかではないのが、あの“やんちゃ”な五輪代表ではなく、ラフプレーの国家代表でもない。女子サッカーの国内選手権だというから驚いた。
中国湖北省武漢市で4日に行われた全国女子サッカーユース選手権の北京市代表vs河南省代表の試合中、双方の選手ら40人が殴り合いになるという事件が発生した。中国の新聞、インターネットメディアが伝えた。
各メディアの報道を総合してみると、こうだ。
この「暴行事件」が発生したのは武漢市内で行われたU18の全国選手権。3箇所に分かれて行われた試合のうちの一つが北京代表と河南省代表の対戦だった。
試合は、開始当初から、「一触即発ムード」が漂っていたということだが、それほど大きな反則もなく、試合は進んでいた。
前半の中ごろ、北京代表の一人が攻撃の最中、シュートを打とうとしたときに、河南省の選手を蹴ってしまい、反則をとられた。この際、両選手が二言、三言、やりあったあと、突然、河南代表の選手に殴りかかったという。そして、この瞬間、双方のベンチから控えの選手たちが飛び出して加勢。ペットボトル飲料や靴、レガースを互いに投げ合うなど、もみ合いになった。双方のコーチ陣が仲裁して、何とか騒ぎは収まったそうだが、このもみ合いの時間について、あるメディアは「10分あまり」と伝え、あるメディアは「10秒ほど」と伝えるなど、かなりの開きがある。
この二人に対してレッドカードが出て、試合は続行。結局、このあと北京が2点をもぎとり、2-0で試合をものにした。
この「暴行」の一部始終は北京体育大学の職員がユース育成の資料のため、映像を撮影しており、これを証拠として、中国サッカー協会は厳重な処罰を検討しているという。事件の発端となった二人の選手に対しては、試合出場停止1年程度の厳しい処置が下るだろうといわれている。
さて、「暴行事件」の理由はまだはっきりとはしていないが、一昨年、河南省のこの年代のチームは北京に0-6の大差で破れたことから、北京代表を非常に意識していたという。また去年も河南省は敗れたため、「負けたくない」という気持ちが高まり、この「暴行」を招いたのではという見方が一般的だ。なお、事実関係は報道により、違いがあり、その後当局が「当初の報道ほど“ひどくはない”」とコメントするなど、事件の全体像は見えていない。
ただ、いずれにしても「選手間の殴打」と乱闘騒ぎがあったのは事実のようだ。
近年、その「素行」が問題視されて止まない中国サッカー。つい先ごろも、男子リーグで騒ぎがあり、悲しいことに、こういった「暴行事件」もあまり珍しくなくなってきた。そして、一国のサッカーの集大成である国家代表や五輪代表が世界の表舞台で、ラフプレーをはじめとする受け入れがたいプレースタイルを見せ、非難されたのは記憶に新しい。
ユースの、しかも女子の国内リーグがこの状況では・・・
こういった「事件」が頻発すれば、2010年W杯出場を早々と逃し、冷め切っている国内のサッカー熱をもっとどん底に追いやることになりかねない。中国のサッカー人たちは、この状況をどう立て直していくのだろうか。
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2008年07月05日
ド派手にオリンピックマークをカラフルに刈り込んだ髪型。体にはオリンピック競技をかたどった刺青が35箇所彫ってある・・・。
一日中、小雨模様となった7月5日。北京市北部のオリンピック公園南側、メインスタジアムの国家体育場(愛称・鳥の巣)を臨む場所に謎の三輪車が現れた。
この人こそ、故郷である北京南方の杭州を去年7月に発って、三輪車で北上。オリンピックを各地で「宣伝」してまわりながら、三輪車をこぎ続け、ついに北京に到着した孫浩南さん(28歳)である。
故郷では、この三輪車を使って、果物を売ったり、土木作業員をして生計を支えているという孫さん。「出発の時には家族全員に反対されたよ」と笑顔で語ってくれた。
出発直後から、メディアが取り上げ、すでに中国国内では“有名人”。その甲斐あって、道中は、あちこちで「支援者」が募金をくれたり、ミネラルウォーターを差し入れてくれたりしたそうだ。
五輪マークの独特な髪型がトレードマーク
荷台部分の外側には、これまで取材を受けたメディアの名前が並んでいる。国内外のそうそうたるメディアが並ぶが、その中に「富士山電視台」の名前も。どうやら、「フジテレビ」のことのようである。「まだまだあるよ」といって、荷台から名刺入れを取り出し、取材を受けた新聞やテレビ局を教えてくれた。
で、肝心の目的は?と聞くと、「北京五輪の応援を全国の人たちに呼びかけること」。全国で署名を集めながら、やってきたそうだ。
各地で公安当局から職務質問を受けたそうだが、地元の体育委員会から“通行証”をもらっており、これで切り抜けてきたようだ。この日も、警官から取調べを受けるハプニングがあったが、最後は「我々は五輪の成功を祈る同志。支持をよろしく!」と強引に握手を迫り、警官も苦笑いで応じていた。この“フレンドリー”さと底抜けの明るさが長い旅を支えてきたのだろう。
そしてこの日は、たまたま訪れたオリンピック公園で、もう一人、同じく雲南省から北京まで三輪車でやってきた石長林さんにばったり。石さんも6月4日に北京に到着し、今は北京で独自に「宣伝活動」を行っている。
「似たもの同士」の石さんも登場
「似たもの同士」が、北京五輪の象徴である国家体育場(鳥の巣)の南側で、長い旅を経て出会ったというわけ。何かひきつけ合うものがあるのだろう。石さんのほうは、すっかりご年配で、かなりの年の差の二人だが、意気投合という感じだった。
仲良く?職務質問を受ける二人
オリンピックのような大イベントが行われるときには、日本でも、必ずといっていいほど、ちょっとした「お調子者」が現れるもの。このお二人も、ちょいとこれで有名になってやろうという動機はあるのだろうが、こういう奇想天外な人がいるからこそ、大イベントも盛り上がるというものだろう。
そんな孫さんの愛称は「オリンピック兄貴」。いよいよ開幕が迫る本番に向け、孫さんは「最後まで精一杯、応援したい」と抱負を語る。ある意味、役者がそろった・・・ということだろうか。
posted by 朝倉浩之 |
23:54
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2008年07月04日
深刻な渋滞はオリンピック開催時、解決するのか・・・
世界中の懸念を集めているこの問題に対して、北京は次々と対策を講じている。ナンバープレートの偶数と奇数による車両規制は7月20日から実施されるが、それとともにスタートするのが「オリンピック専用道路」。五輪競技場や関連施設の周囲に最近、多く見られる五輪マークの標識が目印である。
いずれも道路の、一番左側の車線(中国の車は右側通行)に置かれ、路面には白地に五輪マーク、そして路肩には青地の五輪マークがそれぞれ置かれ、ドライバーに注意を促す。すでに、標識の設置作業は始まっており、オリンピック公園周辺は設置が終わっている。
「2008年北京五輪専用道路についての通告」によると、この専用道路が稼動するのは、7月20日から9月20日まで。オリンピック関連の通行証を持った車両のみが通行で、その他の車両や歩行者は立ち入ることができない。場所によって、時間規制があるところと、無制限のところがあり、注意が必要。なお、北京市では他に「公共バス専用道」が併設されているところがあるが、その場合、自家用車は「バス専用道」を走行することが許される。
なお、違反者に対しては200元(3000円)の罰金が課されるそうだ。
posted by asa8043 |
22:29
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2008年06月30日
1週間あまりにわたって、所用で日本に帰国し、昨日、北京に帰ってきた。
日本は梅雨の真っ最中で、雨がちの天気だったのは当然のことだが、北京もまた、一日中、ぐずついていて、まるで梅雨のような空模様が続いている。口の悪い友人が「野口みずきの試走に合わせて(29日)人工降雨をやっているのでは?」などと言っていたが、ここ1週間ずっとこの調子なのだから、少なくとも「野口みずき」は関係ないだろう。ちなみに、以前行われたマラソンの五輪テスト大会の際は、この「人工降雨」によって、北京全域に雨を降らせたことを当局は公式に認めている。
さて、もう一つ、北京の“変化”があった。29日から、北京の地下鉄全駅で乗客の持ち物検査が始まった。今年はじめから5月までに、地下鉄では1500人あまりが禁止物品を持ち込んでおり、そのうち580件の「刃物所持」が見つかったという。テロの危険性も指摘されており、今回の持ち物検査も、それに対応するものだが、普段、通勤で使っている地下鉄駅でも、大がかりなX線検査機が置かれ、制服姿の公安係員が金属探知機を持って、ものものしく立っている様子は決して普通ではない。いよいよ北京五輪が近づいてきたことを実感する出来事でもある。
この検査は、基本的には大型のバックや袋類を持っている人に対して網羅的に行われ、小さな包みを持っている人に関してもランダム抽出によって、検査がされるそうだ。スタート初日は週末ということで、大きな混乱はなかったが、今日からは通勤ラッシュも始まる。多くの北京市民は、ただでさえ混雑がひどい地下鉄の状況に輪をかけるのではと心配している。当局は、「出退勤のサラリーマン、OLが持つ小型のバックは検査の対象外」として、「大きな影響はない」としているが、やはり、一部の駅では、検査のため行列に並ばされ、不満を唱える市民もいたようだ。満員時には、「地下鉄駅を封鎖して、乗客数を調整することもある」としており、検査の状況によっては、大きな混乱を招きかねない。ちなみに、検査は全て女性検査官が行うことになっている。
なお、検査については以下のことが分かっている。
・乗り換えの乗客には安全検査は行われない(初乗りの乗客とルートが異なる)
・危険物に似せた模造品(銃剣など)の持込みは、購入時のレシートと一緒に
・ライターは一人5個まで持ち込み可
・ペットボトル飲料などは液体検査、もしくはその場で一口飲むことで持ち込み可
posted by 朝倉浩之 |
17:15
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2008年06月13日
劉翔が“王者”の座を譲る・・・
現地時間6月12日、チェコで行われていた陸上のゴールデン・スパイクで、男子110m障害が行われ、21歳のデイロン・ロブレス(キューバ)が12秒87の世界新記録をマークした。これは、中国の劉翔(24歳)が2006年7月11日にスイスのローザンヌ国際で出した12秒88を0秒01縮めたもので、北京五輪を前に、“新王者”が誕生したことになる。
21歳のロブレスは2006年ユース世界選手権の110m障害で2位となり世界デビュー。劉翔より若く、同年代での成績は劉翔を上回っていることから、「最大のライバル」とも目されていた。今年の世界室内選手権では、判断のミスから予選落ちするなどしたが、今年は心身ともに充実しており、技術的にも急成長を遂げ、コンスタントに記録を伸ばしていた。
これまでの自己ベストは去年出した12秒92だったが、今回は、これを一気に縮める快走となった
一方の劉翔は、先週末のプレフォンテーヌ・クラシックで、フライングのため失格。先月末には太ももの筋肉の違和感で、スタート直前に棄権するなど、五輪を直前に控えて、雲行きが怪しくなっている。
中国の人たちのショックも大きい。世界記録保持者として「王者」の立場で、北京五輪を迎え、華々しく金メダルを取る・・・という筋書きが崩れてしまったわけだ。ネット掲示板の書き込みには「がっかりした」「(劉翔は)CMに出るのを減らしたほうがいいのでは?」という失望と批判が入り混じったものもあるが、また「記録が破られるのは当然。また破り返せばいいこと」「僕は劉翔を信じている」という激励の書き込みも続々と寄せられている。むしろ新聞メディアのほうが「北京五輪の結果を暗示しているのでは?」などという評論も見られ、「思わぬ展開」に戸惑いを隠せないようだ。
当の劉翔は今朝、記者の取材を受け、まずは「ロブレスにおめでとうといいたい」と語ったあと、「ロブレスに記録が破られるのは時間の問題だと思っていた」と平然と言い放ったという。「これで北京五輪では)最高の戦いが出来る。」と語り、「五輪では絶対に負けない」と健闘を誓っていたそうだ。
アスリートは、それぞれの思惑で北京五輪に向けて、コンディションを作っているのであり、一つ一つの大会の結果で一喜一憂する必要がないのは言うまでもない。ロブレスの身体能力における「最初のピーク」がここで到来したにすぎず、彼らレベルの次元において、この「王者入れ替わり」と北京五輪とは何ら関係はない。
ただ、それを分かった上で、敢えて野次馬的に言うと、これで大いに面白くなった、と思う。
劉翔はもう“王者”ではない。若くて伸び盛りの「キューバの星」に挑む挑戦者であり、彼にとっては五輪2連覇と世界記録の最更新という二つの目標がまたも目の前に現れたことになる。“王者”である劉翔は、プレッシャーを気にも留めていないようではあったが、それでも、国内外から寄せられる圧力は、見ていて気の毒なほどだった。そこから「挑戦者」と変わった劉翔が、そして新たな目標を持った劉翔が2ヵ月後の鳥の巣でどんな走りを見せるのか。ロブレスと劉翔の頂上決戦がますます面白くなってきたといえよう。
若手の台頭で金メダル争いはますます面白くなった。写真は劉翔
posted by 朝倉浩之 |
16:24
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陸上 |
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