2008年03月08日
前回は、
a. 代表 < クラブ
b. 代表 > クラブ
と尋ねましたが、次回からは反省とともに
c.その他 という項目を追加しようと思います。
a. 代表 < クラブ
b. 代表 > クラブ
c. その他
という項目で、引き続き皆さんのご意見を聞かせて下さい。
次に僕が考えているコラムがあるのですがその構想に役立つので、お力を貸して下さい。
以下は吊られた男さんのコメントです。
>理想を語れば、私も「クラブも代表も120%全力で、最高のサッカーを見せて欲しい」と考えています。しかし、現実を考えるとそれは無理で、どこかで妥協点を見出すしか無いと思います。
やはり、「見るサッカー」と言われるとまずはクラブというイメージです
。シーズンが始まれば、応援しているクラブの試合を楽しみにして、場合によってはスタジアム、そうでない場合はテレビで毎試合応援して、試合毎の勝ち負けに一喜一憂です。また、バスケットボールも好きですが、やはり日常的に見て応援するのはクラブで、あまり代表戦は意識しません。
ワールドカップやEUROなどのイベントともなれば、お祭り的に応援したりと盛り上がりますが、ファンとして日常から身近に応援するものではクラブが一番では無いでしょうか?(私は代表戦とクラブの試合が同時間にやっていれば迷わずクラブの試合を優先します)
そこで、「まずはクラブが全ての基盤、そして代表はそれに合わせるのが基本」という考え方にいきつきます。
ただし、全てにおいてクラブが威張っていいと言うものではなく、以下のような重要な大会についてはクラブ/リーグ側も協力するべきでしょう。
シーズンを揃えて連続した期間で代表が選手を囲い込めるようにする、特定日を国際マッチデーにする・・・など。
・大陸選手権(EURO、アフリカネイションズ他)
・ワールドカップとその予選
現在の代表の有り方で疑問に思うのは、その他の親善試合や合宿でむやみに選手を呼ぶような行為です。クラブのレギュラークラスの選手をシーズン渦中に遠い地まで親善試合で呼びつけて合宿・練習させて出番無しなんてこともあります。選手が代表戦に出られるのならまだしも、ただ拘束されて練習しただけでは、クラブの監督としては怒るでしょう。
代表は「短期間でどうにかして組織を熟成させよう」という観点でコーチングするべきで、「(本業であるクラブでのパフォーマンスを削らせてまで)練習時間をなるべく取ろう」と考えるべきではないと思っています。
posted by 吊られた男
>ファンとして日常から身近に応援するものではクラブが一番では無いでしょうか?
僕はある意味でYESですね。
日本代表が強くなって欲しいという点で見てしまうので、現代表(候
補)の活躍や次代の候補は誰だろう、という目でJリーグを基本的に楽しんでいます。
次が自分がサッカー上手くなるために役立つプレー・アイデアはないかと探します。
そして最後は贔屓のチームの成績が気になりチェックしている感じです。
けれど、今はブログのネタ探しが一番にきてしまうかもしれません(笑)
Jチームのファンということでは、昨年度はFC東京の試合をスタジアムに5回ほど見に行ってて応援はしてるんですが、やってるサッカーが気に入らないという点がずっと引っかかてました。無条件に愛することはできないということもあり、FC東京ファンだという思いは自分の中にはないですね(ファンの定義は人それぞれです)。
ですが今年のFC東京は、17歳以下日本代表の指揮をとっていた城福さんが監督なので、「人が動いてボールをつなぐ」ムービングサッカーを見せてくれるんじゃないかと期待してます!
ちなみに僕は関東のJクラブを主に応援しています。
浦和に対しては僕は赤羽出身(東京というよりほぼ埼玉)、かつ日本発のビッククラブという目で期待してますし、
去年3回くらいスタジアム行きましたが、川崎の暖かい声援も大好きですね。
マリノスは日産時代に応援していました。
関西のチームでは、調子の良い時のガンバは攻撃的でいて美しいフィニッシュを見せてくれるので好きです。…気が多いですね。
今日の横浜FM×浦和Rの試合は、浦和をひいき目で応援して、優秀な選手達のプレーに期待してます(録画で見ます)。
>全てにおいてクラブが威張っていいと言うものではなく、以下のような重要な大会についてはクラブ/リーグ側も協力するべきでしょう。
代表ファンである僕からすると、上記のような理解をクラブ側が理解してもらえると助かります。
>現在の代表の有り方で疑問に思うのは、その他の親善試合や合宿でむやみに選手を呼ぶような行為です。
なるほどですね。そういえば浦和レッズのフロントが、先日の東アジア選手権での高原選手召集に苦言を呈し、その効果があったかなかったか分かりませんが、結果的に高原選手の召集が見送られることがありましたね。
その主張を浦和側の自己中心的な考えだと批判することもできます、特に同時期に7人主力を取られたガンバファンなどは納得いかないと察しますので。
ですが、今の時期にコンディション調整をし、クラブチーム内の連携を高めることが高原選手個人にとってもとても大切であると言えます。そして、やがてはそれが日本代表にも還元されることになるでしょう。
結局は、選手個人にとってもクラブでの活躍・成功・成長がベースになっているという点を僕のような代表ファンも忘れてはいけないと思います。
>クラブのレギュラークラスの選手をシーズン渦中に遠い地まで親善試合で呼びつけて合宿・練習させて出番無しなんてこともあります。選手が代表戦に出られるのならまだしも、ただ拘束されて練習しただけでは、クラブの監督としては怒るでしょう。
クラブの監督を始め、当人やファンの心情は理解できますが、サッカーが11人だけではできないので、結果的にそういう状況になってしまうのは回避できないと思います。たとえ始めからそうなるであろうことが分かっていたとしても……
>代表は「短期間でどうにかして組織を熟成させよう」という観点でコーチングするべきで、「(本業であるクラブでのパフォーマンスを削らせてまで)練習時間をなるべく取ろう」と考えるべきではないと思っています。
よって、こちらについても、給料を誰が出すかという金銭面だけではなく、選手個人のことを考える点からも、正しいと思います。
吊られた男さんが正しいのは分かりますが、
やはり代表ファンからすると代表のチーム練習を定期的に行うことで、日本代表のチームコンセプトを実現できるように連携を高めていって欲しいと思ってしまいますね。
そうでなければ、個の力では一向に差が埋まらない欧州・南米の代表チームには対抗できないですから。
欧州・南米では事情が異なると思いますが、少なくとも日本代表にとっては、Jのトップレベルの選手と練習することや、世界を相手にする経験が、その選手個人の能力を高めることにつながる可能性は高く、またそうなれば、所属するチームとしても+になるはずです。
とはいえ、「妥協点」を見つける必要は、代表ファンにも言えること。
選手のコンディション・選手のチーム内における状況など選手個人に焦点を当てる配慮は当然として、所属クラブチーム状況も考慮した上で召集することを理解することが大切ですね。
今日の東京は最高の天気です。まさにサッカー日和!
ボール蹴り楽しんできますっ!
posted by アーセン |11:19 |
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2008年03月07日
皆さんは、今までにどんなサッカー漫画を読みましたか?
僕は、今までにキャプテン翼、シュート、ホイッスル、ファンタジスタ、オフサイド、かっとび一斗、がんばれ!キッカーズ、Jドリーム、俺たちのフィールド、ハングリーハートなどなどを読みました。
中でも僕の一番のお気に入りをあげれば、それは、ちょんわ~!の「かっとび一斗」ではなく、ファンタジスタ(小学館 草場道輝著)です。
ストーリーは以下の通りです。
主人公の坂本轍平は、鹿児島の島でいつも1人でサッカーの練習をしていた。が、高校生になると都内のサッカー部の顧問をしている姉を頼り上京。やがて姉の指導もあり、ファンタジスタとして成長していき、世界に羽ばたいていく。
この漫画で僕が教わったことはいくつもあったのですが、なかでもU18代表チームのオランダ人監督ファンハーレが「3タッチ制限つきゲーム練習」中になかなかパスがつなぐことができない選手達にアドバイスした言葉が今でも印象に残っています。
「パスは、コミュニケーション」
ここで問題です。
貴方は今ボールを持っていて、向かい合っている味方にパスを出そうとしています。
ところが、その味方から見てすぐ左後方に敵マーカーが近づいてきていて、パスカットを狙っているとします。もしかしたら、味方はマーカーに気づいていないかもしれません。
この状況下では、貴方は味方のどこを狙ってパスを出しますか?
正解は、 敵マーカーから遠い側の右足側にパスを出す、それもわざと半歩ほど外にズラしてパスを出す、です。
では、なぜでしょうか?
それは単純に、ボールとマーカーとの間に受け手の体があるためにボール取られにくくなるということもありますが、
わざと遠い側の足めがけてパスを出すことで、味方に左後方から敵マーカーが近づいていることを教えてあげることができるからです。
(さらに、「しょってる!(=敵を背負ってる)」とパスの声を出してあげると効果が増します。)
そのことで受け手は次に何をしようかという判断が早くできるようになり、プレーがしやすくなります。
パスそのものがコミュニケーションになるケースでは他にも、わざとゆっくりとしたパスを出すことで、受け手が今フリーであることを教えること。逆に早いパスを出して、近くにマーカーがいることを伝えることなどがあります。
また、ゴールに近い位置で、スペースに走りこんでいる味方の利き足側に合わせてパスを出したら、ダイレクトで打てっ!というメッセージにもなりえます。
・Look around & think before.(周りを見る、あらかじめ考える)
・味方の右足または左足を狙い正確にキックする技術
が出し手に要求されるので、初中級者には少し難しいかもしれませんが、もう1ランク、レベルアップするには大切な要素です。
普段の何気ない対面パスから意識して練習していけば、いつかは必ず自然と試合中にできるようになるはずです。ぜひ、できるところからトライしてみて下さい。
そして、それがチームとして身についてくるようになってくると、コンビネーションそのものの質がチームとして向上していくことと思います。
その際は、特に狭いコートでプレーするフットサルや、相手のプレスの強い中盤やゴール前で高い効果を実感できることでしょう。
試合を見る時も、評価の高いパッサーである中村憲選手や遠藤選手などからはメッセージ性の高いパスが見られると思います。Jリーグがまもなく開幕しますが、観戦する際に選手のこのパスの意図はなんだろう?と頭を働かせながら試合を見ると、今までとは違う楽しみ方ができるかもしれませんね!
さて「ファンタジスタ」では他にもいくつかサッカーファンに役立つアドバイスや情報がありますが。
例えば、「なぜ、ウイングバックが台頭していったのか?」「なぜ、ファンタジスタが現代サッカーで衰退していったのか?」といったシステム論・戦術論・サッカー論的な内容も多く織り込んでいるので、楽しく勉強できますよ。おすすめです。
皆さんがサッカー漫画から学んだことはあったでしょうか?
それはどんなものだったでしょうか?ぜひ教えて下さい!
posted by アーセン777 |18:54 |
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2008年03月04日
>日本の岡田監督も怒った。中国の悪質なプレーに対し、転げ回る日本。乱闘寸前になっても、助けにいこうとしない。「なぜ、助けない。そういうところも勝負。やられっ放しではいけない」。おとなしい選手に苛立った。
この事は非常に共感です。
本来は、荒れそうな試合になると、審判が早めに警告を多く出すことで、ゲームをコントロールし、選手の危険なプレー・報復合戦を抑制します。
ところが、過去の戦争や豊かな経済力や政治的なことや低いレフェリング能力が原因なのでしょうか?アジアでの日本代表の試合で審判の公平なレフェリングを期待できないことがあります。 であれば、ピッチという名の戦場で、最終的に誰が試合で守ってくれるのかといえば、それは選手自身でありピッチの中のチームメイトしかいないのです。
では、どうすればよいのか?といえば、相手選手が危険な反則を犯した時に、キャプテンを中心に皆で味方の選手を守ることや相手選手に直接抗議することが必要だと僕は考えます。
そのことで、相手チームへの危険なプレーへの抑止力になる上、反則を受けた味方選手に安心感を与え、チームに一体感・団結力を与えることもできるのです。
そういう姿勢は、高校サッカーからJリーグまで僕が見た全てのカテゴリーの日本の試合で、なかなか見られない行動です。理由は知りませんが、ぜひ新たな文化・習慣として日本人にも身につけて欲しいものです。
(ラスパルマスの福田選手がマニアのためのサッカー番組「FOOT!」のインタビューの中で、日本と南米・欧州のの差と指摘していたことでもあります。)
>プロ野球で乱闘になると、ベンチで腰を引いていた選手が攻められる。サッカーの日中戦に対し、プロ野球解説者の江本孟紀氏は言った。「つくづく、日本人はフェアな国民性やと痛感する。勝てば称賛されるが、負ければ滑稽なだけ」。負けることの危機感、日の丸を身につけてプレーする責任感…。“戦場”で戦う強い意志を欠く限り、日本サッカーに成長はない。
(↑プロ野球でも行っているということは、日本人だからできないってことは言い訳にはならないということですね。)
さて、日本選手は戦ってなかったでしょうか?
僕は戦っていたと信じて疑いません。相手のラフプレーを怖がり、衝突を避ける場面は僕は一度も見つけられませんでした。今のスパイク裏面は凶器と言えるものです。その凶器で襲われた時も、安田選手は最後までボールに集中していました。しかしこの“16文キック”後に、キャプテンを中心に相手選手に詰め寄ることをしなかったことは先ほど述べたように今後の日本の課題です。
では、やり返せ!でよいのでしょうか? 江本さんの「日本人はフェア発言」を聞くと、僕は江本さんがそう言ってるように感じてしまいました。 おそらく今回のような公平なレフリィングが期待できない試合では、待ってましたとばかりに日本選手の方に、より厳しい処罰が下されたでしょう。そしてゲームは報復合戦。そうなれば江本さん、負傷の上に敗退になってしまうとは考えられませんか?
次に、選手のメンタルというスポーツ心理学“的”な見方から考えます(“的”=俄か)。
最近「ゾーン」という言葉を耳にします。 これはスポーツ選手が、程よくリラックスし、程よく精神が高揚(緊張)している精神的に最も集中しているという状態で、この状態にある選手はベストパフォーマンスを発揮できるらしいですね。リラックスし過ぎてやる気のない状態も良くないですし、反対に緊張し過ぎて体がガチガチになっても良くないということでしょうか。
では、中国選手のメンタルはどうだったでしょうか?明らかに入れ込み過ぎ、つまり緊張し過ぎです。イージーミスを連発したり、前半からオーバーペースになり後半の早い時間でガス欠したことなどが良い証拠です。極度の緊張状態は、スタミナの消耗が激しいらしいですし。
対して日本選手は、相手のラフプレーに対して過剰に反応せず、最後まで自分達のプレーに集中していました。
この両者の精神状態の違いが、最終的に試合結果に反映されたと僕は考えています。
ただし、試合の後半で、あと一点取れていれば、、、というのは悔いが残りましたね。日本の長年の課題ですね、“決めきれない”“試合を終わらす”ことができないという。
以上、僕の結論は、サッカーは時に暴力を引き起こします、『戦争』というのは大げさですが、政治的に緊張関係にある国同士の試合では問題が起こることもあります。ですがあくまで、サッカーは「スポーツ」です。
そして「スポーツ」として戦う技術の中で、まだまだ日本のサッカーに足りないものがあるのは事実です。
よって、僕は今後の改善に期待したいです!
(ちなみに、中国代表は、韓国戦で5度、日本戦で4度の警告、北朝鮮戦で9度の警告と2人の退場者出しているので、中国「少林サッカー」の被害者は、日本だけでないことを書き留めておきます。)
さてさて話は変わりますが、北京オリンピックの公式球が発表されたそうですね。
その名も「長城之星」(adidas Magnus Moenia)! デザインの中の金色の縁取りが万里の長城をイメージしているらしいです。白地に中国をイメージした赤模様に金の縁取り。
注目は、、、ボール中央の「中國」のどでかい文字!!! 全てを台無しにしかねない!! う~ん微妙(笑)
でも正直、「中國」の文字がある割にはデザイン全体を見ると、酷くないかな。少なくとも僕から見たら最悪ではないって感じです。
一応ボール自体はアディダスの「ひょうたんボール」に素材の改良を加え、回転性とコントロール性を高めたらしいですよ。
実物は下記リンクからご確認下さい。
http://www.recordchina.co.jp/group/g15146.html Record China 3月4日の記事より
posted by アーセン777 |18:37 |
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2008年03月03日
(産経ニュースより)
>サッカーは戦争である、とよくいわれる。1970年メキシコW杯の予選だった。中米のホンジュラスとエルサルバドルが出場権を争った。ともにホームで勝利し、第3戦に3-2で勝ったエルサルバドルが本大会に出た。
両国は未確定の国境問題を抱えていた。試合前日には相手選手の宿泊施設を包囲して大騒ぎし、スタジアムでも乱闘を起こして大荒れ。第3戦を前に両国の移民問題が悪化しエルサルバドルがホンジュラスとの外交関係を断絶。敗れたホンジュラスも国交を断った。のちに国境付近で空中戦を展開し、本格的な戦争に突入した。
90年イタリア大会はフーリガン(凶暴なファン)との戦いでもあった。とりわけ悪質とされたイングランドファンを警戒し、イングランドの試合は離島サルディーニャで行われた。ナイフを所持し、相手のフーリガンと乱闘に至る。ならず者の影響で選手は“隔離試合”をしいられた。94年米国大会では殺人事件が起きた。コロンビアのDFエスコバルは1次リーグの米国戦で敗退のきっかけとなるオウンゴールを犯し、帰国後にバーで銃撃された。犯人は銃撃直後に「ゴール」という叫び声を上げたという。
サッカーの歴史は壮絶である。勝つために命がけとなる。ましてやホームでの負けは許されない。東アジア選手権で中国コーチは日本戦を前に会場となる重慶が旧日本軍により爆撃された過去を選手に蕩々と話し、戦意を高めさせた。ラフプレーで挑んだ挙げ句の敗戦。「国民に見せる顔がない。穴に入れ」と選手は怒鳴られた。
日本の岡田監督も怒った。中国の悪質なプレーに対し、転げ回る日本。
乱闘寸前になっても、助けにいこうとしない。「なぜ、助けない。そういうところも勝負。やられっ放しではいけない」。おとなしい選手に苛立った。
プロ野球で乱闘になると、ベンチで腰を引いていた選手が攻められる。サッカーの日中戦に対し、プロ野球解説者の江本孟紀氏は言った。「つくづく、日本人はフェアな国民性やと痛感する。勝てば称賛されるが、負ければ滑稽なだけ」。負けることの危機感、日の丸を身につけてプレーする責任感…。“戦場”で戦う強い意志を欠く限り、日本サッカーに成長はない。(運動部次長 小田島光)
2008.3.2 産経ニュース スポーツコラムより 産経新聞社
http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/080302/scr0803021637000-
n1.htm|
皆さんはこの記事を読んでどう思われたでしょうか?
僕の意見は正論ど真ん中ですが、あくまで「サッカーはスポーツ」です。
サッカーのピッチ上は戦場で、そういう意味での「サッカーは戦争である」ことには異論はないです。が、違う意味でこの言葉が認識されることや、主に暴力とサッカーが結びついてしまうことがあるということも事実です。
なぜそういうイメージを持ってしまうのか、ということを戦争と暴力に分けて考えていきたいと思います。
なぜ戦争とサッカーが結びつくのか、という理由をまず考察します。
サッカーは世界最多の国と地域が参加する競技です。
アテネ五輪の参加国は202カ国、一方、FIFAに加入している国と地域は207。さまざまなスポーツ競技の祭典であるオリンピックよりもさらに加入国が多いのです。
また国際野球連盟加入の国と地域は111とFIFA加入数の約半分ですが、国際試合が行われる回数をサッカーと比較すると圧倒的に少ないでしょう。
そうなるとクラブレベル・代表レベルで多くの国際試合があるサッカーでは、その中には政治的・文化的に問題を抱えた国同士の対戦も実際に行われているのです。
例えば最近だけでもW杯三次予選で北朝鮮と韓国の南北対決があったり、イスラム国家出身の選手がイスラエルでのプレーを拒否したりという問題がおこっています。
そして先日の東アジア選手権。
>中国コーチは日本戦を前に会場となる重慶が旧日本軍により爆撃された過去を選手に蕩々と話し、戦意を高めさせた。
これについては中国コーチの安直で浅慮なモチベーション高揚を責めなければいけません。
ですが、このモチベーション高揚が、スポーツ心理学的な観点から考えたときに、本当に中国チームにとって本当に効果的だったのか、については後半部分で述べていきます。
このように、もともと政治的・文化的な緊張下にある国同士の対決で、国の威信をかけ選手・関係者・国民がエキサイトしすぎてしまう状態を一般に指して「サッカーは戦争である」と表現されるのではないかと僕は思います。
次に、なぜ暴力と結びつくのか?ということについての僕の考えです。
残念ながら、ピッチ内での暴力的言動・スタジアムでの暴動・フーリガン・不正行為(八百長)などが、サッカーを時に暴力的なイメージで捉えてしまう原因となっていると思います。
サッカーが世界中で広く熱狂的に行われているため、結果として多くの事件がサッカーに関連して起こることが主な原因として挙げられます。が、サッカーの闇の部分が存在することは確かなので、1ファンとして時にとても悲しく感じます。
長くなってしまったので、ここまでの前半部分で今日はおしまいです。続きはまた次回です。
※当ブログでは、皆さんのコメント参加を歓迎しています。その際は他人の感情を害するコメント、尊敬に欠けるコメントにならないように配慮して下さい。
posted by アーセン777 |19:57 |
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