2008年11月06日
【column】 ドゥンガの言葉
1978年 インテルナシオナル(ブラジル)のジュニベールに入団 1981年 インテルナシオナルよりプロデビュー 1982年 ワールドユース南米選手権優勝 1983年 リオ・グランデ・ド・スル州選手権優勝。ワールドユース世界選手権・メキシコ大会優勝。ブラジル代表に初選出 1984年 ロサンゼルス・オリンピック銀メダル。キリンカップ優勝。コリンチャンスへ移籍。サンパウロ州選手権・優勝
1985年 サントスFCへ移籍 1986年 ヴァスコ・ダ・ガマへ移籍。リオデジャネイロ州カップ優勝。リオデジャネイロ州選手権優勝 1987年 ピサ(イタリア)へ移籍 1988年 フィオレンティーナへ移籍 1989年 コパ・アメリカ・ブラジル大会優勝。UEFAカップ優勝 1990年 UEFAカップ準優勝。ワールドカップ初出場 1991年 ペスカラへ移籍 1992年 シュツットガルト(ドイツ)へ移籍 1994年 ワールドカップ優勝 1995年 ジュビロ磐田(日本)へ移籍 1997年 Jリーグ2ndステージ優勝。Jリーグ・チャンピオンシップ優勝 。コパ・アメリカ・ボリビア大会優勝 1998年 ヤマザキナビスコカップ・優勝。Jリーグ・1stステージ・優勝。ワールドカップ準優勝 1999年 インテルナシオナルへ移籍 2000年 現役引退 このような輝かしい経歴を持つ男とは? 「カルロス・カエタノ・ブレドルン・ヴェーリー」 そうドゥンガである。 81年にインテルナショナルからプロデビューし、MFとして活躍。 ブラジルをはじめイタリア、ドイツ、日本のクラブチームを渡り歩き、リオデジャネイロ州選手権優勝、UEFA杯準優勝、ジュビロ磐田で97年にJリーグ年間チャンピオン、ナビスコカップ優勝など数多くのタイトルを手にする。 ワールドカップには3回出場し、94年アメリカ大会で優勝、98年フランス大会で準優勝を果たした世界を代表する名選手の言葉を集めてみたので聞いてもらいたい。 ・サッカー王国といわれているブラジル、あるいは世界のサッカー強豪国とプロサッカーが始まったばかりの日本との間に差があるとするならば、その違いはどこから来ているのだろうか? それはひと言でいえば、伝統の違いということになる。 確かに優れた指導者たちを迎え、日本サッカーは急速に進歩し、伝統の差を埋めようと日々努力している。 しかし伝統とは選手たちがピッチ上でとにかく経験を重ね、それが引き継がれ、蓄積されることにより築かれるものなのだ。 経験を重ねていく上で、私がまず日本人選手に強く望むのは精神面を鍛えることだ。 こんなことを私が言うと、読者の皆さんは、「ドゥンガなら、さも言いそうなことだ」と思われるかもしれない。 しかし精神面の強さというのはサッカーにおいて非常に大切なことなのだ。 ・日本人選手のパスミスについて アジアレベルなら許されるようなパスミスも、ハイレベルな試合においては命取りとなる。 これは代表で心がける以前に、日頃からJリーグで改めていかなければならない問題だ。 的確なパスを送らなかったくせに、受け手に責任を押しつけたり、あるいは「なあなあ」で済ましてしまうような「日本人的」環境は、一日も早く改めていかなければならない。 ピッチ上では“チームメイト”ではあっても“お友だち”ではない。 それぞれが責任感をもってプレーするのはプロとして当たり前のことだろう。 ・日本人選手のプロ意識について 自己満足なプレーをしている選手がまだまだ多い。 カッコつけなくてもよい、泥くさくてもよいから、しっかりと結果を出してほしいのだ。 また控えの選手も、もっと貪欲にレギュラーの座を狙っていってほしい。 「給料だけをもらっていればよい」というような、サラリーマン的な選手が多いのが非常に気になる。 ・格上との戦い方 1対0でブラジルを破った一戦は、今後も日本がお手本にすべきもので、あの戦い方こそがブラジルに限らず格上のチームと戦う上で 、あるべき姿なんだ。 あのとき日本は、チャンスが訪れるまでじっと忍耐強く待った。 そして相手ディフェンスのミスをついて得点した。 確かに五輪代表には、中田、それにカバーリングやマークに優れた田中、服部、ほかにも素晴らしいメンバーに恵まれていた。 しかし個人レベルで比較すれば、ブラジル選手のテクニックが勝っているのは明らかだった。 そんなことは百も承知でありながら、チームワークで立ち向かえば勝機は必ずあると、レフェリーが試合終了の笛を鳴らす瞬間まで勝利への意欲を持ち続けたこと――それがあの勝利に結びついたんだ。 ・日本人選手の海外移籍について 結論を先に言えば、世界のサッカーシーンで自分の力を試し、日本では経験しなかった様々な問題にぶつかっていくことは、人間として大きく成長できるチャンスであるということだ。 外国でプレーする場合、まず選手はその国の習慣を身につけ、生活に慣れることからスタートする。 この最初のステップで、すでに日本人選手は戸惑いを見せることだろう。 言葉の問題もあるし、監督の考え方を理解してチームのプレー方法になじむことは並大抵のことではない。 中田英寿の例を見てみよう。 イタリア人は、中田が移籍した当初、彼の実力がイタリアリーグで通用すると思っていなかっただけに、中田の活躍は人々にとって大きな驚きであった。 中田の前に現れた最初の壁は「どうせ日本人なんて大したことないし、技術的にも劣っている」という偏見だった。 しかし彼は立派にプレーしてゴールを決め、その実力を証明した。 また、中田自身もイタリアサッカーに慣れていくにしたがって、イタリアの習慣を理解することの重要性に気づいただろう。 中田はよく努力し、また、ヨーロッパでサッカーをプレーする自分の目的と、プロとしての自覚をはっきりと持っていた。 従って彼はいかなる困難を前にしても負けない覚悟ができていたのである。 例えば、試合後半になってやっと出番を与えられようと、それで彼が憤ることはなかった。 イタリアリーグに残るために、中田にはすべてを受け入れる心構えがあったのだ。 それが彼を大きく成長させ、成功へと導いたともいえる。 名波もまたイタリアでプレーしたが、現地に適応するのに苦労したようだ。 名波の場合、チームがさらにひどい状況であったため、それが彼をいっそう苦しめた。 またジュビロ磐田では常に勝ちにいくプレーをしていたが、ベネチアは違っていた。 チームはまず負けないことを念頭においていたため、名波もその一員として守備に重点を置くサッカーをしなければならなかったのだ。 このような思考の変化を受け入れるのは容易なことではない。 名波はもっと伸び伸びとした、明るく前向きなサッカー、得点のチャンスを積極的に作っていくサッカーに親しんできたのだから。 しかしそれでも、私は、名波がイタリアから多くのことを学んで日本に帰国したことを、実際に彼と会って感じた。 一般に日本人はほかの国の選手に比べ、内向的でおとなしい。 しかし、海外から帰国した選手にははっきりとした変化が見られるものだ。 それは、より多く発言し、議論し、リーダーシップをとれるようになるということだ。 だが一方で、海外経験はサッカー選手としてのキャリアの中での一つの勲章だと言わんばかりに、よく目的意識も持たないで、ただ外へ出ることだけを考えているような選手もいる。 彼らはプロとしての自覚もなければ、選手としての取り組みも甘い。 私はスペインへ行った城がこのケースにあたると思う。 彼が結果を出すことができなかったのは、明確な目的意識をもっていなかったためだ。 ただヨーロッパに行くチャンスがあったから行っただけというのでは、厳しいようだが “旅行”と同じだ。 もともと目的がはっきりとしていないのだから、結果がでるはずもない。 最後に日本人選手はヨーロッパに行くべきか、あるいは南米に行くべきかということについてだが、これまで話してきたように、移籍することが意味のあるものになるかどうかは、選手個人の目的意識次第だ。 南米かヨーロッパかという場所の問題ではなく、あくまでも選手自身の取り組み方が重要なのだ。 ・海外移籍の時期について 海外でプレーすることすべてが良いかといえば、必ずしもそうではない。 海外へ出るには、やはりふさわしい時期があるのだ。 近年の傾向として、わずか18、19歳といった若い選手でも、代表に召集されるようになった。 そしてこういった若い選手たちはすぐに海外のクラブ、特にヨーロッパのクラブに移籍し、多額の報酬を得ることを夢見るようになる。 実際、素晴らしい才能を早く開花させ、若くしてスターになった選手たちも多い。 しかしこのような選手たちに影響されて、あるいは流行だからという理由だけで、海外に出ようとするのは将来を真剣に考えることを忘れてしまっているのではないか。 若い選手たちは少なくとも4シーズンは自国でプレーすることが理想的ではないか。 外国へ渡り、そこで直面するあらゆる困難に立ち向かうには、ある程度の成熟度が求められる。 つまり、人間としてもプロの選手としてもそれなりの経験を得ている必要があるということだ。 選手は25歳までは自国にとどまり、海外へ出るのはそれ以後にすべきではないだろうか。 私は日本人選手がヨーロッパや南米で海外経験を得ることを常に奨励してきた。 しかし、まず選手にとってふさわしい時期というものがある。それをよく熟慮すべきである。 そして、選手を迎えようとしているチームがどんな状況にあるかを把握することも必要だ。 あまりにも小さいクラブでは好ましくない。 理想は、中規模以上で、国内リーグでの健闘が期待できるクラブであること。 国内リーグで負けてばかりいるチームへ移籍してしまった場合、非常につらい経験をすることになる。 したがって、海外へ移籍を考える日本人選手は、これらの点をしっかり見極める必要があるだろう。 ・日本人選手に望むこと 私が日本人選手に望んでいるのは、フィジカル、戦術面、技術面、そして精神面といったものをバランスよく持つことである。 しばしば日本人は、いくつかの要素に気を使い過ぎるあまり、ほかの重要な要素をおろそかにしてしまう傾向がある。 良い結果を出すためには、あらゆる要素をバランスよく同時に発揮できなくてはならない。 それから日本人選手は、基本的な技術を往々にして軽視しがちだが、ゲームの中での重要性は決して低いものではない。 せっかく相手陣内深くまで攻めておきながら、正確なクロスを上げられなくて得点に至らないシーンをよく目にする。 もっと技術を磨くべきだ。 また、せっかくいいドリブルをしながら、シュートを決められないといったこともよくある。 どうも日本人は、非常に難しいことはできるのに、ショートパスやディフェンスのカバーリングといった基本的なことができなかったりする。 基本的な技術をおろそかにしないことが肝要だ。 サッカーでは、たった1つの失敗が、敗戦をもたらすことも珍しくないのだから。 ・サッカーとマネーについて サッカーもほかのスポーツ同様に、スポンサーの存在なくして今日のように多くのファンに支えられた、娯楽性のあるビッグスポーツにはなり得なかった。 しかしスポーツとしてのサッカーと、興業としてのサッカーは、はっきりと線引きされるべきだ。 そしてこの2つの要素は、バランスよく保たれていなければならない。 確かにスポンサーの存在は重要ではあるが、彼らがピッチの中にまで踏み込んでくることについては、やはり見過ごすわけにはいかない。 サッカーの持つ影響力に注目する企業や政治家、そしてマーケティングに携わる人々は、自身に有利となる試合結果を望み、やがてサッカーそのものを操作したくなる誘惑にかられる。 サッカーがビジネスの重要な位置を占めることについては、特に異論はない。 しかし、プロモーションやマーケティングばかりが重要視されるようになれば、スポーツとしてのサッカーはやがて滅びることになるだろう。 彼らは金銭的なメリットを追い求め、ハードなスケジュールを組む。 しかし、選手に過度の疲労を与えることが、果たしてクラブのため、ひいてはスポンサーのためになるのだろうか。 国際試合の場合、選手のコンディションに配慮した日程と環境作りこそが、優先されるべきである。 例えばもし、コパ・アメリカのスケジュールがものすごくタイトで、セキュリティーも信頼できないというのであれば、どんなにスポンサーがプレッシャーをかけてきたとしても、やはり開催すべきではない。 常に選手のことが第一に考えられるべきだ。 ゲームは、彼らがプレーすることで初めて成り立つものであり、決して選手をないがしろにしてはならない。 ゆえに、クラブや協会が交わすスポンサー契約や、テレビ放映権契約の内容は、一般に公開されるべきである――それが私の結論である。 そうすれば、試合の結果にファンが不信を抱くこともなくなるだろう。 例えば、98年のワールドカップ・フランス大会終了後に、こんなうわさが流れた。 「ロナウドが、体調不良だったにもかかわらず決勝のフランス戦に出場したのは、スポンサーが圧力をかけたからだ」 多くの人々がその話を信じた。 だが、もしスポンサーの権限が監督のそれを上回るようになったら、監督の存在意義はなくなることになる。 当時、ロナウドがスポンサーと交わした契約が、もし一般にも公開されていたら、そのような疑惑は生じなかっただろうし、あれほどの騒ぎにもならなかったはずだ。 契約の公開は、選手を商品化しないためにも、ぜひとも必要であると考える。 ・キャプテンについて 私がセレソンをはじめ、所属したほとんどのチームでキャプテンを務めたのは事実だ。 しかし、だからといって私がほかの選手よりもその資質を備えていた、などと思い上がるつもりはない。 私が考えるキャプテンに求められる条件とは次のようなものだ。 1.チームメートに尊敬されること 2.選手としての経験が豊富なこと 3.仲間と話し合うことができること 4.監督の戦略やアドバイスを理解し、それを伝えられること 5.苦しいゲームの中でも自信を失わないこと 6.率先して嫌な役を引き受けられること 最大のポイントは、ピッチ上でチーム全員がキャプテンに頼れるかどうかだ。 ピッチ上でのリーダーシップというのは、経験を重ね、チームメイトの信頼を得て初めて発揮される。 つまりキャプテンとはある特定の人物が選んだり、指名するものではないということだ。 チームの中から自然に生まれ出てくるものなのだ。 セレソン時代、私はだんだんとチームメートの信頼を得て、ごく自然な成り行きでキャプテンになった。 監督に任命されたのではなく、チーム全体が決めたのだ。 もちろん多数決で決めた訳ではないが。 たとえキャプテンに必要と思われる条件の一部が欠けていたとしても、チームに大きな影響を与えられる選手もいる。 みんながキャプテンと認める者の要求や指示には、全員が自然に動く。 例えば失点につながるようなミスを仲間がした場合、試合中であってもそれを指摘するのがキャプテンだ。 それをチームメートに受け入れられるためにも、キャプテンは自らのミスも認めることのできる誠実な人物でなければならない。 自分のミスを笑ってごまかしたり、ほかの選手のせいにするようでは、仲間は付いてこないだろう。 また、チームにすべてをささげる精神を持つことも大切だ。 キャプテンたる者、人一倍強い勝利への決意を胸にゲームに挑まなくてはならない。 キャプテンが全力を出さなければ、いくらほかの選手に頑張れと言ったところで、説得力がない。 トレーニングであろうと、だれよりも真剣に打ち込むことが大切だ。 代表に比べると、クラブチームの方がキャプテンは生まれやすい。 選手たちはより長い時間を共にするため、お互いを深く知ることができるからだ。 例えば、ジュビロでの環境はとても良好だった。 移籍して1シーズンプレーした後、私は自然にキャプテンマークを任された。 そして私はごくごく自然に中山にバトンタッチした。 この引き継ぎは実にスムーズなものだった。 チームメートは、私も中山も同じように尊重してくれていたからだ。 また、キャプテンが私から中山に変わってもジュビロが優勝したことは、チームには複数のリーダーが存在し得ることを証明している。 2人または3人のリーダー的存在の共存ということもあり得るのだ。 彼ら全員の影響力を結集することで、さらに大きな力をチームから引き出し、良い結果につなげることができる。 ジュビロは勝利のためにすべてをささげるチームだ。 そういうチームでは、キャプテンも容易に決まる。 チーム全体に迷いがないからだ。 全員の目的はただ一つ、勝利だけである。 チームがまとまってこそ、良いプレーが生まれ、勝利につながるのだ。 ※以上、「スポーツナビ ドゥンガの咆哮」より 今現在、ブラジル代表監督として厳しい批判を浴びているドゥンガと前日本代表監督だったジーコのスタイルは正反対と言ってもいいかもしれない。 厳しい規律を選手に課すドゥンガに対して、選手の自主性を重んじるジーコ。 私は考える。 もし、2002年からドゥンガが日本を率いていたら・・・。 そしてジーコがブラジルを率いていたら、ドイツW杯は一体どういった結果になっていただろうかと・・・。
論理性、道徳性に欠けるコメントは表記されない可能性があります。
書き方や伝え方にはモラルを期待致します。
posted by armanu |19:55 |
【column】 |
コメント(3) |
トラックバック(0)
トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
(表示は許可制となっています)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/armanu/tb_ping/24
この記事に対するコメント一覧
(事務局では、サービス全体の雰囲気醸成の為、全コメントをフィルター/目視チェックし、削除等しております。見逃し等も有りますので、ご不快な思いをされた場合は、事務局宛 support@plus-blog.sportsnavi.com にご意見頂けると幸いです。)
【column】 ドゥンガの言葉
以前なんかのテレビ番組で中田の高校時代の写真を見たことがあります。
友達とうつってたんですが、中田だけ一人無愛想な顔してイヤホンをつけている。
なんと彼はそのときイタリア語のカセットを聞いて勉強していたそうです。
なんか意識が違いますよね。
posted by NNN | 2008-11-06 23:13
【column】 ドゥンガの言葉
とても熱いエントリーだと思ったら・・・。
丸々ドゥンガの言葉だったんですね。
私にとってもドゥンガは大好きな選手の一人です。
監督としては・・・どうなんでしょう?
こっそり応援してるんですが・・・。
ただ、水をさすつもりはないのですが・・・
青い文字が読みにくいので、色を変えた方がよろしいかと・・・。
posted by じろう | 2008-11-06 23:38
【column】 ドゥンガの言葉
>>NNNさん
コメントありがとうございます。
彼は技術的・肉体的にも優れていましたが、知性を含め、精神力の強さは日本人の中では群を抜いていましたよね。
語学への取り組みも含め、本当に合理的な選手でした。(それにしても高校時代からそんな勉強を・・・やはり凄いですね)
>>じろうさん
勘違いさせて申し訳ありませんでした。
一応、本文に入る前に説明しているつもりだったのですが、わかり辛かったようですね。
私もドゥンガのような闘将タイプのプレーヤーが大好きです。
御指摘いただいた件ですが、水色に変更させていただきました。
貴重な御意見、御感想、誠にありがとうございました。
posted by armanu(管理人) | 2008-11-07 00:29


