2007年11月27日
FIFAのブラッター会長が、先日の2010年W杯予選の組み合わせ抽選会を前に「ブラジル人の帰化はもう終わりに、対策を講じる必要がある」と語ったことが伝えられた。
選手の国籍変更、特にブラジル人の国籍変更について、注意しなければ、ヨーロッパだけでなくアジアにもアフリカにも、ブラジル人が押し寄せてしまうと危惧しているのだ。
日本代表を見ても古くはネルソン吉村(故人)、ラモス瑠偉、呂比須ワグナーから田中マルクス闘莉王まで多くのブラジル出身者が日本国籍を取得して日本代表入りをしている。
この傾向は世界的のようだ。
多くの優れた人材を抱える国から、乏しい国に人材が流れるのは他の種目でも同じだ。
アメリカ出身のバスケットボール選手は、多くの国でプレーしその国の国籍を獲っている。
長野五輪のときに多くの日系カナダ人がアイスホッケーの日本代表入りをした。
とはいうものの、卓球の中国人ほどこれが甚だしいものはない。
2007年11月現在の女子の世界ランキングの抜粋である。
上位10人中、中国籍が5人、香港2人、シンガポール2人、日本1人だが、香港、シンガポールの選手はいずれも中国からの帰化者であるため、実際には中国9、日本1となる。
福原愛は中国(系)を除くと世界一となる。
上位20人までみてもオランダ、オーストラリア、アメリカ、ドイツの選手が中国出身。
中国(系)17、日本2、韓国1という凄さだ。
●卓球女子世界ランキング
1.張怡寧 中国
2.郭躍 中国
3.王楠 中国
4.郭炎 中国
5.李暁霞 中国
6.リ・ジャウェイ シンガポール
7.姜華君 香港
8.王越古 シンガポール
9.帖雅娜 香港}
10.福原愛 日本
11.林菱 香港
12.牛剣鋒 中国
13.金璟娥 韓国
14.リー・ジャオ オランダ
15.リュウ・ジャ オーストリア
16.スン・ベイベイ シンガポール
17.高軍 アメリカ
18.平野早矢香 日本
19.呉佳多 ドイツ
20.福岡春菜 日本
29.金沢咲希 日本
43.藤井寛子 日本
48.樋浦令子 日本
50.藤沼亜衣 日本
参考 TIBHAR http://www.tibhar.jp/index.htm
29位の金沢咲希は実は中国河北省出身の帰化選手。
かつての名は満麗であり、04年7月に日本に帰化している。
男子の世界ランク23位の韓陽(遼寧省出身名前はそのまま)、57位の吉田海偉は中国河北省出身で2人とも帰化選手だ。
かつても小山ちれ、新井周、偉関晴光といった中国からの帰化選手が日本代表で活躍したが、北京五輪を控え帰化選手のモチベーションも高くなっている。
世界の卓球強国の中で、唯一中国出身者がいなかったのが韓国。
ところが、韓国の実業団でプレーしそのまま韓国人と結婚した選手など、3人の女子選手が韓国籍を獲ったという。
代表レベルではまだいないようだが、時間の問題だろう。
posted by aolinpike |16:16 |
その他の競技 |
2007年11月20日
11月17日 サッカー日本五輪代表は4-0でベトナムに勝利、一方サウジアラビアが2-1でカタールに勝ち、カタールの予選敗退が決定、21日の日本対サウジアラビアで、日本は勝つか引き分けるかで北京五輪出場権を得る。
ホームの国立競技場で勝つか引き分けで五輪出場が決まる、同じようなことが昔あった。
もう20年も前のことになる。
翌年のソウル五輪を控えた1987年、メキシコ五輪以来20年ぶりの五輪出場を日本代表は目指していた。
1986年のW杯出場を争った韓国が五輪開催国として出場権を持っていたため、これまでの五輪予選に比べ比較的楽に予選突破が可能ではないかと見られていた。
事実日本は最終戦を前に4勝1引き分けで、勝ち点9、最終戦の相手の中国は3勝1敗で勝ち点7。
特に10月4日に広州で行われたアウェーの中国戦は1-0で日本が辛勝。
シュートの数は日本3に対し中国は20。フリーキックを得た水沼(日産)が時間を置かずにすぐセンタリング、これを原(三菱)がヘディングで挙げた貴重な1点を守って先勝している。
試合が始まった。
勝った方が五輪出場権を手にする激しい試合。ともにディフェンシブな立ち上がりたが、ディフェンスが素早く攻め上がる中国が、左右からの速い展開を仕掛ける。
中国の2トップは、前半15分から一方的に日本ゴールを脅かし、37分 左からの大きなセンタリングを長身FWが頭に合わせ0-1。日本はこの予選初の失点だった。
1点を獲り引き分けに持ち込みたい日本は、守りを固めた中国守備陣を崩し切れず得点できず、逆に82分、だめ押しの2点目を奪われてしまう。
これでソウル五輪出場権は中国が獲得、中国は五輪サッカー初出場。一方の日本は5大会連続の予選敗退となった。
日本代表には木村和司も奥寺康彦もいた。が、大半は終身雇用制の中の大企業の社員選手だった。(メキシコ五輪も社員選手じゃないかって?それでも類稀な才能を持った選手がその時期に集まったから銅メダルを獲った。)
数字上は日本有利だったがが、捨て身で攻めれば良い中国と、20年ぶりの五輪と大合唱するマスコミ、国立競技場を埋めた大歓衆の前で負けられない日本代表のプレッシャーは想像に難くない。
今から思えば負けるべくして負けたと思う。
▼アマからプロへ
当時はJリーグ発足前の日本リーグ時代 プロの選手はいなかったのか?
1969年に設立されたサッカーの読売クラブ(現東京ヴェルディ1969)の出現は、企業アマの形態を崩す一助となった。
試合の結果に対して選手に報酬を出したのである。読売クラブの選手は原則社業がない。彼らがサッカーを職業とし、その対価として給与をもらっていた。
すると1972年設立の日産自動車(現横浜Fマリノス)をはじめ、新興チーム、老舗のチームにも事実上のプロ選手が現れる。
こうした形態を日本サッカーリーグ事務局、又日本サッカー協会が追認する形で認めたのが1986年から始められた実質的なプロ契約である「スペシャル・ライセンス・プレーヤー制度」である。
当初西ドイツのブンデスリーガでプレーし、日本に帰国し古河電工に復帰した奥寺康彦のために用意した制度だったが日産自動車の木村和司も自ら手を挙げた。
そして日立、古河電工などでアマチュアとして登録していたものの実態は何らかの手当てを受け取っていた選手を、「ノン・アマチュア」、全く社員のままの選手を「アマチュア」と区分した。
翌年「スペシャル・ライセンス・プレーヤー制度」と「ノン・アマチュア」を統合、プロ選手は57人に増えた。
▼Jリーグ誕生
プロリーグへの待望論は、読売や日産、全日空、ヤマハといった後発チームの方が積極的であり、古河、三菱、日立といった老舗チームは消極的であった。
しかし後発チームに古河、三菱からのスタッフを加えたプロジェクトチームがプロリーグ構想を推し進め、1991年に日本プロサッカーリーグの構想を発表、1993年にJリーグが開幕した。
開幕後 日本は1996年のアトランタ五輪から3大会連続五輪出場を果たしている。
posted by aolinpike |12:42 |
サッカー |
2007年11月19日
日本人男子(17歳)の平均身長は170.9センチだとか。
ちなみに韓国は173センチ、古くから肉食で椅子の生活が長いから、日本人より体格がいい。
男子バレーのW杯が始まったが、植田辰哉監督の身長は196センチ。体重は110キロはあるだろう。
バレー界では普通の身長だが、現役時代は大きい方だった。
作戦タイムのときにもう一人凄く背の高いスーツの人がいるだろう。
あの人は大竹秀之コーチ。
公称で208センチ、実際には213センチとの説もある。
植田監督、大竹コーチ、キャプテンの荻野正二ともバルセロナ五輪6位入賞のメンバーだ。
バルセロナのときはほかにも中垣内祐一、泉川正幸、南克幸…といい選手が揃っていた。
大竹コーチの208センチは日本バレーボール史上、日本五輪史上最長身でもある。
ところが上には上がいてロシア代表のアレクセイ・カロザコフの身長は217センチ、去年の世界バレーにも出場していたが、217センチがジャンプサーブを打つとまさに3階からサーブを打つようで・・・。
それでもブラジルぐらいになると、やすやすとレシーブするんだから。
では、バスケットボールはどうか。
バスケットは1976年のモントリオール五輪を最後に五輪出場を果たしていないから、最長身はミュンヘン、モントリオール五輪に出場した沼田宏文さんの205センチ。
松下電器のバスケット部長をされていたが、母校の同志社の監督になったという話だ。
五輪出場はしていないがおそらく日本スポーツ史上最長身は住金、全日本の長身センターとして活躍した岡山恭崇さん 228センチ。
東西線で通勤しているところを見かけたことがあるが、地下鉄よりでかかった。
岡山氏が現役の頃、中国には穆鉄柱(MuTiezhu日本語読みは ぼくてっちゅう)というセンターがいて、日中戦ではよくマッチアップした。
穆鉄柱も岡山氏と同じ228センチなのだが、当初中国は身長を公表せず、推定240センチとマスコミに騒がれていたこともある。
そこいくと、ヒューストンロケッツの姚明(YaoMIng)は、226センチとこの二人とほとんど変わらないのだから驚くべき高さだ。
posted by aolinpike |13:04 |
バレーボール |
2007年11月19日
公式の試合で勝敗が確定した後で、結果が逆転したケースはほとんどないだろう。
審判の判断は絶対であり、試合が成立したらそれは覆らない。
1992年バルセロナ五輪2日目バレーボールの男子予選リーグ、日本-米国戦は、いったん米国の勝利と決まったが、一夜明けて日本の逆転勝利となった。
フルセットの熱戦の末、五輪史上初の3連覇を目指す米国の勝ち、とされた試合だったが、国際バレーボール連盟(FIVB)は、翌日に開いた裁定委員会で「第4セットは審判の不手際で負けた」と主張する日本側の抗議を認める異例の裁定を下した。結果、試合は3-1で日本の勝ちと、明暗が覆った。
1992年7月26日 日本対米国 終了時
米国(1勝) 3(15-8 11-15 10-15 17-16 16-14)2 日本(1敗)
↓一夜明けて
日本(1勝) 3(8-15 15-11 15-10 15-13)1 米国(1敗)
主審のルール適用ミスが起きたのは、セットカウント2―1と日本がリードした第4セット。日本は14―13のマッチポイントを迎えたが、ここで米国のサムエルソンが判定に不服を唱え、主審から注意を受けた。これは同選手がこの試合で受けた2度目の注意であり、サムエルソンは、自動的に「警告」のレッドカードとなるはずだった。
ラリーポイント制になる以前の当時のルールによれば、この場合、「警告」となった選手の相手チームは、サーブ権があれば1点を、ない時はサーブ権を取れることになっており、サムエルソンが2度目の注意を受けた時は、日本側にサーブ権があった。
つまり、日本に勝利を決める1点が加えられるケースだったのだが、主審はそのまま試合を続行。
結局、最終セットまでもつれた末、日本が逆転負けとなっていた。
日本の大古監督は試合終了後、ジュリー(上訴審判)に激しくアピールし、FIVBにも、「審判の不手際で負けた」と抗議し、異例の勝敗の逆転という結果になった。
▼スキンヘッドのサムエルソン
覚えておられる方もあるかもしれないが、その後日本のサントリーでもプレーするサムエルソンは、スキンヘッドでユニフォームの袖をまくり、丸太のような太い腕でプレーするという輩。試合中に興奮した姿は赤鬼そのものだった。
この連盟の裁定に対し、米国チームは次の試合以降、チーム全員がスキンヘッドで登場する。
手際の悪かった審判団、連盟に対する抗議と、責任を一人背負い込むサムエルソンの精神的負担を和らげためと伝えられた。
全員がスキンヘッドのチームというのは、選手の区別がつきにくい為、アナウンサー泣かせでもあった。
米国は、日本戦の敗戦がのしかかり、3連覇はならずに銅メダル。
日本は12か国中6位と好成績を残したが、このバルセロナ五輪が最後の五輪になっている。
▼37歳で全日本
この試合(15年前)に出場していた選手が、まだ全日本で活躍している。
荻野正二37歳。ジュニアの頃、日本男子バレーボールの世界選手権史上、シニアも合わせても最高順位である世界ジュニアで2位になったときのメンバーで、それから17年、男子バレーを支えてきた一人だ。
現全日本監督とコーチは植田辰哉(キャプテン)と大竹秀之、ともにバルセロナ五輪を戦ったメンバーである。
▼昨日のチュニジア戦
世間では男子バレーに厳しい意見が多いが(まあ女子も多いな)、今回のメンバーはそこそこやると思っていただけにもったいない。
このチームは2005年アジア選手権優勝(開催タイ)、2006年世界選手権8強(開催日本)、2007年アジア選手権2位(開催インドネシア)という実績もあり、近年ではもっとも強い。
むしろ海外での試合の方が肩に力が入らなくて実力を出し切るのではないか?
posted by aolinpike |11:22 |
バレーボール |
2007年11月17日
私がエイズによって亡くなったスポーツ選手といってすぐに思い浮かぶのは、テニスのアーサー・アッシュだ。
1968年全米オープン、1970年全豪オープン、1975年ウィンブルドンで優勝した実績を持ち、アフリカ系アメリカ人として唯一4大大会シングルに優勝した選手だ。
1988年に心臓手術を受け、その際に施された輸血の影響でエイズウイルスに感染した。
1992年にエイズ感染を公表、1993年2月6日に49歳で亡くなった。
エイズ公表の際に、たまたまアメリカにいてテレビで会見を見ていた。
人柄のよいアッシュが終始うつむいていたのが印象に残る。
ほかにも何人か著名なスポーツ選手がエイズによって亡くなっているのだが、ことのほかフィギュアスケートの男子の選手が多い。
これは偶然か、あるいは必然か。
ジャネット・リンに沸いた1972年の札幌五輪、男子シングルに金メダルを獲ったオンドレイ・ネペラ(当時チェコスロバキア)を始め、3人の五輪メダリストがエイズにより亡くなり、1人の金メダリストがHIV感染を公表している。
また、HIV感染を公表しているサラエボ五輪金メダルのスコット・ハミルトンはゲイであることも公表している。
詳しい統計がある訳ではないが、他の競技に比べてやはり多いような気がする。
●エイズで亡くなった(存命中含む)フィギュア選手
オンドレイ・ネペラ(チェコスロバキア=当時)1972年五輪金メダル 1989年没
ジョン・カリー(英国)1976年五輪金メダル 1994年没
ロバートワーゲンホッファー(米国)1982年全米選手権2位 1999年没
スコット・ハミルトン(米国)1984年五輪金メダル HIV感染を公表
ロバート・マッコール(カナダ)1988年五輪アイスダンス銅メダリスト 1991年没
ルディ・ガリンド(米国)1996年世界フィギュア銅メダル K・ヤマグチのペア時代の相手 存命中
ブライアン・ライト(米国フィギュアスケートの名振付師)2003年没
●他の競技の選手
アーサー・アッシュ(米国)テニス 1993年没
Glenn Burke(米国)MLB 1995年没
Esteban De Jesus(プエルトリコ)ボクシング世界チャンピオン 1989年没
Bill Goldsworthy(カナダ)NHL 1996年没
マジック・ジョンソン(米国)NBA 存命中
Jerry Smith(米国)NFL 1987年没
Alan Wiggins(米国)MLB 1991年没
posted by aolinpike |18:11 |
ウィンタースポーツ |
2007年11月17日
A.2004年アテネ五輪
1.高原直泰
2.大久保嘉人
3.阿部勇樹
B.2000年シドニー五輪
1.中村俊輔
2.中田英寿
3.小野伸二
C.1996年アトランタ五輪
1.中田英寿
2.宮本恒靖
3.松田直樹
D.1968年メキシコシ五輪
1.杉山隆一
2.森孝慈
3.川淵三郎
E.1964年東京五輪
1.釜本邦茂
2.宮本征勝
3.岡野俊一郎
〔解 説〕
A.オーバーエージで参加予定だった高原は再び肺動脈血栓塞栓症を発症、代表からもれた。
B.小野伸二は、シドニー五輪一次予選のフィリピン戦で左ひざ内側側副靱帯断裂で全治3ヶ月の重傷を負った。
C.3人ともに1977年早生まれだが、宮本のみアトランタは選ばれていない。
D.東京五輪代表の川淵だが、メキシコ五輪は落選している。
E.前サッカー協会会長の岡野俊一郎はコーチだった。宮本(故人)は初代鹿島監督。
〔答え〕
A.1
B.3
C.2
D.3
E.3
http://kentei.cc/k/2843
posted by aolinpike |15:28 |
サッカー |
2007年11月16日
ロバート・テイラーが亡くなった。59歳だった。
1972年のミュンヘン五輪陸上で400mリレー金メダルと100mで銀メダルを獲得したアメリカの選手だ。
ミュンヘンの100mは歴史に残るレースである。
というのも優勝候補と目されていたアメリカの2選手が召集時間に遅刻するという失態があったからだ。
ミュンヘン五輪の100mにエントリーしていたアメリカ選手は
ロバート・テイラー、
エドワードハート
レイナード・ロビンソン
の3人
100mの準々決勝は、1972年8月21日の午後4時15分に始まる予定だった。
競技時間が近づいてもアメリカチームはスタジアムにやって来なかった。
彼らは準々決勝は午後7時からだと思い込んでいたのだ。
コーチのスタンライトは、五輪の18ヵ月前に作られたスケジュール表を信じ込んでいた。
スタジアムへのバスを待っている間、4人はABCテレビの本部の中で、100mの準々決勝の中継を見ていた。
1次予選の録画であると思った中継が、生の映像だとABCのスタッフから伝えられると、1組で走ることになっていたロビンソンは、自分が走る予定だったまにそのレースを見ていることに驚いた。
ハートは2組、テイラーは3組だ。
4人は慌ててオリンピックスタジアムに行くことになるが、ハートが競技場に着くと、もう2組もレースは終わっていた。
テイラーは、スウェットをさっと脱いで、靴をはいて、2・3回屈伸運動をしてスタートラインに間に合った。
決勝ではソビエトのバレリー・ボルゾフが優勝。タイムは10.14。
ロバート・テイラーは10.24で2位に入った。
ボルゾフの優勝タイムが10秒14と平凡な記録であったため、アメリカのマスコミからタナボタ優勝と揶揄された。
ところがボルゾフは200mでも当時のシーズンベストである20秒00の好タイムで優勝し、マスコミを黙らせた。
さらに4年後の1976年モントリオール五輪でも100mで銅メダルを獲得し、ソビエト最高の精密機械とか、研究室から生まれた金メダリストとか呼ばれた。
陸上100mの金メダリストはアフリカ系アメリカ人が多い。
いわゆる白人選手の金メダリストには
1960年ローマ五輪 アルミン・ハリー(西独)10.0(10.32)
1972年ミュンヘン五輪 バレリー・ボルゾフ(ソ連)10.14
1980年モスクワ五輪 アラン・ウェルズ(イギリス)10.25
などがいる。
参考記事
陸上100mのはなし カール・ルイスからガトリンまで
posted by aolinpike |12:03 |
陸上競技 |
2007年11月15日
以下の記事は筆者が2005年11月にもう一つのブログ
オリンピックプラスhttp://olympico.cocolog-nifty.com/olympic_plusに書いた記事です。
数字等データは当時のままになっていますが参考にしてください。
国際バレーボール連盟は6日、このほどスイスのローザンヌで開いた理事会で、2010年の世界選手権の開催に日本とイタリア、プエルトリコが立候補したことを明らかにした。
2006年に日本で開催される世界選手権の組み合わせ抽選会を、12月に東京で行うことも決めた。大会には男女とも24チームずつが出場する。(共同通信)
またまた日本が立候補した。世界バレーボール選手権だ。
最近では1998年に開催し、2006年の開催も決まっている。
バレーボール界にはほかにもワールドカップW杯があり、1977年から81、85、89、91、95、99、03年と、8大会連続で日本開催され、今後も07年、11年の開催が決まっている。
ほかにもグランドチャンピオンズカップや五輪最終予選やワールドグランプリも日本開催が続いている。
現在、イタリアとセルビア・モンテネグロで男子の欧州選手権が開催されている。
イタリアとセルビア・モンテネグロに6カ国ずつが集い、総当りの予選リーグを戦い、それぞれの組の上位2カ国がローマで準決勝、決勝を行うというものだ。
先のユニバーシアードで日本に勝ったトルコがこの欧州選手権には出場できていない。
それほどヨーロッパバレーのレベルは高い。
かつては世界選手権3連覇を果たし、世界最強リーグを擁するイタリア。
有力選手は海外でプレーするもののシドニー五輪優勝のセルビア・モンテネグロ。
どちらの国も多くの観客が詰め掛けている。
ベオグラード 人数は観客
9月2日 スペイン0-3セルビア・モンテネグロ 5,580人
9月3日 セルビア・モンテネグロ3-1チェコ 6,300人
9月4日 ギリシャ0-3セルビア・モンテネグロ 8,330人
9月6日 セルビア・モンテネグロ3-0オランダ 9,240人
9月7日 セルビア・モンテネグロ3-2フランス 11,250人
ローマ 人数は観客
9月3日 イタリア3-0ポルトガル 5,640人
9月4日 イタリア3-0ウクライナ 8,250人
9月5日 ポーランド0-3イタリア 9,200人
9月7日 イタリア3-1クロアチア 9,350人
9月8日 ロシア3-1イタリア 11300人
弱くても人気のあるニッポン男子と異なり、人気・実力を兼ね備えている。
ベオグラードのセルビア・モンテネグロ対フランスはついに11,250人という大観衆が集まった。
イタリアはこのあとの準決勝・決勝に合わせて、サッカーセリエAの試合が順延されたというニュースが流れるなど(真偽のほどはよく判らない)この欧州選手権に高い関心が持たれている。
イタリアの有名スポーツ紙Gazzeta dello Sport に国際バレーボール連盟のアコスタ会長のインタビュー記事があったので紹介する。
2010年の世界選手権はイタリアでやりたい。日本、プエルトリコも準備が整っているが、2006年の世界選手権は日本でやるし、同じ国で連続しては開催したくない。
テレビ放映権の交渉は衛星デジタル放送のSky Italiaとイタリア放送協会Raiとしている。
放送権は3000万ドル。
多くはない、日本はもっと出せると言っている。
イタリアは設備も運営者も観衆も組織もそれを供えた都市もたくさんある。不足しているのはテレビだけだ。
★ ★
イタリアの放送局よりも多くの放映権を出せるという日本の放送局はTBSだろう。
この日本のやり方が、世界のバレー界を牛耳るやり方だ。
先のヘルシンキ世界陸上も、TBSがホスト局だったのを知っているかな?ヨーロッパ中をその視聴地域にしているユーロビジョンよりも多くの放映権を払っているらしい。
筆者は絶対イタリア開催を支持したい。
優勝はイタリア
決勝
ロシア2-3イタリア 14530人
3位決定戦
スペイン0-3セルビアモンテネグロ 6800人
準決勝
ロシア3-2スペイン 5800人
イタリア3-2セルビアモンテネグロ 11250人
posted by aolinpike |18:15 |
2007年11月15日
よく質問を受けるのだが、日本人のほとんどのバレーボールの選手はプロではない。
W杯バレー出場の全日本女子12名の内、プロ契約しているのは竹下佳江ただ一人。
全日本男子の12名の内、プロ契約しているのは山本隆弘と越川優の2名に過ぎない。
しかももともと所属していた会社(チーム)を一度退職し、改めてプロとして契約している。
●プロバレー選手
竹下佳江 (JT) 2004年5月~
山本隆弘 (Panasonic) 2004年4月~
越川優 (サントリー) 2006年7月~
ほかにも数人いる。
北川祐介 (豊田合成) 将来指導者になるため会社勤務していた時間に大学に通い、選手としてはプロ契約を果たした。
加藤陽一 (JT) イタリアなど欧州のプロリーグで活躍し、帰国後JTと契約。
昨年からプレミアリーグと名称を変えるVリーグは旧日本リーグの頃からアマチュアの実業団のリーグだ。
興行権は日本バレーボール協会JVAが持つ。
いわば、どれだけ会場が満員になってもその収入はJVAに入り、所属チームへの分配は余剰金が出た際に僅か出るに過ぎない。
チームを抱える企業は、年間数億円といわれるチームの運営経費を広告費や福利厚生の一環として処理している。
では、他の選手はどういった扱いになるのだろう。
大きく下記のように分けられる。
一般社員選手
男子の多くの選手は社員選手である。
全日本に選ばれているときはほとんど仕事をしないけれども、所属の部署があり、オフシーズンには仕事をし、引退後は通常の社業に戻る。終身雇用制の中でスポーツと社業を両立しようとするのが社員選手だ。
2年間イタリアのセリエAに挑んだ高橋みゆきは、NECの社員のまま派遣という形をとった。
嘱託契約社員
一方、近年の企業スポーツは福利厚生よりも広告の要素が強くなっている。そのため、男子の一部、女子の多くの選手には嘱託社員(契約社員)が増えている。
通常の社員とは異なり、バレーボールが仕事であり、多くは1年ごとの契約で、引退後の補償もない。
税金や保険は会社員として払ってはいるが、実質プロ、セミプロといってもいい。
こういった選手は欧米からはプロとして見られているようだ。
そして、特殊な例として男子の堺ブレイザーズ(堺BZ)、女子のシーガルズがある。これらはバレーボールが本業の特殊な会社だ。
新日鉄バレー部から新日鉄の子会社になった堺BZは、バレーボールクラブを運営する会社だ。
現在の全日本にも千葉進也、石島雄介、朝長孝介や植田監督も所属している。
親会社新日鉄からの補助もあるが、チーム名から企業名を外して地域密着を図り、独立採算体制を取るべく活動している。
プロ選手であろうが、契約選手であろうが、日本のプロ野球やMLB、NBA選手のような億単位の収入などはもちろんない。
全日本選手には日当がJVAから出ているが、国内なら1日2000円、海外なら3000円だそうだ。
posted by aolinpike |18:08 |
2007年11月15日
日曜日のことだ。
W杯バレー 日本対ケニヤ戦は6時開始だった。
テレビ中継は録画で7時からだから、事前に試合のライブスコアを確認しようとFIVBのサイトを見た。すると、
Sorry, the live score for this match is not available in Japan.
なんと日本からはライブスコアが見られないようになっている。
ネットで確認するのではなく、フジテレビで見てくださいってことだ。
さらに、昨日は欧州同士の対戦でポーランドがセルビアに勝つという金星を挙げたが、今年の欧州選手権の結果はこうだった。
●2007年女子欧州選手権の結果
1位 イタリア
2位 セルビア
3位 ロシア
4位 ポーランド
1・2位のイタリアとセルビアはW杯の出場権を獲得し、3位決定戦で勝ったロシアではなくポーランドがワイルドカードでの出場権を得た。
<3位決定戦>ロシア 3 - 1ポーランド(21:25, 25:22, 25:14, 25:20)
ワイルドカードとは主催者側が推薦する出場国という意味だが、FIVBのサイトにはこうある。
The FIVB and the organizers (Japanese Volleyball Association and Fuji Television) have decided today to assign the two wild cards to Poland and the Dominican Republic.
FIVBと組織委員会(日本バレーボール協会とフジテレビジョン)は、2つのワイルドカードをポーランドとドミニカ共和国に割り当てることを決めた。
要はフジテレビがワイルドカードの選定に口を挟んだということ。
そりゃあロシアとポーランドなら、日本がどっちとやったら勝てる可能性が高いか、誰でもわかるな。
ガモアなんか206センチもあるんだから。
推定20億円という放送権をフジはFIVBに払っているから、こういうこともできるのだ。
大きなバレーの国際大会を開ける国はいくつかある。
が、日本ほどの大金を払える国はほかにない。
とはいえ、フジテレビは春の高校バレーやコーチングキャラバンをずっとサポートしてきて、日本のバレー界を育ててきたという実績もあるのも事実だ。
posted by aolinpike |14:22 |
バレーボール |