2007年08月07日
チームプラダがアメリカズカップからの退陣を発表した翌日のイタリア主要新聞では、ルナロッサとチームプラダに関する話題が大きく取り上げられました。
主な話題はチームプラダのオーナーBertelliがアメリカズカップをあきらめた背景についてです。
しかし、同じ記事の最後には気になる事が。
プラダはルナロッサでのチームとしての参加は辞退したが、仮に今後ルナロッサが存在し続けるのであれば、、これまで同様チームのグッズやウェアなどはプラダによって生産される。との事。
スポーツとしてのルナロッサとの関係は終わるが、ビジネスは今後も続ける。
なるほど、今回の退陣劇にはそういう裏もあったのかとうなずかされるエピソードです。
一方、同じ誌面の中では、ルナロッサの歴史についての紹介とルナロッサの主役の1人であったFrancesco De Angelisの今回の退陣劇に関するコメントも紹介されています。
「ルナロッサとしての周期は既に完結していた。」
「Bertelliの公式発表の説明は充分なもので付け加える事はない」
「10年間の経験の中で、今でも目を閉じて浮かんでくる思い出は、オークランドで行った一番最初のラウンドロビンのレース。Fast2000というチームとの対戦だった。」
「マスカルツォーネ ラティーノが、ルナロッサの後継に値するチームではない。ルナロッサとマスカルツォーネには大きなギャップがある。マスカルツォーネの夢は、我々が残した最悪の結果を追いかけているに過ぎない。」
ルナロッサが本当に終わってしまうのかどうか。。見守っていきます。
posted by americascupmore |22:09 |
余談 |
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2007年08月05日
昨日のチームプラダの解散宣言後、気になったのでミラノのプラダ本店にあるショーウィンドーを見に行ってきました。
ルナロッサをアピールするショーウィンドーはまだ残っていましたが、場所的にはプラダのお店の一番はじの位置で、となりに同じルナロッサのスポンサーであるイタリアの電信電話会社Telecom Italiaのミラノのショップが隣り合わせになっているところで、ルナロッサの広告は残っていました。
これも、ルナロッサの最後だろうと思い、思わず写真を撮ってしまいましたのでご覧下さい。
さて、イタリアのメディアでは今日もヨット界に関しては、プラダチームのアメリカズカップからの退陣決定に関する話題が大きく取り上げられました。
そして、今日のニュースでは、今年アメリカズカップに参戦した、ルナロッサ以外のチーム「マスカルツォーネ ラティーノ」「+39」(イタリア語読みではピュ トレンタ ノーヴェ)の2チームとも次回の参戦に向けて苦悩しているという情報が入りましたのでご紹介します。
そういう訳で、今日のタイトルは「みなしごになったイタリアチーム」ということです。
ここからは、イタリアでの情報をそのまま載せます。
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チームプラダの別れからマスカルツォーネの攻撃まで
2009年のバレンシアの海にイタリアからの進出艇がなくなるリスクがありそうだ。
プラダのオーナーBertelliの辞退を受けて、Telecom Italiaがルナロッサの運命を決める義務がある。一方マスカルツォーネのオーナーOnoratoも「スポンサーを見つけるのは難しい」と攻撃する。
2009年アメリカズカップは、イタリア人無し?
優柔不断なTelecom Italia、マスカルツォーネは嘆く。
チームプラダの決別の後、2009年のバレンシアの水面にはレースに参加するイタリアのチャレンジャーヨットが進水しないリスクが見えてきた。
プラダチームのオーナーBertelliのアメリカズカップ辞退で、ルナロッサの51%の資本をに所有していたプラダだったが、ルナロッサの最終的な運命は、もう一つのメインスポンサーであるTelecom Italiaに委ねられることになった。
一方マスカルツォーネの本部でも水面は荒れ模様。
「スポンサーを見つけるのは難しい」とオーナーのOnoratoは言う。
また、もう1つのイタリアチーム「+39」も不安の中にある。
2007年アメリカズカップでの3艇参加したイタリアチームが、2009年には1艇も姿を見せない可能性もある。
これは、単なる仮説と言えば仮説だが、時間はまだある。しかし、状況からはイタリアチームが不参加となる予測をさせる要素もある。
10年間に渡って、夜中のオークランド、午後のバレンシアとイタリア人ファンをレース中継に釘付けにさせた興奮を残したルナロッサだが、チームプラダが事態を決めた以上、2009年にルナロッサの姿を見る可能性は少ない。最終的なルナロッサの運命は、資本の49%を握るTelecom Italia次第となった訳だが、現在は決定を保留して、どこか他の企業がルナロッサの為にスポンサーとして名乗りを上げることを待っているようだ。
マスカルツォーネは、辞退こそは発表していないがアメリカズカップへの挑戦に対する石はあるものの、参加表明を出すまでにはまだ難問を抱えている。
オーナーのOnoratoは、「まず最初にスポンサーを見つけることが大変。それに新しいモデルのヨットを設計する為の詳細が発表されていないんだから。それから、時間が短すぎる。18ヶ月では新しいルールの研究や、新モデルの設計をするにも十分な時間ではないし、新しい船を造ったらレースで試行する必要もある。」
+39の実情は霧がかかっているようだ。
ただし、解決策があるはずだ。
「新しいイタリアの唯一のチームを結成するのに力をもっと集結させる」とイタリア自動車メーカーFIATの経営者Agnelli一族で、FIATのマーケティングを担当するLapo Elkannが示唆している。
いずれにせよ。。これも単なる仮説であって、実現することはそれほど簡単なことではない。
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最後に、スキャンダルが多くて、お騒がせで有名なFIATの御曹司Lapo Elkannの話が出てきたことは面白いところです。
彼の実家Agnelli一族は地元のトリノ市のサッカーチーム「ユベントス」のスポンサーとしても有名で、他にも色々なスポーツにスポンサーとして進出しています。
Lapo Elkannが、今回のアメリカズカップでバレンシアを訪れ、ヨットに試乗したことも事実です。しかも、彼はイタリアでは何かとお騒がせでスキャンダルの多い人として注目を集めるキャラクター。
そういうことを考えると、イタリアメディアがそろそろ、ヨットにもLapo Elkannの出番か?と憶測することも納得できます。
やっぱり、2年というのは時間的に難しい部分が色々とあるようです。
posted by americascupmore |09:46 |
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2007年08月04日
2009年のアメリカズカップ、バレンシア大会でルナロッサは参加の辞退を決定!!
信じられないようなニュースが入りました!
8月3日にイタリアのメディアで公式発表された内容をそのままお伝えします。
「ルナロッサが10年の歳月を経て月食」
(イタリア語で、LUNAは「月」を意味することからこのような表現が使われています。)
「チームプラダがアメリカズカップに別れを告げる」
ルナロッサ、チームプラダのオーナーであるPatrizio Bertelli自身が、2009年のバレンシアには彼のヨットは姿を見せないことを発表。
(Patrizio Bertelliは、プラダのデザイナー「ミウッチャ プラダ」の夫)
「一つのサイクルが完結した。」
「他のイタリアチームがアメリカズカップの参戦にふさわしく、イタリアとしての名前を高く掲げることを期待するだけだ。」
「ルナロッサ、アメリカズカップは無し」
10年間に及ぶ3回連続でのアメリカズカップへの参戦で、1回のアメリカズカップファイナルレース進出、1回のルイヴィトンカップの獲得の記録を持ちながら、Patrizio Bertelliのルナロッサは、次回のヨット界において世界で最も重要なレースで参加者の1チームにならないことになった。
理由は、「一つの周期(サイクル)が完結した。」とチームプラダのパトロンは言う。
「他のイタリアチームがイタリアの名前を高く掲げることを期待するだけだ。」
別れは空気からして読めるものがあったが、誰が信じることが出来ただろうか?
10年間にわたるレースへの挑戦と参加も重要で、アメリカズカップへのもう1度のチャレンジが加わるだけなのに、どうしてレース詳細発表の数ヶ月前に「控えの間」で立ち止まってしまうのか、ルナロッサが「帆を下ろして」ルナロッサの夢を断念することを想像できたのは、ごくわずかな人だろう。
しかし、Patrizio Bertelli様々な局面からの思慮で、冒険がこうして終わりを迎えることが妥当であると納得した。
次回のアメリカズカップのバレンシアの海でPatrizio Bertelliのルナの姿を見ることはないだろう。
イタリアチームは、ダイアモンドの先端無しで、首を切り落とされたイタリア集団となって、わずかに、「アズーロ」(青=イタリアのスポーツチームを象徴する色)を不足することになるだろう。
具体的な動機は未だ明らかになっていないが、チームプラダのパトロンの決定は不動のもので、これ以上ドラマが起こる可能性は残さない。
「3回に渡るチャレンジャーとしての挑戦は、過酷な10年間でもあった。頻繁に称賛もされた。」(Patrizio Bertelli)
「人生で忘れることの出来ない経験の1つで、スポーツ面にせよ、人間的な部分にせよとても前向きであった。」
「改めて、チームとスポンサー、イタリアヨットクラブに感謝したい。彼らは我々を多大な堅実性と情熱でサポートしてくれた。」
「企業の立場としても、この3回の挑戦は1つの文化、経験、視野を獲得させるものとし、円熟させるものとなった」
Patrizio Bertelliが強調した「1つの周期の完結」という言葉。
これは2009年にバレンシアでもう一度ルナロッサを応援する準備をしていた多くのファンとイタリアにとって、苦味のある言葉となった。
しかし、この「遺産」を受け継ぐ人は誰かしらいるはずで、仮にイタリアヨット界の空に最も輝いていた「スター」を失うことになっても、他のヨットが遠回りをしないで新しい光を灯す日まで、闇の中でも航海することに慣れ始めるだろう。
以上が、本日公表されたイタリアメディアでのルナロッサ解散に関する内容です。
今考えると、ルイヴィトンカップでニュージーランドに惨敗した後の、Patrizio Bertelliの「まだ分からない、いろいろ考えなきゃいけない」といったコメントや、スキッパーのFrancesco De Angelisが今後の方向性について「決断は2-3人の権力を握っている人たちが行うもの。それから自分の方向性も決める」というコメントをしていたことが納得できます。
まさかの決定でしたが、こうなるとイタリアチームの今後も見逃せません。
個人的な見解では、ルナロッサがこれまで貢献してきたプラダとしてのビジネスが、アメリカズカップからなくなることは、この大会において大きな打撃の一つになることは間違いないと思います。
このニュースを読んで、もしかして2009年のレース中継ではPatrizio Bertelliが解説することもあるかもしれないのかなぁ~なんて思ったりもしました。
バレンシアでルナロッサのグッズを買ったことや、写真を撮ったことも記念になってしまいました。大事に保存しようと思います。
やっぱり、2年後の開催というのがビジネス的に難しかったんでしょうか。。。
でも残念。ルナロッサ。。。本当にかっこよかったのに。。
今後もイタリアメディアでの話題を中心にお伝えします。
posted by americascupmore |09:19 |
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